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#beat10 仕事が暇すぎて人外のものが降臨しました

これは草食系ブラック企業(職場)のリアルなドキュメンタリーだ。草食系ブラックは社員の能力・やる気・成長機会を根こそぎ奪い、廃人同然にしてしまう。まるでこの世の果てのような理外の空間には、様々な怪現象が現れる。

【登場人物】ひろし:部長(※別名「怪鳥」)、仕事をしない。たつお:課長、仕事をしない。のぞみ:中堅社員、以下同文。トシ:中堅社員、以下同文。

◇ ◇ ◇
たつおの進化が止まらない。深化と言うべきか。
レイアウト移動により、その姿が他部署に晒されるようになってからは、しばらく眠るのを堪えていた。だがこの男が、己の睡眠欲に耐えられるはずもなく、別の方向に進化をしはじめた。

次第に、上体の揺れが少なくなってきた。電車などでよく見る首カックンもない。背筋はしっかりと伸び、姿勢がいい。右手はマウスにそっと添え、左手はキーボードの端に置く。

彼は、微動だにしない。ただ目を閉じているだけと言っていい。口の両端が、やや持ち上がったその表情は、仏様のように安らかである。これはもはや居眠りと呼ぶべきものではなく、瞑想に近い。たつおの顔を凝視しない限りは、一時的に目を閉じている人のように見える。

のぞみの席からは、たつおの高く設置されたPCモニターが邪魔になり、身体を捻らなければ、たつおが眠っているかどうかの判断ができない。暇を持て余すあまり、その道の専門家となった彼は、マウスを握るたつおの指先を見て判定を行う。たつおが眠っている場合は、右人差し指がマウスのホイールからわずかに浮いているのだという。

カシャ。大きなシャッター音。のぞみの携帯である。
この頃、たつおの寝顔を撮影することが、彼のマイブームとなっている。怪鳥が席を立ったタイミングを見計らって、携帯をたつおに向ける。

カシャッ!
たつおが「んん」と言う。今度は頭頂部を狙ってもう一枚。もはや撮影会である。
「んおーい、なにやってんだよぅ」たつおが寝起きの声を出す。

のぞみはすでに、たつおの勇姿を、何十枚とコレクションしている。
記念ですよと、のぞみは言う。言われてみれば、たしかに、課長が当たり前のように眠っていて、それを部下が激写しているような職場はあまりない。

貴重な機会のような気がしてきて、トシも携帯を取り出す。たつおが伸びをしているところを捉えた。
「おい、人が気合い入れてるところを」
んんー、とたつおは両腕を伸ばす。もう慣れっこになっているようで、特に怒る様子もない。というか、まず寝るな。 

カシャカシャ、カシャカシャ、業推にでっかい音が鳴り響く。
「いちいち撮るなよお」
「いや、女の人に紹介しようと思って」そう言って、のぞみがまた携帯を向ける。
「おいおい、恰好よく撮ってくれよ」たつおは、まんざらでもなさそうだ。「俺、四十以上じゃないと駄目だから」
たつおは、親指と人差し指でVの字をつくり、顎にあてた。

無法地帯――。本当に周りの人はどう思っているのだろう。やつらと関わってはいけない、目を合わせるな。この集団はギャングの扱いなのかもしれない。
怪鳥が戻ってきた。
タタっ、ツターン、ンツツっ。トシは鮮やかなリズムで机を叩いた。

◇ ◇ ◇
ここで怪談をひとつ。
ある暑い日のことだ。瞑想中のたつおには、何かが降りてきているように見える。彼は、目を見開いてるというか……、顔つきが違う。
目つきはりりしく、眉の端がぎゅっと上がっている。顔の上半分が独立しているかのようだ。怪鳥は変態のごとく、はあはあ言っている。

瞑想中、突如としてそういう顔になった。表情はぴくりとも動かず、瞬きさえしてないように見える。寝惚けているのか?
目と眉を除けば、普段となんら変わったところはないのだが、目つきが違うだけで、人は別人のように見える。

最初は、チャットソフトでのぞみから報告があった。「たつおがめっちゃ怖い」と。
トシも確認する。たつおに漂う空気は尋常ではない。
斜めの角度から覗き込むように凝視しても、たつおに反応はない。意識があるようには見えないのだが、その表情からは、強い意志を感じる。

トシとのぞみは、チャットで作戦会議をした。暇とひまとヒマしか存在しない業推においてひさびさの事件だ。たつおであって、たつおでない? どういうことだ? 本人に聞ければ一番いいのだが……。
怪鳥が席を外したときに、のぞみが口に手を当て、そっと、「下のお名前うかがっていいですか」と訊いてみた。

そのときの恐怖を二人は忘れない。
たつおの口から、返事が返ってきた。いや、口の奥から、聞こえてきたのだ。
ひとこと、「かずや」だと。

訪れる静寂。その後すぐに怪鳥が戻ってきたため、二人はまた水面下で議論をする。
j.yabuki《怖えええーーー!》
h.nozomi《やべえーーー!》
たつおの別人のような表情は、度々、現われては消え、そう長く続くわけではない。彼がたつおであると確信を持てるタイミングを狙って問いただしたい。

怪鳥、早くどっか行け! こんなときに限って、ひろしはハリボテモードに入ってしまった。なんて邪魔なんだ。
ようやく機は訪れ、17時になろうかという頃、今度はトシが訊ねた。
「あの、課長……、かずやさんって、知りませんか」
たつおが、気の抜けた顔で答える。「ああ」

その答えは身の毛のよだつものだった。
――死んだ、兄らしい。「よく知ってるねえ。誰から聞いたの?」
怖っ! ついに人でないものが、この異空間から現われた。真夏の怪談。二人は、どんなに空調の利いた場所よりも、ひんやりと冷たいものを肌に感じた。

トシは、眉間に指を当てて考える。待て、冷静になれ。たつおの演技じゃないのか。
怪鳥が、はあはあうるさい。おまえ、ほんとにセクハラで訴えるぞ。
たつお、また寝るのか! かずやさん現われるだろ。
のぞみ、どこ行った?

いや、それよりなにより――、
なんだ、この職場!

◇ ◇ ◇
こんなときに恐縮だが、ふたたび未来からの社内報をお届けする。
前回の11月号からさらにひと月さかのぼったもの。

社内報10月号《食欲の秋、芸術の秋、音楽の秋です。
――「秋の音楽祭」開催間近! FUJIIテレビ主催「大人のバンド賞」に向けて、ペンタのオフィシャルバンドを決定いたします。当コンテストの優勝バンドには、来月の関東地区予選に向けて、会社が総力を挙げてバックアップします。現在、エントリーは六組、「ペンタとニック」「フィッシャーズ」「Ex. Children」――、「クレイジーバード」(応募順)》

仕事があまりにも暇なのでバンドをはじめました

「ロックスターになりてえなぁ」プロジェクト

Interview with クレイジーバード

《ギター》のぞみ。「仕事があまりにも暇なので、ギターを溺愛するようになりました」
《ドラム》トシ。「仕事があまりにも暇なので、やたらリズム感が身につきました」
《ベース》たつお。「仕事があまりにも暇なので、兄が憑依するようになりました」
《パフォーマー》ひろし。「工数がぜんぜん足りねえよ」

男たちの熱き戦いが、さすがにはじまる!

【作者コメント】
やっと物語が動いたー! これでバンド小説っぽくなるはず。オープニング曲流すの、これで3回目。

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