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四、彼と世界と私の天秤

――英雄を失った世界は次に統治者を求めたのだ。それもまた、己の肉だというのに。

四、彼と世界と私の天秤

彼はその一人分の背中に、世界を背負っていたのだ。私がこうも切なく思うのは、彼がそれを苦痛に思っていなかったことだろう。
立場が変われば優先するべきものも変わる。私と彼は同じ天秤を持っていたが、掛けるものの重さが違った。
彼にとって世界は重すぎた。それが立場ゆえの責任だったのか、彼自身の世界愛だったのかは解らない。
ただどうであれ、彼の天秤は世界のほうに傾いたのだ。反対側に掛けた、自分の命よりも。

私のとは違う。

無機質な部屋。真っ白なベッドに横たわる彼の四肢。ところどころに歪な赤が滲んだ包帯。
世界が静止したような沈黙だった。彼が命を懸けてまで守りたかった「世界」は、こんなにも冷たいものだったのか。

「貴方は世界を守ったのね、素敵だわ」

動かない彼の手を取って優しく握る。やっと触れることの出来たその肌は、想像していたよりも柔らかかった。
嗚呼、この柔らかさに見合った温かさがこの手にはあったはずだ。もう取り戻すことの出来ない熱を思い、私は一つ息を吐いた。

「私は、失ってしまったわ。……貴方も、世界も」

彼が居たから世界は世界だった。平衡を保っていた私の天秤は彼を失い、冷たくなった世界のほうに沈んだ。
それはまるで彼に世界を託されたような、そんな呪いだった。

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