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【警察モノガタリ】非日常の日常

皆さんはいくら稼いだら税金で賄われているサービスと同等の税金を納める事が出来るか分かるだろうか。

『お前らは俺達が払ってる税金で生きてるんだから、ちゃんと俺達の意見を聞いて仕事をしなきゃアならんのよ。』

だいたい600万から700万稼げば受けられるサービスと同等の税金を納めている事になるらしい。

『ごめんなさいね。僕達も税金で生かされていますから皆さんの意見を満遍なく聞きたいんですけどね、なかなか人手が足らなくて。』

『そんな事はお前らの都合だろ。なんならお前らより俺の方がよっぽど世の役に立ってるだろうが。』

だろうがって言われてもと思ったがここで言い合いをしても埒が明かない。

『後は私が処理しますので住所・氏名・生年月日、そして連絡先とご職業を教えてもらってもいいですか?』

毎回毎回通報が入るたびに同じ事を聞いてるせいかとめどなく出る言葉に我ながら感心する。

『なんでお前の様な若僧に名前を教えなアカンのだ。というか、お前真中警察署の人間なのに俺の名前を知らんのか?』

僕の名前は春日井春斗かすがいはると

東海県警の真中警察署中央交番に勤務する警察官だ。

『申し訳ないですね。名前は存じ上げているのですが、毎回聞くのが決まりとなっておりまして。』

過去の備忘録を調べれば目の前にいる『田中』という名のおじさんの人定事項は分かるが、こういう通報マニアな人には仕事をしている感を出すために敢えて知っていても聞く様にしている。

『しょうがねぇな。名前は田中で…。』

僕は携帯していたメモ帳に口早に話す内容を書いている振りをしつつ、職業だけ言わなかった事について『ご職業は何ですか?』と聞いた。

『自営業に決まってんだろ。もう良いか?俺は行くぞ。』

田中が職業の事を聞かれると帰りたがる事は真中警察署では周知の事実だ。

『ちなみに自営業では何をされていますか?』

自分の事をつくづく性格の悪い奴だなと思う。

『うるせぇな。ゴミ回収の自営業だよ。警察官なのにそんな事も分かんねぇのか。』

『いえいえ、自営業と言っても様々な仕事がありますので聞かせていただきました。コレも聞く事が決まりとなっておりまして。』

別にそんな決まりなんてないのだが、田中の様な人間には警察の裏事情的なモノを見せて上げると警察の事を知れた気になって満足なのかやり取りが円滑になる事がある。

『前に来た奴はそんな事まで聞かんかったぞ。』

おっと。

さすがに調子に乗って意地悪な事を聴き過ぎてしまったか。

『今時、数日で仕事が変わったりする事もあるので、田中さんがこの前お会いした警察官はその辺を失念していたんでしょう。聞かなかったのは我々警察のミスです。申し訳ありませんでした。』

世の中には謝罪をされる事に悦を入る変態がいる。

目の前にいるのがまさにその変態だ。

『おっ、おう。そうなんか。気を付けろよ。全く、俺もお前らみたいな警察官がいると心配で仕方ねぇわ。』

『いつも田中さんがパトロールしてくださるおかげで街の安全が守られています。これからも引き続きよろしくお願い致します。』

慇懃な態度に満足したのか今にも壊れそうな自転車に乗って田中は去っていった。

ふぅと一息付いて目の前にある自転車に目を送る。

どういうワケか世の中には街中に乗り捨てられている自転車を見つけると通報せずにはいられない人達がいる。

普通の人間なら街中に放置されている自転車なんかに気付く事さえないだろうが、どうやら働かずに暇な人間には目障りな物に見えるらしい。

放置されている自転車の防犯登録を見て番号を無線で伝える。

結果は案の定被害の届け出がされていない自転車だった。

まぁ、盗品だったら盗品だったで面倒だったからコレで良い。

盗品でない以上警察に出来る事はないから行政への引き継ぎとなる。

アレコレやっている内に現場に着いてもう30分も経過していた。

さすがに遊び過ぎたな。

一通り処理を済ませ中央交番へと戻った。

『お疲れ様です。戻りました。』


『おかえりぃ。結構時間食ったねぇ?』

妙に母音が強めな話し方をする彼は中央交番で一緒に勤務している瀬戸秋彦せとあきひこ係長。

勤続20年を越えるベテラン警部補だ。

『いや〜通報してきたのが田中でしてね、遊んでたら時間掛かっちゃいました。』

荷物をソファに置いて椅子に腰掛ける。

『またアイツかぁ。アイツも飽きずによう通報入れてくるねぇ。』

『まぁ、無職で生活保護で生きている人ですからね。ちょっとした暇つぶしで通報を入れてるんでしょう。』

『ワシもここに来て3年経つけど、ここに10年いたワシの前任者の時からすでに放置自転車マニアだったらしいからなぁ。死ぬまでやり続けるんだろうなぁ。』

最低でも13年はやっていると考えると何でもかんでも継続すれば良いってモンでもない様に思える。

その13年をもっと有意義に使えば田中の人生も変わっていただろうにと思う一方で、どうあがいても変われない人だから今みたいになってるんだろうなとも思う。

『あんな人の通報でもいかなきゃいけないのが警察
の辛いところですよね。』

僕は大した想いを持って警察官になったワケじゃない。

『そうだねぇ。あんな奴の通報でも万が一があるからねぇ。』

ただ、困っている人を黙って見過ごすのが嫌だった。

『こんなに文句ばかり言われるのが分かってたら警察官になってなかったかもしれないです。』

でも、理想と現実の乖離は残酷だった。

『文句を言われるのも仕事の一つだからねぇ。』

僕の正義は困っている人を助ける事。

もちろん、警察官になってから困っている人を沢山助けてきたと思う。

だけども、それに輪を掛けて助けなくても良い人を助けてきたとも思う。

ここのところ、自分の正義が何だか分からなくなっている気がする。

『警察官の正義って何なんでしょうね?』

僕は瀬戸係長に尋ねる。

『何なんだろうねぇ。』

素っ気ない回答であったが、瀬戸係長に限らずどんな警察官に聞いても回答が出るモノじゃないと思うと特段気落ちはしない。

『少なくとも自分の手が届く範囲で救える人を救う事じゃないかなぁ。』

自分も偉い人から聞かれたら多分同じ様な事を答えると思う。

『そうですよね。僕らが出来る事なんてそれくらいですもんね。』

模範解答みたいな事を答えてこの会話は打ち切りとなった。

『そんじゃ、今日も1日頑張ろうぅ。』


警察官になってもう5年が経つ。

5年も経つと何となく組織の事が分かってくるし、立場的にもルーキーとしては見てもらえなくなる。

『若人よ、勤務に励んでいるかい?』

『いえ、もう引き継ぎしたのであとは帰るだけです。』

『そうかい、そうかい。それは、それはお疲れであったな。』

彼女の名は小牧夕陽こまきゆうひ

真中警察署の刑事課にいる女性警察官。

『小牧さんは今日も1日頑張ってください。』

『君からそんな言葉を聞けるとはね。若人の励みの言葉でお姉さん頑張っちゃうぞい。そんじゃね〜。』

彼女は僕の一歳上なのだか、同年代とは思えないほど飄々としているというか掴みどころがない。

確か高卒で警察官になったはずだから、もう10年くらいはキャリアがある。

掴みどころがない人ではあるが、真中警察官の刑事ではぶっち切りの検挙件数を誇っている。

能ある鷹は爪を隠すのか変人が故に変人の考えが分かるのかどうのなのかは分からないが、彼女の存在が真中警察署の治安の質を保っているのは間違いない。

とはいえ、若い女性警察官が圧倒的な数字を残しているのは良くも悪くも問題があるらしい。

以前、彼女と飲んでいる時に珍しく愚痴をこぼしていた。

『紳士でも淑女でも若人でも老人でも人間の妬みっていうのは業が深いね。』

相変わらず独特な表現だったが、この人はこの人なりに感じているモノがあるのだろう。

『君は絶対にそんな老人になっちゃ駄目だよ。いつまでも若人らしくあれ。』

彼女が僕の何に目を付けたのかは分からないが、比較的気に入ってもらえれているんだと思う。

歳の近い先輩や後輩に聞いても『俺らの年代で小牧さんと飲みに行っているのなんてお前ぐらいだぞ。』と言われたのがそれを表していると思う。

『小牧さんも刑事課のおじさん達と働くのが疲れたらいつでも交番に来てくださいよ。』

本気でそんな事は思ってないが、一応女性相手に飲ませてもらっている以上、それなりの言葉を掛けるのはマナーだと思っている。

『そうね。戻れる時が来たらね。』


最近補導した子から教えてもらった動画を観ていた時だった。

プルルルルル。

警察官になってからというものの休日に電話を取る事が億劫で仕方かない。

やれやれと思いつつスマホの画面を見ると知った名前が写し出されていた。

『もしもし。今大丈夫?』

『大丈夫だよ。』

彼の名前は犬山夏樹いぬやまなつき

警察学校時代の同期だ。

『急にどうしたの?』

『いや、久々にお前と飲みたくなってな。』

彼は同期の中でも優秀で首席で警察学校を卒業した後に、県下トップクラスの警察署でも優秀な成績を残して今となっては出世街道まっしぐらの巡査部長だ。

『公安の人に誘われると何だか緊張しちゃうな。』

『おいおい、同期に揺さぶりなんか掛けねぇよ。』

なぜか彼は警察学校でさして目立った存在でなかった僕の事を気に入り、卒業後もたまにこうやって飲みに誘ってくれる。

『公安の人って同じ警察官でも何しているか分かんないから不気味なんだよね。』

東海県警察本部警備部公安一課。

彼が属している部署で簡単に言えば危ない思想の人達を注意して見張ってる人達だ。

『別に特別な事なんてしてねぇよ。そんで、今日は空いてる?』

今日はこのまま女子高生が昔の曲に合わせて踊っている動画を観て終わろうとしていたから特に何も予定はない。

『ちょうど暇だね。時間はいつでもいいよ。』

『オッケー。そんじゃ場所と時間はあとで送っとくわ。』

・・・・・・・・・・・・・・・

夕方6時。

『お疲れ。』

『お疲れ。いや〜悪かったな、ちょっと仕事が長引いちゃって。取り敢えず乾杯。』

僕はビール、彼は烏龍茶で乾杯した。

『そっちの仕事はどう?年々交番勤務も大変になってるだろ?』

彼は最速で昇任したため交番勤務の期間がとても短かい。

『そんな事ないよ。5年もやれば慣れるしね。専務と比べたらだいぶ楽だと思うよ。』

警察組織には僕が所属している交番勤務を包括する地域課をはじめ、交通課・刑事課・生活安全課・警備課・警務課とあるが、地域課以外の部署を専門的な事案を取り扱う事から専務と呼んだりする。

『専務なんて最初はキツかったけど慣れたら交番と比べて遥かに楽よ。俺には専務が合ってたね。』

まぁ、彼ならどこに行っても優秀な成績を上げていただろう。

彼が今現在公安にいる事が何よりの証拠だ。

『春日井も行きたい部署があったら早めに行っておいた方が良いぞ。俺はお前も専務向きの性格だと思う。』

『僕は地域課で充分だよ。』

実際のところ特に行きたい部署はない。

だから、毎年行われる希望調査もずっと地域課希望で出している。

『お前なら専務で重宝されると思うんだけどな。』

『犬山にそう言ってもらえると嬉しいよ。』

『別におべっかで言ってるんじゃなくて本心で言ってるんだぜ。』

自分でも専務に行けばそれなりにやれるだろうと自負しているが、そんなに熱弁されるほど向いているかと言われるとさすがに疑問だ。

『まぁ、僕が希望してなくても人事に行けと言われたら行きたくなくても行かないといけないんだけどもね。』

『まぁな。ところで、話変わるけど今年から真中警察署に行った元捜査一課の尾張さんって知ってる?』


明くる日の当番日。

『舐めてんじゃねぇぞ、コラ。』

一人の女性が自分より背の高い男性相手にメンチを切りながら詰め寄る。

『さっきからピーチクパーチク喚いているけどよ、お前が謝れば済むハナシだろうがい。』

『い、いや、でもな…』

『いやでもでもなでもねぇんだよ、タマ付いてんなら潔くいかねぇかこの野郎。』

身長160cmにも満たない彼女はレディースのヘッドじゃなくて我が真中警察署の警察官。

『尾張係長そんなに凄まなくても、落ち着きましょうよ。』

『うるせぇな。お前は黙ってそこで見てろ。』

彼女の名前は尾張朝陽おわりあさひ

春の異動で東海県警察本部刑事部捜査一課から真中警察署の地域課にやって来た。

小動物の様な可愛らしい顔立ちをしているが、どう考えてもレディース経験者じゃなきゃ説明が付かないほど口調が悪い。

『男だったら義理と人情を持てや。』

いや、極道の世界じゃないんだからなんてツッコミを入れたらコチラにも飛び火しかねないので止めておく。

『まぁ、お互いに手を出してないですし話し合ったらお互いの勘違いだったのが分かったと思うので、ここは謝るって事で穏便に済ませ様じゃないですか。』

大人同士がしょうもない事でこんなにも喧嘩するなんて警察官になるまで思ってもみなかった。

お互いに素性を知っているならいざ知らず、面識も全くない人に対してよくもそんなに怒れるモンだと毎回思う。

『すみませんでした。』

『おうおう。やれば出来んじゃねぇか。』

会話だけ聞いてたらヤンキーとその子分の会話だ。

『それじゃ我々はこれで帰りますので。』

現場を後にして僕と尾張係長はそれぞれの持ち場へと戻る。

僕は交番勤務だが彼女は同じ地域課でも交番勤務ではなくパトカー勤務。

厳密には自動車警ら班って言うのだが、僕の様な交番勤務の人と一緒で地域課に所属しているいるものの基本的には警察署を拠点に勤務している。

通常のパトロールの他に、緊急性が高い事案やパトカーでの搬送が予想される事案が起きた時に機動性の高さからパトカー勤務の人達が呼ばれる事が多い。

基本的には交番勤務は交番の管内しか担当しないが、パトカー勤務の人達は警察署の管内全てが担当となる。

その分担当事案数が交番勤務の比べて多いし、難しい事案に当たる事も多いから自ずと精鋭達の集まりとなる。

そんな部署に女性ながら勤め上げる彼女ももちろん精鋭の一人だ。

『お疲れだったな春日井。』

『お疲れ様でした。相変わらずレディースみたいでしたね。』

『ふざけんじゃねぇぞ、アタイは地元じゃ清楚で地味な子で有名だったんだぞ。』

清楚で地味な子は自分より背の高い男性にメンチなんか切ったりしない。

『そうなんですね。尾張係長にもそんな時代があったんですね。』

『そんな時代じゃなくて、今も清楚で地味なんだよ。』

『そうでしたね。尾張係長は真中警察署の清純派アイドルですもんね。』

『お前、アタイの事をおちょくってんだろ。』

本来巡査である僕と警部補である尾張係長でこんなふざけた会話は起きないはずだが、不思議と尾張係長相手には言えたりする。

『まさか。本心で思っていますよ。』

『嘘つけ。てか、そんな事はどうでもよくて、さっきの事案だがな…。』

・・・・・・・・・・・・・・・

『…てな感じでやると上手くいくと思うぞ。』

『ありがとうございます。次から試してみます。』

やはりバリバリの男性社会で大奥の如くのし上がっていった人の意見はとても参考になる。

経験・思考・胆力。

様々なモノに裏付けされた人からの意見は自分の様な経験不足の警察官からすれば喧騒な事案の中での一つの道標となる。

『とはいえ、一番大事なのは怪我をしない事だ。お前は周りがよく見えているから大丈夫だと思うが絶対に気を抜いたら駄目だぞ。』

『ありがとうございます。気を付けます。』

『いいか。絶対に気を抜くなよ。ヤられる時は一瞬だからな。』


学生の時は公務員って何だか特別な仕事の様に思えたが、実際にやってみるとそこら辺の仕事と大して変わらないなと思う様になった。

学生時代にいくつかアルバイトした経験があるけども、そこで働いていた正社員の人達の事を思い出しても特段自分が特別な事をやっている様には思えない。

警察官になって5年が経つが仕事にも慣れてきたし、すでに警察官を辞めた同期も沢山いるが自分はこのまま定年まで続けていくつもりだ。

厳しい現場はこれからも多く経験するだろうが、それらも乗り越えていけるんじゃないかと思う。

この時はそんな事を考えていた。

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花山 烏一/ハナヤマ ケーイチ
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