入来祐作さんから学ぶ謙遜することの大切さ
いきなりですが、タイトルにある名前に同じ時代のプロ野球ファンなら反応するのではないでしょうか。笑
そう、元プロ野球選手で現DeNAベイスターズ二軍投手コーチの入来祐作さん(以下入来さん)にまつわるエピソードが最近少し話題になっていて、その物語に胸を打たれた私は、思い立ったかのように入来さんのこれまでのキャリアを掘り下げてみたいという気持ちに駆られました。
そこで出会った、本人がご出演する対談動画や書籍から入来さんの生き様に感動し、かつそのマインドから良い学びが得られたので、勝手ながら紹介させていただきます。
1.入来祐作とは
まず、入来祐作という人物にあまりピンときていない方のために、彼がどんなキャリアを歩んできた野球人なのかを簡単に紹介させていただきます。
血気盛んなイメージだった現役時代
社会人野球の本田技研のチームに所属していた時にドラフト1位で指名され、1997年に読売ジャイアンツ(巨人)に投手として入団。
ドラフト1位の華やかなイメージとは少し違う、ヒゲを蓄えた無骨で強面の表情からダイナミックなフォームでボールを放つスタイルは当時「ケンカ投法」と呼ばれ、「紳士たれ」とよく言われている巨人の中でも異彩を放っていたように、幼きながらに私は感じました。
特に、2002年に甲子園球場で行われた試合で、アリアス選手(阪神)に放った1球を巡って勃発した乱闘騒ぎが有名で、ファンの間では今でもよく語られています。
バッターボックスから外国人選手が詰め寄ると、大抵多くの日本人ピッチャーはその威圧感に臆してしまうところですが、入来さんは負けじと「なんか文句あるんか」と言わんばかりに強気な態度をとっていたことが、とても印象的でした。(今ではその2人もすっかり円満みたいですね)
度重なる移籍とメジャーリーグに挑戦を経て
その後、巨人から移籍した北海道日本ハムファイターズでも活躍を続け、2006年からは米メジャーリーグへ挑戦。
当初はニューヨーク・メッツとメジャー契約を結ぶも、1年目の春季キャンプで結果を残すことができず、同年4月に早々とマイナー(いわゆる2軍)降格となってしまいます。
その後マイナーリーグで奮闘を続けますが、結果的に2年間で一度もメジャーに昇格することができず、メジャーデビューの夢が叶わないまま日本に帰国することになります。
引退後は球団の用具係に
帰国した2008年は横浜ベイスターズにテスト入団。
日本球界への復帰を果たすものの、度重なる怪我により成績は伸び悩み、同年限りで現役引退となりました。
引退後はチームサポーターとしてそのまま横浜球団に残り、打撃投手のほか2014年まで一軍・二軍それぞれの用具係としてチームを支えました。
彼ほどの現役時代の実績をもってすれば、コーチや解説者などといった第二の人生もあったであろう中、用具係という裏方を何年も続けたキャリアは異例だったと思います。
2.対談で語られていたこと
上述のプロフィールからも分かる通り、他のプロ野球選手にはないような経歴を歩んできた入来さんですが、一体このキャリアを経て今どんなことを感じているのかが個人的に興味深かったので、対談で語られていたお話を中心に、個人的に印象的だった言葉をまとめてみます。
ご本人の細やかな心情については、以下の著書を参考にさせていただきました。
謙虚でいなさい
2008年に、当時所属していた横浜ベイスターズから受けた戦力外通告を機に、プロ野球選手としての現役引退を決意した入来さんですが、「なんとか野球に関わる仕事をしたい」という気持ちがありながらもなかなか進路が決まらない日々が続いていました。
そんな中で奇しくも同じタイミングで現役引退した、巨人時代のチームメイトであり、先輩でもある桑田真澄選手に一言「謙虚でいなさい」という言葉をかけられます。
幸い後には、同じベイスターズでチームサポーターという仕事が決まることになるのですが、契約を結ぶ際に球団から「絶対にキレないでくれ」と言われ、これまでの自分の立ち振る舞いが、いかに外から横柄に見えていたかをこの時痛感することとなったそうです。
しかしまさにこの実感こそが、先輩である桑田選手にかけられた「謙虚でいなさい」という教えを体現する原動力となり、実際にその後、謙虚でい続けたからこそ、用具係という裏方の仕事においても信頼を確立されていたのだと思います。
人の目を気にするプライドを持たない
しかしながら、これほどの実績を持った選手が引退後に裏方の仕事に就くなんて、人の目が気になったりはしなかったのでしょうか。
この心情から、「引退してもなんとかして野球に携わっていたい」という純粋な気持ちに、先述の「謙虚でいなさい」というメッセージが重なって、「人の目を気にしない」ほど入来さんを野球の仕事に夢中にさせていたのかなと察します。
自らの道を切り開くには、人の目を気にするプライドを捨てることも必要だ、というメッセージも強く感じました。
周りを見れば楽しいことが溢れている
そんな入来さんの現在の境地が、対談の終盤に語られていました。
この言葉の後、番組スタッフが「どんなお仕事だってどの環境でも自分次第なんだと思うんですよねきっと」とまとめてくれていますが、この「何事も自分次第」だと気づくのもなかなか難しいですよね。
ただ、ひたむきな気持ちで仕事に向き合うことができた入来さんが見つけた「仕事の楽しさ」には強い説得力があり、この言葉から彼の生き様にたくさんの学びがあるように感じました。
3.まとめ
入来さんの言葉から、謙虚でい続けることで、人の目が気にするプライドも捨てることができて、そこで開けた道をまっすぐに歩み続けることで、見つけられる楽しみも増える、という素晴らしい人生観を学びました。
なかなかできない努力と経験をしているアスリートにこそ学べる哲学や教訓というのは力強いですね。
今後もリスペクトを持って学んでいきたいと思いました。
おまけ:話題になっていたこと
用具係としてのお仕事を経て、野球に対するそのひたむきな姿勢に心を打たれた先輩に誘われる形で、入来さんも今では投手コーチとしてのキャリアを歩んでいます。
そんな入来さんに関して、今月ちょっとした話題がありました。
初勝利のボールを渡したい相手
6月4日に行われたオリックス戦で初勝利を挙げたウィック投手(横浜DeNA)がインタビューで「初勝利のボールは誰に渡したいですか」と聞かれると、「入来さん」と答えたそうです。
初勝利のボールといえば、家に飾ったり両親に渡したりするのがお決まりだったりするのですが、ウィック投手にとっては2軍で熱心に指導してくれた投手コーチの入来さんへの感謝が強く「入来さんは日本のお父さん」と慕っていることが背景にあるそうで、なるほど、ここでも入来さんの人徳が垣間見られて、なんだか私も嬉しくなりました。
先述にもあった通り、「周りをしっかりと見ていた」入来さんだからこそ得られた楽しみだったのではないでしょうか。
10年前にCMで演じていたことが現実に
そしてこの「初勝利のボールは入来さんに」という物語には実は伏線がありました。
トミー・リー・ジョーンズさん出演でお馴染みのボスの缶コーヒーのCMにて、10年前に入来さんが出演しているのです。しかも、当時の横浜DeNAの用具係という、そのままの役として。
そしてそのCMの中で、初勝利を挙げた若手投手が用具係の入来さんに初勝利のボールを渡すシーンが描かれていて、まさに今回のウィック選手のコメントがこの物語に重なると、ファンの間では話題になりました。
今では用具係でこそないのですが、あの頃と同じひたむきな姿勢でコーチを務めているからこそ、それに心を打たれる選手がいるのかもしれないですし、これから初勝利のボールを入来さんに渡す選手がもっと増えると良いですね。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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