記憶とエッセイ①寝たふり
遠くから皆の話し声が聞こえる。楽しげに笑う音。ドアの向こうの出来事なのにどこまでも遠く感じている。
半年ぶりに祖母の家を訪ね、休憩と称してひとり別部屋でゴロゴロと過ごすのは恒例のことだった。幼い頃は福岡から埼玉までの長い移動、人混み、そういったものに疲れ、久しぶりに会う祖父母への挨拶も早々に雪崩のように寝ていた。その目的が変わったのはいつからだっただろう。いや、変わったのではない。消えたのだ。いつからかその目的は消え去り、到着後にぐだぐだとひとり床に転がるのが習慣のようになってしまった。
あの人はそれを知っているから決まって夕飯の前に私を起こしにくる。私はただその時を待っているのだ。
母は帰省を楽しみにしているようだった。一人関東から出てきた母は、慣れない地域での生活に日々右往左往していたことだろう。そんな中で、半年に一度の母子だけでの帰省は息抜きだったに違いない。毎回祖父母の家に着いたら早々に離脱する私と違い、母には積もる話があるようだった。大人の話だ。決して親戚の多くない家庭では、こうなったらなかなか遊び相手も話し相手もいなかった。私はいつも聞き耳をたてて、時期をみていた。
相手にされなかったのが辛かった訳じゃない。彼女はいつも私を気遣ってくれたし、私を見てくれていた。それでも足りなかったのか、満たされなかったのか、私はいつもひとりで泣いていた。床に耳をつけ何を考えるでもなく、ただ涙が頬をつたうだけだった。
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