何でもやってみなよ
むかし勤めていた職場の先輩は、ひとり暮らしのマンションでポメラニアンを飼っていた。そのポメラニアンは声帯切除術を受けていた。手術をした理由は、犬の鳴き声がマンションの住人に迷惑がかからないようにということだった。
犬を飼うためにそういう方法もあるのかとも思ったが、「ヒャンヒャン」と声にならない鳴き声を聞いていると、やはり可哀想な気がした。当時私は、犬の声帯切除術があることを知らなかったので、非常に驚いたのを覚えている。
*
犬の声帯切除術のことを思い出していたら、娘が「二重手術をしたい」と言ってきたことを思い出した。
「自分で働くようになったら、自分で働いたお金で二重手術をしたいと思ってる。」
と私に言ってきた。私は驚いた。
「手術しなくても可愛いのに。今のままでも二重なんだから手術なんてしなくても良いんじゃない?」
と言うと娘はこう言った。
「もっと二重をはっきりとさせたいから。」
休日のある日、娘が友達と出かける前、着ていく服について
「これでいい?」
と私に確認してきたが、そのときも私は驚いた。娘は、私が十数年前によく来ていた紫紺色のセーターを着ていたのだが、胸元が大きく開いているのだ。以前私がそのセーターを着るときは、胸元が隠れるようにシャツやキャミソールを必ず着ていた。
「もうちょっと胸元隠した方が良いんじゃない?」
と言う私の言葉を笑顔でさらっと聞き流し、娘はそのまま出かけていった。
ある日の夜、娘が突然
「アイスが食べたくなったから、近くのコンビニに自転車に乗って行ってくるよ。」
と言い出した。そのときも私はこんな夜遅くに!?と驚いた。家からコンビニまでは500m、街灯はあるものの、夜遅くに高校生がひとりで出かけて事故に遭ったり、誰かに襲われたりしないかと心配になった。
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私はその都度、娘が悲しい思い、恥ずかしい思い、怖い思いをして欲しくないと思う。それと同時に「親の考えとして一般的にどうなんだろう」という考えもよぎる。
しかし、私が若い頃はどうだったのか。
高校生の頃、夜中にお風呂場の窓からこっそりと抜け出し、親に黙って出かけた。当時実家の玄関は、扉を開けるのと同時に呼び出しの音楽が鳴るため、玄関から出るわけにはいかなかった。夜中のお出かけを何回か繰り返したある日、家に帰ってきてお風呂場の窓から家に入り、2階の部屋にこっそりと戻ろうとしたとき、階段の最上段で父が仁王立ちして待っていた。
専門学生の頃には、少し前にかがめば下着が見えてしまうほどのスカートをはいて出かけようとしたとき、「そんなに短いスカートじゃあ、パンツが見えちゃう」と言って心配する母の言葉を聞き流し、ルンルン気分で出かけていった。
15年ほど前、断乳してしばらく経った頃、お風呂場の鏡でしぼんだ胸を見て、本気で豊胸手術をしたいと思ったこともあった。結局豊胸手術はしなかったが、胸が大きくなるというサプリを数ヶ月ほど飲んでいたこともあった。
*
娘に私が親の考えとして一般的なことを伝えても、娘にはあまり響かないみたい。娘は私の失敗談や、経験談を添えて話すことを面白がって聴いているし、大切な娘のことを心配する親の気持ちを正直に伝えると、娘もそれを受け止めている。
若い頃の世間の枠から外れた経験は、とても生き生きとしていて楽しく、面白い。だから娘にもそんな気持ちを味わって欲しい気持ちもある。
私は親として、娘がやろうとしていることを引き留めるのではなく、娘が自分で考えてやろうとしたことは後押ししたい。いくら親の私が心配に思ったとしても。私も両親に心配をかけながらたくさんの経験をして、さまざまな気持ちを味わってきたしね。
何でもやってみなよ。いつでも話は聴くからさ。
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