雪かきハードボイルド
朝の8時、マンションのごみ集積ボックスに行こうとしましたが無理でした。
エントランスを出ると、雪・雪・雪です。そういえば昨夜テレビで予報を伝えていましたが、大丈夫かなとすっかり気を抜いていました。ひと晩に街路樹、歩道、集積ボックスの上に、こんもりと白いかたまりが「どうだ!どけれるものなら、どけてみろ!」のっかっていて、マンションの外壁にまでへばりついています。やってやろうじゃんと心の中でいきっていると、顔に当たる風のやさしさに気づきました。
いつものマイナス10℃くらいだと風が当たると、ちっちゃなおじさんが極小ハリセンでビシビシたたかれるくらい痛いです。当地ではこれを「凍れる、しばれる」と表現します。ちょうど0℃くらいでしょうか。一番、タチが悪い雪です。なぜなら気温が低ければ水分が少ないので、軽くふわふわしたパウダースノーになります。軽いので雪かきもしやすいです。しかし、今日の分は気温が高く湿っているので、重くてべたべたしたしたものです。
ハードボイルドが好きなので、今日は…肩と腰をもっていかれるなと決意して雪かきをスタートさせます。
マンションから住民が出るルートは右と左だ。右は2階のテナントの人が早々に始末してくれたので…オレは左だな。あとは車道から集積ボックスまでの2メートルの間。どこも30センチ、いや、40センチ積もってやがる。しかもベタ雪ときたもんだから、…全部で90分くらいのヤマだ。礼はいらないゼ。
相棒のスコップを玄関から連れてくる。最近のものは柄もプラスチックで軽いけど、昔のは木だったゼ。両手でスコップを振り上げて、白い壁に突き刺す。手応えが「ザクッ」だ。これはヤバイ。パウダースノーだと手応えが軽いけど、こいつのハードさが相棒を通して伝わってくる。気を取り直して同じ動作を2回繰り返す。最後にスコップを横から入れて底の部分を切り出し持ち上げる。40センチ四方のデカいかたまりだ。お…重い。腕だけではなく膝の屈伸も使って全身で持ち上げる。もぅ…やめたいんですけど。でもごみは捨てなければならないし、マンションにはお年寄りも住んでいる。オレはやめるわけにはいかない。腰を支点にして全身で「おんどりゃ~」とかたまりを投げ捨てる。この動作をひたすら続ける。もう雪VSオレ、いや雪かきは自分との戦いだ。
溜まってくる疲れに比例して、自分がどけた分だけ、目の前に道のようなすき間ができてくる。「道は歩くもんじゃねぇ、自分で作るもんだゼ」と荒々しくやっていると、エントランスから腰を曲げたおばあちゃんがゆっくり出てきた。赤い買い物カートを引いている。何度か会ったことがあるが照れ屋さんなのか、挨拶をした程度の付き合いです。
素に戻り「おはようございます」と声をかけると、おばあちゃんは会釈をしながら一歩一歩確かめて、雪かきしたところを通っていってくれました。後姿を見送りながら、ふと気づく。カートの車輪、動くのかな?とりあえず目を離して一かき、二かき…してもう一度視線を戻すと、おばあちゃん、ほとんど進んでいないよー!予想通り車輪が動かないので、一歩進むたびにカートをよいしょっと持ち上げて移動させています。
声をかけようと思いましたが、以前マンションのドアを開けようとして断わられたことがありました。そういうことはしてほしくない方なのかなと思い、見守り続けることにします。ちょうどエントランスから歩道まで開通したので、メインのごみ集積ボックスに取り掛かりましょう。
車道は除雪車できれいにされているけど、集積ボックスまでの2メートルがこんもりベタ雪の山です。一歩踏み入れると膝下くらいまで埋まります。足を取られつつも再びハードボイルドモードで、白いかたまりを切り出して、投げる。切り出して、投げる。でもやっぱりおばあちゃんが気になるので、手を止めて見にいってみます。
…やっぱり道の途中に30センチくらいの雪山ができていて、カートと一緒に立ち止まっています。これはもう声をかけてもかまわないだろうと、相棒と一緒に向かいます。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、カートが動かなくって。足も人工関節だから力が入らなくって…」
後ろからなので、できるだけやさしい声をかけると、おばあちゃんが帽子とマスクの間から見上げてきました。お年寄り特有の色素が薄くなった、ヘーゼルとブルーが混ざった瞳です。カートを持ってあげようと思いましたが、杖の代わりにしているようなので、手を添えて一緒に持ち上げて、片方の手をおばあちゃんに差し出しました。想像以上にぎゅっと握ってくれたので、お互いに手袋をしていてもおばあちゃんの感触がわかるようです。しばらくそのまま歩くと、また見上げてきて「ありがとうございます。もう大丈夫。一人では無理でした。ありがとうございます」と言ってくれたので見送りました。
やる気を取り戻し40分ほど続けて、ようやくごみ集積ボックスにたどり着きました。ようやくお前に会えたゼ…。そう、オレはごみを捨てに来たんだった。エントランスに置いてあったごみを入れて仕舞いだけど、あとエントランスに少し散らかっている雪を片づけておこう。仕事には性格が出るゼ。
仕上げをしていると、あのおばあちゃんが戻ってきました。近くまで来ると、あのカートを開けて大量の缶が入った買い物袋を出しました。ごみ捨てかなと思って代わりに捨てておきますよと言うと、その袋を床に置きました。ゴン、ゴン、ゴゴンと鈍い音がします。ん?中身入っているんだべか?
「さっきは本当に助かりました。ありがとうございました。では」
思ったより素早くマンションに入っていこうとします。おばあちゃんの背中に向けて聞こえるように、大きい声でお礼を言いました。くしゃっと置かれている袋をのぞくと、10本の甘酒が転がっています。左の手袋を取って触ってみるとあたたかい。もう片方もとって両手で暖をとります。でも…おばあちゃんはどこでこれを買って、重いのにあのカートでどうやって持ってきたのだろう?年長者の神秘を感じつつ、雪かきを終えました。
でも実は…オレ、甘酒が飲めないんだゼ。
家族であたたかさを分け合いました。