喫茶店のスナイパー
本来、めったに起こらないはずなのに、街中で狙撃されることがよくある。ぼーっと道を歩いているときに、向こうから歩いてくる人が急に強烈な咳をする。そんなときに限って、わたしは口を開けている。
慌てて閉じるが、どうだろう、ちょっと食らったような気がする。咳やくしゃみというものは、思った以上に遠くに飛ぶのだ。
コロナウイルスが全盛期のころ、くしゃみが飛び散る様子をスパコン(富岳だったかな?)でシミュレーションした映像がニュースで流れていた。無理やり言葉にすると、「ぶわっくしょーーーん。ぶわわわわわーーー」。
一瞬、多額の税金を使って何をやってるんだろうと思わせる絵ではあったが、人の飛沫が遠くまで飛ぶということはよくわかった。
街中の話に戻ると、わざとではないとはいえ、人の口の中にウイルスを撃ち込むのはテロではないかと思う。気のせいかもしれないが、そのあと、決まってのどの調子が悪くなる。ウイルスと免疫が戦いがはじまっている。
そういうことが何度かあったため、「わたしはたまたま口を開けていたのではなく、いつも開けているのかな……」と自分に疑惑を持っている。易々と狙撃されるほうも悪いのかもしれない。
街中はまあ、射撃者といっても、銃が暴発したくらいの話だが、世の中には、おまえ完全にスナイパーだろうという人もいる。
スナイパーはだいたい喫茶店にいる。先日、最強の殺し屋を見た。そのチェーンの喫茶店は、店内が広く、本来ゆったりとくつろげる場所だ。問題の人は、奥の角の位置、店内全体が見渡せる場所に陣取っていた。
そのポジション取りの時点で「おまえはゴルゴ13か」という話になる。わたしはその隣の隣の席にいた。席のレイアウト上、スナイパーとわたしの顔には90度の角度があった。
わたしが席についてしばらくして「ごほおぉぉ!」とすごい音がした。まさか、テロ! いや、誰だって咳をすることくらいあるので、最初はスルー。
またしばらくして「ごほおぉぉ!」。あれ、これやばいかもしれない。いちおう状況確認をしておこう。
他人の顔をじろっと見るのは好きではないが、大げさに言わせてもらうなら、こちらも命がかかっている。家族にだって迷惑をかけられない。あのコロナ禍を経て、そこまでやばい人はいないと思うが……。
ノートPCを操作している、年齢不詳の女だった。マスクはしていない。完全に戦闘員だ。そして、外界と少しもつながっていないかのような目つき。これはやばい!
1発目、2発目の、自分のダメージはどれくらいだろう。顔の位置が90度ずれているから、直撃ではないけれども……。
「ごほおぉぉ!」やばい、この人は戦闘をやめる気がない! 口を覆わず、PCのモニターに顔を向けたまま咳をしまくる。威嚇射撃ではなく、殺傷する撃ち方だ。
こういうとき。
みなさんに心からアドバイスしたいのですが、すぐに逃げてください。自分がここで嫌そうに席を立ったら、相手に失礼ではないか? 一度この席に着いてしまったのだから多少のことは我慢するべきではないか? そんなことはいっさい考えなくていいです。感染症にかかって苦しむのは自分。家族にも移してしまうかもしれません。非常識な場面で、いい人である必要はないです。どうか自分を大切に!
過去に同じようなことがあって風邪を移されたことがあるので、わたしはトレーと荷物を持って、反対側の端まで逃げた。間についたてがあるから、弾丸はここに届かない。
「ごほおぉぉ!」「ごほおぉぉ!」ついたての向こうで、銃声は響き続けた。この嫌な響きは、特殊弾だ。スナイパーが座っている位置は、店内全体が見渡せる場所。
いったいどれだけの人間が犠牲になったのだろうか。わたしのようにさっさと逃げればよかったのに。善人ほど早死にする。
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