旧隊長初任務:四番隊隊長『麗神』オルキス

ダニィ政権の革命。その時に命を落としてしまったヴァサラ軍の隊長の席は長らく空席だった。
ジリ貧でのカムイ大戦。
どうにか勝利を収め、治安維持のために日夜戦っているヴァサラ軍の隊長席が今日埋まる。

カムイ大戦後に入ってきた世代は優秀だった。
若いながらすぐに頭角を現し、トントン拍子で上がっていったのだ。
今日はその世代のうち一人の就任式。

「今日より、オルキスを四番隊隊長に任命する」

「ありがとうございます。拝命します。」

礼儀正しく頭を下げ、何事も無かったかのように『本日の任務は?』と尋ねるオルキスにヴァサラは困ったように頭を掻く。

「そうじゃな…ふむ…お前さんの初任務は『挨拶回り』じゃ」

「あ、あいさつ…?総督、お言葉ですがそれは任務では…「立派な任務じゃ。同期もおるじゃろう。初任務は挨拶回り、決定じゃ。」

「むぅ…」

どこか不満気に、足取り重く歩くオルキスが最初に門を叩いたのは自身の四番隊舎。
長らく使われていなかったそこを隊長に決まることを知らされた日に綺麗に掃除し、それなりに広い隊舎の区画を区切って剣術道場へと変えた。

「おや、先生。いや、今日は『隊長』ですかね」

「先生でいい。朝から鍛錬か。イゾウ、君が一番弟子でワタシは誇らしいよ」

「はは…僕は若輩で先生から副隊長に推薦してもらいましたからね、きっと不満も多いでしょう。ですから、こうして」

一心不乱に木刀を振るうイゾウに優しく微笑みつつ、改めて道場の縮尺を目算する。
『自分の剣術を教えるには少し狭いか?』と考え、総督への打診のための書類を書こうと隊舎へ繋がる廊下に足を踏み出したところで声が聞こえた。

四番隊にこれから配属される予定の新米隊員達だ。

「ラヴィーンさん!なんでアンタが隊長じゃないんですか!どの街でも、アンタの極みに助けられたって噂でもちきりだ!よりによってなんで極みがない女が隊長に!!」

「それよりあの眼鏡のガキだ!俺達より年下のあんなやつが副隊長!?何かの間違いだろ!」

オルキスはぐっと拳に力を込める。『極みがない』と何度も言われたが、改めて新人に言われるとどこか心にくるものがある。

「…」

副隊長専用の机にいつの間にか小綺麗に並べられたワイングラスに少しだけ残っていたワインを飲み干し、新米隊員に大きなため息をつく。

「ありがと。気持ちだけ。でも私はオルキスより隊長に向いてないわ」

「「…は?」」

何を言ってるんだと新米隊員は気の抜けた声を出す。

「そもそも私はあの子より弱いし、それよりも、今この場で総督や、エイザン隊長やアサヒ隊長が留守の時、他の隊員達をまとめられるほどの力や統率力。そんなのオルキス以外にいると思う?」

「カルノ隊長…とか」

「はぁ!?あの自由人がそんな事出来るわけないでしょ!もっと考えて言いなさいよ!」

継ぎ足したワインが零れそうなほどのボリュームでラヴィーンは思わず叫ぶ。
『昔同じ隊だった時にどれだけ振り回されたか…』と小さく愚痴をこぼしながら、「いい?」と新米隊員の注意を再度こちらに向ける?

「私はオルキスの下以外にはつかないし、副隊長をやる気もないから。特に十二番隊」

「そういうのはもっと周りを見てから言うんだな」

「「あっ…」」

入るタイミングを失っていたオルキスが新米隊員を威圧するかのように言うと、ラヴィーンに耳打ちする。

「君がそれほどワタシを買っているとはな…」

「当然でしょ。志願したのは私よ?そんなことより、道場、あれじゃ狭いんじゃない?」

「む…そうだな。目算を誤ってしまったようだ…」

「書類は私がやっとくから、今日は挨拶回り行ってきたら。お世話になった三番隊から」

「ゔ…三番隊か…」

三番隊…剣聖ヒジリの隊。オルキスはそこで剣を学び、副隊長までのぼり詰め、今に至る。大恩人とも言える隊長のいる隊だ。当然一番最初に挨拶に行かなければならないこともオルキス自身わかっている。
わかってはいるのだが、絶対に会いたくない一人がそこにいるのだ。

「行ってくる…書類は頼む…」

「またモメないようにね」


三番隊舎

「これはこれは、四番隊長はん。ご出世おめでとうございます。」

最悪だ。一番会いたくない相手、メイネと一番最初に鉢合わせるとは。

「ちっ。ヒジリは何処だ。お前に挨拶しに来たわけじゃない」

「なんや、つれへんなぁ…ついこの間まで二人で副隊長しとったやろ?」

「お前が不甲斐ないからワタシが隊長になったまでだろう?」

「どうやろなぁ?四番隊長はんと同期のカルノはんはもう隊長として単独任務をバリバリこなしてるのを見たけどなぁ?」

相変わらず嫌味な男だとオルキスは苛立つ。
確かにカルノは自分と同期で数ヶ月先に隊長になった。
勿論カルノの才能は認めざるを得ないうえ、極みに関しては天才的だ。
だからこそメイネの言葉には怒りが込み上げてくる。

「だいたい、あんな若い子を副隊長にするなんて、剣の腕だけで忖度しすぎやろ、副隊長ってのはもっと戦闘以外の才能も加味して…「黙れッ!!」

メイネの胸倉をつかみ、大声で脅す。

「イゾウはワタシの右腕だ。よく成長し、貴様より副隊長に相応しい器を持っている。隊員との間を保つにはラヴィーンがいる。」

「おーこわ。堪忍してや」

「ホッホッホ…賑やかじゃのう。こうして二人が揃うのも遠い昔のようじゃ。」

「ヒジリ。いや、ヒジリ隊長…この度は…「ホッホッホ…そう固くなるな…らしくない。」 

優しく微笑むヒジリに苦笑すると、剣を教わったことに改めて頭を下げて礼を言った。

「ホッホッホ…心技体…これを忘れるでないぞ」

「毎日鍛錬は怠らない。大丈夫だ。」

「隊長業務で鍛錬時間が減るかもしれへんなあ」

「ふん、隊長になれぬものの負け惜しみか。」

「私は出世に興味がないんや、アンタと違うてな」

最後まで皮肉屋なメイネと火花をちらし合い、三番隊隊舎を後にする。

次に行く場所は決まっていた。


七番隊舎

「む…困った…」

留守を任されている一般隊員から『ファンファンは任務』と言われてしまった。
せっかくだから手合わせを頼もうと思っていたのにこれでは骨折り損だ。
木刀を持ってくる前にシフトを確認するんだったと後悔するオルキスは『出直す』と残し、隊舎を出ていった。

「あ!オルキスさん!」

「なんだ」

「ファンファン隊長から伝言預かってます!『いつ何時の手合わせも受けるアル』…と」

「フッ。ありがとう、鍛錬には実戦が一番だからな」


九番、十番隊舎

隊長同士が夫婦ということもあってか隣接しているこの隊舎では、『オルキス隊長就任おめでとう』の垂れ幕と、大きなケーキが置かれていた。

そしてドタバタと飛び出してくるマルルに一瞬ギョッとする。

「まぁ〜オルキスちゃん。隊長就任おめでとう。あたし、腕によりをかけて料理作っちゃった」

「これは僕も嬉しいなぁ〜マイハニー」

「ダーリンも食べていいのよ〜♡」

「マイハニーの料理は美味しいよぉ〜ほっぺが落ちちゃって美人が台無しにならないか心配だなぁ〜」

「そ、そうか…」

相変わらずのこのノリになかなかついていけないなと思いながら、本来断る食事にゆっくり手をつける。
今の時間は12:00毎日決まった時間に食事をする自分にとってこれはかなり好都合だ。
このままのペースでいけば、ルーティンとしての食事の時間が崩れてしまうことは明白だった。

「ごちそうさま」

「あら、もういいの?」

「口に合わなかったかな?」

「いや、美味しかった。助かる。だが、食べ過ぎも食べなさすぎも修行には悪影響だ。必要な分を必要なだけ食べる。これが一番だ。味はワタシが作るより美味しかった。礼を言う。」

「オルキス、いや、オルキス隊長つったほうがいいか?」

食事を頬張りながらオルキスに話しかけるのはウキグモ。
彼はまだ隊員でありながら、時期副隊長と噂されるほど優秀な人物だ。

「あんまり厳しくしすぎんなよ?自分にも隊員にも。隊長になったからにはお前一人の目線で物事進めちゃダメだ」

「ワタシは無茶なことは言っていない。普通の仕事じゃないんだ、戦場に半端な覚悟で立たれては困る」

何をバカなことを言っているのだと言わんばかりのオルキスの反論にウキグモは頭を掻いて酒を飲む。

「管理職は信用されなくなったら終わりだぞ」

「ついてこれないのならば別の隊にでも行けばいい」

「お前な…」

考えを変えるつもりは無いとピシャリと言い切り、綺麗にまとめた食器を隊舎備え付けの台所に置いたところで、勢いよくルーチェに飛びつかれる。

「オルキス〜おめでとう〜!!」

「な、なんだいきなり!!」

「そりゃこんな感じにもなるって!友達の隊長就任だもん!てかなんで就任式呼んでくれなかったのぉ〜」

きちんとした式典にただの一般隊員を呼べるわけ無いだろうというツッコミを心の中にしまい込み、耳元で騒ぎ立てるルーチェにすっかり疲れ果てて耳をふさぐ。

「そもそもお前とワタシは友達じゃなく師匠と弟子…「う…」

冷静に、かつ諭すように話すが、全くそれが耳に入っていないルーチェは突然目に涙を溜める。

「ゔええええ〜ん!!!オルキスぅ〜これからどんどん出世しちゃっても仲良くしてねええええ〜!!」

「ぐむ…な、なんだお前は!離れろ!くっ…」

自分の力量ではこの先の階級に上がれないだろうと思っているルーチェはオルキスに抱きついたまま泣き叫ぶ。

「ほらほら、泣かないの。元気に送り出す約束でしょ」

「だぁってぇ〜」

「寂しくなっちゃうのは仕方ないからねぇ。」

「寂しいよぉ〜」

「ま、まだ挨拶回りは終わってな…くっ…離れろ…!」

「なぁんで最後にしてくれなかったのぉ〜」

「成り行きだ!」


十二番隊舎

ルーチェの抱きつきから必死に逃れ、服の乱れを直しながら次に向かったのは十二番隊舎。
本日は非番であると書かれた張り紙の奥から聞こえるのは大きないびきと女性が説教をする声。

ガラガラと開いたドアから出てきたジャンニが申し訳無さそうにペコペコとオルキスに頭を下げる。

「アヤツジ副隊長が式典だからって無理につれては来たものの、あんな感じなんです。ごめんなさい」

「気にするな。いつもの事だ。ジャンニ、君はなぜここに?」

「副隊長の手伝いです。家にいてもすることないですから」

「そうか、それなら少しどいてろ。手本を見せてやる」

「あ!」

酒の異臭がする隊舎へとズカズカ入っていくオルキスを見かけ、アヤツジが大きなため息をく。

「オルキス隊長、こんな形でごめんなさい。挨拶回りって聞いたからジャンニさんも呼び出して起こそうとしたんですが…」

「構わん。どれ…どいてろ」

クガイが眠る枕代わりの酒瓶を乱暴に蹴飛ばし、強引に彼を叩き起こすと、眼前に自身の顔を持っていく。
この距離だとより酒臭がひどいと感じる。

「ふぁあああ〜…オルキス?なんでここにいんだ?俺は今日非番…」

「就任式です!ほら!起きて!」

「就任式ぃ…?俺の…?」

「それは数年前にやったでしょ!!」

「ああ、オルキスの…?おめで…zzz」

「もういい。」

「ごめんなさい」

「お前らも苦労するな…」

アヤツジとジャンニに労いの言葉をかけ、クガイが散らかした酒瓶を綺麗にすると、『一仕事終えた気分だ』と吐き捨てた。


二番隊舎

「入るぞ」

二番隊舎へ向かったオルキスの足は隊長達の部屋ではなく、離れの病床…かつての六番隊舎に向いた。

「悪いな。話はここでしてくれ。今のアイツの病気はうつるものらしい」

「ハナヨイか。」

どうやら看病をしていたらしいハナヨイはオルキスに口を覆うタオルを渡し、ここで話すように促す。

「ヤマイ…やはりあまり調子は良くないか。」

「ゴホッ…申し訳ない。何度もオルキスさんには足を運んでもらってるのに…今回もいい返事はできなそうなんだ。」

「医療班の話だろ?ま、俺様もヤマイ以外の下につくつもりはねぇ。悪いがほかをあたんな。」

「ジュリア…お前が医療班をやるつもりはないのか?いけ好かないやつだが腕は認めている。」

ジュリアは鏡で髪を直し、ヤスリで派手なネイルを整えながら「嫌だね」とオルキスの方を向かずに言う。

「俺様の専門は麻酔だ。輝くためには優秀な医者がいる。コリの抜けた穴を埋めるのはヤマイ以外にはいないと思ってるんでね。たとえ俺様より美しいと認めたオルキスの願いでもそいつは頷けねぇ。わかったら帰んな」

治療の邪魔だとばかりにオルキスに背を向けると、そのまま薬の調合へ戻ってしまった。

「ごめんね、オルキスさん。いつかいい返事かできるように治療に専念するよ。確かに僕がいればただの軽症で済んだ兵はたくさんいる。そこは申し訳なく思ってるよ。少しづつ、医療班の育成はしてるから…ゴホッ!ゴホッ!」

「…もう少し待ってやんな。俺も出来る限りの事はするからよ。旅芸人でそれなりの応急処置はできるつもりだ。」

「…ああ。無理を言ってすまない」

「いつも見舞いに来てくれるじゃねえか。隊長就任おめでとさん。」

煙草の香りと共ににこやかな顔でアサヒはオルキスに肩を組む。

「そう肩に力を入れすぎんなよ。無理せずにやれ。お前の不調や緊張は隊員は敏感に感じ取る。とはいえ」

隊舎の廊下に雑に座り、オルキスにも座るように促す。

「お前さんが隊長になってくれて助かったぜ。剣の育成が捗るってもんだ!なんならうちから何人か修行させに行ってやりたいね」

「ふっ。修行ならいつでも歓迎している。閃花一刀流が身につくかはわからないが、ワタシも全力で教えよう」

「そろそろ行く」と告げ、立ち上がった瞬間、尻に指が触れる気配を感じ、刀の柄で鳩尾を思い切り突く。

「ゔっ!痛ったぁ…」

鳩尾を押さえ、うずくまるイブキに呆れ顔のハズキ。
激痛で喋ることができないイブキのかわりにハズキがオルキスに労いの言葉をかけ、「負けないわよ」と釘を刺す。

「あ、あと。」

「なんだ。」

「五番隊も回るんでしょ?絶対喧嘩しないでよ」

「うっ…そ、そうだな」

「あたしもまだヤマイから治癒術も医療技術も教わりたてなんだから、大怪我されたら大変なんだからね!」

「…」 

「ちょっと!」

『あの男が余計なことを言わなければな』と心の中で答え、決して近くないこちらの隊舎まで隊員達の大声が聞こえるとある隊へ足を向けた。


十一番隊隊舎

「おいおい、オルキスちゃん。来てくれたのか〜!!へへへ、入隊おめでとう」

「バカ!オルキスは隊長になったんだよ、テメーみたいなチンピラ崩れと一緒にすんな!」

「なんだぁ?ケチな裏格闘大会で優勝しただけのガキの分際で」

「隊長にビビって入隊した貧弱ヤローより俺の方が強えに決まってんだろ?」

「上等だ!!」

「やめろ。挨拶回りに来た隊長にくらい礼儀正しくしろよ…ったく」

バチバチと火花が散る二人の間に入り、軽く(常人では気絶する程度ではあるが…)頭を叩き、オルキスに任務と書かれた書類を渡す。

「…これは?」

「うちじゃ先延ばしになっちまいそうな任務だ。挨拶もそこそこに悪いな、こちとら人手が少なくてね。皆移動しちまうんだよ…雰囲気がよくねぇのか…?」

「いや、どう見てもそうだろう。」

依然として睨み合いを続けるチンピラ二人、戦の自慢を大声で話す男、死ぬと噂の地獄山の鍛錬。
オルキスの耳には十一番隊の荒れた噂が嫌でも耳に入ってくるのだ。

「オルキスもそう思う?ちょっとめちゃくちゃよね、ここ。」

「ちょっと…?お前も麻痺してると思うぞ、繭」

「あら?私は居心地がいいけど。それに、エンキ隊長にはオルキスを副隊長にしてほしいって言ってたんだけどね」

「死んでもごめんだ」

オルキスを見るや木刀で襲いかかる男を近くにあった折れた木刀で軽々といなし、面を打ちながら吐き捨てる。
戦い好きの十一番隊員達は『凄腕の剣士』と聞くだけで昼夜問わず襲いかかってくるのだ。これで鍛錬の時間が減らされたらたまったものではない。

「またあいつら…悪いことしたな。任務は明後日にでもこなしてくれると助かる。急で申し訳ないが…」

「いや、受けよう」

「もう一つ。隊長は己の身を守るだけじゃやっていけねぇ。戦い方を少し変えなければならないときもある。隊員を護るために好機を逃すこともな」

「そうか…」

「ま、行けばわかる。数をこなすしかないからな。頑張れよ、オルキス隊長」

「ああ」

隊員達こそ最悪だが、エンキだけは先輩として頼れるなと改めてオルキスは思い直し、そして改めて話す時は二人で話そうと心に誓う。


五番隊隊舎 

「あ、オルキス!お~い!!」

非番であることに一縷の望みを託したが、こういうイベント時にはやはり来るかと目の前の同期に苛立つ。

「オルキスじゃん、ご機嫌ななめ?」

カルノより素早く近付き気安く話しかけるフリートに舌打ちし、非番だからと好き放題に音楽をかけ、他隊を気にせずどんちゃん騒ぎをする隊員達に怒りが頂点に達したオルキスは近くの机を思い切り叩く。

「君を祝ってるのにそれはヒドくない?」

「十一番隊はまだいい、戦の修行も兼ねて血気盛んに暴れ回ることはまだ許容しよう。だが、この惨状はなんだ?非番で騒ぐなら帰れ。」

「ふ〜ん。せっかく祝ったのに。なんか気分悪くなったなぁ…頭きた」

「ほう…」

カルノの全身に激しい稲妻が発生する。
微弱な磁気を帯びたそれは、周囲の鉄をガタガタと揺らす。

「ちょうどいい、貴様とは決着をつけたいと思っていた…」

「僕もそれに関しては思ってたよ」

「ちょっ!二人共ストップストップ!!今日は挨拶回りですから二人共、ね?オルキス隊長もすみませんでした!すぐ撤収しますんで…ハハ…はい…」

今にもぶつかり合いそうな二人の間に入ったジェイはオルキスに何度も頭を下げ、隊舎から出てもらうようにどうにかこうにか説得する。

「すみません、止めたんですけど…聞かなくて」

「気にするな。お前も苦労しているようだな。ヤツの副隊長に嫌気が差したらワタシの元へ来い。お前なら歓迎する」

「ハハ…考えときます。でも、あの人がいなかったら俺もここにいなかったので」

大きなため息をつくジェイに労いの言葉をかけ、カルノのこの件は日を改めてきちんと言わなければと決心し、最後の八番隊舎へ向かった。


八番隊隊舎

「アシュラか。エイザン隊長はいるか?」

「・・・・・」

「…中に入ってもいいか?」

「・・・・・」

「あ…」

『入っていい』の意思表示なのか、アシュラはくるりと背を向け、隊舎の奥へと引っ込んでいった。
ある意味この男が一番苦手かもしれないとオルキスは思う。
人と話す話さないは本人の自由であり、そのミステリアスな彼の風格こそが強者たらしめる一因になっていることもオルキスとしては重々承知しているが、どことなく彼とは『何か合わない』ような感覚があるのだ。
合うたびに散々嫌味を言ってくるメイネや先程のように目を合わせると喧嘩になるカルノとはまた違う、『何か』。

『こういうのを世間では、気が合わないというのだろうか…会話が見つからん…』

「オルキスか。」

「ヒムロ」

「お前が隊長なのは納得だ。貧弱な連中には務まらないからな」

「お前の言う貧弱とは何が基準なのだ?」

ヒムロは冷静で強い。
何度か共闘するうちに少し話すようになったが、オルキスは時折この男の言葉の端々に現れる『弱者に対する激しい憎悪』を警戒していた。

「精神、武力どちらもだ。一人の弱者がヴァサラ軍を腐らせる」

「それは違うな。ワタシも弱者だったからわかる。弱いからこそ藻掻き、強くなれるのだ。人は弱いからこそ成長する」

「お前は強い。だからこそ貧弱な部下に剣を教える必要はない。成長?そんな事ができるのは一握りだ。」

「ヒムロ…本来ならその言葉に激昂したいところだが、ワタシはお前が心配だ。この事に対してお前に怒ったところで無意味な気がするんだ…なんというか…もっと根深いところの…」

「笑止。俺は俺の思想を言ったまでのこと」

「そうか…」

ヒムロは時々冷たいながらも寂しい顔をする。
きっと奥底に何かあるのではとつい勘ぐってしまうような表情をするのだ。

「何を辛気臭い顔しとんじゃ!お前もそんな話やめんかい!!めでたいのう、オルキス!ホンマにめでたいわ!」

バリッと決めた金髪のリーゼントを靡かせ、バンバンと力強く肩を叩くギンベエにオルキスは苦笑する。

「ギンベ「おう!!お前ののとこは道場も兼ねとるけえ、こいつは餞別じゃ!これも!これも!ええい!このお気に入りの木刀も持ってけ泥棒!!」

青色の横長の袋にはちょっとやそっとの打ち合いでは簡単に折れないような高級な木刀や防具の数々。

そしてギンベエから手渡された、かつてエイザンが使っていた木刀。

「こ、これいくらしたんだ…流石に貰うのは気が引ける…」

「ええんじゃええんじゃ!今日は嬉しい日。ワシが全部奢っちゃるけえのう!!」

ガハハハと大声で笑うギンベエの横から、優しい微笑みのエイザンが『運んでやるまでが祝い』とばかりに袋を持ち上げる。

「え、エイザン隊長!流石に持ち運びまではしていただかなくても…」

「良いのじゃ。」

「ですが…」

「良いか、オルキス。民を愛し、部下を愛し、自然を愛することじゃ。日々の感謝を忘れてはならぬぞ。」

「はい。これからも日々精進していくつもりです。」

『一部のふざけた隊長を反面教師として』という言葉を飲み込みつつ、エイザンと少し話しながら自身の隊舎へと戻っていった。
しかし、ここからが大変だとオルキスは改めて気を引き締める。
エンキに依頼された任務を明日にでもこなさなければ、市民に甚大な被害が及ぶとオルキスは考えていた。


翌日

任務の内容は王都近くの大きな酒場に入り浸る野党集団の壊滅。
彼らは近くの湖畔を根城に、宵闇に隠れ市民の金品を奪い取り、その酒場の内部で違法な薬が入った酒売りさばいているらしい。
すでにその中毒性のある酒は市民数名が飲んでしまったらしく、手足の痺れなどの後遺症に悩まされているものもいる。

たちが悪い事にこの野党集団は夜にしか活動しないため、底なし沼が大量にある天然の罠が敷かれた湖畔を捜索しなければならないのだ。

「我々四番隊の初任務だが…地の利は圧倒的に敵側にある。くれぐれも隊列を乱すな。最前列はワタシが、最後尾はイゾウが見張る。そしてラヴィーンは先に酒場へ行ってくれ。」

四番隊は隊列を組み、ゆっくりと足元を踏みしめながら、音を立てずにアジトへと進んでいく。

しかし、配属が決定してから文句を言い続けていた男のうち一人は、未だオルキスへの不信感を拭えず、ブツブツと何かを言っている。

「ハッ。最前列も最後尾も極みなしじゃ命がいくつあっても足りねえよ…俺の水刃式知ってっか?特殊格だぜ?特殊格。極みが出ればあんな女一瞬で追い抜くのによ。な、お前もそう思うだろ?」

男は、もう一人の文句を言っていた隊員に話を振るが、その男は任務の恐怖に震え上がり、何かをブツブツ呟いていた。

「ゆっくりと相手の剣筋を見極めて、打ち込んできた時に切っ先を…」

「あぁ…?閃花一刀流の構えなんかブツブツ言ってもどうにもならねぇだろ?」

「油断大敵だ!!!」

喋りながら歩いていた二人を藪の中から野党集団の男が鉤爪で急襲する。

「ひっ…いっ一輪花…っ!」

ブツブツと閃花の型をなぞっていた男は鉤爪をかろうじて受け流し、男の腕に小さな手傷を負わせた。

「う、撃てた…や、やっぱり隊長の言っていたことは本当だったんだ!す、すみませんでした!今までの無礼な…「馬鹿者!!今そんな事はどうでもいい!!」

まるで体育会系の部活のように大声で頭を下げて謝罪する男をオルキスが一括すると同時に、松明の明かりがあちこちにに点灯し、自分達が囲まれていることを悟る。

「おいおい、お前が変なまぐれで謝るからだぞ!!逃げなきゃ終わる!俺たちだけでもずらかるぞ!」

「行かないでください!僕達も分断されたようです…いつの間にか誘い出されていた…この、『底なし沼だらけの湿地帯』に」

「王蘭(おうらん)党:副首領。このアマツバメの陣形に見事にはまったようだな!」

「下の酒場から援軍もいずれ来ます…数的不利なのはあなたの方では…?」

「酒場にはもう一人の副首領がいる。あいつを倒せるやつはそういない…そして、そこのバカがペラペラと喋ってことでわかった。そこの赤髪の隊長さんは、『極み』が無いらしいな!我らが隊長ギュスターヴ様は『極み』持ちだ。万に一つも勝ち目はない!『宵密の陣(よいみつのじん)』」

アマツバメの声とともに松明の明かりが消える。
敵に囲まれているにも関わらず、異常なほどに静かなこの空間が逆に恐ろしい。

「シャッ!!!」

「くっ!!」

けたたましい奇声とともに、イゾウの背後にあった湖から鉤爪が飛び出し、肩を切り裂く。
幾度も行ってきた剣術の修行が幸いし、反射的に体を躱すことができたが、再び宵闇に身を隠した男に反撃をすることができない。

「アマツバメ様ばかり見てても意味がねぇぞ!メガネの副隊長さん!」

「まずい!」

藪から現れた大量の手が隊員達を次々と掴んでいく。

「閃花一刀流『待宵草』!!」

高速の抜刀は高周波のような音になり、隠れていた敵の三半規管を狂わせ、その姿を表す。

野党集団は攻撃する場所や潜伏する場所に合った迷彩とペイントを全身に施し、ただでさえ視界の悪い湖畔に見事に溶け込んでいる。

「今ので数人は削れたが…まだまだ何人いるかがわからんな…」

「先生。」

「なんだ?」

「隊員達を守りながらここを引くことが出来ますか?ここは僕一人で…」

「バカなことを言うな!敵が何人いるか分からないんだぞ!」

「ここには敵の隊長もいるらしいですから。全滅したら終わりです…僕は大丈夫。さ、先生…行ってください!」

「くっ…」

イゾウの言う通り、この状況では隊員達が全滅するのも時間の問題だろう。
オルキスは剣を構えながらゆっくりと隊長達を逃がしていく。

「ちっ…だから極みのねぇ女につくのは嫌だったんだ!カルノ隊長ならこんなことには…」

「おい!さっきの俺の見ただろ!鍛錬は嘘をつかないんだよ!あんまり色々言うな!」

「黙れ!あんなクソまぐれで掌返しやがって!」

「極みか…そうだな…悪かった…」

ぐっと悔しそうに拳を握りしめ、力なく呟く。

「ふっ…アマツバメのやつ。どうにか敵を撃退できたようだな…土の極み『土石流』:土砂流々」

「ラヴィーン達のいる酒場まで力の限り逃げろ!!!ここはワタシが守る!」

木々を飲み込むほどの巨大な濁流は、逃げる隊員達の目前まで迫り、守るように立ち塞がったオルキスを吹き飛ばした。

「凄まじい威力だ…貴様が首領というやつか?」

「ああ、俺がギュスターヴだ。ヴァサラ軍の…知らねえな…無名の隊員かぁ?」

「ワタシは…ヴァサラ軍四番隊隊長:オルキスだ。」  

「隊長?その小枝のような剣一本で隊長やってんのか?」

「ああ、そうだな。痛感させられたよ。ワタシは他の隊長よりも遥かに劣る」

「フハハハ!敗走しているからなあ!だが、お前はここで…「『今は』だ」

「あァ?」

ギュスターヴの言葉を遮り、オルキスはゆっくりと構える。

「スタートラインが人より下なのは慣れている。お前を倒して、ワタシはもっと強くなる。」

「ほぉ?」

「その悪趣味なワニ皮の服と巨大な刀諸共な。」

「面白ェ!」

オルキスvsギュスターヴ


酒場

ラヴィーンはたちの悪い敵に当たったものだと苛立つ。
全身を固い甲殻のような鎧に覆われた敵達はこちらの攻撃を意に介さずまっすぐ突っ込んでくるのだ。
交えた剣は折れ、自身の鞭もするりと抜けられてしまう。

「名前の通りガチガチに固めてるのね。巣穴に潜るみたいに」

「そうさ、似合うだろう?アナグマ。らしさがある。メガネのお姉さん、そろそろ負けを認めたら?あの土石流。首領の技だろうね。君らは負ける、僕らに手を出さなければ逃がしてあげるよ。二人と違って優しいからね」

ラヴィーンの放った鞭を鎧で弾き、持っている盾で顔を思い切り殴ると、再び鎧の兵達を自身の周りに呼び寄せる。

「眼鏡をかけた相手の顔を殴るのは世間一般では優しいとは言わないけど?」

ヒビが入ってしまった眼鏡をかけなおし、アナグマを守るように囲っている敵のうち一人の首を鞭で捉え、酒場の壁に投げ飛ばす。

「確かにこれは初任務だけど、オルキスには勝ってもらわないと困るわ。」

「困る?隊長が死んだらまた新しい隊長ができるだけでしょ?」

「あなたみたいな子どもにはわからないわ。前線を指揮できる統率力がある人間がどれほど必要か。」

「じゃあ助けに行けば?その隊長さんを!」

「無理だろうけどね」と付け足し、アナグマは巨大な腕甲を振り上げる。

「無理?残念ながらあんたの首領よりうちの隊長の方が強いわよ?運がいいことに私の隊長さんは腕も立つの」

オーラを纏ったラヴィーンの攻撃はアナグマの腕甲を軽々と吹き飛ばす。

「さ、続きといきましょ」

ラヴィーンvsアナグマ


「どうした?副隊長さん。手が出せないか?」

「・・・・・」

「『活け造りの陣』!死ねええええ!!」

「閃花一刀流『花冠』!」

鉤爪の光が視界に入ると同時に、そこを軸に優しく攻撃をいなし、一人をジャンプ台のように使い大きく飛び上がると、くるりと体を反転させる。

「何か…勘違いしていませんか?僕が先生達を逃がしたのは一人で充分だからですよ。」

「ほぉ…その抉られた肩でまだ言うか…」

「この程度のかすり傷が嬉しいなら、あなたはその程度の敵ということです」

脚にぐぐっと力を込め、爆発的な脚力で間合いを詰めると、藪に身を潜める前のアマツバメの片方の鉤爪を刀の一振りで叩き折った。

「ちっ…ガキが」

イゾウvsアマツバメ


「『穴熊囲(あなぐまがこい)』!」

ラヴィーンの攻撃を再び弾き飛ばし、両腕にある盾をシンバルのように広げ、顔を潰すように挟み込む体勢をとる。
彼はその全身に纏った盾と、大柄な身体により、中途半端な攻撃では肉体に当たってもダメージが無いという事がわかった。

「ただ、攻撃はその分遅いのね。」

ラヴィーンは二歩ほど後退すると、鎧を着た兵士達と戦う隊員達に手をかざす。

「紅(べに)の極み『紅月(ブラッディ・ムーン)』:薔薇の香(ローズヒップ)!」

隊員達の傷は、その赤い空間に入ると同時にゆっくりと癒えていく。
アナグマは一瞬そちらに極みを使った瞬間を見逃さず、盾の先端に大量の棘を着けた武器でラヴィーンの鳩尾を殴り飛ばした。

「つっ…結構重たい一撃持ってんのね。ごめんなさい。なら。アンタが年下だから本気でやらなかったけど。」

ラヴィーンは腰に差していた刀を抜く。

「『美濃囲(みのがこい)』!!」

軽く振られた刀を体を丸めるようにして防ぐと、相撲のぶちかましのようにラヴィーンに突撃していく。

「閃花一刀流『極みの型』:千刃薔薇棘(ラヴィアンローズ)!」

切っ先にのみ纏われた極みのオーラは、アナグマの鎧を次々と壊していく。

「その身体じゃ刃がなかなか通らないのね」

「いつの間に…!」

ラヴィーンの姿が目の前から消え、頬に当たった冷たい感触とともに刀傷を負う。
とても自身の動体視力では追いきれないほどのスピードで、肉厚では守れない部分が刻まれていく。

「四番隊…いや、オルキスと共に修行した古参の隊員達は全員この程度のスピードは習得してるものよ。そして…」

今まで加減していたのか、背中の鎧が斬り落とされ、ゴトリと鈍い音を立てて落ちる。

「四番隊は白兵戦において、『最速』よ。紅の極み『紅月』:薔薇の渦(ローズ・タイフーン)!!」

渾身の回転斬りはアナグマ諸共、近くに置かれていた酒樽や机を斬り裂いた。

「命は奪わないであげるわ…」

「…」

「…」

「…え〜っと」

「ちょっとやりすぎたかも…」

容れ物が切断されたことで無造作に流れ落ちる酒、アナグマが壊した部分もあるにはあるが、あちこち切り裂いてしまった机や椅子、吹き飛ばした時にできた大穴。
修繕費が高くなるなとラヴィーンは困り果てた顔をした。


部下の鉤爪を奪い取ったアマツバメはイゾウの刀を挟み、そこを軸に回転する。

「『死の裁断(デス・ロール)』!」

「うっ…」

「最初に折れるのは腕か?刀かぁ?」

関節を極められているような、放置しておけば危険な痛みがイゾウの腕に走る。
イゾウは刀を一瞬手放し解れた糸が解けるように逆側に回りながら、アマツバメの顔を蹴り飛ばした。

「閃花無刀流『風鈴花車(ふうりんかしゃ)』!どうですか?先生に刀を払われたとき用に編み出したこの技?」

唇が切れたアマツバメはイゾウを睨みつけ、怒り狂ったかのように突撃していく。

「今ので我を忘れるなんて…「『外道血(げどうけつ)』!」

「!!」

口の中の傷をさらに自身で広げ、溜まった血をイゾウの眼鏡に噴射する。
視界を奪われたイゾウの背後からアマツバメが接近し、そのまま首をつかんで湖に引きずり落とした。

水練達者なアマツバメは、まるで魚のように素早く動き、慣れない水中で動きの鈍くなったイゾウを殺さんと、刀を持つ腕を串刺す。

イゾウはとっさに刀を逆の手に持ち替え、水辺に一瞬出た腕で片方の鉤爪を弾く。

『閃花一刀流…』

イゾウは冷静に修行を思い出していた。

『梅花藻(ばいかも)!』

水中でできる限りの力を込めて振られた刀の一閃は、水の波を起こし、アマツバメを遠ざけ、岸辺に上がった。

「とっさの思いつき技でしたが、うまくいったようだ…」

アマツバメから突き刺された腕を止血し、再び身を隠した彼の挙動に耳を澄ませる。

「お前も隊長と同じ、極みなしのようだな!これ以上強く…は?」

とどめを刺そうと姿を現し、顔に向けて放った刃がまるで小枝のようにポキリと音を立てて落ちる。

「な、何をしやがった!」

「閃花一刀流『折梅』。数度打ち合った時点で勝負はついていた…すでに。このまま向かってきますか?無手でも戦えないことはない。」

「クソガキ…「遅い。閃花一刀流『手切草』」

イゾウはアマツバメが姿を隠す前にさらに接近し、相手を無効化するように両手足に深手を負わせた。

「二人の戦いは終わったのでしょうか…」


「くっ…」

「どうした?隊長さん、手も足も出ないか?」

オルキスは自身の剣技の限界をここ数日感じていた。
今のギュスターヴの攻撃もそうだ。
今まで軽々と避けられていたものが当たる。
イゾウやラヴィーンとの鍛錬でもそれは常々思っていた、避けたと思えば撃たれ、避けきれないと思えば避けている。
自身の感覚と認識がまるでズレているのだ。

「『落岩(らくがん)』!」

『まずい!集中を切らしてしまった!』

避けきれないと悟ったオルキスは、押し寄せる岩を斬り裂いて最小限のダメージに押し留める作戦に切り替える。

「無傷…?剣だけは慣れているようだな。」

砂の目潰しと同時に棍棒の大振りをオルキスに見舞う。
見切ったはずのその打撃は彼女のこめかみに直撃し、派手に血が噴き出す。

「くそっ。ならば…」

「いねえ!?あの女!どこに消えやがった!」

「閃花一刀流『松葉牡丹(まつばぼたん)』」

ギュスターヴは背後から斬撃を与えられ、振り返ると同時に再び背後から斬られた。

「ちょこまかと!」 

「閃花一刀流『一輪…「土の極み『土石流』:土龍岩波!!」

ギュスターヴを守るように跳ね上がった大地はオルキスを吹き飛ばし、全身に擦過傷が刻まれる。

「これがテメーの限界だ。お前の負けだ。『極みなし』の隊長さん。」

「ふふ…そうか。」

「何がおかしい?」

「いや、すまない。お前のおかけだと思ってな…ワタシは衰えたわけではなかったらしい」

「?」

ギュスターヴは再び棍棒をオルキスに振りかざすが、振り上げる一瞬の隙を突いて肩を思い切り突き刺されてしまった。
今までの数倍の速さで。

「そういう事のようだ。お前らとワタシでは、『時間』がまるで違う。武器を振る時間、戦いで間合いを詰める時間。全てがだ」

「戯れ言だ!土の極み『土石流』:巨岩潰!!」

オルキスの体より遥かに巨大な岩を生成し、頭上に落とす。

「土の極み『極楽蝶花』:当薬竜胆(トウヤクリンドウ)」

落ちる岩の脆い一点を見切り、そこに斬撃を加え、バラバラの礫へと変化させると、ギュスターヴへ弾き返す。

「ぐわああああ!」

ギュスターヴは散弾で撃ち抜かれたかのように全身に深手を負い、膝をつく。

「お前も…土の極みを…」

「違う。今のは貴様の攻撃だ。そのまま返させてもらった。極みも隙があれば弾き返せる。理論上は可能だったが、今回の攻撃で完全に習得することができた。礼を言う。」

「土の…「閃花一刀流『花片(はなびら)』」

神速の連続斬りはギュスターヴの意識を一瞬にして刈り取った。

「初任務…これにて落着だな…」


オルキス達は、野党団に怯えていた近隣の人々から山程のお礼の言葉を貰い、帰路につく。

「綺麗な隊長さんだったなぁ…引退したらこの辺で酒場とかしてくれねぇかなあ…」

「バカ、お前。ああいう人は引退したら王都で店やるに決まってんだろ」

「ここも一応王都徒歩圏内だろ!」

「45分歩くのは徒歩圏内とは言わねえよ!」

「匙加減だろ!間もなく〜とか〜圏内は個人の自由だ!」

「だとしても普通は45分を徒歩圏内とは言わねえよ!」

などと近隣の人々が話していることを四番隊は知らないまま…


「ご苦労じゃった、オルキス。四番隊の初陣、見事であった」

「ありがとうございます、総督。これからも精進します。」 

「なんや、随分ボロボロやなあ。隊長なるにはまだ早かったんちゃうか?」

「貴様よりは武功を上げたつもりだが?」

「黙っとけ。」

「いい加減にせんか!」

ヴァサラの拳骨を喰らい、二人は押し黙る。

「とはいえじゃ…初任務の帰還を祝して…皆のもの!『宴といこうか』!」


ー旧隊長初任務:四番隊隊長『麗神』オルキスー
〜おわり〜

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