「正しい街」なのか?
椎名林檎の曲の一つに「正しい街」というものがある。
「あの日飛び出した 此の街と君が正しかったのにね」
という強烈な歌詞が印象に残る。
地元福岡から上京するに際し恋人との別れを主に歌った曲だと解釈が出来るが、本当のことは椎名林檎本人にしか分からないため解釈程度に留めておく。
僕は大分から東京に上京して神奈川に住む生活を送っているが、この東京都周辺を自分にとっては「正しい」とは思えないのである。
上京するまではとにかく都会にあこがれた。ありとあらゆるところにファッションから雑貨や家電や本、古着屋があって、おいしい飲食店が沢山あって、そういう所に友達と行って、バカやって、笑って、、、
だが現実はそうではない。
何処へ行くにも電車やバスを使う。使うのは良いというか当たり前のことだが、如何せん車内に人が多いためそちらの方がストレスとなるのだ。少し体が触れただけでも舌打ちをする人もいる。何故か僕に対してガンを飛ばす人もいる。公共交通機関に乗っているときは気を抜けないのだ。何があるか分からないから。
そして人間関係を構築する際にどうしても「田舎出身」「一人暮らし」と「都会出身」「実家暮らし」の間には決定的な価値観の差が存在する。これは言葉で説明するのがとても難しいが、田舎と都会での人とのつながり方、一人暮らしと実家暮らしの人間の金銭的感覚の違いなどがある。この価値観の差が人間関係構築の上で枷となっている。
これは個人的な感覚であるが、どうにも都会人は誰かをいじり倒してしか笑いをとることが出来ないと思うのだ。本人たちは悪気がないのであろうが、例えばいじりのつもりで服がダサいだとか、変だとか、何かを失敗した時にハイ雑魚~wwwみたいないじりをよく聞くし、僕も言われたことがある。何というか、冷たい笑いなのだ。その時点で人間関係が終わってもまた他がいるだろう的な感覚を覚える。
批判ばかりをこうして書いているが、上京してよかったこともある。一人暮らしが出来たことである。辛いこと、やらねばならぬ家事が多いが経験としては今後の糧になったと思う。
たとえ僕に今素敵な彼女がいたとしても、腹の底から笑いあえる友達がいたとしても、僕にとってこの街は正しくない。東京周辺は住むべき場所ではない。適当な郊外に住んでたまーに遊びに出るか、または東北や九州など遠くに住んでごくまれに旅行に行って楽しむ、そういう程度で都会というものを消費していく方が自分にとっては合っている。「正しくない」と言ったのは住む上での話である。やはり深い人間関係を構築したいと思う僕は、由布市のまったりした田舎に住むぐらいがちょうどよかったのだ。
今住んでいる神奈川、大学のある東京、その周辺。
全てが僕にとっては「正しい街」ではなかった。
流れる大分川に夕日が沈む。
制服を着崩して、自転車でそれを追う。
もちろん電車より遅い、バスより遅い。
しかしその不便さが、心地よい風を体に、友人の笑い声を耳に与えるのである。
正しかったあの街を、僕は飛び出してしまった。
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