選択する自由とは家族と一緒にゆっくり過ごす
10年早く逝ってしまった。
いかなる愛する者といえども、かならず別れ離れねばならぬ。
生別があり、また死別がある。死してのちは、その境界を異にせねばならぬと。
このことは、いかにしても免れることを得ない。すべての生じたるものは、また滅する。生きとし生ける者にして、この生滅の法則をまぬかれうるはないのである。
仏陀
飯田は「30年の住宅ローンを0にすること」をミッションにしている。
これだけ「デジタル」が発達した新しい時代
新しい技術開発により2つの自由を手に入れる。
1つは「挑戦する自由」
1つは「選択する自由」
選択する自由とは
家族と一緒にゆっくり過ごす
選択する自由を手に入れるが、なにもしない「自由」は自由ではなく単なる「怠惰」である。
家族と一緒に過ごす、、、、、
飯田と妻の知子は7年間海外に住んでいた。
家族とは遠く離れていた。
その間、飯田の祖母が亡くなり(94歳の大往生)葬儀に立ち会う事はできなかった。
2018年秋に日本に帰国する
するとお互いの両親がいつの間にか白髪に変わっていた。
そして少し小さくなっていた。
人にはいろいろな欲がある
物欲や金銭欲、そして承認欲、過度な強い欲は争いを産むだけで人生の「幸せ」やを得る事には繋がらない
本当の「幸せ」を得るには「自由」が必要である。
日本に帰国後、飯田と妻と飯田の両親と一緒に「いぬはりこレストラン」をスタートした。
全ては父や母に頼り、お店の内装や準備は妻と飯田の家族で行った。
本当に素晴らしい「幸せ」な時間だった。
なぜ?この大事な事に今まで気付かなかったのかと感じた。
そうしていると妻の母の病気が見つかった。
妻の兄弟や家族みんなで妻の母の病気を治療する方法を探した。
病院には妻の家族、みんなで行き、病院の先生と様々な知見を話しながら治療の選択肢を探し諦めなかった。母も家族と一緒にいたいという強い気持ちがあり余命数ヶ月と診断されたが全て完治した。
完治して2年が経過した。
その間、妻と妻の母と飯田と3人でいろいろな美味しいレストランに行った。
大濠公園で3人でボートに乗った。妻の母は初めてボートに乗ったと喜んでいた。
全ては妻の母にご馳走して頂いた。
本当に「幸せ」な時間だった。
選択する「自由」
家族と一緒に過ごすは素晴らしい時間だった。
しかし仏陀が言っている。
一切は壊法であって、一たび生まれてきたものはいつまでも存在しない。
家族と一緒に時間を過ごす事は永遠ではない
必ず終わりが来る。
妻は母を一生懸命、看病した。
母も妻がいないと周りの人に「おねぇちゃんは?」と聞いていた
妻は私に言う
「もっと母にいろんな事をしてあげたかった。」
「大丈夫、、、私は知っている。あなたは母に素晴らしく優しく接した」
「なにも後悔することはない」
妻の母の最後の表情は美しい顔だった、、、、
なんじの挙止は慈愛にみちていた。なんじの言葉も慈愛にみちていた。なんじの思いも慈愛にみちていた。それらは類いなき、2つなきものであった。なんじはよく為したのである。
仏陀
悲しみは止められない
しかし
後悔はいらない、、、、、、君は母と素晴らしい時間を過ごした。