
beat28 仕事が暇すぎて白き衣の変質者が駆け込んできました
仕事があまりにも暇なのでバンドをはじめました
「ロックスターになりてえなぁ」プロジェクト
【登場人物】
部長:ひろし ※別名「怪鳥」
課長:たつお(憑依霊:兄のかずや)
中堅社員:のぞみ(n.nozomi)
中堅社員:トシ(j.yabuki)
フィッシャーズの方々:高須部長、ひかる、アツシ、ジュン
◇ ◇ ◇
全国のテレビ画面、そしてここ、ステージ奥のスクリーンには、演奏前のクレイジーバードのVTRが流れている。
『ひろしさんとは、父の入院している病院で出会いました。最初に見たときは、ちょっと鳥みたいだな、と思いました。失礼な話ですよね――』
決勝戦進出にひと役買った、あの偽エピソードだ。手紙を朗読するスタイルにアレンジされている。
エピソードの完全版はこちらに収録(↓)
映像は、本来なら、その病院での画(え)があってもよさそうなものだが、病院側の許可が下りないということにしているので、これまたひろしの故郷と偽った場所の、田園風景の様子が映っている。
『――ひろしさんはすっかり心を閉ざしていたんです。病名は伏せますが、ひろしさんは、楽器の弾けない身体です――』
実る稲穂、小川のせせらぎ、真心のこもった手紙。本人が映らないことにより、いっそう泣かせる演出に仕上がっている。
『――あの日からひろしさんは僕たちのバンドメンバーになりました。ダンサーも、音楽を表現していることに変わりはありません。僕たちは、ひろしさんのリズムで演奏しているんです。ひろしさんは、僕たちの指揮者なんです。ひろしさん――僕たちは彼のことをこう呼びます。熱きロック魂をもった、クレイジーバードと』
ナレーターは、それから少し間をとって、『ベース、たつお』と言ってしめた。
VTRが終わると、会場からは涙ぐむ声が聞こえた。
「……いい話ですね」辛口審査員の声だ。
「おお、けっこういい空気になったんじゃない」トシは少しほっとする。
のぞみは、「作り話だけどな」と言ったあと、「そのたつおは遅刻中なんだけどな」と加えた。
司会者がスタッフに渡された紙に目を落として言う。
「ええ、演奏の直前ですが、クレイジーバードさんからパート変更の申し出がありました。ひろしさんのパートが、『ダンサー』から『パフォーマー』に変更されています。ひろしさんに何かあったのでしょうか」
心配そうにアシスタントの女子アナウンサーが応じる。「症状が悪化して、ダンスができなくなったということでしょうか。『パフォーマー』なんてあまり聞いたことがないですね」
「『ダンサー』もたいがいないですけどね」
司会者はもっともなことを言った。
次にこう続ける。「ええ、ここで補足事項があります。ひろしさんですが、VTRにもありましたように――」
通常の進行であれば、この時点でバンドはスタンバイが完了しており、すぐに演奏に移ることになるのだが、クレイジーバードは特別に、VTRのあと、車椅子のひろしを押して登場する手筈になっている。
これは、バンド内で車椅子の演出が持ち上がったときに、番組のスタッフと相談して決めた話だ。
変更点といえば、本来ならかずやが車椅子を押すことになっていたのだが、今回はやむを得ず、ジャンケンでのぞみに負けたトシが押す。
なお、かずやのベースは、スタッフに無理を言って、VTRの間にセッティングしてもらった。ステージ右端のアンプの近く、楽器スタンドに立てかけてある。
「やっぱり、トライアンガーとかにしたほうがよかったんじゃないの」司会者のやり取りを聞いていたのぞみが言う。
「ダメだって、それを前面に出しちゃ。もっとぼかさないと。ぜんぶ含めてのパフォーマンスなんだから」
「もう、発想が怪鳥っぽいな」
「仕方ないじゃん」あっ、この言い方も怪鳥っぽいな。「でも本当に仕方なくない?」
「はいはい」
「そうだ、さっき話したとおり、体当たりはやっぱりなしで。怪鳥の手を取って優しく鳴らしてあげて。せっかく同情票が入ってるんだから」
「いやだなあ」
「俺だって、車椅子押すんだから」
ひろしのことにすっかり気を取られていたところ、「あれ、なんでギター出してないの?」トシがのぞみのハードケースに気づく。
「いや、直前に。トシが車椅子を押す間にそれくらいの時間はあると思って。このごろ、マリーを見ると二人だけの世界に入っちゃうんだよな。しばらく戻ってこれなくなるかも」
「おいおい」
問題児がここにもいた! のぞみの狂気が進んでいる。
「そのハードケースの中身、大丈夫なの? 空けてみたら、とんでもないことになってたりしない?」
「とんでもないこと、ってなんだよ」のぞみの声が尖る。
「いや、チューニングとか」
「大丈夫、大丈夫」
どんだけ不安要素があるんだよ。
「――というわけなんです」司会者が説明を終えた。
「では、クレイジーバードの皆さん、どうぞ。演奏曲は、オリジナル曲『大切なもの』」
トシは、ゆっくりと車椅子を押した。ステージの端にひろしの姿が見えると、会場からは拍手が起こった。すいません、すいません。トシは心の中で何度も謝罪をする。
マリーを抱えたのぞみが、足早に舞台の左端まで移動し、シールドをアンプにつないだ。
車椅子が舞台を移動している最中も、ひろしはまったく動かない。手に持っているトライアングルを鳴らしそうにもない。それでいい。時間稼ぎになる。
そして舞台の中央までひろしを運び終わり、トシが車椅子から手を離した瞬間、
「チーン」
突然ひろしが鳴らした。
この野郎! トシは舌打ちをする。最後まで百害あって一利なしだな。
トシはドラムセットへと駆ける。もう演奏をはじめざるを得ない。
そのときだった。会場の奥から悲鳴が上がったのは。
はじめは何が起きたのか分からなかった。奥のほうに、ステージに向かって猛然とダッシュする何者かの姿が目に入った。全身を、真っ白な衣服が包んでいる。
いや、あれはバスローブ。かずやさんだ!
突然現われた変質者に、場内が騒然とする。かずやの後ろに、後を追ってきた警備員が迫っている。
警備員が、かずやの肩をつかんだ。そのつかんだものはバスローブだったらしく、警備員は体勢を崩す。
バスローブを脱ぎ捨て、かずやは走る。正体不明のパンツ男に会場から悲鳴が上がる。このパターンは……、悪夢の再来。
左右の非常扉から、数人の警備員が飛び出した。
つかまる!
「ウチのバンドメンバーです!」
トシが会場中に響き渡る声で叫んだ。
警備員の動きが止まる。会場の悲鳴までもが止まり、全員の視線がトシに向いた。かずやは、ステージまで目と鼻の先だ。
かずやさん……。
トシはようやくかずやの表情をはっきりと確認できた。
――様子がおかしい。歯を食いしばり、目が充血している。トシのことをまるで認識できていないようだ。
かずやさんは、今もたつおと戦っている!
かずやが舞台につづく階段を駆け上がる。舞台右端のベースに、一目散に向かった。
やるしかない。トシは、スティックを握った手に力を込める。
かずやがストラップを肩にかけたことを確認して、カウントをとった。
トシの自作曲、「大切なもの」――、一拍目から、ドラム、ベース、ギターが全開となるアレンジは変わっていない。
さあ、総仕上げだ。
Interview with クレイジーバード
《ギター》のぞみ。「仕事があまりにも暇なので、ギターを溺愛するようになりました」
《ドラム》トシ。「仕事があまりにも暇なので、やたらリズム感が身につきました」
《ベース》たつお。「仕事があまりにも暇なので、兄が憑依するようになりました」
《パフォーマー》ひろし。「工数がぜんぜん足りねえよ」
他の作品もぜひ読んでみてね。音楽であふれているよ。
わたしのアカウントを乗っ取った木原さんが活躍するライトノベル。
ディープな記事を集めたメンバーシップ。
いいなと思ったら応援しよう!
