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【完結】beat30 仕事があまりにも暇なのでバンドをはじめました
仕事があまりにも暇なのでバンドをはじめました
「ロックスターになりてえなぁ」プロジェクト
【登場人物】
部長:ひろし ※別名「怪鳥」
課長:たつお(憑依霊:兄のかずや)
中堅社員:のぞみ(n.nozomi)
中堅社員:トシ(j.yabuki)
フィッシャーズの方々:高須部長、ひかる、アツシ、ジュン
◇ ◇ ◇
クレイジーバードは、フィッシャーズの横に立っている。
ひろし、かずや、トシ、のぞみ、高須、ひかる、ジュン、アツシ、全員いる。表彰式だ。決勝を戦ったバンドが、出演順にステージの上に集まっている。
フィッシャーズのメンバーは、皆、表情が明るかった。ひょっとしたら、彼らも何かにとり憑かれていて、今日、その憑き物が落ちたのかもしれない。
ひかるの目には涙の跡があった。ように、トシには見えた。いつか社内で自然に話しかけてみたい。そう思えた。
ひろしは、せっかく返ってきた魂が、またどこかへ飛んでいってしまったらしく、車椅子にぽかんと座っている。そして今度は、のぞみが車椅子に手を添えている。
今、会場では、司会者によって三位のバンドが発表され、次に二位が発表されようとしているところだ。
かずやは急に饒舌になり、表彰の最中だというのに、やたらトシに話しかける。なにやら急いでいるように見える。
トシは、演奏が終わった後に交わした、この会話が原因のような気がしている。
「かずやさん、やりましたね。俺、本当に感動しています」
「ああ、本当に奇跡みたいなステージだった。これもみんな、お前らのおかげだよ」
「いやあそんな、かずやさんのリーダーシップがあったからですよ」
「はは。まあそれはそうなんだけどな」
「もお、けっきょくは自分じゃないですか」
「ははは。お前らもよくやったって。よし、あとは果報を寝て待つとするか」
「ええ。でもまあ、入賞は無理でしょうね」
「え、なんで?」
「だって、入賞できるのと、印象に残るのとは、また違いますもん」
かずやの表情が曇った。
「普通に上手いバンドたくさんいましたよ。このコンテストの趣旨だってばっちり押さえてましたし。ウチはまあ……、怪鳥のあれは演奏じゃないですからね。審査員に怒られなかっただけ、よしとしましょうよ」
以来、かずやは黙り込んでいたのだ。
そして二位が発表されたとき、かずやはこんなことを言い出した。「トシ……、そろそろお別れだ」
「えっ、まだ一位が残ってますよ」
「俺はしょせん、しがない幽霊。すでにこの世を飛び立ってるんだ。それがたまたま、未練という名の、頼りない枯れ枝に引っかかっちまって、動けずにいたってだけの話だ。俺がつかまっている枝なんて、折れるときにはポッキリいくさ。こればっかりは仕方ねえんだ」
この台詞、即興じゃないよな。ぜったい考えてたよな。
「でも、あと五分や十分、どうにでもなるでしょう。どんだけ長い間、留まってたと思ってるんですか」
「たつおにひとこと言っておいてくれるか」
聞いちゃいない。
「俺、本当は、あいつが頑張ってたの知ってるんだ。あいつ、海外赴任してただろ。上から無茶な海外勤務を命じられてさ。けど、そのときは子供が生まれたばかりで、断れなかったんだ。必死で英語を勉強してたよ。あいつはあいつなりに苦労したんだ。大変だったろうな。だけどな、誰が見ていなくても、俺は見ていた。誰がなんと言おうと、俺はあいつの兄なんだ、味方なんだよ」
「かずやさん……」
「伝えてくれよな、『ブラザー、愛してる』と」
トシは涙ぐむ。「ええ、わかりました。でも、まだ発表の途中……」
「そして一位は――、」
「我が人生に悔いなし」
「かずやさん!」
「一位は、大阪の、『スーパーファンクジェネレーション』です」
場内が拍手で包まれる。
トシの目の前には、目をつむったたつおがいて、安らかな顔でにんやり笑っていた。
「かずやさん……」逃げやがった。
審査員長から優勝バンドに対する講評があり、その後、メンバーの何人かに簡単なインタビューが行われた。
トシも他の出演者も拍手をした。
トシの横の人が、目を細めて、「ここ、どこ?」と言ったので、「空気読んでください」とトシは答えた。
なんのパーチー……? バスローブ姿のたつおは、とりあえず笑顔で拍手し、空気を読みきった。
「ここでお知らせがあります」司会者がスタッフから渡された紙を手にマイクを構えた。「特別賞が出ました。クレイジーバード!」
おおお、と会場が沸く。その歓声は、優勝バンドのとき以上かもしれない。
司会者の言葉が一瞬遅れて頭に届いたとき、トシの目には涙があふれた。テレビカメラの前だというのに、それはどうできるものでもなかった。
のぞみも目頭を押さえた。たつおもなぜか泣いた。
トシは天井を仰ぐ。泣いているような、笑っているような表情で。
かずやさん、あんた早いよ。最後までせっかちな人だったな――。
気持ちを落ち着かせる暇もなく、近くで見るといっそう綺麗な女子アナから、トシにマイクが向けられる。
「いやあ、素晴らしい演奏でしたね」
「あ、ありがとうございます」声が震えてしまった。
「ドラムを叩きながら、あんなに歌が歌えるなんて、びっくりしました。なにか秘訣はあるんですか?」
「え、秘訣ですか」頭が真っ白になる。こんな場でインタビューに答えるなど、トシにとってはじめてのことだ。「秘密特訓をしたんです。えっと、あれ、自信です」
最後は単語になってしまった。話が飛んでいるのが自分でも分かる。けれど、つなぐ言葉が出てこない。
えっと、えっと。
考えるほど、気がはやり、思考の幅が狭まっていく。
「ほう、それはどんな」
「えっと、夜ひとりで……」
「わー、トシ、言うな!」のぞみが制止するが、トシは自分を止められない。適切な発言かどうかの判断がつかなくなっている。そして――、
「ひとりで、カラオケに行ってたんです」
「そうですか……。では、続きまして、ひろしさん」
番組終了まで時間がないようで、スタッフは話をまとめるために急いでいる。
のぞみがトシをにらんで、口をぱくぱくさせた。
それ、今はふつうだから。
「今回、ご出演されていかがでしたか。ひとことで結構です」
テレビカメラが、車椅子のひろしの顔を、アップで映しだす。ひろしは放心し切ったすごい顔をしている。
放送終了までもう時間がない。9秒、8秒、7秒……
「ひろしさん?」マイクを近づけられたひろしは、びくっとなり、素の顔に戻った。
5秒、4秒……
そしてカメラの正面を見て、ひと言こう答える。
2秒、1秒、
「ぜんぜん工数が足りねえよ」
――時は流れ、季節は巡って、今は四月。
ペンタ本社の正門近くでは、大きなしだれ桜が風に吹かれ、振り袖のような艶やかな枝をゆっくり優雅に揺らしている。
〈業推〉には、新しく人が増えることになった。
なぜ――?
テレビでのあの発言が大きかった。なんら筋が通っているわけではないのだが、特別賞のインパクトと共に、ひろしの言葉が独り歩きしてしまった。
トシ、のぞみ、たつおの三人は、いつものように席に座り、人目を憚ることなく大声でしゃべっている。
話題は、その、仕事が何もないのに人が追加される件だ。
「怪鳥すげえよ。結局、工数がないでゴリ押ししちゃったんだから」たつおが言う。
「やっぱ、あいつ無敵だな」のぞみは呆れるのを通り越して、賞賛の言葉をおくる。
「訳がわからん」トシは頭痛がしてきて、頭を押さえた。「この怪現象をどう解釈すればいいんだろう」
窓の外に、風の吹く音が聞こえる。
強い春の風が、満開の桜のあいだを吹き抜け、淡く、街中を染めているのだろう。
しばしの沈黙のあと、
「新しいベーシストがくると思えばいいんだよ」
のぞみがそう言うと、たつおは「は?」と言い、トシは「そうか」と微笑んだ。
怪鳥が席に戻ってくる。
タタタターン。三人はいつものようにぴたりと口を閉ざした。
桜色の風の音を聴きながら、トシは軽やかにキーをタッチする。
j.yabuki《そんなわけないって》 (了)
Interview with クレイジーバード
《ギター》のぞみ。「仕事があまりにも暇なので、ギターを溺愛するようになりました」
《ドラム》トシ。「仕事があまりにも暇なので、やたらリズム感が身につきました」
《ベース》たつお。「仕事があまりにも暇なので、兄が憑依するようになりました」
《パフォーマー》ひろし。「工数がぜんぜん足りねえよ」
最後まで読んでいただきまして、誠にありがとうございました!(感想もお待ちしております🙇♂️)
のちほど、創作秘話も書かかせていただきますね。
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