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#beat6 仕事が暇すぎて立派な狂気の芽が育ちました

これは草食系ブラック企業(職場)のリアルなドキュメンタリーだ。草食系ブラックは社員の能力・やる気・成長機会を根こそぎ奪い、廃人同然にしてしまう。まるでこの世の果てのような理外の空間には、様々な怪現象が現れる。
【登場人物】ひろし:部長、仕事をしない。たつお:課長、仕事をしない。のぞみ:中堅社員、以下同文。トシ:中堅社員、以下同文。

◇ ◇ ◇
帰宅の半ば、二人は汗を拭い、日陰を選んでは進んでゆく。
「あっかるいなあ」トシが洩らす。夕暮れどきの空気は、景色のどこにも見当たらない。
気をつけていないと、つい不満ばかりが会話の中心になってしまう。
「しっかしつまんねえなあ、女っけもないし」のぞむがそう呟いたところで、トシは話題をまた本社に戻す。
「本社のなかには可愛い子いない?」
「ああ、あっちはまだ女がいるね。制服もスカートだし」
「食堂でたまに見る……、なんだろ、男子に交じった明るい感じの子、あの子はどう? 入社して二、三年目ってとこかな?」
「どうだったかなあ」
のぞみは考えた様子もなく流す。「ああ、スカートのなか、顔つっこみてえ」
おそらくは、足の形のきれいな、三十代、四十代の女性をぼんやり思い描いているのだと想像できる。
「はは」
トシはぎこちのない微笑を返した。そして行くあてのないほのかな憧憬だけが、知られることなく立ち消えてゆく。
(ひかるたん……。)

のぞみには、長くつき合っている年上の彼女がいる。
なので、会社に女っけがないと言ったところで、差し迫るものは何もなく、トシのこうした発言も、現実味のない冗談で切ってしまう。
彼は、学生時代から女に不自由したことがないという。ちょっとした発言だったり、服の趣味であったり、何気ないさまざまなものから垣間見える。結局のところ、余裕があるのだ。

トシは対照的だ。三十を過ぎて、いまだ恋愛経験が少ない。のぞむと歩いていて、外面だけを見れば、なんら引けをとっているわけではない。問題は彼の内面にある。
学校も会社もずっと工学系で、女子と接する環境にいなかった。そんな彼に必要とされているのは、なによりも積極性。もちろん自信や余裕、たくさんの実践も必要。いや、本人は充分わかっているのだ。それでも変われない自分がはがゆい。

のぞみは金、トシは女。この二つのモノは実は似ている。想いが強いほど、望めば望むほど、それは遠のいてゆくものなのだろうか。

二人は団地のなかの舗装された道にさしかかった。風が、街路樹をさああと揺らした。
「音楽サークルってどうなんだろうね」
またトシだ。
それは、本社で行われている課外活動のことなのだが、案の定、のぞむはそれにも乗ってこない。学生時代はバンドをやっていたという彼も、今ではすっかり波乗りのほうにはまっている。ネットサーファーは、会社での仮の姿だ。

ひとりじゃ行動できないというわけではない。トシは入社して間もない頃、「どうすれば社内の音楽活動を活性化できるか」をテーマとした座談会に、単独で参加したことがある。当時の彼には気概があった。ペンタの有志になんとか加わりたいと思っていた。でもその後はというと……、結局のところ、本社内にできたというスタジオさえ見たことがないのだった。

このときの話が、先の(ひかるたん……。)につながるわけだが、もう少し物語の進展を待たなければならない。今、何かコメントできることがあるとすれば、女子に慣れてない人間の妄想はろくでもない。狂気1と呼ぼう。

◇ ◇ ◇

トシはのぞみの横で歩調をそろえ、よく聴くアルバム、好きなバンドなど、ありきたりな音楽の話をする。のぞみが応じてくれることを知っている。彼も他の社員と同様、やはり音楽好きのひとりなのだ。

のぞみはここでも、トシとは違った切り口を見せてくれる。のぞむは音について語る。レスポールやアンプについて語る。
ふいに彼は、「最近、会社でレスポール見てるよ」と言う。むろんネット上での話だ。
「買うの?」
「欲しいっちゃ欲しいけど、金がないからね」
買わないだろうな、とトシは思う。のぞむからそこまでの情熱は感じられない。それに、新しいスマホ、時計、バッグ、彼はいろいろなものを欲しがっているのだ。
「物欲ばっかり増えていくよね」
「そうなんだよ」
つまりこういうことだ。
やることがない⇒ インターネットでウィンドウショッピングをする⇒ 欲しくなる⇒ 金がない⇒ 余計欲しくなる⇒ やることがない⇒ さらにインターネットで調べる⇒ もっと欲しくなる。

この調子で、物欲が雪だるま式に増えてゆく。のぞみは悪循環に陥っている。さらに言えば、となりに金だけは持っているおっさんがいるため、彼の怒りが駆り立てられ、この悪循環がいっそう加速する。

「うーん、やっぱり音だね。レスポールはやわらかい音がでるんだよ。艶っぽいって言うのかな。ボディもきれいでさ、全体的に女って感じがする」
トシは「ギターはよく女性にたとえられるよね」と応えるが、分かるような、分からないような。

トシもレスポールの虎の目――光沢をもった木目の明暗のライン――はきれいだと思う。ただ、高価なのに加え、重量があるため、トシがレスポールを使おうと思ったことはない。
「なんでそんな音が出るんだろう」
「それはさ――」
ここに狂気2が隠れている! 狂気1など比較にならないくらいの禍々しい狂気の芽だ。皆さまにはぜひ覚えておいていただきたい。

幅広く音楽を聴くトシは、メロディ、コード進行、曲構成、そんなところを気にかけて音楽を聴いている。そして音楽の基本はビートルズだと思っている。
対して、のぞみが聴く音楽は、いわゆるLAメタル、あるいはエッジの効いたアメリカンハードロックがその中心となる。バンドで言うと、ガンズ、エアロスミスなど。彼は、派手でゴージャスな音楽を好む。らしいなとトシは思う。

のぞみが現在、所有し、ときどき思い出したように弾くというギターは、意外にもレスポールではない。扱いの楽な、もっと小ぶりのギター。それは彼と音楽との距離感を象徴しているように思う。好きなものは好きなものとして、追究はしない。つまりは、ほどほどの距離感。

音楽との距離感。トシはというと……、ペンタに入社する少し前から、その距離を急速に詰めてきた。それこそ趣味として楽しめないくらいに詰めた。だが、現在は下火になっている。原因は、生活すべてにまで影響を及ぼす、うだるような職場環境――だけではないと、彼は気づいている。

駅を目指しながら二人は、メタリカの好きな曲で盛り上がる。トシは初期の荒々しい感じが魅力的だと言い、のぞみは、いやそうでないと言う。こうしたたわいのない音楽の話が、趣味として話せる共通の話題。

ふっと木の陰に覆われる。
頭上の蝉時雨が、いっそう激しくなる。二人は縦列になって歩き、団地のエリアから、脇に逸れたところの小道を抜けた。

ぱっと視界が開ける。高台だ。いまだ高くにある太陽がまぶしい。真夏こそが俺の季節とばかりに、強烈な光を放っている。
思わず目を細めた。
トシは、ここでひとつ息をつく。
ふう――、明日からもひまだな。

◇ ◇ ◇
さあ、また未来から社内報が現れる!
前回が12月号。今回は、ひと月遡って11月号となる。

社内報11月号
《寒くなってきましたね。風邪対策はお早めに。ペンタでは、うがい、手洗いを推奨しています。
――ペンタ・オフィシャルバンドの「フィッシャーズ」が、見事、期待に応えてくれました。「大人のバンド賞」の関東地区予選を突破! 決勝の模様は、FUJIIテレビで生中継される予定です。社員の皆様、熱い応援よろしくお願いします。
なお、一部の社員の間で噂になっているようですが、先月、社内の音楽コンテストに出演しました「クレイジーバード」は、当社とは一切関係のない扱いになっております。ご注意ください》

仕事があまりにも暇なのでバンドをはじめました

「ロックスターになりてえなぁ」プロジェクト

《ギター》のぞみ。「仕事があまりにも暇なので、ギターを溺愛するようになりました」
《ドラム》トシ。「仕事があまりにも暇なので、やたらリズム感が身につきました」
《ベース》たつお。「仕事があまりにも暇なので、兄が憑依するようになりました」
《パフォーマー》ひろし。「工数がぜんぜん足りねえよ」

男たちの熱き戦いが、今、はじまる!


【作者コメント】
最近のアニメによくある、長いイントロダクションのあとに、オープニング曲がはじまるみたいな感じの構成にしてみました。これで物語にも勢いがつくはず!(たぶん)

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