#beat22 仕事が暇すぎて隠れた名曲が生まれました
仕事があまりにも暇なのでバンドをはじめました
「ロックスターになりてえなぁ」プロジェクト
【登場人物】
部長:ひろし ※別名「怪鳥」
課長:たつお(憑依霊:兄のかずや)
中堅社員:のぞみ(n.nozomi)
中堅社員:トシ(j.yabuki)
フィッシャーズの方々:高須部長、ひかる、アツシ、ジュン
◇ ◇ ◇
ペンタ・オフィシャルバンド決定! フィッシャーズ。
社内ライブの翌日、メールで社員全員に知らされた。
たつおの席で、かずやが顔を真っ赤にしている。突然、「ふざけんな」と言って、こぶしを机に叩きつけた。
ひろしがびくっとする。
いや、ふざけてないでしょ。トシは思った。
この状況のなか、のぞみだけが変わらずにPCの画面を熱心に見つめている。
「文句言ってくる」かずやが立ち上がった。
「どこにいくんです」
「よくわかんねえけど、とりあえず社長室か?」
「手荒なことはしないでくださいね」無駄だと思いつつもトシが言う。
かずやは飛び出した。
たつお、クビだな……。
意外にもかずやは三十分くらいで戻ってきた。
「社長いました?」トシが訊く。
「いや、場所がよくわかんなくてさ、総務の人間と話した」
真っ赤だったかずやの顔が元に戻っている。
「大人のバンド賞に出ていいってさ」
「えっ、たたってやるとか言って脅したんじゃないでしょうね」
「馬鹿言うなよ」
会社が提示した条件はこうだった。出るなら、勝手に出ていいよ。その代わり、会社の名前は絶対出さないでね。
「大丈夫、俺たちには仕事中の時間が有り余ってるじゃねえか。のぞみを見ろよ。負けてらんねえ、練習すんぞ」かずやは、口の端のほうをわずかに動かして、にっとした。
「仕事してる体でな」
◇ ◇ ◇
大人のバンド賞、関東ブロックの地区予選は11月23日に行われる。残すところ、あとひと月半。社内コンテストの熱が引いたかのように、あたりの空気が涼しくなってきた。
そんななか、季節感まで失ってしまったような気怠い〈業推〉の一角にて、「仕事量を減らす」かずやがそう宣言した。
トシにはそれが、自暴自棄になっているようにも聞こえた。
「このままじゃ、予選突破は厳しい」
「どのままでも厳しいですよ。つーか、もともと仕事がないでしょう」それくらいしか策がないことの裏返しなのでは……。
「だからちょっとは考えろって。まだ減らせる余地はあるだろう」そう言ってかずやは、ひろしの席の前に置かれた固定電話から、コードを引き抜いた。
ひろしは、かずやから顔を背けるようにして、電卓を叩いている。「ああれえ?」バリエーションのない、いつもの演技つきだ。
「トシ、知ってんだぞ。おまえ、たまにインターネット見てるだろ」
「そりゃちょっとくらいは……、いや待ってくださいよ。インターネットは仕事じゃないで、」言い終わる前に、かずやが、トシのPCからLANケーブルを引き抜いた。その勢いでひろしのものも引き抜いた。ひろしがすごい顔をする。
最近、会社の監視が厳しくなり、職場での携帯端末の使用が禁止されたところだった。かずやにネット環境まで奪われ、ひろしからすべての遊び道具が消えたことになる。
「のぞみはいいんですか?」
「あいつはいいんだよ。練習にネットが組み込まれているんだから」
「もう。必要なときは使わせてくださいよ。申し込みの書類も作らなきゃいけないんですから」
いつの間にか棲み分けがなされ、トシは、クレイジーバードの事務担当になっていた。
司令塔であるかずやの考えを、実行可能なプランにまで落とし込む。スタジオの予約をする。スタジオ練習の音源を録音したり、DTMでアレンジを練り直したり。そのほか、雑務であれば、なんでもだ。大人のバンド賞事務局への申し込みも、トシがやらなければならない。
のぞみは席で大きく構えたまま動かない。どっしりとしたものだ。せわしなく手や頭を動かし、落ち着きのないひろしと比べると、どちらが管理職だか分からない。
「のぞみの練習メニューですけど、変えたほうがよくないですか。画面のなかでギター見てるだけですよね。もうギターを買っちゃったわけですし。それに、充分ギターに愛情を持ってますよ」
「いや、奴はこのままでいいんだ。あいつ、もっと伸びるぜ」
「ええー」トシは不満げな声を洩らす。
「のぞみさ、今はなに見てるの」
トシの問いにも、彼は視線を動かさない。面倒くさそうに、「今までと同じだよ」と答えた。
「今までって、あの楽器屋のサイト?」
のぞみがうなずく。
「えっ、別のがほしくなっちゃったの?」
「んなわけないじゃん!」声を荒げた。ひろしがびくっとする。
聞けば、楽器屋のサイトにアップされてくるギター――それもマリーと同じ型のレスポール――を次々眺め、俺のマリーのほうが美しいとほくそえんでいるらしい。マリーの画像を表示した携帯が、常に横に置いてある。禁止事項に、ひろしはなにも言えない。
重症だな……。
「社内ライブは、出てよかったと思っている。改善点がわかったからな。元々、照準は大人のバンド賞に合わせてあると言っただろ?」
「そうでしたね」
のぞみは自主練のメニューに集中してしまっており、自ずと、トシがかずやの相手をすることになる。
「その改善点だが、俺の見る限り二つある」
「二つでいいんですか」
「まずだ」トシの言葉を無視して、かずやが続ける。「歌は、三人がユニゾンで歌うことにする」
「ユニゾンって、ハモリとかじゃなくて、まったく同じ音程で歌うってことですよね。一部のアイドルみたいな」
「ああ。メインボーカルはもちろん俺だが、トシとのぞみにも歌ってもらう。のぞむは練習で何度かギターボーカルをしているから問題ない」
そう言ってからかずやは、トシの目をじっと見た。
「叩きながら歌うってのは、本来、難易度が高いんだ。だけどおまえは、上体の軸がおそろしく安定している。どうだ? いけるだろ」
「練習次第ですけど、またなんでそんなことを」
「俺が歌ってるのを誤魔化すためだよ。別におまえらの歌自体はどうでもいいんだ」かずやは言い切った。
「声量の差からいって、ほぼ俺が歌っている形になると思う。けど、俺だけが歌うと、口の動きと声のボリュームに差があって不自然なんだよ」
社内ライブで、会場を恐怖のどん底に突き落としたあれだ。差があるというより、かずやの口元はまったく動いていない。
「なるほど、僕とのぞみが加わることで、声の出もとを曖昧にしてしまうというわけですね」
それなら口パクとたいして変わらないのだから、自分への負担は少ない。責任も負わなくていいと、トシはほっとした。
「次」
「はい」
「ひろしだ」
「その問題を蒸し返すんですか」トシはげんなりとした顔をつくった。
「あのダンス、何だよ! 意味がわかんねえよ」
「そんなこと、今さら言われても」
それは、当初からの問題が解決していないということである。とりあえず大物ロックバンドのステージで、ああいうダンサーがいたという前例がある。だから、なんの楽器もできないひろしを、そのポジションに放り込んだ。なんの思想もない。
なので、「なんで」と言われれば、当人たちにも答えようがない。観客からすれば、いっそう意味が分からないということになる。つまり、
「ひろしの動きにはストーリーがねえんだよ」
そういうことだ。
さすが、かずやさん。その分析能力は侮れない。
「まあ、そこをいじる気はねえよ。あいつの動きは、これしかないってくらいはまってんだから」
「今後の課題ですね」
言いながらもトシは、いったいこれは解決できるものなのだろうか、と考える。
「あと、バンド結成のエピソードもいるな」
「そうなんですよ」
バンド結成のエピソード。それは、大人のバンド賞に申し込む際に必要な資料である。もし決勝まで残ることができれば、それを元にしたVTRが作られることになる。
決勝戦の模様がテレビ中継される際、まずはバンドを紹介する5分ほどのVTRが流れ、その後で、バンドは生演奏をはじめる。
トシも昨年、テレビでその様子を観ていたが、はっきり言って、VTRの内容で、好感が持てるか、そのバンドを応援したいかが決まってしまう。ある意味、演奏以上に重要なものだと言える。
当然、予選の段階ではVTRはまだないが、応募時のエピソードと合わせた上で審査が行われるものと考えられる。重要なPRポイントだ。だからこそトシは、まだ申し込みができずにいる。とはいえ、期限はすぐそこに迫っているのだが。
「えっと、結成の理由を素直に答えるのであれば、『仕事があまりにも暇なので、バンドをはじめました』ですかね?」
「んなもん、テレビで放送できるかよ。つくるぞ」
「まあ、そうなりますよね……」
かずやは、のぞみのほうをチラっと見たあとで、「トシ、頼む」と言った。
「それも俺ですか!」面倒なところはぜんぶ俺じゃん。
「せっかく作るんなら、曲と結びつけたエピソードがいいだろ? お前の曲だ」
「…………」
トシの無言は、渋々承知といったところである。不満を言う代わりにこう言った。「このままで俺たち、本当に勝てますかね。地区予選には、あの、フィッシャーズもいるんですよ」
その名前を出したとたん、いつものトシならそこで言葉を切るところが、「実力差は分かってますよね?」と、止まらなくなった。語調もきつくなる。「俺にはどうしても、あの人たちに敵うなんてイメージができないんですよ。インパクトで勝負できるだなんて、一瞬でも考えた自分が恥ずかしい……」
本音が出た、と思った。トシはうつむいていた。
「……インパクト勝負だなんて、俺は思ってないぜ」
「え」トシは顔を上げる。そこには真剣なかずやの顔があった。
「俺たちが練習をはじめたのがいつか覚えているか」
「ええと」
「演奏曲の話だ。だから二週間前になる」
二週間……、まだ二週間しか経っていないのか。トシにはそれが、とても、とても長い時間に感じられていた。
「二週間であそこまで仕上げたんだ。俺はけっこうすごいと思うぞ」
「けど」
「あのとき、誰がまともに演奏を聴いていた? ぎゃーぎゃー騒いでいただけだろう」
「え、ええ」
「トシ、あまり落ち込むな」
そう、見えたのだろうか。
「俺はいい曲だと思うぞ、おまえの曲。時々はっとする展開があるんだ。これでも俺はものすごい数の音楽を聴いてきたんだぜ。曲の途中、ここでよくあのコードが出てきたなと思ったよ。なにより詞がいい。俺な、はじめて見たとき、ちょっと感動したんだぜ」
「かずやさん……」
トシには、かずやのその言葉が、なによりも嬉しかった。
入社して以来、つらいことばかりだった。なにをしても、どんなに頑張っても、誰にも認められなかった。誰も彼のことを見なかった。ぐっと涙をこらえる。
トシは、かずやとの会話が終わったあと、机の上で、そっと詞に目を通してみた。
大切なもの 詞・曲 トシ
(Aメロ)
明日へ向かって、今日は居場所を失くす
手にしたい理想も見つけられないまま
僕らは競って、時間を削るから
振り返ってたら置いてかれるよ
(Bメロ)
なあ、ちょっとだけ待ってくれないか
何か早いんじゃないか
(サビ)
大切なものはどこに行ったんだ
大切な人はあの日何を思ったんだろう
レールを後戻りして、拾い集めてから、必ず追いつくよ
(Aメロ)
過去は遠くへ、記憶を連れ去って消える
美しい思い出も、口ずさんだ歌も
僕らは願わず、レースの中にいる
立ち止まれずに駆け足になる
(Bメロ)
なあ、さっきからジンと痛むんだ
心が「オイ」と叫んでる
(サビ)
大切なものはどこに行ったんだ
大好きなことって僕にとって何だっけ
勝負を先送りして、探し求めるのは、今だと思うんだ
(サビ)
大切なものはどこに行ったんだ
大切なものよ、僕は僕でいたいんだ
流れにもがき続けて、未来(さき)も見えないけど、必ず君といる
いつでも君といる
ひと月後。
フィッシャーズの決勝進出は社内報に堂々と載った。彼らは見事、社の期待に応えた。そしてもうひとつ、オフィシャルに扱われることはないが、この快挙が噂にならないわけがない。
クレイジーバード(東京)、決勝進出。
【作者コメント】
はい、あとは決勝戦に向かって突き進むだけですね。
応援ありがとうございます!
Interview with クレイジーバード
《ギター》のぞみ。「仕事があまりにも暇なので、ギターを溺愛するようになりました」
《ドラム》トシ。「仕事があまりにも暇なので、やたらリズム感が身につきました」
《ベース》たつお。「仕事があまりにも暇なので、兄が憑依するようになりました」
《パフォーマー》ひろし。「工数がぜんぜん足りねえよ」
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