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極妻との一夜に輝くサファイアと円空仏(小説『ザ・民間療法』031 立志編)
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私とアケミママを乗せて夜の街を走り続けた車は、赤坂にある一軒の店の前までくると、ようやく停まった。運転していたホソダという若い衆に案内され、ママの後ろについて店に入る。そこからまた奥に進んだところで、広めの部屋に通された。
あたりをそっと見回すと、奥の方の暗がりで先ほどママの店にいた親分衆が、そろってテーブルの上の物をのぞきこんでいる。彼らの視線の先にあるのは宝石の類のようだったが、ビジネスでこれから扱う新商品を品定めしているところらしい。
それを横目でチラリと見たママは、入り口に近いテーブル席に座った。私もそこに座ると、二人の前に置かれたコップに若い衆がビールを注ぐ。ママはそれを一気に飲み干し、さらに2杯目も立て続けに飲み干した。さすが極妻と思わせる貫禄だ。
一息つくと、あちらのテーブルから宝石のいくつかがママの前にも置かれた。ママはいちばん大きいのを手にとってうっとりと眺めている。
「サファイアですね、ちょっと色が薄いけど」
宝石を前にして、思わず私も反応してしまった。するとママがおどろいたように「Mちゃん、石がわかるの?」と聞いてくる。
「ええ、ちょっとだけインドで教わったので」
そう答えると、今度は私の前に次々と宝石が並べられた。
「どれも石そのものはよくないけど、加工がうまいので素人なら見分けがつかないでしょうね」
つい得意になってそんな説明をすると、親分衆の鋭い目線がいきなり私に集まった。ヤバッ、何かまずいことをいっただろうか。これから整体を仕事にしようと思っている矢先に、大事な指がなくなったらまずい。
そんなことが浮かんで慌てていたら、親分の一人が「Mちゃん、じゃこれは?」と小さな仏像を私の前に差し出した。
円空仏である。
「エッ、こんなモノがなんでここに!?」とおどろいていると、「手にとって見てくれ」といわれた。いやな予感がするが仕方がない。
おしぼりで手を拭いてから、仏像を手にとって確認する。やっぱり円空仏のようだ。しかしよく見ると、エイジングの加工が施してあるのがわかった。この程度の加工なら、私も特殊美術の仕事でよくやっていたのだ。
そこで私が「ニセモノですね」というと、親分は怒るでもなく「わかるかね~、君は一体何者なんだ」といって、私の経歴を根掘り葉掘りたずねてくる。隠すつもりもないので聞かれるままに答えていると、「どうだね、明日からウチの組に来ないかネ」と誘われた。
単なるスナックの厨房バイトのはずが、ヤクザにスカウトされているのである。こりゃ困った。どうやって断ったらいいのだろう。そうでなくても私は断るのが苦手なのだ。とりあえず、「今は整体の学校に通っているので…」としどろもどろになりながら答えた。そんなこんなで夜も更け、夜明け近くになったころにやっと解放された。
もちろんヤクザ稼業に進出する気などない。だから、彼らと顔を合わせるたびにのらりくらりと断り続けた。しばらくしてアケミママのスナックが移転することになったので、それを機にバイトも辞めた。
それでも、最寄り駅近くの繁華街を歩いていると、そこのシマの若い衆に遭ってしまう。そのたびに「今度またうちの組にも遊びに来てください」と誘われる。彼らの言葉が社交辞令ではないのがわかっているだけに、「親分もお待ちですし…」と声をかけられると、毎回冷や汗が出るのだった。(つづく)