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またいつか会えると思ったら大間違いだった

ずっと昔、とても愛していたおじさまがいた。


初めて目を交わした瞬間から20秒ぐらい目が合い続けた。
彼が吹き抜けの中にあるエスカレーターを上がってくる時に上のフロアにいた私と目が合い、目が合い続けたままエスカレーターを上り切り、目が合い続けたまま私の前を通り、目を合わせたまま歩調に合わせて首をこちらにめぐらせるようにしながら過ぎて行ったのだ。
そこは1,000人規模の大勢の人が集まっている場ではあったが、一瞬周りの風景が消えたように感じるぐらい、突然言い知れぬ素敵なムードになってしまった。


そしてその会の途中、彼は周りに悟られぬぐらいの感じで私に話しかけてきて、極めて自然な形で連絡先を渡してくれた。
会が終わって人々が会場を出るざわめきの中、私も、もう一度彼を見つけて声をかけた。
彼は強めの眼差しで私の目を見て「また会いましょう。連絡ください」と言った。


私がその晩彼にメールをすると、即座に彼が返信をくれた。
そこには思っていた以上に熱い言葉が並んでいて、翌朝の明け方まで10往復ぐらいやり取りをした。
好きになってはいけないおじさまであることはその時点でわかってはいたのだが、もう私は一気に彼に恋してしまっていた。


その彼と出会ったことで私は、それまでの人生で経験したことのない嬉しさや楽しさや戸惑いや悲しみを様々味わった。
いつも不安でいっぱいだったけど、逆に彼以外のことは悩みでも何でもなくなるぐらい、私の中のほとんどすべてを彼が占めていた。


その後色々あって彼とお別れした。
期間的にはとても長いとは言えなかったが、彼との間に起こったことは鮮やかで濃厚で思い出すたびにロマンティックな気持ちがありありとよみがえる。


別れた後、偶然街中で彼に会ったことが二度あった。
嘘みたいだが本当の話だ。
「会った」というよりは「見た」のだが。


一度目は別れてから数年後、私がカフェのテラスにいる時だった。
私は本を読んでいたのだが、数十メートルぐらい先から歩いてくる彼に突然気づいた。


私は彼のことを嫌いになって別れたわけではなかったので、偶然どこかで再会できたら嬉しいなと常に思っていた。
だが、いざ実際に彼を見たらドキドキしすぎてどんな顔をしたらいいか全然わからなくなった。
だから思いっきり本に目を落として彼から気づかれないようにしてしまった。
彼は私の前を通り過ぎて、いつか私と行ったホテルの方へ歩いて行った。
あのホテルのあの素敵な部屋で、誰か他の女の人と会うのかもしれないなと想像してとても淋しくなった。


二度目に彼を見たのは更に数年後、私が別の人と一緒にいた時だった。
その時も数十メートル先にいる彼に突然気付いた。
しかし私の横には既に別の人がいるのであり、そんな形では彼と挨拶することもできないと思い、私はまたとっさに一緒にいた人の影に隠れた。


どちらの時も、暖かい再会とはいかなかった。
しかし二度もこんな風に会えるなら、またきっとこの先もいつか会えるだろうと思った。
今度会ったら、その時こそ笑顔で話しかけようと思った。
自惚れかもしれないけど、もしそんな風に話しかけることができたら、彼もきっと懐かしんでくれるような気もした。


そんな風に想い続けていた彼は、その後、病を得て亡くなってしまった。


私はその訃報に接した瞬間、胸が冷たい風になでられたようになり、一瞬で泣きそうになった。
本当にまた会えると無邪気に信じてしまっていた。
二度の機会に彼と話さなかったことを心から後悔した。
どんな風に振舞っていいかわからなくたって、別の人と一緒にいる時だって、思いきって話しかければよかったと思う。
過去は過去、今は今なのだから、普通に懐かしい気持ちで話しかければよかったと思う。
しかしその機会は永遠に失われてしまった。


思い出すたびに、言いようのない取り返しのつかないような気持ちになる。
もしもずっと会いたかった人と再会できたなら、その時は躊躇せずに話しかけた方がいい。


またいつか会えると思ったら大間違いなのだ。






↓ そのおじさまとの思い出を書いたものです。


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