マリみてSS「リリアンより愛を込めて」

―こんな思いをするくらいなら、何度でも口を挟むべきだった。
十六の冬。
私は身を切られるほどの、つらい別れに出会ってしまった。

季節はクリスマスイブだというのに、彼女の周囲だけ時が止まっていた。この刺すような寒さが、時間さえも凍りつかせているのだろうか。
「ここにいたのね」
M駅の改札前。行き交う人々から少し離れたところに、聖の姿があった。
「まぁね」
ニカっと笑い返す聖の顔が痛々しく見えるのは、私があの時を知っているから。
今のリリアンには、私と、聖だけが知っている。
あの夜を。

私が隣に立ってしばらく沈黙した後。
「あのあと、さ」
私は聖の方を向く。聖は、私に顔を向けることなく、どこか遠くを見ているような顔で話し始めた。
「消えちゃいたかったんだ、この世から」
言葉とは裏腹に、聖の顔は穏やかだった。
「でも、生きてこられたんだ、今日まで」
いつだったか。私は「友達なんて、損な役回りを引き受けるためにいるようなもの」と誰かに言ったような記憶がある。
でも、私は損だとは思っていなかった。
二人とも、あの夜とは言わなかった。言わなくても分かっているのだから。
吐く息は白く、舞い上がって消えていく。
「忘れちゃいけないんだ。だから」
目を伏せる。その顔を、私はただ見ているしかない。
「後悔したって時間は戻らない。今はもう会えないから分からない。だけど」
目を開く。その顔は―
「忘れちゃいけないんだよ」
聖の瞳の端に光るものを、私は見逃さなかった。
いや、見逃せなかった。
聖は変わった。
癒えない傷を負っても。
離せない十字架を背負っても。
未来を見ようとした。
傷は癒えるのだと。
それは、今はもう会うことのない、栞さんと、先代白薔薇さまのために。
「未来は過去を清算するんだって、示したかったんだ」
聖は志摩子の手を取った。そして、もう片方の手は、未来を掴もうと伸ばしている。
はずだった。
「それでも、やっぱりさ…」
聖が二年生の頃は、先代白薔薇さまが労っていた。聖が三年生の頃は、志摩子の存在が支えになっていた。
「まだここから、離れられないんだよ…」
少しの強がりと。
たくさんの後悔で。
聖の時計は、あの夜から、一秒だって進んでいなかったのだ。

二人して並んで立ってしばらくしていると、粉雪が舞い落ちてきた。
積もるほどの寒さではないから、私が手のひらで受けると、粉雪はそっと溶けていく。
そんな粉雪を、聖は、悲しそうな、優しそうな、羨ましいような、複雑な笑顔で眺めていた。
「私は―」
ふわり。
少しだけ背伸びをして。
聖の首に手を回す。
「聖に、忘れてほしくない」
「うん」
「聖に、消えてほしくない」
「うん」
初めて会った、あの日から。
言えなかった、今日までの分の気持ちを。
「私は、聖が好きよ」
「うん」
時刻が0時を回った。
「私も好きだよ、蓉子―」
私の背中に回された腕に、力を感じる。
今まで言えなかった分の気持ちを伝えよう。
一歩づつでいいから進んでいこう。

―今日までの分の「大好き」を、未来でも変わらず届けられますように…

佐藤聖生誕祭2024(X、旧Twitterではタグを間違えて2025にしてしまった)に書き下ろしたものです。
これは厳密に言えば、子羊イベントで出す予定に書き途中であったものを完成させたのが元ですね。
なんとなくオチが浮かばなくて書きかけだったんですが、Mrs. GREEN APPLEの「Soranji」を聞いていて、聖蓉のイメージを固めました。
オチは僕らしくない、ギップルが飛んできそうな(このネタも通じる人がどれだけいるのやら…)クサいオチになってますね。
タイトルは、このSoranjiが採用された映画「ラーゲリより愛を込めて」から拝借しました。
まぁ、たまにはこういうドストレートなSSもいいじゃない?って事で。


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