『さざ波を連れて』
気に入った人がいると、まずは大抵海へ連れていく。
海では、話すべきことはなにもなくて、話したいことだけがそこにある。さざ波の音だけが聞こえるこの場所で、余計なことを話す気分にはなれない。だからどうしても、本音だけで話せるような、そんな気がする。
都会の喧騒の中では、余計なことばかり話してしまう。恥ずかしくて誤魔化したり、見栄を張って背伸びしてみたり、そんなことばかり。後になって、心にもないことを言ってしまったと気付く。面白い話をしないといけないような気がして、つい大袈裟なことばかり言ってしまったり。過激なことも大好きだけど、つまらない現実だって愛している。それを話すことが面白いかは分からなくて、あまり話せずにいるけれど。
いくつもの顔を使い分けすぎて、どれがほんとか分からなくなってきた。実際のところどれも本当で、うそなんかついたことないのだけど。だけどやっぱりどうしても、求められている姿があるような気がしてしまって、身動きが取れなくなることがある。自分が勝手に敷いたレールから、なんとなく降りられなくなってしまう。
私のことをどう思っているの?そんな単純な言葉も、画面上で単調な文字の羅列になってしまえば、余計なノイズが混じってしまう。他の人と比べてどうだとか、男とか女とか、そんなことが聞きたいわけじゃない。今この瞬間、私があなたに何を与えていて、あなたがそれをどう胸に留めたのか、それが少し気になっただけ。さざ波の中でなら、聞かせてくれる?意味なんてなくて、明日になったら忘れてしまうような、今だけのあなたのこと。
海のような人でありたい。いつでもさざ波を連れていたい。傷つかないように予防線を張って、余計なことを言いたくなくて、かえって余計なことを口走って、そんなのはもう終わりにしたいの。寄せてはかえす波のように、喜ぶのも悲しむのも自然でいたい。そうして、自然なままのあなたを受け入れたい。失敗しても、波がさらってゆくから大丈夫。私のたくさんの失敗をこの海は湛えているから、ひとつくらい増えてもたいしたことないよ。
さざ波を連れて会いに行けたなら。いつでも素直な私でいられたならな。あなたのことが大好きだって、屈託もなく言えたらよかった。だってただ大好きなだけなのに。ああほらまた、誤解を恐れて何も言えなくなる。大好きだって言ったら、その先に何かないといけないの?
あの人と比べてどうとか、今これを口にする意味とか、なにも考えずにあなたのことを教えてよ。面白くなくても、意味もなくても、話したいことを話したいように話してよ。ここがもし海なら、あなたはなにを話すのか、私だけに内緒で教えてよ。
『さざ波を連れて』