虹をつかもう ――友――
25
夢のような出来事だった――。
七瀬は、戦闘など何もなかったように先を行く。ぼくの塾の方向だ。いつもと変わらないマイペースな歩み。こうのんびりしていていいものかと思ったが、先の様子から、おそらく奴らは、すぐには追ってこないだろう。
とにかく、助かった。礼を言うことも忘れ、ぼくは話しかけた。「な、なにをしたの」
振り向いた七瀬の表情に、高揚した様子は見られない。
「ああ、ネズミみたいな顔のやつを蹴った」
「そうじゃなくて……。なんだろ、あの動きは? なんで南野の動きが分かったの」
「ネズミのこと? あいつが来るってのは、分かってたからな。俺の前にいたやつは、自分は何もしないって、決め込んでた」
ワンのことだ。しかしなぜ……。
「そのくせ脇のやつは、ちらちら揺れてた。落ち着きがなくて、いかにも狙ってますって言ってた。それで分かりやすい大振りなんだから、芸がないね」
揺れてた? なんの話だ。
疑問は多々あったが、まずは七瀬が、こんなにもしゃべれることに驚いた。それは、だいぶフランクな話し方に思えた。
「そういうのを読み取ったってこと?」
「そうだね」
会話が切れる。
道幅は、あまり広くないため、ぼくはやや後ろからついていっている。
七瀬は、ぼくのことを仲間だと言ってくれた。そう思っていいのだろうか……。会話が続かないこともあり、気になっていたあの疑問を、思い切って訊いてみることにした。
「えっと、覚えてるかな。七瀬くんが、この前、セイさんの家に入っていくのを見たんだけど」
あえてニッチなお笑い芸人――セイさんの自宅だと断定してみる。
「セイさん?」
「セイウチ・ウォルラス」
「じじいか。芸名だっけ。あいつ、どういうセンスしてるんだろうな」
じじいって……。「その、どういうつながり?」
「うーん、むずかしいな」やや考えたような間のあと、彼は、「大家?」と答えた。
「住んでるの! というか、あそこアパートなの?」
「まあそうだな」
「ええ! 俺、すごくファンなんだ」
「えっ、あいつの? 信じられん。おまえ、変わってるな」
この人の感情がはじめて動いた気がした。
表情を盗み見ると、眉根もちょっと寄っていて、ますます普通の人のような気がしてきた。
とはいえ、「はは」
あんたほどじゃないよ、という突っ込みはまだやめておこう。
どうやら、七瀬がセイさんの弟子という線はなさそうだ。言葉の端には、尊敬の念がいっさい感じられない。
「このあいだ、門の前まで行ったんだけど、でも、七瀬くんを見て、セイさんの家だっていう自信がなくなってきてさ、それで引き返しちゃったんだよね」
「正解。あのじじい、けっこう気難しいぞ」
「え、そうなの」
「話しておいてやるよ。じじい、どんな反応するんだろ」
「あ、できれば弟子入りしたいって!」
なんだ、こいついい奴じゃないか。
七瀬が呆れた顔をしたように見えた。無言だが、それは了承の意味であるようだった。そのまましばらく歩いたところで、
「そうそう」
「うん」
「おまえのこと、仲間だと思うから、だから、俺のことはさん付けしろ」
「え?」
一瞬、思考が止まる。仲間と、さん付けが結びつかない。明らかにそれは上下関係があるものに思える。
「う、うん……」
彼の人間性がますますわからない。やはり、変人は変人なのかもしれない。
しばしの沈黙のあと、ぼくは大事なことに思い至って訊く。「な、七瀬さんにしたら、あいつらなんて楽勝なのかな?」
明日からの学校のことを考えたのだ。あいつらはぼくに手を出せないんじゃないのか。七瀬さんは、仲間だと言うけれど、さん付けの時点で、彼の舎弟になるようなものだし。
彼は、少し考えてから言う。「うーん、さっきは不意打ちだったからな……。その逆をついて、カウンターが入ったけど」
片腕を、ぼくのほうに差し出す。「筋力なんて、見たとおりのものしかないぞ。全員でかかってこられたら、どうしようもない」
細身の身体。無駄な贅肉はなさそうだが、筋肉が詰め込まれているようにも見えない。
「さっき動きが読めるって……」
「ざっくりだ。それに読めるってのは、正確には心理状態のほうだしな」
七瀬さんは余計に混乱させることを言ったあと、それからと、「読めたからといって、どうにかできる場合と、できない場合がある」
もっともなことを言った。
「ワン、いや最後のごついのは、どうにかできる場合だったの?」直後、言い直す。「や、場合だったんですか?」
「あいつが勝手に転んでくれて助かった」
「…………」
考えなしか。
どういう胆力をしているんだ。
「あ、ぼく、ここで。ありがとうございました」そう言って、自宅につながる道に逸れた。
ここで急に、追っ手の姿があたまに思い浮かび、ぼくは猛ダッシュした。
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クラスの力関係(数字は、何番目の権力者という意味)
不良一軍:人狼ワン(1)、ねずみツー(2)、藤沢(3→リタイヤ)、
オシャレ坊主(4)、ごま塩頭(5)
不良二軍:ずんぐりナイン君(6)、7↑、8↑、9↑、10(→不登校)
スポーツ:フォー氏(11↓)、12↓、舟木(13↓)、14↓
その他:仙人七瀬(?↑↑)、ぼく(16→最下位)、ビリー(17→リタイヤ)
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