女王の苑(1)

 悦雄はライヴチャットサイト「女王の扉」の中毒者だった。中学生の頃からずっと引きこもりでも生きてこられたのは、ひとえに親が企業の重役でお金が唸っていたからである。

 「ちゃんと学校へ行け」と言われるたびに大あばれして邸宅のあちこちの壁に穴をあけた末、悦雄は親に見捨てられた。両親はこいつを更生させるよりも他の二人の成績優秀な男兄弟(悦雄の兄と弟)に賭けた方が効率がいいと観念したのだ。

 悦雄はそのまま二十歳になった。成人してもなお、彼は、自室のドアの前に置かれた食事を引き込む際と、こっそりと二階の片隅のトイレに行くとき以外、殆ど自室を出なかった。たまに家人の全員が留守の時に風呂に入ることはあった。が、普段は風呂にも入らなかったので、衣服からは悪臭を放っていた。

 だが、その悪臭を嗅ぐ者すらいない6畳の間の王国の中で悦雄はもはや何に気づかいすることもいらなかった。そんな悦雄にとってたったひとつの外部世界への扉はインターネットにつながったパソコンだった。

 悦雄の日常は、睡眠と食事の他には殆どオナニーに費やされていた。初めのうちは動画サイトのアダルト作品が彼の主だったオカズであった。しかし、まもなく悦雄はそれだけではイクことができなくなっていった。

 一日に5回から7回もオナニーで射精し続けるうち、悦雄はすべてのアダルト作品に飽きがきた。あらゆる性的嗜好性に満足できなくなった。X‐ビデオには何千というハッシュタグがあり、およそ人間に存在するあらゆる性的嗜好性はカバーされているはずだった。だが、そのどれにも悦雄は満足できなくなったのだ。

 変態マゾヒストの悦雄の嗜好性にぴったりの作品がないというのではなかった。女王様に顔を舐められながら手コキされていく趣向の作品などは、悦雄のファンタジーにどんぴしゃりとはまっていた。だが、それでも悦雄は満足しなくなった。

 その原因に悦雄はやがて気がついた。それは双方向性が欠けているからなのであった。悦雄の側からの、懇願や喘ぎやその瞬間瞬間の妄想の展開が、相手と絡まるといったことがないからなのであった。

 自ら引きこもりという特殊な生活を選んでおきながら、異性との相互のかかわりを求めるとは、なんという贅沢なことであっただろうか。しかし、悦雄の何不自由なく肥大していく自我は抑制ということを知らなかった。悦雄は自らの望むSMの女王と相互に関係を結べるサイトを求め続けた。

 そうしてついに発見したのが、「女王の扉」と名づけられたライヴチャットサイトだった。ライヴチャットサイトには数多くの女性が登録しており、待機画像に自らを映して待っていた。客である男性は、クレジットカードなどでポイントを買い、選んだ女性の部屋にログインする。そしてそのポイントを消費して、双方向で映像と音声によるツーショットのコミュニケーションを行うのである。

 そのようなサイトは世界中に数多く存在した。が、「女王の扉」は特に、M男性の客を待つS女性ばかりが、妖艶な顔を並べて待ち受ける悦雄にぴったりのサイトだったのである。



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