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虹をつかもう ――声――
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朝が来れば、ぼくの生活の多くを占める、第一の日常、つまり学校生活の時間がくる。どれくらいの人間が、その「第一の日常」を楽しんでいるんだろう。
ぼくは、たとえるなら、楽しくもないが、むしろ苦しいことばかりだが、生活のためにだけに会社に行くサラリーマンの側に、完全に行ってしまっている。
嫌がるほど時の流れは速く、舞台は学校。一限目が始まって、しばらく経つ。皆、眠いのか、数学への拒絶反応のためか、比較的静かだ。
先ほど、スリー藤沢が、ゴオと大きないびきをかいて、どっと笑いが起きた。どこまでもおっさんだな。さすがにこれには、序列関係なく、みんなが笑った。その件で、ビリーがあとでやられるかもしれない。どこまでも駄目なやつ。
序列が次に下の、仙人は笑っただろうか。ぼくはそちらをチェックしていない。仙人とは逆方向の、天女木原を見ていたからだ。彼女は笑わなかった。黙々とノートをとる。
どうも意識せざるを得ない……。昨日のあの子は、本当に彼女だったのだろうか。存在すべてが神秘めいている。
ふと思う。この一年間で、彼女と、一度でも会話をすることがあるのか? いや、クラスの人間は、彼女とのコンタクトに成功するのか? それくらい見事なシカトのされ方だった。
昨年から、彼女の噂は耳にしていた。これだけの美女が話題にならないわけがない。彼女のあだ名は、天女、ヤクザ嬢、ヤクザの愛人……。
ヤクザが多め。
近づきがたい迫力があり、また、強力な拒絶感のあらわれというか、彼女は授業以外でイヤホンを外さない。落語でも聞いていたらどうしよう?
はあ。俺も暇だなと、ため息をつく。休み時間は、不良たちに対して気を張っていなければならないし、授業は授業で退屈。暮らしにくい気候だ。夏は暑く、冬は寒いみたいな。
せめてブログのネタでも考えることにした。シャープペンを回す。
『三田隆 くんの日記
件名:探偵家業はじめました。
歩道橋のうえに、なぜかカラーボックスが三つ並べて置いてあった。
3✕3のマス目になっている。ある日3✕2の場所が破壊され、次の日は2✕2の場所が破壊された。
この暗号は何を意味している?
XXXXXXXXXXX
というか、酔っ払いの仕業だろ。
世の中の不思議の98%は酔っ払いがつくっている』
『XXXX年XX月XX日のメモ。
シャホウとホホウ。どういう字を書くのだろう。
シャホウで、邪気を捨てる。ホホウで、外気を取り込み、内気へと変える。
ぼくがいつも不安でたまらないのは、身体のなかに邪気がたまってるからだと師匠は言う。
邪気とは要するに、精神的、物質的な、悪いエネルギーのすべて。ストレス、緊張、怒り、悲しみ……。だから、シャホウでまずは邪気を捨てなきゃいけない。特にぼくは、シャホウが必要なんだとか。
たくさん捨てなきゃいけない。きっとものすごい量だ。ぼくは邪気のかたまりなんだと思う。もしも、ぼくが救われたなら、今度はぼくが苦しんでいるだれかを救いたい』
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教室の空気は膠着状態。不良一軍と二軍が、スポーティー軍団と拮抗し、ビリーは一軍のおもちゃとなっている(ある意味こいつは一軍なのかもしれない)。
そして、仙人とぼくが、それぞれ独自のポジションを築いている。なんて、言えればいいのだが、ぼくはあの人と比べてキャラが弱すぎる。もっと笑いをとっていかないと。それも、ゆるく、ゆるく、だ。決して目立ってはいけない。たとえるなら、六十度くらいの熱さのお茶。非常にむずかしいサジ加減だ。
今の状況があるからこそ、心の師匠の偉大さが分かる。目指すは、お笑い芸人セイウチさん。あの人のような、ちょっと面白い、そして憎めないキャラを確立する必要がある。
膠着状態を揺るがす事件が起きたのは、この日の午後。それは、けっして動かないと思っていた人物がきっかけだった。
昼休みの終わり際、あと五分でチャイムというところ。ぼくはいつものように漫画雑誌を開いている。今日は木原のいる通路側を見るのが癖になってしまっているようで、ふとそちらに顔を上げたとき、反対の側から足音が近づいてきた。
視界に、舟木は入っている。藤沢も……。いったいだれだ? ぼくは気づかないふりをする。
「よお、みっちゃん」ねちっこい、鳥肌の立つような声。全身が一瞬で不快感に覆われる。同時に、塾での渾名をこちらの日常で呼ばれたことに、寒気がした。塾とだけはつながってほしくなかった。
「おまえ、みっちゃんって呼ばれてんだって?」
ナンバーツーだ! 顔が近い。ぼくは、自分の顔がひきつらないように力を込める。
ツーの顔は、妙に歪んでいる。顔のパーツのバランスが悪いというより、表情筋が不自然な方向にそれらを引っ張っている感じ。肌が、不健康な、嫌な黒さをしている。
こいつの意図はなんだ?
「ええ、なんで!」ばつの悪い感じで、大げさにリアクションしてみる。
「ひゃはは」
なにが面白いんだ。ツーは、となりの机に手を置いて、ぼくに覆い被さるような体勢をつくる。
「まいったな」眉根を思いっきり寄せてみる。
顔芸とか要求されても、これ以上は無理だぞ。
「ひゃはは」
だから、ひゃははじゃねえよ。しゃべってくれないと、こっちのペースにもっていけないんだって。
〈イカレ〉マックス。
ツーの特徴だ。ここでのやりとりは、細心の注意を必要とする。
彼は、たいして強そうに見えないが、とにかく危うい。だいたい、誰をぼこるぼこにするだの、どの女子に手を出すだの、一軍のよからぬ計画は、こいつが考えている。暇で暇で仕方がないのだ。そして他人を巻き込む。
この手のタイプが一番ニガテ。ツーには、身体的にも変わった特徴がある。手のひらの火傷の痕。中央部分に不気味に大きく広がっている。彼のキャラクターを象徴しているように思えた。
ツーはまだしゃべらない。
明らかに、おまえのターンだろ。
だめだ、こちらから話題を広げるしかない。しかし塾の話しだけは避けたい。なんで、今日に限って俺に絡む。
ツーは、獲物を物色し、どう楽しむかの品定めをしているように見えた。こいつに絡まれたら終わり。根っからの享楽主義者。その火傷にしたって……。
ピピピ。
そのとき、どこかで携帯の着信音が鳴った。このクラスは授業中でも誰かの着信音が平気で鳴るが、シンプルすぎてこれは目立つ。
そしてその携帯の持ち主は――、
七瀬、あの仙人だった。
彼は、席から立ち上がり、ポケットに手を突っ込む。
突然クラスが沈黙し、彼に注目が集まる。
携帯、持っていたのか……。そう思ったが、今は突っ込まない。突っ込めない。
仙人は携帯に出た。そして、
「ああ、ひさしぶりだな」
しゃべった。普通の声で。
驚いた。高くもない、低くもない。なんならさわやかな声にすら思えた。
仙人は、何度か相打ちを打ったあと、「かけ直す」
そうぶっきらぼうに言って、前の通路を歩き、木原のまえを通り過ぎて出ていった。というか、帰ったのか。手には鞄があった。
「あいつ、生意気だよな」
ツーが言う。「いつも、ひとりでかっこつけやがって」
「かけ直す、って相手オカンだったりね」
ツーが笑う。声の音量が倍になると、不快感も倍になる。「おまえ、おもしれえな」
が、ともかく、ぼくが一発入れたことは間違いない。
「あの髪型もカッコつけてるよな」
「寝癖、寝癖」
また、まとわりつくような笑い声。
意図せず二発目が入った。こいつ、笑いのレベルが低い。全然たいしたことは言っていない。
「おもしろいこと言うじゃん、みっちゃん」
だから、そんなに面白くないんだって。
これ以上はまずい。必要以上に気に入られるな。毎回、こんな感じで近寄ってこられたらたまらない。さじ加減を調整する。「はは、あの人、突っ込みどころが多すぎるんだよね」
「かまって欲しいのかもな。そろそろ遊んでやんないと可哀相だな」
「はは」矛先が、あっちに向かうのだろうか。こいつの場合、口だけの気がしないでもないが。
「あいつの机、見てみねえか」
「おもしろそう」反射的に答える。いやいや、もう勘弁してくれないだろうか。
窓際の、仙人の机へと向かう。ツーの所属する一軍は、彼らだけでなにやら騒いでいるようで、ツーとぼくだけの行動になる。
「なんだ、なにも入ってねえじゃんか。おもしろくねえ」
助かった。ぼくにリアクションを期待していたのだろう。
皆の視線が気になって、教室を見回す。みんな、思ったほどこちらを見ていない。
――と、そこで、生徒の隙間から、はじめて木原と目が合った。それは、刺すような視線だった。ヤクザ嬢。たしかに、これは怖い……。ぼくは顔ごと大きく視線を逸らす。
自動的に窓の外に目が向く。七瀬――。
仙人がグラウンドを横切って、門を出ようとしたところだった。
近くで、がたがた音がする。
「つまんねえな」
ツーが他の誰かの机を漁り、ネタを探している。見なくても分かる。それにはまだ応えず、窓の外に目を据える。
仙人がグラウンドの端に消えようとして、門に、ちらりと人影が見えた。
チャイムが鳴り、ぼくは視線を戻す。ツーは興味をなくしたのか、すでに一軍のなかに戻っていくところだった。
事件のはじまりは、あの電話だった。
そして、門の陰に見たスーツ姿の男。いや、そのときは、スーツ姿だと認識できていたか怪しい。そのときのぼくは、男性だ、あるいは、くたびれた感じのおっさんだ、と認めただけかもしれない。
あれは、爆弾事件の担当刑事じゃないか、とつながったのはいつの頃だったか。
===
クラスの力関係(数字は、何番目の権力者という意味)
不良一軍:ワン(1)、ツー(2)、藤沢(3)、5、6
不良二軍:9、10、12、13、14
スポーツ:フォー氏(4)、7、舟木(8)、11
その他:ぼく(15)、仙人(16)、ビリー(17)
ツー(2番)
〈腕 力〉2
〈頭 脳〉3
〈イカレ〉5+
〈コ ネ〉4
〈オーラ〉1
〈愛 嬌〉0
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