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#01 小説『シャドウゲート』 序章 / 透明な社会
情報透明化報奨法が制定されたのは、ある静かな秋の夕刻だった。茜色の空が東京の高層ビル群を染め上げ、そのシルエットはガラス窓に反射し、街全体を幻想的な光で包み込んでいた。
その報は、テレビ、インターネット、街頭ビジョンなど、あらゆるメディアを通じて一斉に発信された。
「速報です。情報透明化報奨法が、つい先程、可決成立しました!」
ニュースキャスターの張りのある声が、坂本レオの耳に飛び込んできた。彼は、雑然としたワンルームマンションのデスクで、ノートパソコンに向かっていた。部屋中に散乱する資料や書籍は、彼の内面の混沌を映し出すようだった。
情報透明化報奨法──それは、政府、企業、個人を問わず、あらゆる情報を公開し、誰もがアクセス可能にするという、前代未聞の法律だった。この法案を強力に推し進めたのは、内閣府特命担当大臣の村上誠一。彼は、多くの政治家からの反対を押し切り、国民の圧倒的な支持を得て、この法案を成立させたのだ。
「今こそ、闇に葬られてきた真実を白日の下に晒し、真に開かれた日本を創り上げる時です!」
村上大臣の力強い言葉は、メディアを通じて日本中に響き渡り、彼は瞬く間に時代の寵児となった。
法案成立のニュースに、フリーランスのジャーナリストであるレオは、興奮を隠しきれなかった。情報の透明性が高まることは、彼にとって取材のチャンスが飛躍的に増えることを意味していた。
情報公開促進及び不正行為通報奨励に関する法律
(目的)第一条
この法律は、国民主権の理念にのっとり、国民による行政及び司法への積極的な参加を促し、もって民主政治の健全な発展に資することを目的とする。
この法律は、国民が、行政機関等の保有する情報の公開を請求する権利を有すること、並びに、公益通報者の保護及び公益通報を奨励し、もって透明性の高い公正な社会の実現に寄与することを目的とする。
(定義)第二条
この法律において「行政機関等」とは、国、独立行政法人及び地方公共団体並びにこれらの機関が法律に基づき設立した法人その他の団体をいう。
この法律において「公益通報」とは、国民が、行政機関等又は行政機関等の職員の公益に著しく反する行為(以下「不正行為」という。)を、当該行政機関等又は当該行政機関等の上級の行政機関等に通報することをいう。
(情報の公開) 第三条
何人も、行政機関等に対し、その保有する情報の公開を請求することができる。
行政機関等は、前項の請求があったときは、当該情報の公開の可否を速やかに決定し、公開を決定したときは、遅滞なく、当該情報を公開しなければならない。
行政機関等は、第一項の請求があった場合において、当該情報の公開により、次の各号のいずれかに該当するおそれがあると認めるときは、当該情報の全部又は一部を公開しないことができる。
国の安全が害されるおそれ
公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれ
個人のプライバシーその他の権利利益が不当に侵害されるおそれ
率直な意見の交換若しくは意思決定の中立性が不当に損なわれるおそれ又は公正な事務の執行に支障を及ぼすおそれ
調査研究の成果又は高度の専門的知識が不当に利用されるおそれ
事業活動に係る秘密が不当に公開されるおそれ
犯罪の予防、鎮圧又は捜査に支障を及ぼすおそれ
(公益通報の保護) 第四条
何人も、不正行為を発見したときは、公益通報をすることができる。
公益通報をした者は、その公益通報をしたことを理由として、解雇その他不利益な取扱いを受けてはならない。
(公益通報の奨励) 第五条
行政機関等は、公益通報を奨励するため、公益通報をした者に対し、報奨金を支給することができる。
報奨金の額は、不正行為の重大性、公益通報の貢献度等を考慮して定める。
(罰則) 第六条
虚偽の情報を故意に提供した者には、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
正当な理由なく、公益通報をした者の身元を明かした者には、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
公益通報をした者に対し、その公益通報をしたことを理由として、解雇その他不利益な取扱いをした者には、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
(雑則) 第七条
この法律に定めるもののほか、この法律の実施に関し必要な事項は、政令で定める。
(施行期日) 第八条
この法律は、公布の日から起算して六月を超えない範囲内において政令で定める日から施行する。
その時、彼のスマートフォンに、大学時代からの友人である佐々木拓真からメッセージが届いた。
「レオ、情報透明化報奨法が成立したな。これ、色々問題が出てくると思うんだ。ちょっと話せないか?」
拓真は、ITセキュリティエンジニアとして活躍しており、この法案に対して強い懸念を抱いていた。
「もちろん。今夜は時間あるから、いつもの店でどうだ?」レオは返信した。
「ああ、そうだな。20時にいつもの店で待ってる」
レオは急いで準備を整え、カメラとノートパソコンを鞄に詰め込み、家を出た。待ち合わせの店へ向かう電車の中で、彼はスマートフォンの画面に映し出された村上大臣の過去の演説動画を食い入るように見つめていた。
馴染みの店の個室で、レオは拓真と向かい合った。窓からは、夕日に染まる東京の街並みが一望できた。拓真は、険しい表情で話し始めた。
「レオ、この法律、本当にヤバいと思うんだ。セキュリティの観点から見ると、問題だらけだ」
「そうか?でも、情報が全て公開されることで、不正が暴かれやすくなるんじゃないか?」レオは反論した。
「確かに、そうかもしれない。でも、その一方で、個人のプライバシーや企業の機密情報が漏洩するリスクも高まる。ハッカーにとっては、格好の標的になるだろう」
拓真は、深刻な顔で続けた。「それに、この法律が施行されたら、情報操作やプロパガンダが横行する可能性もある。政府や大企業が、自分たちに都合の良い情報だけを流し、国民を騙すこともできるようになるんだ」
レオは、拓真の言葉に考え込んだ。確かに、情報公開は諸刃の剣だ。使い方を誤れば、社会全体が混乱に陥る可能性もある。
「でも、拓真、お前はセキュリティの専門家だろ?この法律の問題点を解決する方法があるんじゃないか?」レオは、拓真に期待を込めた視線を向けた。
拓真は、少し間を置いてから口を開いた。「もちろん、対策は考えられる。でも、それは簡単なことじゃない。この法律が施行される前に、早急にセキュリティ対策を強化する必要がある。そうでなければ、日本は大変なことになるだろう」
二人は、夜遅くまで議論を続けた。窓の外では、東京の夜景が煌々と輝いていた。それは、希望の光のようにも、不吉な兆候のようにも見えた。
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小説『シャドウゲート』
あらすじ 情報透明化報奨法の制定により、社会は一見透明で公正なパラダイスへと変貌を遂げた。それにより街の景色は一変した。 巨大なスクリ…
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