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beat26 仕事が暇すぎて上司がどこかへ旅立ちました

仕事があまりにも暇なのでバンドをはじめました

「ロックスターになりてえなぁ」プロジェクト

【登場人物】
部長:ひろし ※別名「怪鳥」
課長:たつお(憑依霊:兄のかずや)
中堅社員:のぞみ(n.nozomi)
中堅社員:トシ(j.yabuki)
フィッシャーズの方々:高須部長、ひかる、アツシ、ジュン

◇ ◇ ◇
二つの事件が起こる。

ボムっ。無言の時がさらに3時間ほど流れたころ、突然、怪鳥の頭から煙が出た。いや、そのようにしか見えなかった。ひろしは、ぽかっと天井を見上げたまま動かなくなった。

正面の席にいたトシが、「あっ」と声をあげる。
両サイドの二人もひろしを見る。
「これ、ついにいっちゃったんじゃ」
かずやが怪鳥の肩を両手で揺する。だめだ、まるで反応がない。まさに作り物、人形のようだ。

「まずいんじゃないですか」トシは慌てる。
「救急車!」のぞみが言う。
「いや、命に別状はねえよ」かずやは冷静だった。「分かるんだよ。もしやばい状態なら、身体から魂がすこしはみ出た状態になるんだ。これは精神的なもんだな」

「本番前の緊張でいったか」とのぞみ。
「もともと、この人、ガラスのハートです。それをこれまで認知を無理やりねじ曲げてやり過ごしていたっていうか」もどかしそうにトシが説明をする。

ひろしの認知の歪曲機能は、ついに臨界点を突破したのだ。
「さすがに、これ以上は脅せねえな」
どう見ても踊れる状態ではない。明日までに回復するのだろうか。

やばい……。二度にわたる妖怪戦争を戦ったトシには分かる。なにもしない。あらゆる手を使って、すべてのことから逃げる。それがひろしだ。一度逃げたひろしはもう戻ってこないように思う。

妖怪戦争のお話(↓)

「不幸中の幸いだ。演出用の車いす、用意しておいてよかったな」
悠長なことを言うかずやに、トシが突っ込む。「でも、踊れなかったらダメでしょ。ただでさえ、ダンサーって、ほんとギリギリですよ。いや本来アウトですよ」
「むう」と呻き、かずやは腕を組んだ。

万事休す。ひろしを欠いたこの状況は、クレイジーバードが「大人のバンド賞」の参加資格を失ったことを意味する。

「わるい。ちょっとトイレにいってくる」
そう言って、かずやは暗い廊下の向こうに消えた。そしてそのまま戻ってこなかった。これが二つ目の事件。

仄暗い、ひとけのない建屋には、天井をみつめる怪鳥の他に、トシとのぞみだけが残されている。

静寂があたりを包む。怖い。息が詰まりそうだ。司令塔であるかずやは行方不明。携帯電話もつながらない。

どうする? どうする?

必死に考えるトシをよそに、のぞみがギターのハードケースの停め具に手をかけた。「ちょっと、のぞみ、のぞみ」

トシの制止にも応じず、のぞみがレスポールを小脇に抱えた。
「ちょっ、何やってんの、この状況で」
「1時間だけ! 1時間だけ!」
「だめでしょ、一緒に考えてよ」
「2時間! ほんと2時間でいいから。もう我慢できないんだよ」
なんで増えてんだ。

目の色を変えたのぞみを見て、何を言っても無駄だとトシは悟った。ため息をつく。「じゃあ、俺も好きなようにやらしてもらうよ」

トシはコートを手に取り、出口のほうへ足を向けた。「戻ってくるのは深夜になる。今月は残業代も入ったしな」

「ふん、ふん、ふーん」
「怪鳥、逃がすなよ」
「ああ、ホント、えろお!」
「そろいも揃って、どいつもこいつも」そう言い残して、トシは夜の街に消えた。

バラバラだ――。
かずやに潜んだ、たつおのエロ。のぞみの中で育った歪んだエロ。トシの、よく分からないがおそらくはエロ。ひろしの、エロにも勝る、なにもしないの精神。

四人のエネルギーは、まったく別の方向を向いている。

◇ ◇ ◇
そして翌朝――、
結局ひとりを欠いたまま出発の時間を迎え、残りのメンバーはのぞみの運転で会場のある品川へと向かった。

「車椅子がこんな形で役に立つとは思わなかったね」
彼は、元ののぞみに戻っている。寝不足による疲労もあまり見えない。
「そうだね」助手席のトシは眠そうに答えた。

ひろしは後部座席に座っている。移動に車椅子が使えるため、車に乗せるのが非常に楽であった。ひろしの横には、かずやのベースが入ったハードケースがある。いったいどこへ行ってしまったのだろう。

状況は昨晩から、なにも好転していない。かずやから連絡があることを信じ、今はとにかく会場へ向かっている。

トシは朝方、事務局に電話をし、クレイジーバードがリハーサルに参加できない旨を伝えた。ひろしさんの病状があまり良くないんです、と。

元々は作り話であったのだが、現実のほうがそれに追いついてしまったという、なんとも奇妙な状況だ。

なお、決勝戦で、クレイジーバードは4番手。奇しくもフィッシャーズの次である。演奏時刻は、14時40分を予定。

かずやはそこに間に合うのだろうか。少なくとも、会場に向かうという、かずやの意志は残っているのだろうか。

「棄権」その文字はトシの頭に、何度も点っている。
どうする――?

ひろしに加え、問題のその人のことがあるため、トシは、棄権の判断をしかねている。おそらくかずやは、ひろしがどんな状態であろうとも、棄権することを許さない。それこそ祟られる。

とはいえ、ひろしがこの状態ではどうすることもできない。恐るべきジレンマだ。

どうする? どうする?

【作者コメント】
次回はついに決勝戦本番です! ここまで読んでいただきまして本当にありがとうございます!

Interview with クレイジーバード

《ギター》のぞみ。「仕事があまりにも暇なので、ギターを溺愛するようになりました」
《ドラム》トシ。「仕事があまりにも暇なので、やたらリズム感が身につきました」
《ベース》たつお。「仕事があまりにも暇なので、兄が憑依するようになりました」
《パフォーマー》ひろし。「工数がぜんぜん足りねえよ」


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