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月、うむひと


 唯一の血の繋がりがあった祖母が人生の旅を終えた。
 幼い頃、両親が帰還計画のある地球に派遣されたが航行中に行方不明になり、祖母と一緒に暮らしてきた。小さなコミュニティの中で代表をしていた祖母のおかげで、寂しさを感じることが少なかったことにとても感謝している。

 人類は数百年前に地球を捨て、新しい移住先を求めながら宇宙空間で生活を始めた。一部で持ち上がった地球帰還計画…私にしてみれば、もう地球は故郷ではなく、何世代もの人たちが命を繋いできたこのコロニーこそが故郷なのだから、違和感がある。

「おはよう。準備はできているかな?」
部屋の入口から幼馴染の声がした。
「おはよう、ヨミ。誘ってくれてありがとう。」
祖母の最期のセレモニーや何かでバタついていて、ほとんど休めていなかった私を心配した彼がテラリウムセクションに誘ってくれたのだ。地球の自然を模したそこは、データでしか見たことのない木々や草花、昆虫や動物が実際に生態系に沿って生きている。惑星移住の際、地球を模した環境をつくる為に維持されているらしいが、それだけではなく人間に癒しをもたらすものとしてメンタルヘルスに有効だと検証結果も出ている。
「家にあるプランツメーカーと違ってすごい場所だよねぇ。」
伸びをしながら私は目を閉じて人工太陽の光を浴びた。
「プランツメーカーは生野菜を摂取する為、こっちは地球にあった環境を再現しているんだから違うよ。」
「あー、そっか!そうだねぇ。」
取り留めのない気の抜けた会話。久しぶりに肩の力を抜いて話せるのは、数少ない同世代のヨミだけ。そして、彼は祖母のラボで地球環境と生物の進化について研究していた。

「ねぇ、サラ。マリカさんから手紙と鍵を預かっているんだ。」
片手に収まる木の箱と封筒に入った手紙が渡される。
「お祖母様から?これ、鍵?古代の遺物でしか見たことない…
「そうらしい。代々、サラの家系に受け継がれるもので大切な役目に関係があるらしいけれど、僕が知るのはそれだけ。自分にもしものことがあったら渡すようにって言われてた。」
 鍵と共に渡された手紙を読みながら、秘密裏に鍵で開かなくてはならない場所があることだけは分かった。にわかに信じ難いが、地球と月の人類は別々に進化を遂げ策略で月が地球人に占領された上、その文明は破壊されたということ。自分は月の祭祀を執り行う家系で、統治する者と互いに協力しあって失った月を再生させる役目を担ってほしいと。もう、理解が追い付かないとしか言えない。それに「月」と呼ばれるものが何なのか全くわからないのだ。地球に関係する惑星だったとすれば義務教育の間に学習するだろうし…
「ねぇ、月って聞いたことある?手紙に書かれているのだけれど、私にはわからないの。」
「月?それって、古代文明のデータに出てくるあれかな?」
彼がポケットからモバイル端末を出して検索するが、閲覧できないデータだと表示された。
「ラボからなら閲覧出来るかもしれない。」
混乱したままの私は手を引かれ、急ぎ足でラボへ向かうことになった。

   急な事故でこの世を去った為、祖母の研究室はまだそのままだ。今にも無断で入った事を咎められそうな気すらする。
「大丈夫、怒られたりしないよ。」
「そんなこと言ったって、私は研究者にならなかったから…ちょっと負い目があるの!」
「そんなのはいいんだよ」と言いながらヨミが大きな手で頭を撫でる。不服そうな顔で大きな手を払い除けた。
「そんな可愛いふくれっ面しないで?キスしたくなるでしょ?」
これまでそんな事を彼は言ったことがなかったので驚く。優しく笑ってデータベースを検索する姿に意識してしまう…困った。

「月」に関する情報は政府の許可かパスワードが必要らしい。
「ね、そこに姫って書いてない?パスワード、私の名前かも。」
モニター横に貼られた少し古い付箋。「Sara」と入力したヨミがエンターキーを押しそうになる。
「待って!私の名前の正式な綴は「Sarah」。失われた世界の言葉で姫って意味なの。」
「h」を加えエンターを押すと、おびただしい数のデータファイルが現れた。地球の衛星である月について資料があるだけではなく、月から強制的に移住させられた人類の歴史、移住後の追跡調査など多岐にわたった。テラリウムに月を組み込むのを禁止し、月の人間の持つ優れた身体能力やいわゆるテレパシーで会話する能力などについて忘れさせ退化させる計画まであり、自分たちの属する小さなコミュニティがまさしくそれだと初めて知った。
「月を見れば自分の持つ能力ってどんなものか思い出せるのかな。」
「うん。ここにある月のデータで人工の月ぐらい簡単に作れるはず。」
「禁止されてるのに作って大丈夫?」
「そうだね、まずは小さな月を密造しよう。みんなが本当の自分を思い出すために。」
託された古い鍵は、未来を作る小さな月と希望の場所を開くものだった。


月、うむひと(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ:花梛
『月を密造』
本文執筆:花梛

One Phrase To Storyは、誰かが思い付いたワンフレーズを種として
ストーリーを創りあげる、という企画です。
主に花梛がワンフレーズを作り、Pawnがストーリーにしています。
他の作品はこちらにまとめてあります。


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