小さくなったお菓子に思う
そのとき、私はクッキーを食べていた。
昔からあるクッキーで、商品名を言えば多くの人が「ああ」と思い浮かべることのできるロングセラー商品だ。
大袋の中に個包装のクッキーが入っている。パッケージを見ていると、若い頃、このクッキーを頬張ったときの記憶がよみがえってくるようだ。
大袋を開け、個包装のクッキーをひとつ取り出す。
そうそう、これこれ。
そう思いながらも、私は僅かばかりの違和感を覚えた。個包装の袋を破ると、目の前に現れたのは、記憶よりも一回り以上小さくなったクッキーであった。私は思わず、クッキーに声をかけた。
「ダイエットでもしたのかい?」
モデル体型を目指そうとする美意識の波が、ロングセラーのお菓子にまで及んでしまったのだろうか。だが、それにしたってやつれ過ぎである。
「もしや、老化?」
人間も、長く生きているとガタが来る。
私の母も若い頃はたくましかったが、年を取り、今はその頃よりも一回りほど小さくなっている。
ロングセラー商品ゆえの長い歴史と時の経過が、人間の加齢のように、このクッキーを小さくしてしまったのだろうか。
小さくなったと噂では聞いていたが、まさかここまでとは思わなかった。ダイエットだの老化だの、そんな戯言でも言っていないと、小さくなってしまったクッキーの余白を埋めることができない。
企業も大変なのだ。それはわかっている。
しかし、親の背中と大好きだったお菓子が小さくなることほど、悲しいことはない。
コーヒーのお供にクッキーをかじっていた夫が言った。
「こういうお菓子ってさ、内容量を減らしたり、サイズを小さくしたりするとき『リニューアルして新発売!』とか『食べやすいサイズになりました!』とか言い出すんだよね」
数年前、あるメーカーが、ロングセラーだったチョコ菓子のサイズを小さくした際、
健康志向の消費者のニーズにお応えしてサイズを小さくしました。
そう説明したことがあった。いろいろ考えて、何とかポジティブな発信をしたいと考えたのだろう。だが、何だかごまかされたような気がして、聞いているこちらはモヤモヤした。
「パッケージに『新規格!』とか『リニューアル!』とか書いてごまかして、陽気な感じで中身減らしてくるの、頭にくるよね」
普段、温和な夫もお怒りである。
ポジティブな表現も、使いようによっては消費者のネガティブを引き出しかねない。
「じゃあ、どんな感じで売ればいいと思う?」
私が訊くと、夫はむーんと顎に手を添えていった。
「なんだかんだで新規格! っていうのはどう?」
なるほど。
《なんだかんだ》の中に、新規格に至るまでの社員の葛藤を感じられる気がしないでもない。
そう思っていると、夫が更にひらめいた様子で言った。
「訳あってリニューアル! っていうのは?」
内容量を減らす実質値上げには、原料の高騰など様々な要因がある。
それらをポジティブな表現でごまかすよりも、《訳あって》と言い切ってしまうほうが、かえって潔い気もする。
規格外になった食品を、訳あり商品などと言って売ることも多い。自宅で食べるにはこれで充分と、好んで《訳あり》を買う人もいる。《訳あり》という言葉は、案外、食品と相性がいいのかもしれない。
「決まったね。これからは実質値上げする商品のパッケージには全部『訳あってリニューアル!』って書けばいいよ」
夫はそう言いながらコーヒーを飲みほした。
家計を預かる者としては、実質でも何でも、値上げしないで貰えるほうが有難いのだが、もしこれ以上はしのげないとなった場合は、メーカーも無理に陽気にふるまわず、正直に消費者に伝えてもらいたいものである。