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beat25 仕事が暇すぎてよそのバンドに喧嘩を売ってしまいました【あと3話で完結?】

仕事があまりにも暇なのでバンドをはじめました

「ロックスターになりてえなぁ」プロジェクト

【登場人物】
部長:ひろし ※別名「怪鳥」
課長:たつお(憑依霊:兄のかずや)
中堅社員:のぞみ(n.nozomi)
中堅社員:トシ(j.yabuki)
フィッシャーズの方々:高須部長、ひかる、アツシ、ジュン

◇ ◇ ◇
最終目的地――、トシは仰々しい電飾で飾られた、店の戸をくぐった。

「どうしたの?」
翌日、トシがかけられた第一声である。
のぞみの声だ。

彼は、普段の調子で話しかける。ギターに憑かれる前に戻ったかのような、いつもののぞみだった。彼も山を超えたのかもしれない。

たつおもいた。「なんだ、男の顔してるじゃねえか」
かずやは、たつおが起床してから次に眠るまでの時間、意識をたつおに返すことにしたのだ。それくらい弱っている。

「すっきりしましたよ」トシは穏やかな表情で答えた。「もやもやが晴れたっていうんですかね。おもいきって行動してしまえば、たいしたことないですね」

「すっきりって、朝からおまえ」たつおは下ネタを言うときの口調で、トシをからかうような笑みを浮かべた。

だが、トシはなんら表情を動かさない。「課長が前に言ってた店に行ったんですよ。ほら、夏に西川さんと遊んだって言ってたじゃないですか。俺に、ひとりで行ってこいよ、なんて言いましたよね」
トシはさわやかな笑顔をつくる。「思い出したんです。そういうことができる男になろうって」

「え、俺、冗談で言ったんだぜ」
「どういうことですか」
のぞみとたつおが小声で囁き合う。
まるでかつての業推に戻ったかのような光景だ。

「マジか!」のぞみが大声を出す。
「はは」トシは否定も肯定もしない。他人にどう思われようと関係ない。一夜にして逞しくなったようだった。声にも、自信というか張りがある。

怪鳥が、大きなため息をつきながら、席に戻ってきた。四人は席で無言になる。その後、たつおが眠ってかずやが現われるまでは、かつての業推そのものだ。

始業後、しばらくして、トシのPCの右下が光る。ひさしぶりのことだ。

かずやからネット禁止令が出てひさしいが、前回、調べ物をしたときのまま、PCにLANケーブルがつながっていたようだ。

このチャットソフトも懐かしい。のぞみが朝の話を追及するつもりなのだろう。トシはアイコンをクリックする。

ところが、トシにコンタクトをしてきた相手は、のぞみではなかった。
 
hikaru《こんにちは》
トシは慌てず、そっくり《こんにちは》と返す。

hikaru《クレイジーバードのトシさんですか?》
j.yabuki《矢吹丈ですよ》
hikaru《昨日のこと、言いふらさないでくださいね》
j.yabuki《夜のスタジオのこと?》
hikaru《実力じゃ勝てないからって、卑怯なことはしないでくださいって言ってるんです》

以前、のぞみが「ああいう、自己主張が強そうな女は苦手」と言っていたことを思い出す。なるほど、よく見てる。しかしトシは慌てない。

j.yabuki《なんのために?》
hikaru《はあ》
j.yabuki《俺たちに勝てるがわけないでしょう。以後、返信しないんで》

トシはケーブルを引き抜いた。
「おい、どうした?」たつおが訊く。
「いえ、決まりなんで」
「どんな決まりだよ」まあいいけどよ、とたつおは笑う。
「しかし、もう12月かよ。しかもなに? もう15日? なんか時間が消えてるような気がするんだけど。俺、寝すぎなのかなあ」

それから決勝当日までの間、トシはフィッシャーズのメンバーのうち、二人と社内ですれ違った。

ひとりは、ひかる。目線であからさまな敵意をぶつけてきた。それでもトシの視線は泳ぐことなく、まっすぐ先を見据えていた。

彼のなかで、根本的な何かが変わったのだ。ドラムのプレイにもそれが表れている。これまでのように、難易度50のリズムを80の力で叩くのではない。難易度100のリズムを、ただ100の力で叩くのだ。

彼女とすれ違う。ひかるの姿が目の端に消えるのを見送りながら、おそらく気の強い彼女は何か仕掛けてくるだろうなと思った。

それからしばらくして、高須部長。こころなしか、その表情は疲れているように見えた。肌にツヤがない。バンド内の問題で、彼の構想が崩れてかけているのかもしれない。

が、たとえそうであったとしても、とくべつ気に留めるほどの話ではない。どんなバンドでも問題のひとつやふたつは抱えているものだ。

クレイジーバードにしてもそう。各々の事情を抱えながら、日々は過ぎていった。

水面下ではやはり、変態化が進んでいたのぞみ。彼は、夜な夜なマリーを抱く。謎の進化をとげたトシ。彼は、夜な夜なネオン街の向こうに消える。

内容はどうあれ、どちらも音楽的成長につながる行為だ。結果がそれを示している。おそらく彼らは、時間があればあるほど、ミュージシャンとして進化する。

その一方で、たつおと戦うかずやは、日に日に劣勢になっていく。たつおの欲求不満がたまっているのだ。本番まで、優勢を保てるだろうか。

そして人知れず進行する怪鳥のなかの何か。

師走――、時は矢のごとく駆け抜けた。

◇ ◇ ◇
決勝戦前日、12月29日は、年末年始の休みに入る前の、最終出勤日である。終業時刻はいつもより2時間早い、15時半。

19時をまわった現在、業推のメンバーは神妙な顔つきをして席に残っている。フロアには、他にだれも残っておらず、業推のある角の場所を残して、照明も消えている。

そして業推には、見慣れないアイテムがある。のぞみとたつおの席の脇に置かれた楽器のハードケース。フロアからかき集めた、寒さ対策の電気ストーブ。そして車椅子。

今、ひろしはいつもの椅子ではなくて、車椅子に座っている。のぞみが友人の看護師から無理を言って借りたものだ。

パフォーマンスの質をさらに上げるため、クレイジーバードは、ひろしを車椅子に乗せて登場することにしたのだ。ひろしと車椅子の組み合わせは、予想以上にはまっている。

また、近くの駐車場には、のぞみのミニバンが停めてある。
 
業推のメンバーはひと晩をここで過ごす――。

怪鳥を逃がさないため、そして、たつおが暴走しだした場合に、食い止められるようにだ。かずやの状態が悪いのは誰の目から見てもあきらか。本番前夜に散会するのは危険だと、かずや自身が判断した。

全員、無言である。四人はただ座っている。

前日は、本番前の高ぶる気持ちを静め、コンディションを整えることに集中すると、そう決めてあるのだ。

怪鳥の状態は、外部からはまったく分からない。天井を見つめる様子はいつものとおり。

「いつものとおり」というのが、そもそもおかしいのだが。明日、自分の姿が全国放送されることをどこまで認識しているのだろうか。

怪鳥は結局、かずやと目を合わせたことは一度もなく、認知を捻じ曲げた状態がずっと続いている。
 
業推はその晩、異様な空気だった。

業推をとり囲むようにして置かれた電気ストーブが、薄暗いフロアのなか、幻惑的な光を放つ。四人の周りを妖しく照らしている。

ここには、目に見えないなにかがある――。

長い時間をかけ、空気中に蓄積されてきた邪気の量が、飽和点に達したかのようであり、あるいは、無数の火薬の粉塵が、あたりを飛び交っているかのようだった。

そしてその後――、爆発した。
二つの事件が起こる。


【作者コメント】
前回、やたら評価が下がったんだけど、下ネタが原因? 違うよー、ぜんぶ伏線なんだー!

Interview with クレイジーバード

《ギター》のぞみ。「仕事があまりにも暇なので、ギターを溺愛するようになりました」
《ドラム》トシ。「仕事があまりにも暇なので、やたらリズム感が身につきました」
《ベース》たつお。「仕事があまりにも暇なので、兄が憑依するようになりました」
《パフォーマー》ひろし。「工数がぜんぜん足りねえよ」



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定期的に弁明したいのだけど、わたしのアイコンは小説のキャラだよ(↓)

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