そりゃ、愛だろ、愛。
もう何年も前のことだが、とある外国で道を歩いていたら、日本人だよね、とモヒカンのパンク風青年に呼び止められた。
モヒカンは緑色で、顔中がピアスだらけだったが、不思議と威圧感はなかった。彼が小柄で色白なのに加えて、礼儀正しかったからだ。
それと、何かの雑誌で、ピアスをたくさん開ける人はさみしがり屋だ、と書いてあったのを思い出し、この人はさみしがり屋なんだな、と親近感がわいたせいもある。
日本人だよ、と答えると彼はポケットからノートの切れ端を取り出し、間違っていないか見てくれないかと言った。
そこには、「好」と「嫌」の漢字が正しく書かれていた。
合っているよ、と教えてやると、彼は安心した様子で丁寧に礼を言い、去っていった。私は人に親切をした満足感とともに、彼と反対方向へ歩き出した。
しばらくしてから、ふと思った。もしかして、あれはタトゥーのためなんじゃないか? しかも、本当はLove & Hate、つまり「愛」と「憎」と入れたかったんじゃないか。それがどういう経緯か「好」と「嫌」になってしまったに違いない。
よく、「私のあの人への気持ちは、LoveじゃなくてLikeだよ」なんて言ったりするけど、この場合は逆だ。
好きじゃなくて、愛だろ、愛。
まずい、巷でよく見かけるへんな日本語タトゥーが彼に刻まれてしまう、と焦って方向転換し、探したけど見つけられなかった。
「好」と「嫌」という漢字のタトゥーを入れている人がいたら、きっとあの時のモヒカン青年だ。
好き、嫌いって、花占いじゃないんだから……と思う一方で、ちょっぴり責任を感じる。