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転職面接の断末魔「バイクを愛してみせますッ!」

わたしは転職をたくさんしているので、転職面接はその何倍も行ったことになる。不思議なことに年齢が上がるほど、転職回数が増えるほど、面接の合格率が高くなっていく。

これはもう面接技術が高いとしか言いようがない。企画提案のプロだから、当然ともいえる。

今だから、プロフェッショナルに面接をこなすことができるが、昔はひどかった。特に、神戸で派遣をやっていたころ。わたしのなかで「神戸の奴隷編」と呼んでいる。

とにかく、奴隷の身分から脱したい気持ちが強すぎて、体面以外はどうでもよくなっていた。自分の強み、やりたいこと、その後のキャリア形成。そんなものを考える余裕はない。

マズローの欲求5段解説でいえば、もっとも下の階層「生理的欲求」「安全欲求」の世界で生きていた。身体が壊れる。精神が壊れる。ただ、人間でいたかった。毎日22時に帰ることができさえすれば、どんなに幸せかと考えていた。

もしその頃のわたしと同じ状態の人がいたら聞いてほしい。

近年、わたしは面接をする側に回っている。就職氷河期の同世代が面接を受けに来ることがある。話を聞くと本当にひどい状態だ。そちらからも何か要望がないかと聞くと、「さすがに2徹は勘弁してください」。

こちらが泣きそうになってしまう。できれば採用してあげたい。でも、できないのだ。わたしの心の声はこうだ。

「現状がつらいのはわかる。できれば助けてあげたい。しかし、ダメなんだ。こちらもギリギリの状態で案件を回している。現状から逃げたいだけで入社されても、こちらもあなたも不幸になる。せめて、こちらの仕事内容に興味を持ってくれ。こちらが採用する理由を与えてくれ」

これは、過去の自分にそのまま当てはまる。転職面接でこんなことがあった。

誰もが知るビッグネームの会社。車も二輪も作っていて、二輪の開発者の募集だった。わたしはまだ二十代で、国立大の工学部出身だったので、落ちぶれたとはいえ、まれに書類が通ることがあった。

わたしは奴隷から抜け出したい気持ちしかなく、毎日22時に帰ることがささやかな望みだった。こんな底辺の思考で面接を受けるとどうなるのか?

「君はどんなバイクに乗ってるの?」
簡単な自己紹介を終えたあとの質問がこれだった。

「うっ」
バイクに乗ってることが前提になっとる。
わたしはいきなりピンチに立たされた。

「え、えっと、二輪の免許は持ってなくてですね、乗れるとしたらスクーターなんですけど」
「そうなの。じゃあ、どんなスクーターに乗ってたの」
もう崖っぷちだ。

「いや、友達のスクーターに乗せてもらったことはあるんですけど、わたしは持っていなくて」
「なんで乗らなかったの?」
追い詰められたわたしの頭は真っ白だった。

「あ、はい……、あんな危ないものに乗るのもどうかと思いまして」
「君ねえ、うちはバイクに乗るのが好きな人間が来るところなんだよ!」

わたしは敗北を悟った。このあとも多少やりとりは続いたが、敗北は目に見えていた。

いやだ、わたしは奴隷を脱したいのだ。

「最後ですが、何かありますか」
と聞かれたとき、わたしは声を振り絞った。

「わたしは、今はバイクを持っておりません。しかし、きっとこの先バイクを愛してみせますッ!」

愛している、という言葉を使ったのはこのときが最初で最後だと思う。

面接官は「そうですか」と言った。

数日後、郵便ポストに「不採用通知」が入っていた。


※こんな社会不適合者でもなんとか生きている。リトルスターズのみんな、Xでもお会いましょう!


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