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1コマ目で4コマ分笑わせるマンガ家、中川いさみ

ぼくが今まででいちばん愛読してきたギャグマンガは「クマのプー太郎」(1990-94年、小学館)だ。当初の単行本で全5巻保管しており、大げさでなく全ネタおぼえるだけ読んだ。学生時代の友人にぼくと同じレベルのファンが1人いて、今でもたまに会うとクマプーから引用したギャグを交わすのが習慣になっている。

4コママンガにおける笑いを大別すると、いわゆる起承転結に則ってサゲる伝統的なものと、早い段階でアイディアを明かし惰性で笑わせつづける変則的なものとがあるが。中川先生は特に後者のセンスが天才的で、惰性どころか更に4コマ目に向かって笑いの温度を上げていくのだ。

たとえば「壁に耳ありショージとメアリー」というネタがある。

タイトル出てきた時点で、そりゃ笑うでしょ。おもいっきりダジャレだ。部屋の壁にそれぞれの耳がくっついてるカップルが不自由に過ごす光景を儀礼的に4コマ使って描いている。4コマも要らない、つうか1コマでもいいくらいだろう。それでも残りの3コマで無理やり物語を広げてゆく感じが、とぼけた絵と相まって可笑しくてしょうがない。中川先生の絵がきちんと褒められているのを見聞したことはないのだけど素晴らしいと思う。ギャグマンガとしては一種の理想だ。笑いにガツガツした絵柄は品がないし、キャラに情がうつっているような絵柄だと生ぬるい。ほどよく品があって情が薄いおかげで、ギャグとの親和性が高いのである。ショージとメアリーもほどよくマヌケな顔をしていた。

クマプーが青年誌連載でありながら女性層も獲得できたのは、2000年代のゆるキャラブームを先取りしていたレギュラーキャラの魅力によるところが大きいのだろう。些細な幸せを探す「野ウサギ」、マイクをもって出現する「カラオケザル」、具体的な名前がない「双子の兄弟」などが代表的なところである。

しかし実のところ、キャラたちの登場は保険のような役割だった。クマプーのネタは使い切りだ。よく思いつくなと唸るものもたった4コマで葬られている。当然ショージとメアリーもだ。おそらくネタにちょっと困ったときに、お約束ネタをもつキャラたちに加勢してもらっていたのだ。あくまで主役はギャグそのもの。このことは中川いさみ全作品に共通している。連載後半で新キャラ登場のペースが加速していったのは週刊連載の賜物というわけである。

キャラ人気を安易に受けとめて制作されたアニメ版のクマプー(95~96年放映)は、残念ながら幼児番組が多少ねじれた程度の出来となり短命に終わった。中川先生の笑いを先生以外の手で完全再現できるのなら、是非また誰か挑戦してみてほしい。    

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