マリみてSS「Aube Legere」

お題:静かなる夜のまぼろし(2021/10/13)


あるものがなくなると、違和感を覚える。
そこにあったものを懐かしむように、手が動く。
半分以上髪を切り落とした。だからもう肩に髪はかからないし、そこにはもうなにもない。
それでも前の髪の感触を覚えている腕は肩にかかる髪を探していて、静は苦笑する。
(やりすぎたかしら)
半分よりも長く。三分の一は切り落としただろうか。切った髪は何年分になるだろうか。
過ぎたるは及ばざるが如しというけれど。どうせやるならば徹底的に、である。
いや、違う。私は切り落とした自分の髪越しに、あの人の面影を追い求めているのだから。
まだ腕がなくなってしまった髪を探している。大丈夫。痛みは慣れていくし、傷は癒えるものだ。だからきっと、私も慣れていくだろう。
(しかしだな)
クラスメイトが、私にだけ距離感を測りあぐねているのが分かる。触れていいものか、いけないものか。
注目されることは嫌いではないが、こういう注目のされかたは好きではない。こうして不機嫌になっていくからこそ、また距離を取られるのだとは分かってはいるのだが。
そんな静に、隣の席のアヤメさんが声を掛けてきた。
「静さん、髪似合ってるわ」
「そ、ありがと」
我ながらもう少し愛想よく返答できないものか。しかし口にしてしまったが最後。覆水盆に返らず、だ。
アヤメさんは口数の少ない人だ。業務連絡のような会話以外した記憶がない。
「バラってね」
は?バラ?話の脈絡の無さに、静は間の抜けた声しか出せなかった。
「冬になると、葉を全部取り去ってしまうの。それは葉裏の病害虫を越冬させないための処置なの。
アヤメさんの言葉の意図が分からない。私は邪魔をしないように聞き入ることにした。
「枝は半分以上…三分の一は切ってしまう。でもそれは、残された枝にある芽の数を減らして、春になった時に伸ばす枝に十分な栄養を送り込ませるための作業なの」
「…そうなの」
「同じ株なら、枝を十本伸ばすのと、五本伸ばすのでは、後者の方が一本あたりに栄養が多く行き渡るでしょう?」
アヤメさんは一つ息を吐いた。
「だから、静さんも」
アヤメさんは私の顔を見た。その澄んだ瞳は、あの人に似ているような気がした。
「髪を切ったのは、なにかの準備期間なんじゃないかな、って」
生憎バラには興味がないけれど、彼女の準備期間という言葉には、大変興味が湧いた。
そう。これは準備期間―
「アヤメさん、バラが好きなのね」
「え、ええ」
「じゃあ、私が薔薇さまになったら、呼び名でも考えてもらおうかしら」
「…えっ?」
そう言うと、私は席を立った。行き先は一つだ。
これから私は枝葉を伸ばす。伸ばす先は決まっている。あの人の瞳に、私の姿を一瞬でも映すために。
あの涙の夜は明けたのだ。今の私には、明るい日差しだけが見えていた。

あとがき
オーブ・レジェール。
フランス語「明るい夜明け」という名のバラから拝借しました。
オリキャラのアヤメですが、これはアヤメの花言葉が「良い便り」という意味がありまして、アヤメのラテン語「Iris」の元となったのがギリシャ神話に登場する「イリス」で、神々の伝令役をつとめていたらしいです。
そこから名付けました。
今思うと、お題がロサ・カニーナの時に書いたSSと内容がもろ被りですね。
そこは反省…

オーブ・レジェール
分類:フロリバンダローズ
作出:ドリュ(仏)

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