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#beat17 仕事が暇すぎてバンドメンバーのパート決めが難航します

仕事があまりにも暇なのでバンドをはじめました

「ロックスターになりてえなぁ」プロジェクト

【登場人物】
部長:ひろし ※別名「怪鳥」
課長:たつお(憑依霊:兄のかずや)
中堅社員:のぞみ(n.nozomi)
中堅社員:トシ(j.yabuki)
フィッシャーズの方々:高須部長、ひかる、アツシ、ジュン

◇ ◇ ◇
社内ライブに出て、その先の「大人のバンド賞」を目指すには、50歳以上の大人、ひろしの参加が必須になる。なんとしても、バンドにねじ込まなければならない。

トシの席の後ろに、これまで壁際で埃をかぶっていた、キャスター付きのホワイトボードが置かれた。ちょうど、よその部署から目隠しになる。ノーガードを強いられているトシにすれば、願ったりかなったりだ。

「いい感じですね」トシの目が光る。業推の異空間にて、はじめてホワイトボードが使用されるときがきた。

ボードの横に立ったトシが、マーカーのキャップを外す。
「とりあえず、代表的なものを書きますよ」
まずギター、書いたそばから、横に✕マークをつける。 
どんどん書く。
・ベース
・ドラム
・キーボード
・サックス
・バイオリン(ストラディヴァリ)

ここまで書いたところで、「おいおい、いくらなんでももっと現実的なもんにしようぜ。こいつが、音階があったり、パーツがいくつもあるようなもんを演奏できるわけねえじゃん」と、かずやから横やりが入った。のぞみもうなずく。

「演奏はあれかもしれませんけど、たとえば、パフォーマンスでストラディバリを叩き割るってのは、どうですか。この人、金だけは持ってますよ」
「退職金の前借りってできるのかな」のぞみが言う。
ひろしがピクっとする。
かずやは、ひゃっはっは、と声を出し、「おいおい、まじめに考えろよ」と言う。
「あ、指ぱっちんはどうですか。この人、すごい綺麗な音だしますよ」
正解! とばかりに、のぞみも手を叩いた。
かずやは、「おい、だからまじめに考えろよ」と言った。

「まあ、何もしないでいてくれるのが一番なんですけどね」トシはそう言ってまた手を動かす。今度は、のぞみもいくつか単語を口にした。
・カスタネット
・トライアングル
・シアターブ
・タンバリン
・ホイッスル
・シェイカー

「待って待って」今度はのぞみが止める。「打楽器ばっかじゃね? しかもすっげー簡単なやつ。これって、メインの人のパートとして認められるのか。そんで、シアターブってなに?」
「この前、テレビで紹介されてた楽器で、名前はたぶん合ってると思うんだけど」
「聞いたことないな」
「すごいマイナーな楽器なんだよ。バラエティ番組の『絶滅寸前の楽器を探せ!』みたいなタイトルのコーナーに出てきたやつ。蛇使いの人が使うみたいな、くねくね曲がった官楽器で、でっかいし、見た目がすごかった。絶滅しそうな理由もすごくて、『音階が適当すぎ』とか」
「ダメじゃん」
「そうかな。それだけマイナーな楽器だったら、聴いたことのある人なんていないだろうし、音階が曖昧なら、上手いか下手かすらよく分からないんじゃないの」
「めちゃくちゃだな」
「いや、いい」ここで、じっと腕を組んでいたかずやが発言した。「いまのところ、トシのアイディアが一番いい。第一候補は、シアターブだ」
また、ひろしがピクっと動いた。

「そういう奇抜な感じでごまかすしかない。『よく分かんないけど、なんかすごそう』これしかない。こいつの生き様にもぴったりくるだろ」
「ああ、そういう感じなら分かります」のぞみがうなずく。
「方向性はそれでいこう」かずやの声は力強い。

トシは、アイディアを褒められ嬉しかった。彼には生まれ持ったクリエイター気質がある。でなければ、DTMなどにはまらないだろう。
また、そこにはひさびさに仕事をしている充実感があった。
「それ、仕事じゃないじゃん」のぞみの水を差す声が頭のなかに響いたが、無視した。

さらにアイディア出しは続く。
・木琴
・テルミン
・ダンサー
・和太鼓
・スキャットマン
・小林幸子

最後に「小林幸子」と書いたところで、調子に乗りすぎたかな、とトシは思った。
かずやがコメントする。「木琴は音階がはっきりするからダメ。その点、テルミンはいい。ちょっとイっちゃってる感じがイメージにも合ってるしな。シアターブかテルミンだな」

テルミンとは、箱形の機械から出たアンテナに手のひらを近づけて、音を電気的に発生させる楽器である。音階があいまいで、非常にクセのある音がする。トシのイメージでは、その音と同じく、気むずかしい演奏者が多いように思う。これが芸術だと、知ったような顔をしておけば、なんとなくまかりとおる感がある。

「あそこのラジカセから連想したんです」
発案者であるのぞみが、得意げに言った。
怪鳥の席の横にあるラジカセだ。馬鹿でかい筐体から、銀色のアンテナが飛び出した姿は、たしかにテルミンの雰囲気がある。怪鳥に似合うと、二人でさんざん言い合ったことを思い出す。
さすが、のぞみ。やるな。トシはひさびさに興奮を覚えた。

のぞみがさらに推す。「テルミンのほわほわした音も、怪鳥の生き様に合ってると思うんですよ」
ひろしはこちらを無視して、パソコンの画面を相手に、「ちっ」だの、「あいたっ」だの独りごとを言っている。フリだけだ。彼の言動には何の中身もない。のぞみの言うとおり、すべてがほわほわとして実体がない。

しかしそもそも、この人はステージに立つのだろうか。
すべてのことから逃げ続けて、こんな穴蔵みたいな場所に隠れ住んでいる人だ。
一瞬考えてしまったが、おそらくは断れない。今の最怖はかずやさん、ひろしは、怖そうな人間には逆らえない。原始的な恐怖心がすべてを凌駕する。

椅子を鳴らし、ひろしが席を立とうとする。
「こら! 大事な会議中にどこいくんだ。みんなおまえのことで悩んでいるんだろう」とかずや。
ひろしの動きが止まる。目を合わさずに「すいません」と言い、着席した。……かずやさんの存在を認めたよな、いま。

ひろしは素知らぬ顔で、ふたたび仕事をしている感をつくる。この人の頭の中は、どれだけ分裂しているんだろう。
「――シアターブとテルミンくらいだな。最後のほうはネタだろ」
「あの、すいません。ダンサーってけっこう本気で書いたんですけど」
トシだ。
「ネタじゃねえの」
「説明が足りませんよね」

えーっと、と言い、トシはPCを操作する。「今、動画を出しますんで」
「ダンサーって、アイドルがやるようなポップスとか、ダンス系だろ。俺たちがやろうとしているのはバンドだぞ。ロックだぞ」
「ロックってのは、今はじめて知りましたけど」せっかちなかずやのために、トシは作業を急ぐ。「えっと、僕がいま探している動画は、ニルヴァーナなんです」
「おお、ロックだな」
「知ってます?」
「90年あたりだろ。ぜんぜん生きてたつーの」
「家に帰ったらDVDがあるんですけど、あ、あった」

のぞみとかずやがトシのPCの前に集まる。
「ほら、これです」
ニルヴァーナ最盛期のころ、夜の野外ステージだ。今は亡き、カートコバーンが、白衣のような衣装をすっぽりとかぶっている。中央にドラム、左にベース、右にギターボーカルのコバーン、メンバーの三人がきれいな三角形を描いている。

「これ。今でてきました」
突然、男が舞台に出てくる。彼は、三角形の中央で、髪を振り乱して踊る。
なにかが変だ。動きにキレがない。両手をだらりとさせたまま、リズムに合わせて、無造作にあたりを飛び跳ねている。いや、リズムに乗っているのかも判然としない。
恰好も微妙。シャツの裾がズボンからはみ出ている。ショウに乱入した酔っ払いのようだ。よくて道化師といったところ。

「最初、あまりに目立つんで、メンバーのひとりかと思いましたよ。たまたま演奏中の曲に自分のパートがないから、手持ち無沙汰で踊ってるのかと。特にそういうわけではなさそうです」
「たしかに、意味はわかんねえけど、斬新だな」
かずやは、怪鳥のほうを見る。「こいつなら、別に練習とかなしで、こんな動きできそうだぞ」
「映像の人はプロのダンサーなんでしょうけどね」

かずやが画面に目を戻す。「なにがしたいのか分かんねえよ」
「それはそうなんですけど……、よたよたっとした感じがぴったりかと。僕も練習なしでいけると思うんですよ。正直、一緒に練習とかしたくないですし」
「一理ある」のぞみが強く言う。
「だがなー、奇抜すぎるんだよな。かといって、楽器を持たせたくないのも事実だしな。シアターブ、テルミン、ダンサーか。どうすっかな」
「楽器にした場合、費用はどうするんですか?」そういえば、とトシが訊く。「シアターブなんて絶滅寸前の楽器っていうくらいですから高いと思いますよ」
「もちろん、ひろしが出すに決まってるじゃねえか。自分の物になるんだから」
ひろしの頭が揺れる。

「テルミンだったら、5万もあれば買えるっぽいですよ」
いつの間にかネットで調査をしていたのぞみが言う。
仕事が早い。仕事がないというだけで、元々、実務能力は高いのだ。
「だめだめ、高いもんじゃないと。ただのはったりなんだから。こいつの存在といっしょ」
かずやは、「インチキ得意だろ?」とひろしのほうを向く。
ひろしはキーボードを叩く手を緩めない。

「オークションで150万の見つけました!」
「ひろし、今ならおまえに選ばせてやるよ」
ひろしは、画面に向かって仕事をするふりをしながら、ぼそりとこう言った。
「ダンサー」

【作者コメント】
ニルヴァーナが格好いい! 昔はわからなかったのに、最近になってようやく気づくことができました! アンプラグドで聴くとわかりますが、ノイジーな音以前に楽曲がいいんですよね。

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