マリみてSS「Sunset Glow」

お題:クリスクロス(2022/04/13)

「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
爽やかな夕暮れの挨拶が、茜色に染まる空にこだまする。
マリア様のお庭に集う乙女たちは、今日のバレンタインを楽しんでいる。
汚れを知らない心身を包むのは、深い色の制服。
スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻さないように。ゆっくりと歩くのがここでのたしなみ。もちろん、遅刻ギリギリで走り去るなどといった、はしたない生徒など存在していようはずもない。
彼女―松平瞳子ただ一人を除いては。

今の自分の姿を、クラスメイトが見たらなんと思うだろうか。
廊下を走ってはいけませんよ。幼稚舎から教え続けられてきたリリアンでのたしなみを、生まれてはじめて破った。
走る。
誰にどう思われるかなんて、構いやしない。
私は、会いに行くのだ。
(瞳子は、祐巳さまの心がわからないんだ)
先刻の乃梨子の言葉が、私の背中を押す。
大丈夫だよ。
まだ間に合うよ、って。

「瞳子は、祐巳さまの心がわからないんだ」
そう私に言う乃梨子は、まるで泣いているようだった。
「わからないわよ」
私は吐き捨てるように言った。
「こんなにも私が遠ざけようとしても、追いかけてくるんですもの」
祐巳さまから遠ざかろうと、色々と無礼をした。
それでも。
「その上で私を許してくださるなんて、私にはわからないわよ」
乃梨子は、睨みつけるように私を見た。
「見縊らないでよね」
視線が、交わる。
「瞳子が百回拒んだって、振り解いたって」
乃梨子の頬を、なにかが伝った気がした。
「祐巳さまは優しく笑ってくださるわ」
乃梨子はもういなかった。
私は社会科準備室を去った。
答えがわかったから。
会いに、行こう。

逃げたのは、追いかけてほしかったから?
嫌ったのは、好かれたかったから?
なんでそんな不可解なことをしたのだろうか。
そんなことをしなくたってよかったのに。
ただ黙って、差し出された手を、受け取ればいいだけだったのに。

夕焼けが瞳子の頬を照らす。
この夕陽が沈んでしまえば、辺りは闇に包まれる。
私は。
夕陽が沈む前に。
闇に消えてしまわぬうちに。
その光を掴みたいんだ。

あとがき
サンセットグロウ。「夕焼け」という意味だそうです。
本編で描かれなかった、祐巳の姉妹の申し出を受ける気になった瞳子の心情の変化を書いてみましたが、うまくいったでしょうか。

サンセットグロウ
分類:クライミング・ローズ
作出:Warner's Roses(英)

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