おじさまが喜んでくれるお稽古事
実はけっこう長い間、小唄と三味線を習っていた。
いやいや「実は」だなんて、もったい付けたわけでは全く無く、単に堂々と言えるほどの腕前じゃないだけなのだが。
(あと、狭い趣味だからひょっとして身バレしちゃう??とも若干思っていたのだが、よく考えたらそもそも注目を浴びていないことに気づいた)
忙しい会社勤めのかたわら習い始めたのは、三味線の音が大好きだったからだ。
歌舞伎や落語に行くたびに「いいな〜」と思っていたのだ。
◇
私のお師匠さんというのは、花柳界が華やかだった昭和の時代に一流の花街で超・一流の芸者さんだったので、それはそれは面白い人であった。
また、一緒にお稽古していた仲間も私と同世代の子が多く、師匠が冗談で「うちは弟子を顔で取っている」と言うぐらい華やかな可愛い子ばかりだった。(その中に自分が入っているのがおこがましい。すみませんすみません。)
それでいて小唄と三味線を習おうという人達だけあって、みんな古い文化が好きで詳しくて、話も合えば気も合った。
その道で身を立てようという人はいなかったため、全体的にのんびりムードだった。
お稽古の合間に師匠の爆笑思い出トークを聞いては涙が出るほど笑ったり、発表会が近いのにおさらいを怠ってはすぐバレて「ちょいと花ちゃん、そこ本番でしくじったらタダじゃおかないわよ」とお目玉を喰らったり。
師匠のお家が稽古場だったので、芸者時代の写真アルバムを眺めたり、当時お付き合いで買ったというものすごく高価な絵や置物を鑑賞したり、何事も桁外れの世界を見せてもらった。
お稽古帰りには大抵いつも師匠を囲んで飲みに繰り出して「心でとめて帰す夜はァ〜」なんてキャッキャ唄ったりして、本当に楽しい青春みたいな場であった。
‥‥と言うとお気楽感が半端ないのだが「趣味は?」と聞かれたら「小唄と三味線です」と言えるぐらいにはちゃんと真面目にやっていた。(単に期間が長かっただけ説もあるが)
◇
ところで‥‥。
同世代の人達に「趣味は小唄と三味線」などと言っても、大抵の場合は
「へえ‥‥」
で終わる。
シ───ン、みたいな。
なんなら
「津田さんってお琴習ってるんだったよね?」
と知らぬ間にジャンルまで変わって覚えられてしまうぐらいの関心の薄さ。
でも、私の好きになるようなおじさま達はたいてい膝を乗り出してくれる。
「え、本当に?」
「いいですね」
「それは素敵だね」
などと言ってくれる。
「面白いね、あなたも」
なんて言われた日にはすごく嬉しくなる。
だからおじさまって大好き!と思う。
そんな中、たまに更に上を行くおじさまがいる。
「小唄と三味線やってるんです」
「上手いの?」
ウッ‥‥‥‥。
い、いきなり巧拙の話‥‥。
レベルが高い。
やってるだけじゃダメだった。
そのおじさまはそっち系に造詣が深すぎる人だったのだ。
また別のおじさまにはこう言われた。
「私、小唄と三味線習い始めたの」
「おー!いいじゃない。オレはもう三味線は弾けないなぁ‥」
「やってたの??」
「その辺一通りやってたんだよ」
‥‥そう来たか。
さすがというか何というか。
素敵ね、と言うしかなかった。
◇
唄の文句ひとつ取っても、今の世の中と折り合いをつけるのはなかなか難しくなってきているとは思うが、今でも小唄と三味線が大好きだ。
三味線の音を聴くだけで、畳の匂いや、障子の開け閉てや、火鉢で鉄瓶がちんちんいうのが見える気がする。(実際には火鉢は無かったけど)
師匠が高齢でお稽古を引退してしまわれたのだけど、あれはすごくいい時間だった。
師匠のことはずっと大尊敬しているし、その時の姉弟子や妹弟子たちとはいまだにいい友達だ。
愛すべきお稽古事だった。
腕はからっきしだったけど。
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