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すり抜けアパートのミステリー

警察に電話をしたことが、過去に一度だけある。

そう書いてみると、意外と平和な日々を送ってきたなあという感想も出てくるが、警察なんてよほどなことがない限り電話をするものではない。そう、犯罪に巻き込まれない限りは。

話は大学時代にさかのぼる。大学1年生のときにつかまった悪魔の牢獄アパートを出て、大学2年生からはごく普通のアパートに引っ越すことができた。

牢獄アパートの話(↓)

ワンルームだけど、築浅・駅近の優良アパートだ。牢獄アパートのときの苦労をこれで回収できると思っていた。

ところが、事件は大学4年生、あと半年でアパートを出るくらいのタイミングで起こる。

アパートは、壁が薄かった。このアパートが特別薄いというわけではなく、周辺の学生向けのアパートはどこもそんなものだったと思う。

よその部屋がかけている音楽の音量が気になる。また、こちらの部屋の音楽もうるさかったかもしれない。

友人を部屋に呼んで遊んでいたとき、上の部屋から壁ドンというか、床ドンをされたことがある。もちろん、ストップ・ザ・ミュージックだ。

事件前のひと月ほど、隣の部屋からの音楽がうるさかった。

わたしの部屋は102で、隣の101は管理人の息子が住んでいる。さらに隣の100(部屋番号不明)は管理人が住んでいる部屋だった。

なぜ隣の人の素性を知っているかというと、たしか隣室の騒音について管理人のおじさんに苦情を言ったときに教えてもらったからだと思う。

苦情を受け付けてくれたわりには、隣室のボリュームは下がらなかった。わたしは自室の音楽のボリュームを上げて気にならないようにした。

事件の日、家庭教師のバイトからわたしはアパートに戻ってきた。鍵をドアに差し込もうとしたが様子がおかしい。なにか変なものを押しているような感覚がする。

無理に押し込むと、なんとか鍵を開けることができた。鍵の先には、セロテープのような、接着剤のような、粘着性の物質が付着していた。

部屋に入ると、すぐに異変に気付いた。MDコンポから水がしたたっていたのだ(当時は音楽の記録媒体としてMDがよく使われていた)。6~7万円もしたセパレート型のプレイヤーだった。

水をふき取り、電源を入れてみたが、完全にショートしている。怒髪天を衝くとはまさにこのこと。わたしは怒り狂った。

瞬間的に、犯人は隣人、管理人の息子だと確信した。なぜなら、管理人室のスペアキーを持ち出せるからだ。わたしが帰宅したとき、「鍵はかかっていた」のだ。

スペアキーでも持っていなければ、わざわざ鍵をかけて部屋を出る理由がない。見つかるリスクが高まるだけなのだから、鍵のことなど考えずに、さっさと退散するはずだ。

躊躇なく警察を呼び、推理を話した。警察官が2人来たのだが、どうも真剣さがない。調書をとるだけ。指紋をとってくれるわけでも、現場の撮影をしてくれるわけでもない。被害額が小さいからだろう。

年配の警察官が調書をとるのに、MDコンポの説明を何度も求められた。おじさんはMDが何かわからないのだ。
「え、今、なんて言った? えぬ、でぃー、なに?」
「いや、MDです」
「え?」
そこ、本質じゃない!

こんな不毛なやり取りを何度も繰り返した。けっきょく警察官とのやりとりはMDとは何かを説明した記憶しかない。

わたしは状況的に、管理人の息子が犯人だとしか思えなかったのだが、謝罪してもらうことも、弁償してもらうこともできなかった。管理人のおじさんは「ウチの子はそんなことをしない」と情に訴えるだけだった。

管理人としての立場上、否定する以外に選択肢がないこともわかる。こちらも、あと半年でアパートを出ることが確定していたので、これ以上の追及はあきらめた。

わたしには悔しい気持ちだけが残ったし、その後20年間、犯人は管理人の息子のままだった。

だが先日――20年後の世界だ――帰宅のために都内の坂を上っていると、ふとこのストーリーがよみがえり、ある考えが脳裏をよぎった。

あれ……、自分が疑われるのに、わざわざ鍵を閉めたりするか?
もしかして、ミスリードのために鍵が閉められた?
あれか、あのときの謎の付着物がトリック? 正規の鍵が使われたなら、鍵穴がそんな変な状態になるわけがない。
ということは……犯人は上の階のやつか! あの、床ドンのやつ!

登場人物がもう誰も存在しない世界で、事件は新展開を見せたのだった。


不思議な物件シリーズ ①
(このPartⅡが注目noteに選ばれたので、続けて読んでみてね)

不思議な物件シリーズ ②

不思議な物件シリーズ ③

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