素直になって良いんじゃない?
先日私は、夫のYシャツのアイロンがけをするのを忘れていました。
私がそれに気付いたのは、その日のお昼。
「あっ!パパ、今日はシワくちゃのシャツを着て行っちゃった!」
夫が出かけるまでの間、私には時間がたっぷりとありました。リビングで朝ドラを見て、その後の番組ものんびりと見ていたくらいです。
私にはアイロンがけをする時間はたっぷりとあったのに、夫はアイロンのかかったYシャツが一枚もないことをひと言も言わず、シワくちゃのシャツを着て出かけていったのです。
きっとそれは夫の気遣いだと分かるのですが、仕事から帰ってきた夫に「Yシャツにアイロンがかかっていなかったこと」についてどんな風に声かけをしようかと、私は考えました。
「アイロンがけしてないって気付いたら、言ってくれればするのに。」
これはもし私が言われたとしても気分が良くありません。「だったら言われる前に自分で気付いて、アイロンがけをしてくれれば良いじゃん」と反発したくなりますね。夫も仕事で疲れて返ってきたときにそんな風に言われたら、きっと気分も悪いでしょう。
「アイロンがけしてなかったね、ごめんね。またアイロンがけしておくね。」
これは聞く方もきっと耳触りが良いし、私もそう声かけをしたい方です。
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私がこんな風に言い方、伝え方を気にするのには、過去にちょっとした苦い経験があるでからです。
以前、従姉妹と何気ない話をしているときに
「ちいちゃんって、ときどき笑顔でキツいこと言うよね。」
と告げられたことがありました。
義家族と同居が始まりまだ間もない頃、慣れない同居生活にストレスが溜まっていた私は義母と口喧嘩になったことがありました。そのときに義母から
「ちいさんはよく実家の話をするけれど、ここはちいさんの実家とは違うんだよ!」
と告げられました。
さらにもうひとつ、むかし夫と喧嘩をしたときに私は思わず夫に
「なんか男らしくないよ!」
と言ったことがありました。喧嘩から何日も経ったある日に夫から
「男らしくないと言われたことは本当に嫌だった。」
と告げられました。
自分ではキツいことを言っているつもりはありませんでした。でも周囲の人の心に刺さるような言葉や引っかかるような言葉を無自覚で発していたことに私自身がショックを受けました。
「私の口からはトゲのある言葉が発せられる」
それに気付いてからは、家族や周囲の人と話すときには慎重になりました。負の言葉に敏感になり、トゲのないよう相手を責めないよう、優しい言葉で話すことを心がけるようになったのですが、ときどき自分の心の中で何かモヤモヤとしたものが残るときがありました。
負の言葉に敏感になりすぎたせいか、自分自身も怒っているのか、いないのか、我慢しているのか、いないのか、嫌がっているのか、いないのか分からなくなっていました。
あるとき私が慕っている人にこのモヤモヤした気持ちについて話を聴いてもらったことがありました。その話の中で、相手を傷つけないためだけでなく、自分も傷つかないためのリスクヘッジをしていることに気付いたのです。
リスクヘッジのために相手にどんな言い方、伝え方をすればお互いに傷つかないのかと頭の中で考えを巡らせ、自分が感じていることは横に置き去りにしていました。
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今まで、相手に嫌な思いをさせてしまったかもしれません。心に残ってしまうようなことを言ってしまったかもしれません。
だからといって、いつまでもお上手を言っているばかりでは、相手と響き合うことはできません。
だから「感情の覚悟を持つこと」を自分と約束したのです。自分の喜怒哀楽に正直になって、素直に受け取る。自分が感じていることから逃げなくて良いんじゃないかと。
相手への言い方、伝え方が下手でも素直になって伝える。私の言葉を受け取った相手がどう思うかは私には操作できません。喧嘩になることを怯えていてもそこにとどまるだけ。伝えるからこそ始まる会話があるんじゃないかと。
また傷つけてしまうんじゃないかと不安になることも、この気持ちは喜怒哀楽のどれなんだ?と思うこともありました。今までのように頭の中で考えを巡らし始めることもありました。しかし、下手でも良いから正直に伝えてみることを一番に心がけました。
「こんなこと言っても良いのかな、こんなこと言ってなにか意味があるのかな」と思っていたことでも正直に伝えると相手は話を聴いてくれるのです。そして自分自身の想いも話してくれるのです。ときには、「ちふみさんには何でも話したくなっちゃう」とまで言ってもらったのです。
私は感動しました。なぜなら、そのとき私はただ気持ちに素直になって正直に話していたからです。お上手を言わなくても、いや、お上手を言わないからこそ相手と響きあうんだと。
いい歳になってからの私の目標のひとつは、自分の素直な気持ちに正直であることです。
*
あの日、仕事から返ってきた夫に
「アイロンがけしてなかったね、ごめんね。またアイロンがけしておくね。」
と伝えると、夫は
「あー、ぜんぜん。」
とひと言だけ言ってスーツを脱ぎ始めました。アイロンがけについての会話はあっけなく終了。あの言葉は私が夫に伝えたかったことなので、それで十分です。
「今日の夕ご飯なに?腹減ったー。」
腹ぺこだった夫は、Yシャツのシワより夕食メニューの方が気になるようでした。素直で正直な人が私の一番近くにいました。素直な気持ちで過ごすために、夫を見習ってみても良いかなと思いました。