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ドロッパーシートポストの誘惑

まえがき

これは私が物欲と戦った記録である。

私は20代半ばから自転車を趣味にしている。以来、15年弱でスポーツタイプの自転車を4台購入した。いま、手元にあるのは2台だけなのだが、どの自転車にもそれぞれ思い入れがある。

自転車の楽しみ方は人によってさまざまだが、わたしはパーツを交換してカスタマイズしていくのが好きである。いままで購入した4台の自転車はどれも完成車の状態で購入したのだが、ほぼノーマルの状態で乗っていたのは1台だけで、ほかの3台はどんどんパーツが入れ替わっていった。

自転車のパーツを良いものに変えていくのはワクワクする。パーツを交換していくうちにどんどん愛着が増していって、既製品の自転車が世界にひとつだけの大切なものに変わっていく。だが、残念なことに、そういったカスタムを繰り返していくと、いずれは交換するところが無くなってしまう。これはカスタムを好むタイプの自転車乗りの宿命である。

そして、わたしの所有する2台の自転車の中で唯一、カスタム可能な箇所として残っているのがドロッパーシートポストなのである。

ドロッパーシートポストとは?

ドロッパーシートポストというのはサドルの高さを乗車中に変えることができるという素敵なギミックだ。自転車に疎い方はきっと「それの何が嬉しいの?」と思うかもしれない。しかし、悪路を走行するマウンテンバイクでは乗車中にサドルの高さを変えられるメリットは計り知れない。

坂道の登りや平坦路では、脚の力を使いやすい高さにサドル位置を調整すると走りやすい。このときのサドルの高さは一般の人が考える最適値よりもずいぶんと高いものだ。ペダルの下死点に足がある時に膝が伸び切るくらいの高さである。

しかし、これくらいサドルが高く、地面への足付きが悪い状態で悪路の下り坂を自転車で駆け降りるのはメチャクチャ怖い。サドルが高いと、体の重心を低くできないからだ。そのため、マウンテンバイク乗りは下り坂でサドル位置を低くするのである。

このように、マウンテンバイクでは坂道の登りと下りで最適なサドル位置が違うのだが、坂道の傾斜が変化するたびに自転車を降りてサドルの位置を調整するのは大変煩わしい。そこでドロッパーシートポストの出番だ。ドロッパーシートポストがあれば自転車を降りることなく、サドルの高さを変えられる。

こういった理由からドロッパーシートポストは最近のモダンなマウンテンバイクには必須のアイテムなのだ。しかし、わたしの保有するマウンテンバイクにはこの機構がついていないのである。

いまのわたしは育児で忙しくなかなか自転車に乗れない日々を送っているので、冷静に考えればドロッパーシートポストは不要である。しかし、年に何度か、私の中に潜んでいる悪い虫が喚くのだ。お前のバイクにドロッパーシートポストを取り付けろと。

この記事では、わたしがドロッパーシートポストへの誘惑を断ち切るまでの葛藤をまとめている。わたしが今後数年間、ドロッパーシートポストを買わないために、備忘録として残すものである。

わたしの愛車

わたしの愛車はSURLYのICE CREAM TRUCK(アイスクリームトラック)というファットバイクだ。これは究極的にクレイジーでイケてる自転車だ。なんせ4.6インチ幅(約11.7cm)の超極太タイヤを前後輪に装備している。この空気量たっぷりでフカフカの超極太タイヤなら里山はもちろん、砂浜や雪道を走ることだってできる。マジでハンパない自転車だから、興味がある人はSURLYのWEBサイトを見て欲しい。

SURLYはアメリカの自転車ブランドである。彼らは「自転車を人生の一部として愛する人たちのための優れたプロダクト」を作っている。InstagramでSURLYと検索すればわかるが、素敵な自転車と楽しげな人々の写真が山ほど出てくる。これは彼らのプロダクトが世界中の多くの人々に受け入れられている証左であろう。

私にはSURLYの自転車について語りたいことが山ほどあるけれど、それを話し始めるとキリが無い。SURLYのことについては別の記事で話すとして、ドロッパーシートポストに話を戻そう。

リモート式ドロッパーシートポストを諦めた理由

ドロッパーシートポストにはいくつか種類があるが、サドルの高さを変えるためのレバーの位置によって、ざっくり2種類に分類できる。

ひとつはシートポストやシートクランプにレバーが付いているもの、もう一つはハンドル側にレバーを取り付けられるものだ。手元のハンドル側でサドルの操作ができたほうが便利なので、ドロッパーシートポストは前者のタイプから後者のタイプへと進化してきた。後者のタイプをここでは「リモート式」と呼ぶ。

しかし、リモート式は値段がお高い。しかも、車種とパーツの間に相性があり、取り付け可否はケースバイケースである。また、パーツの相性がよい場合でも、取り付けには専門的な知識が必要である。

最近のアイスクリームトラックはドロッパーシートポストの取り付けが断然やりやすくなっている。ドロッパーシートポストのケーブルをフレーム内に通せるように改良されたからだ。しかし、私の愛車は数年前のモデルであるため、ケーブルをフレーム内に通すことはできない。つまり、ドロッパーシートポストというパーツとの相性が悪いのだ。ケーブル外装式(フレームの外側にケーブルを這わせるタイプ)のドロッパーシートポストもあるにはあるが、パーツの選択肢はガクッと減る。

私の愛車のシートポストの外径は30.9mmである。これは一般的な自転車よりはやや太めのサイズで、そもそも種類が少ない。このサイズでケーブル外装式のドロッパーシートポストとなると、選択肢はほとんどない。たぶん、PNWコンポーネント社のカスケードくらいしか選択肢が無いのではないかと思う。これを日本で買おうとすると、3万円〜くらい掛かる。


さらに、ハンドル側で操作するリモート式の場合、レバーも必要である。レバーにもいろいろ種類があるが、例えばPaulのレバーはとてもcoolだ。洗練されたフォルムと綺麗なアルマイト加工はいつまで見ていても飽きがこない。

しかし、これも一万五千円くらいでお高い。ケーブル類や工賃も含めると、リモート式の場合、ざっくり計算で7〜8万円くらいになりそうなイメージである。

独身時代の私ならそれくらいの金額でも「えいや!」っと購入していただろう。しかし、家族がいる今、この金額の浪費はおいそれと許されない。

世の中の男性諸氏の中には奥さんに隠れて高額な趣味の品を買い漁る者も多いと思うが、わたしはそうではない。なぜなら、ウチの奥さんは怒るとメチャクチャ怖いからだ。そして、わたしは嘘がつけない正直者タイプであるから、問い詰められるとすぐに自白してしまう。

だから、もうずっと前にリモート式ドロッパーシートポストの購入は諦めた。買うとしても子供がある程度大きくなってからだ。きっと、あと5年は先の話だろう。

直接式ドロッパーシートポストの誘惑

さて、ドロッパーシートポストにはリモート式よりももっと旧式の直接式とでも呼ぶべきタイプがある。これは不便ではあるものの、低価格である。

これにはなんだかチープなイメージがあって、少し敬遠していたのだが、Instagramにて、あるパーツを見つけて「これだ」と思った。

そのマニア延髄のパーツが"Hite Rite"である。

これこそがまさに「ドロッパーシートポストの元祖」である。機械式のバネをシートクランプに直接取り付けた原始的構造のレトロさに心を打たれた。このパーツとクロモリフレームのバイクの外見的相性はピカイチだ。わたしの愛車にもきっと似合うことだろう。

このパーツを見つけたわたしは久しぶりにワクワクしていた。最初、パーツの名前もわからなかったが、一心不乱に情報収集に励んだ。最終的に、このパーツは外径30.9mmのシートポストに対応しておらず、わたしの愛車には取り付け不可能だということがわかるのだが、インターネットで情報収集をしていた時の高揚感はとても心地良かった。

ドロッパーシートポスト熱に火がついたわたしは直接式ドロッパーの選択肢を再度、調べることにした。その結果、kind shock社のシートポストに出会う。

これはAmazonでも販売されているパーツで価格がせいぜい2万円程度、外径30.9mmのシートポストにも対応している。サドルの高さを変更する時にハンドルから手を離す必要はあるが、そこさえ目を瞑ればなかなかのパーツである。

しかし、2万円の浪費をすべきかどうか?わたしは自問した。

手元にある幸せを眺めてみる

ここで、わたしは愛車に取り付けられているシートポストをマジマジと眺めてみた。

今使っているシートポストはトムソン社製のものである。馴染みの自転車店の主人が「これを使っておけば間違いない」といつもオススメしていたの購入したものだ。

そういえば、よく考えてみるとわたしはあまりトムソン社のことについて詳しくなかった。そこで、トムソン社のことについて調べてみることにした。

トムソン社のWEBサイトを見ていくと、トムソン社のことがだんだんと好きになっていった。

Always innovating, never imitating.~常に革新し、決して模倣はしない~ これがトムソン社の合言葉らしい。いい言葉だと思った。

わたしが使っているシートポストはトムソン社のラインナップの中ではもっとも安いものだが、軽量と高剛性という二つの相反する要求を両立するために、パイプの内側が楕円形に削り出されている。わたしはもう何年もこのシートポストを使っていたが、実はこのことを初めて知った。

もし、わたしがドロッパーシートポストを購入するとすれば、いままで使ってきたトムソンのエリートシートポストは余剰パーツになってしまう。こんなに素晴らしいプロダクトが押入れでホコリを被ったり、メルカリに売りに出されたりすることはとてももったいないことである。

わたしはここまで考えてようやく「いまのわたしにとってドロッパーシートポスト購入は浪費である」と納得したのである。ごめんよ、トムソン。大切にするよ。

まとめ

この記事は、わたしと物欲との戦いをまとめたものである。わたしはずっとドロッパーシートポストが欲しかった。独身時代のわたしだったら、なんとしてもそれを購入しただろう。しかし、今のわたしには家族がある。いまのわたしは家族の未来のためにお金を大切にしたい。

物欲と戦うための方法に気づいた。それは、いま手元にある幸せを見つめることだ。今回、家族のこと、愛車のこと、SURLYのこと、トムソンのこと、いろいろなことを考えた。

そうだ、わたしはいま、ドロッパーシートポストが無くても幸せなのだ。いまあるものを大切にすることが重要なのだろうなと思った。

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