マリみてSS「Salut d'amour」

お題:レディ、GO!(2021/08/04)

抜けるような秋空。
薔薇の館は体育祭前日であっても、何も変わらない。
志摩子と乃梨子ちゃん、令と由乃ちゃんに分かれて談笑している。
祐巳はまだ来ていない。
いつからだろうか。
物理的な距離でなく、祐巳が近くにいると感じるようになったのは。
離れているのに、近くに感じる、不思議な感覚。
私は広角が緩んでいるのを自覚すると、手元の文庫本に目を落とす。
「…そういう手筈だから、由乃も昼休みは来てよね」
「分かった。叔母さんにも伝えておいて」
どうやら支倉・島津両家での体育祭の昼休みの話のようだ。
手術をした由乃ちゃんの晴れ舞台。必ず見に来るであろうことは想像に難くない。微笑ましいことだ。
「ところで、志摩子さん達は?ご両親は見にいらっしゃるの?」
話を振られた乃梨子ちゃんが口を開く。
「私は上京して叔母の家に下宿している身ですから、来ないと思いますよ」
「私も、父が来るとは思えません」
そういえば、志摩子の家は仏教のお寺だ。カトリックの女子校には来づらいだろう。
「祥子さまのご両親はいらっしゃるのですか?」
水を向けてくれた乃梨子ちゃんには申し訳ないが、父は来ない。
「親戚の結婚式があるのよ」
「そうですか」
我が家の事情を知っている令は何も言わなかったが、彼女も悪気があって聞いているのではないのだから。
「祐巳さま…はまだいらっしゃらないですね」
これまでだったら、何を呑気に油を売っていたの、なんて怒っていた自分がいただろう。
あの時は余裕がなかったのかもしれない。自分の妹だけが遅れていることが許せなくて。
何にでも余裕がなかった。それも今では、祐巳を信じられる。
「祐巳ちゃんの家族は来るだろうね…って事はさ、祥子」
令が話しかけてくるから、文庫本から顔を上げる。
「祐巳ちゃんのご両親に会う、って事だよね?」
私が?
「そうなりますね」
祐巳のご両親に?
「何を固まってるのよ祥子…ご両親に『娘さんを私にください』って言うわけじゃないんだから」
祐巳をください、ですって?
「何をくだらない事を言うの、令」
努めて冷静に言う。
「結婚は18歳以上からよ」

静寂。
私の余裕は、なくなっていた。
「祥子ってさ、本当に祐巳ちゃんの事になると弱いよね」
言い返すこともできなかった。

嗚呼、マリア様――
何卒明日は私に勇気をくれますように

あとがき
サリュー・ド・アムール。フランス語で「愛の挨拶」という意味です。
本編では、福沢一家に会うのに非常に緊張されていた祥子さま。
その裏側を書いてみました。
祥子さまにとっては外界は敵で、強気に立ち向かっていけるのかもしれません。
そして唯一の敵じゃない外界である福沢家の面々には弱気になってしまうのでしょうね。

サリュードアムール(ペオニーピンク)
分類:切り花系品種
作出:今井ナーセリー

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