マリみてSS「Le Sablier」

お題:高知日出実(2020/05/27日分)

砂時計がクルクル回る。
新聞部の古いパソコンは、もうそろそろ買い替えるべきなのかもしれないな、日出実は思った。
「ごめんなさい、祐巳さま。なんだかパソコンの調子が良くないようで…」
「いいわよ、気にしないで」
次号のリリアンかわら版は、祐巳さまにご協力頂いている。
なんとか書き終えたので、祐巳さまには記事の最終チェックをお願いしたかったのだが、こういう時に限ってパソコンの調子が悪く、なかなか印刷してくれない。
あいにく、こういった機械類には、未は疎い。
「本当でしたら、印刷してすぐにお見せする予定だったのですが」
祐巳さまが私のお姉さまに用があると新聞部を訪ねにいらっしゃって。お姉さまはご家庭の用事が入っていると帰宅された。
そこで、せっかくお越しいただいたのだから、ちょうど書き上げた記事を確認していただく事になったのだ。
そこまで長い記事ではないし、確認はすぐ終わるはずだったのに。
今は予定もなくて暇だから、と祐巳さまは仰ってくださった。
しかし、本来はすでに終わっているはずの確認作業。誰かを待たせて(それが紅薔薇さまならなおさら)平気でいられるほど、日出実は図太くなかった。

パソコンのモニターには、砂時計がクルクル回っている。
印刷の出力状況を知らせてくれるバーは、進んでいるのかいないのか分からない。
「よく分からないわね」
祐巳さまもパソコンのモニターを覗き込んだ。覗き込む人間が二人になったからって、パソコンの調子が上向くことはないだろうけど。

手持ち無沙汰になった祐巳さまが日出実に話しかける。
「日出実ちゃんは、ちゃんと真美さんに甘えてる?」
「あの人はそんな人じゃないですよ」
あの人は新聞部部長、山口真美。身も心も新聞部に捧げているような人だ。
「そう?甘えていいのは妹の特権だよ?」
「では、祐巳さまは祥子さまに甘えたりしたんですか?」
「した!前にお姉さまの別荘にお邪魔したことがあったんだけど、途中でお姉さまにソフトクリームを買ってもらっちゃった!」
祐巳さまはその時の話をたっぷりとしてくださった。
「私だって、瞳子が甘えてきたとしたら、悪い気はしないしね」
まあ、あの子はそういう事はあまりしたがらないけどね、と笑う祐巳さま。
「そういうものなんですか、姉というのは」
そういうものなのかもしれない。だって、瞳子さんの事を話す祐巳さまの優しい表情が物語っていたから。
「真美さんも、妹が甘えに来るのを待ってるかもしれないわね」
だってね。祐巳さまはその後の言葉は仰らなかったは、日出実には分かってしまった。自分たちはもう卒業してしまうから。
「前のバレンタインデートだって、真美さん嬉しそうに話してたよ」
プリンターが動き出し、印刷した用紙が排出される。
「あ、印刷終わりました」
祐巳さまはそれを手に取ると、笑顔で返す。原稿には確認済みと記して、ファイルに綴じた。
「…なんですか?」
ファイルを所定の位置に戻して振り返ると、そこには両手を広げた祐巳さまがいた。
「甘えられない日出実ちゃんのために、私が甘えさせてあげようと思って」
「結構です。『甘えるのが妹の特権』って仰ったではないですか。だったら私はお姉さまに甘えさせていただきますので」
「あら残念。振られちゃったわ」
とても残念そうには見えない笑顔の祐巳さまは、鞄を持ち帰宅された。
日出実もパソコンの電源を落とし、部室を後にした。

私とお姉さまの砂時計は、あとどれくらい残っているのだろうか。
分かっているのは、この砂時計はひっくり返すことができない、という事だけ。
二人の砂時計の砂が落ちきってしまうその前に、一度目一杯甘えたって良いかもしれない。
とりあえず、原稿が出来上がったご褒美くらいは、もらったっていいはずだから。

あとがき
ル・サブリエ。フランス語で「砂時計」という名のバラからヒントを得ました。
これは日出実さんに限らす、姉妹でいられる時間なんてものは限られていますから、その中で良い思い出を積み上げていって欲しいものです。
まあ、最近のパソコンで砂時計マークを見ることはないでしょうけどね…

ル・サブリエ
作出:木村卓功
分類:フロリバンダ・ローズ

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