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【警察モノガタリ】始まりの詩

『戻りました。』

『おかえりぃ。今日は豊作だったぁ?』

『全然でしたね。1時間やってたったの2件ですよ。』

『それはお疲れだったねぇ。』

『瀬戸係長1件付けといてください。』

『いつもいつもありがとねぇ。地域課なんて20年近くやっていなかったから交通犯取り締まるのよく分かんないだよねぇ。』

交番勤務になってもう3年経つんならさすがに慣れるだろと心の中で思いつつ、自分も地域課から離れたら同じ様になるのかなとも思う。

交通違反なんて交通課の警察官がやるモンだと思っていたけども、実際には交番で働く警察官の多くが交通違反の取り締まりをしている。

『そういえば前に否認してきた人から連絡来たぁ?』

『いえ、全然連絡が取れなくて交通課の取締係の人とどうしようか検討してるんですよね。』

それは1週間前の出来事であった。

瀬戸係長と2人で取り締まりを実施していたのだか、木村という1人の交通違反者が頑なに自分の交通違反を認めなかった。

『最初はあんなに凄んでいたのに、いざ逮捕するぞって雰囲気になったらすぐに及び腰になったもんねぇ。』

しばらく免許証を提示せずにいたので、あわや逮捕事案になりかけたのだが詰んでのところで免許証を提示したので、逮捕はせずに通常の交通違反の否認事件として扱う事となった。

『本人は見分の立会をするって言ったので何度も日にちの調整をしようと連絡してるんですけど全然繋がらないんですよね。』

交通違反をして一旦は認めてその後に反則金を支払わずに逃げる人はいるが、否認して見分を立会すると言っておきながら連絡が付かない人は珍しい。

『本人の所に直接行くにしても自宅がまぁまぁ遠いんですよね。』

様々な照会をして一応は免許証に記載の住所番地には住んでいるかとは思われるが、だらしない性格で引っ越しをしても住所変更せずにそのままに放っておいてる可能性もある。

『そうだねぇ。いきなり逮捕状を持っていくのもアレだし今度家まで行ってみようかぁ。』

メンドくさいけども取り敢えずはそれしかないか。

『そうですね。今度行ってみましょう。』


真中まなか警察署が管轄している真中市の東側に隣接する東川ひがしがわ市。

僕こと春日井春斗かすがいはるとのラブコールならぬ見分の立会の連絡を無視し続けている木村の住んでいる街である。

隣街とはいえ真中警察署から車で30分ほど掛かる離れたら場所に木村の自宅がある。

『もうすぐだねぇ。』

助手席に座る瀬戸係長が缶コーヒー片手にゼンリン地図を見ながら道案内をしてくれている。

『あのマンションですかね。』

『そうだねぇ。アレだと思うぅ。』

マンションの前に車を停めてマンションのエントランスに向かう。

木村の部屋は501号室。

郵便受けを見てみたが特に郵便物が溜まっている様子ではない。

築年数が経っている雰囲気のマンションではあったがオートロック式の入口であったためインターホンを押して呼び出しをしてみる。

10秒が経ち、さらに30秒が経っても応答がない。

もう一度呼び出してみるが応答なし。

『やっぱり出ないねぇ。』

残念な方の予想が的中したカタチだ。

とはいえ、このまま木村はいませんでしたと帰るのは上に報告するのが心苦しい。

『隣の部屋の人に聞いてみますか?』

『そうだねぇ。聞ける範囲で聞こうかぁ。』

隣の502号室のインターホンを押してみる。

『はい。どちら様でしょうか。』

妙齢と思われる女性の声が聞こえて来た。

『すみません。私東海県警の真中警察署の春日井と申します。お隣に住む方についてお聞きしたい事がありますのでお話を聞かせてもらえないでしょうか。』


高木と名乗る502号室に住む女性は隣街の警察署の警察官が何をしに来たと怪訝な雰囲気を纏わせつつ、何気ない日常に変化をもたらしてくれる刺激的な事象にワクワクした感情も纏わせていた。

『ご協力ありがとうございます。先程申し上げましたとおり私が春日井と申します。こちらの警察官は瀬戸です。』

『隣街の警察署の警察官が何の用ですか〜?私何も悪い事なんてやってないですよ〜?』

言葉尻とは裏腹に警察官が来た事を楽しんでいる様子だった。

『高木さんが悪い事をしたなんて滅相もありません。私共、高木さんのお隣の部屋に住む方について調べておりまして、ちなみにですがお隣の方とは面識は?』

『あぁ、お隣さんね〜。結構前に引っ越してきたはずだけど引っ越しの挨拶もなかったし、たまにゴミ捨て場ですれ違っても挨拶もしない人だからよく分かんないのよね〜。』

言葉の節々から木村に対する不信感が感じられる。

『それだと特に最近変わった事があったかどうかも分からないですかね?』

『娘達がもしかしたら知ってるかもしれないけど私は分かんないわね〜。というか、お隣さん何か事件に巻き込まれたんですか〜?』

『いえいえ、特には。』

このタイプと長々話し込んでしまうとアレコレうるさいからそろそろ切り上げようかと思った矢先だった。

『もし娘さん達にお聞きして何かありましたらここまでご連絡ください。』

瀬戸係長が高木に名刺を渡した。

この感じだと特に有益な情報は得られないと思っていたが、瀬戸係長は何かあるかもしれないと感じたのか。

『それでは我々はこの辺で失礼させていただきます。ご協力ありがとうございました。』


その後もマンションの周辺の家にまで範囲を広げて聞き込みをしたが、特に有益な情報は得られなかった。

木村は一体どこに消えてしまったのか。

徒労に終わった帰りの車内は静寂に包まれていた。

『わざわざ来たのに無駄骨に終わっちゃいましたね。』

沈黙でいるのも居心地が良くないためそれとなしにハナシを振ってみた。

『そうだねぇ。でも、無駄骨で終わる事なんてしょっちゅうあるし、無駄骨で終わると分かっていてもやらないといけないのが警察だからねぇ。』

話しぶりはいつもと変わらないが、言葉の裏に今まで経験したきた重みが感じられる。

そういえば瀬戸係長は元々刑事課で働いていたと誰かから聞いた事がある。

『瀬戸係長って元々刑事だったんですよね?どこにいたんですか?』

『ん、捜査一課だよぉ。』

捜査一課。

以前同期の犬山と飲んだ時に尾張係長が元捜査一課だったと言っていたのを思い出す。

『そうだったんですね。そういえばパトカー勤務の尾張係長も元捜査一課だったんですよね。』

特に真意があって聞いたワケではなかった。

『そうだね。彼女も元捜査一課だったよ。ところで、それは誰から聞いたの?』

間延びして母音が強めないつもの話し方に車内がひりついた空気となる。

『え、あ、同期が本部で働いていて、その同期と前に飲んだ時に聞きました。』

いつもの瀬戸係長と違う。

『ふーん。そうなの。ついつい人の経歴が気になっちゃうお年頃かもしれないけど、あんまり詮索はしない方がいいよ。そういうの嫌がる人もいるしね。』

『分かりました。すみませんでした。』

背中に嫌な汗が流れる。

逃げ場のない車内で耐え難いひりついた時間が流れる。

『分かればいいよぉ。そんじゃ安全運転でお願いねぇ。』

ハンドルを握る手に自然と力が入る。


その後も木村への連絡は何度も試みたが連絡を取る事が出来なかった。

取締係の人とも取り敢えず本人の立会なしで見分を実施しようかと思っていたところ一本の電話が入った。

『高木さんという女性から春日井さん宛に電話が来てます。繋いでもいいですか?』

『繋いでください。』

高木の自宅に訪ねてから数日が経過していたので期待はしていなかったのだが、もしかしたら何か有益な情報を得られるかもしれないと胸が高鳴る。

『あ、あの〜。高木です〜。春日井さんですか〜?。』

『春日井です。先日はどうもありがとうございました。どうなさいましたか?』

忙殺された日々で今の今まで忘れていたが語尾が伸びる特徴的な話し方だったのを思い出した。

『実は娘がね…。』


高木が言うには2人いる娘の内、次女の方が思い当たる節があるとの事らしい。

『いえ、あのですね〜。春日井さん達が来られた日の夜に娘達にお隣さんの事で何か知っている事がないか聞いてみたんですよ〜。そしたら娘2人とも知らないって言ったのでハナシはそこで終わったんですよ〜。』

『もしかして、娘さんのどちらかが何か知っていたんですか?』

『そうなんですよ〜。もしかしたらって私に言ってきてね、春日井さん達が来た日の1週間くらい前の夜中に外が騒がしかったらしいのよ〜。ほら、ウチって築年数が経っているから防音がちゃんとしてないのよね〜。そんで、さすがに玄関を開けて見るのは怖かったからドアに付いてる覗き穴っていうの?その覗き穴から外を見たら3人くらいの男性と女性が言い合いをしていたらしいのよ〜。その中にお隣さんぽい人がいたかもなって急に言ってきたのね〜。私、急に言われたからビックリしちゃって、そんで連絡した次第なのよ〜。』

高木のハナシを聞く限りでは木村は何かのトラブルに巻き込まれている事となる。

そういった状況だと娘さんからも直接ハナシを聞いたい。

運良く今日にでもハナシが聞けるという事で瀬戸係長に高木から受けたハナシを伝えた。

『やっぱりねぇ。なんかあの奥さんからは良い情報が手に入りそうだなと思ったんだよねぇ。』

そういえばあの日瀬戸係長が名刺を渡したのは高木だけだった。

何か常識では考えられない勘が働いたのか。

それとも元刑事の勘が働いたのか。

聞こうにも先日の事があったため聞けなかった。

『それでは高木さんの所まで行きましょう。』


高木の娘からハナシを聞いた内容としては概ね高木が電話で話していたのと同じであった。

『夜中に彼氏と電話してたら外が凄くうるさくて〜、頭にきたから文句の一つでも言ってやろうと思ったんですけど〜、さすがに怖くて〜、せめてどんな奴か見てやろうと玄関ののぞき穴から見たんですよ〜。多分3人くらいだったと思うんですよね〜。男性と女性が口論みたいのしてたんですよね〜。多分その中にお隣さんもいたと思うんですけど〜、絶対にそうだったかと言われると自信ないです〜。』

『何となくでいいですのでお隣さんと思われる男性はどんな感じの人でした?』

『背は180くらいですかね〜。体格は太っても細くもない感じでしたね〜。あ、あと髪が茶髪みたいな感じだったと思います〜。』

母親譲りの特徴的な話し方をする娘だなと思いつつ、内容的にも木村がその口論の現場にいたのは間違いないと思う。

『ありがとうございます。ちなみにですが、他の男性と女性の特徴は覚えていますか?』

『う〜ん、あんまり覚えてないんですけど〜、男性の人は顔が見えなかったんですけど〜、背は同じくらいの180くらいでしたかね〜。女性の方は160ないくらいで、髪が黒髪のショートカットでした〜。そんで、2人とも口がめっちゃ悪かったです〜。』

これだけ具体的に言えるのならそれなりに信憑性の高いハナシだと思う。

瀬戸係長も特に付け加えない事から、同じ様な事を思っているだろう。

『お忙しいところありがとうございました。また何か思い出したり分かったりしましたらご連絡お願い致します。』

高木家を後にして一連の出来事を整理する。

交通違反を否認した木村がその後に何かしらのトラブルに巻き込まれて連絡が付かなくなった。

あり得ないハナシではないがタイミング的に引っ掛かる所もある。

『穏やかな感じのハナシじゃなくなってきたねぇ。警察署に戻ったら課長に話そうかぁ。』

確かに現段階では不確定な要素が多いがイチ交番員が抱えるにはハナシが大きくなっていく様な予感がする。

ただの交通違反の否認事件がなんでこんな事になるのかなと思っていたところ、後ろから先ほど別れた高木の娘が追いかけて来た。

『お巡りさん〜、そういえば一緒にいた女性の事で一つ思い出しました〜。確かその女性、自分の事をアタイって言ってました〜。』

考えたくもない想像が脳内を駆け巡った。

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花山 烏一/ハナヤマ ケーイチ
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