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たとえ、ありきたりな言葉だとしても。
高校3年生だった私にとって一番行きたい大学は、背伸びするだけでは足りず、ちょっとジャンプをしないと届かないようなところだった。
私には、仲間がいた。
その仲間、彼女を仮にSと呼ぼう。
Sとは、第一志望の大学と学部が同じだった。
部活も、2,3年のクラスも同じだった私たちは、自分で言うのも何だけど、似た者同士だったと思う。クラスの中心的存在ではないが楽しい事は大好きで、イベントは全力でやる。英語と国語と世界史が得意、理系科目は苦手。好きな芸人はノンスタイル。
Sと私は、受験勉強を始めた時期も、塾に行っていないことも、選んだ受験科目もすべて一緒だった。そんな状況も相まって、一緒に過ごす時間がどんどん増えていった。
Sと私は、クラスの一番前の真ん中の席に、1年間ずっと座り続けた。
ほぼ全ての教科が受験科目になるので、授業は集中して受けなきゃと思った私たちは、席替えの度にその場所に立候補し、1年間占領し続けたのだ。
朝から夕方までの授業。放課後から最終下校時刻までの自習。学校から駅までは、お互い今日覚えたことのクイズ大会。駅から家までは、一人でセンター英語のリスニングを聞く。
こんな生活を、4月から入試が終わる2月まで、約8か月間続けた。
間違いなく、人生でいちばん勉強した日々だった。
***
文化祭が終わった、9月のある日。
Sに彼氏ができた。違うクラスの背が高い、かっこいい人だった。
照れながら彼のことを話すSは可愛いくて、おめでとうね、と私はにんまりした。友達に彼氏ができるのは、ちょっと寂しくも、でもやっぱり嬉しい。
夏服に別れを告げブレザーに袖を通した、10月のある日。
斜め前で勉強しているSの方から、くしゅん、くしゅんと鼻をすする音が聞こえてきた。
「集中できない~~~~!!泣」
涙を目にいっぱいためて、Sはこう言った。彼のことを考えるあまり勉強に集中できなくて、Sは泣いていたのだ。
申し訳ないけど、やっぱり可愛いかった。
ちょっと不器用で、まじめで、素直なS。彼のことで頭がいっぱいで、勉強に集中できなくて、その焦りがそのまま涙として現れたのだろう。
「だいじょうぶ~‥?」
ちょっと困ったように笑って言う私は、Sのその素直さがうらやましかった。
センター試験が目の前に迫ってきた、1月はじめ。
冬休みも、先生が許す限りは学校で勉強をした。先生がいて、過去問を入手できて、そしてなによりSがいるその場所が、他のどこよりも集中できた。
私たちは勉強を教え合ったり、お互いの受験スケジュールを話したりはするけれど、模試の結果や受験に対する不安、その他のプライベートのことはあまり口にしなくなっていった。
それらを口にして、比較したり焦ったりしたりするのが怖かったのだと思う。
***
私は、第一志望校に合格した。
Sは、第二志望校に合格した。そして、失恋をした。
「振られたっ」
今度は思いっきり涙を頬につたわせながら、それでも少しでも口角を上げようとしながら、Sは報告してくれた。
あまり上手くいっていないとは少し聞いていたが、彼がSを振ったのは彼の誕生日の前日で、さらに彼にはすでに新しい彼女がいたという事実には、驚きと共に怒りがこみ上げた。
「きっとさ、祝わなくて大丈夫だよって、気を使ってくれたんだろうね」
どこまでも優しいSは、決して責めるような口調では言わなかった。怒りと共に、やるせない悲しみもこみ上げた。
Sは、どんどん小さくなっていった。
痩せていったとか、やつれていったとかではなく、小さくなっていた。目の奥の光のようなものが、どんどん薄れていっていた。
どうすればいいんだろうと、それまでさんざん教科書に頼ってきた私は、急に迷子になった気分だった。
***
私はSに、どんな言葉をかけられるんだろうか。
必死に頭をひねらせながら、ひとり歩いていた。
3月上旬、19時頃。駅から家までの帰り道。左側は車道、右側は昔はコンビニで今は小さなジムとなった建物。街灯がぼんやり明るくて、空は黒くて、星はなかった。
寒さよりも、冬の夜のあの不安になるような暗さが今でもはっきり脳に焼き付いている。
次の日。
好きな人に想いを伝える時のように、私はどきどきしていた。上手く伝えられるか不安で、なんだか気恥ずかしくて。いつものように一緒にお昼ご飯を食べた後に、いつもの窓際の席で、タイミングを見計らいながら私はSにこう言った。
「Sは、ひとりじゃないから」
ありきたりな言葉だった。でも、あの帰り道に必死に頭をひねって出てきたのは、紛れもなくこの言葉だったのだ。
***
「Sは、ひとりじゃないから」
この言葉をかけた当時の私の気持ちに、嘘は1ミリもない。
そして、6年たった今、この言葉だけではどうにも届けられなかった感情に、やっと少しずつ目を向けられるようになった気がする。
私はあの時、Sに小さくならないでほしかった。
もうこれ以上、悲しまないでほしかった。少しでもいいから、心から笑っている瞬間が見たかった。
そして私はあの時、Sにもっと頼って欲しかったんだと思う。
一緒に過ごした膨大なあの時間を、世界史の年号を覚え合うために使うだけでなく、Sの悩みとか愚痴とか、入試には絶対出ないようなことをダラダラと聞きたかった。浮気されて振られてもなお彼を責めない優しすぎるSに、悪口と事実の違いを伝えたかった。なんなら私が代わりに、彼の悪口だって言ったし、「Sをもっと大切にしろ!!」って喝を入れに行ったよ。
***
もしかしたら、
客観的に見て、”努力が実を結び、何も失うことはなかった”私が、”努力が実を結ばず、色々なものを失った”Sに向けてかけられる言葉は、もっと別の何かだったのかもしれないし、そもそもそんなものは存在しなかったのかもしれない。
たしかに私は、
Sに彼氏ができて羨ましかった。Sが「集中できない」と泣いた時、自分じゃなくて良かったとも思った。椅子取りゲームのような受験競争で、Sが椅子を取れば私のそれは一つ減るという現実を知っていた。常に純粋に100%の気持ちでSの合格を願っていたか?と聞かれたら、力強くうなずくことはできないんだと思う。
***
それでも。
あの時の私は、客観性や人に堂々と言えない感情にまで目を向けるほどの余裕を、一切持ち合わせていなかった。
私はただ、Sの友達として、何かしたかった。
Sの心が少しでも楽しいと思える瞬間を味わえるために、私にできることがあるのなら、何だってしたかったのだ。
私は、これからもSと友達でいたかった。
***
あれから約6年経ち、異国で社会人1年目を始めたSと、大学6年生の私。
もうあの時のように同じ教室で席を並べることもないし、その日覚えたことをクイズで出し合いながら歩くこともない。
それでも私たちの関係は、今でも続いている。
Sが留学に行ったときは私が遊びに行ったし、私がワーホリに行ったときは彼女が来てくれた。本当は今年も、彼女がいる国へ行きたかった。
頻繁に連絡を取り合う仲ではないけれど、年に数回は必ず会う。会えば必ず優しい気持ちになれる。お守りみたいな、大切な存在だ。
いつの日か彼女と再会できたその時、嬉しさ共に私はどんな言葉をかけるんだろう。もしかしたら、またありきたりな言葉しか出てこないかもしれない。
それでも「これからもよろしくね」と思っている事は伝えたい。伝わるといいな。恥ずかしいけど。
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