【劇場配布漫画あるある】全てを壊す男とヴァサラの呪い(上)
劇場配布漫画あるある【劇場版で語られなかった話を特典漫画で補填する雰囲気】
彼はゆっくりと筆を動かし何かを書いていく。
手紙の冒頭に書かれているのは『遺書』の文字
僕には何もありませんでした。
生まれながらに寄生虫と同じ体液を持ち、容姿も醜いそんな僕がひどいいじめに合うのにそう時間はかかりませんでした。
僕が手を出さないからより標的にしやすかったのかもしれません。
そうして黙っているうちに『僕の体液がうつると寄生虫になる』という噂が国中に広がりました。
僕の体質は人にうつるものではありません。
それでもそういう噂が立ちました。
父は優秀な兵士でしたが僕のあらぬ噂で除隊され、それから僕に暴力を振るうようになり、次第にいないものとして扱われるようになりました。
いじめられているときに偶然踏み潰されたスズメバチがいました。
もう助からない、いずれ死んでしまうのに、届かないのに必死で針を伸ばして…
あの時僕がやったことはそれと同じのつもりです。もがいてもがいて毒針だけを出してみた哀れなスズメバチ。
僕がそうなる理由は『彼が倒れている僕に声をかけてくれた』それだけでした。
僕には何もありませんでした…
ずっと…
ずっと…
男は遺書を書き終えると、高い建物の屋上から足をかける。
散々なことばかりが起こる人生。そのすべてが終わることに安堵していた。
その瞬間、けたたましいギターの音と、それに負けず劣らずジリジリと響く嗄れた声が聞こえた。
『僕はあなたの死を否定できない。それほど無様な人生を送ってきたから。』
『だからこそ君を否定はしない』
男は飛び降りるのを思いとどまり、その場にうずくまる。
きっと自分のために歌われたわけではないであろうその歌は、この世界で自分一人のために歌われたもののように錯覚させるほど心に刺さり、まるで自分の人生と共鳴したかのように傷口を洗い流す。
気づけば涙を流していた男は自分の部屋へと戻っていった。
〜話はここから過去へと揺れ戻る〜
〜これは、歌人のサイカがまだ何者でもなかった頃の物語である〜
とある街の外れ、廃墟とも呼べる部屋のドアを男が開ける。
信じられないくらい軽く作られた石像をずらし、地下へと進む。
そこには恰幅のいい若い男、過去のルチアーノがいた。
ルチアーノはすでに裏社会では有名な存在になっており、あらゆる村や街を掌握していた。
「ルチアーノさん、なぜあの国を急に標的にする気になったんですか?」
「国王が変わったからだ」
ルチアーノの言葉を聞いても男は理解ができない様子で首を傾げる。
「変わり…ましたけど…?」
「あの国王…ダニィって野郎はァはこっち側だ。」
「そ、そんなのわからないじゃないですか。確かに政治的には無能なのかもしれませんが…鎖国もしましたし…難民も増えてます…でも…」
「そうじゃない、そういう悪のニオイだって話だ。」
ルチアーノは葉巻をくわえ、大きく煙を吐き出すとゆっくりと立ち上がり、男の肩に手を置く。
「だからこそ、お前らをここに呼んだわけだ、お前を含め5人…いや、俺の側近のオアシス含めて6人か。ま、仲良くやろうや。俺達ァここから裏の覇権を獲る」
「ルチアーノを守る我々の名はこれから『六魔将』とし、幹部として尽くすこと。Name valueがあったほうが幹部感があるだろう?」
一部の英語だけ無駄に発音良く喋る独特の喋り口調に少し苛立ちながら残りの五人はオアシスの方へ顔を向ける。
「なァに、特別なお前にゃ特別な暮らしを与えてやりたいだけさ。緊張するな…お前ら五人は五神柱の基礎格に長けている。だから幹部にしたんだ。自分以外の幹部の名も知っておきたいだろ?呼ぶから気楽に返事してくれや。」
「『炎』のフレイ」
「ようやく本番だにゃー」
背の低い中性的な顔のそいつは高い所から飛び降り、ルチアーノの横へと座る。
着地したところが焦げているのを見る限り、その身軽な動きは炎を推進力にしているようだ。
服装は幼い少年のようで、顔はあどけない少女のよう。性別と年齢がわからないその容姿が逆に奇妙だ。
「『水』のディルと『風』のグレイ兄弟」
「「俺達は二人で一つ。特別な暮らしをするときは互いの地位も平等にしてくれ」」
二人は有名な殺し屋らしいが、その一糸乱れぬ喋りは聞いている人間に不快感を齎す。
容姿に関しては本当に双子なのかと思いたくなるほど似ていないにも関わらずまるでハモリが崩れないのだ。
「『雷』のローディー」
「みんな頼もしそうだ。よろしくお願いします」
前の二人に比べて明らかにイメージの薄いきちっとした生真面目そうなスーツを着た男。
しかし、それとは明らかに似つかない全身のおびただしい傷跡が彼の異質さを物語る。
「『土』のモス」
「ち、ちょっと待ってくださいよ!こんな人たちの中になんで俺なんですか!全員が全員超有名な殺し屋じゃないですか!明らかに僕は似つかわしくない!それにあなたの側近!『響生』のオアシス!この国で一番金のかかる殺し屋ですよね?僕は矮小なマフィアの新入りですよ?明らかにおかしいじゃないですか!」
先程からルチアーノと話していた男、モスは早口でルチアーノをまくしたてる。マフィアに入りたてのなんの実績もない自分にこの有名な殺し屋達と同格になるのは明らかにおかしいと。
ルチアーノはその言葉に動じることなく、くわえていた葉巻を消し、モスの方へ向く。
「とある村の落盤事故はお前の仕業ってこたァ…知ってんだよ」
「あ、あれは偶発的なもので。極みの暴走みたいなもんだと思います。周りが敵だらけだったからたまたま…」
「なァに、人にゃトリガーがある。そこに触れりゃお前もあの力がいつでも出せる。だから六魔将に選んだんだ。」
「そ、そりゃ嬉しいですけど…大出世だし…」
「なら決まりだ」
「で、ルチアーノ?今日いきなりMissionなんだろ。何をしたらいい?」
モスとのやり取りを静観していたオアシスが頃合いを見て尋ねる。
「国近くの村を焼く。国王軍のフリをしてな…」
ルチアーノのは国王軍の服を全員に配りながら喋り、最後に「ただし」と付け加える。
「ダニィの息子、カムイ王子には手を出すな」
カムイ王子は正義感の強いわんぱくな男だそれに手を出すなという指示に全員首を傾げる。
「あの男は悪の何かを秘めている。俺達を超えるほどの悪魔になる…彼が大人になるときが俺らの覇権を握るときだ。カムイには何もするな」
「でも、そううまくいかなかったらどうするにゃー?それに成長待ってたら私達は年寄りになっちゃうにゃ」
フレイはその希望的観測に疑問を投げかける。
「俺にはわかる。あのダニィって野郎があんな優秀な王子を正義の道に連れて行くわけがない。自分に牙を向くかもしれないんだからな。まぁ、時代の流れを見ようや。年齢も心配はいらない。俺の街に妖怪の血で若返りができることを発見した東照ってガキがいる。そいつと交渉する」
「よ、妖怪の血…ですか…」
ローディーが少し引きつった表情を浮かべる。確かにあまり妖怪の血を摂取しようという気にはならない。
「ルチアーノ、時間だ」
「悪ィな、行くか…」
ルチアーノと六魔将はとある村へ向かった。
「逃がすな!この村から一人も出すな!伝染病がうつるぞ!焼き払え国王軍!」
ルチアーノは、兵士長のフリをし、六魔将に指示を与える。
「うわあああ!やめてくれ!」
「助けて!」
「俺は伝染病なんかにかかっちゃいないんだ!やめてくれ!」
「「知ってるよ、だってこれは作戦なんだからなぁ!」」
ディルとグレイは逃げ遅れた人を次々と切り裂いていく。
「炎の極み『怪気炎』:化猫火柱!」
フレイの言葉とともに、猫のような形をした炎が村を飲み込む。
「いい炎だにゃー、そうだ、この炎をきっかけに決起会でもしようにゃ。これからうちらはチームだにゃ」
「Magnificent!!ニャーニャーうるさい割にいいこと言いますね。我々の誓いの炎にしましょう!」
「フッフッフ、そいつァ名案だ。我々の名は『理想郷(ユートピア)』!覇権は我々が握る!」
ルチアーノが、六魔将が。炎と村人を見ながら盃を交わす。
からくも村から逃れた生き残りは一人だけだった。
まだ子どものその男は、火がまだ村全体に広がっていない間に大人達の合間を縫って逃げることができたのだ。
彼に一緒に逃げる両親がいないことも幸いしたのだろう。
「こんな国、僕が望んだ形には一生ならないんだ!そっちがその気なら…奪う側に回ってやる。今日から僕は山賊のキツネだ!」
後にヴァサラ軍へ加入するキツネは、ルチアーノと同じ時間に同じ炎を違う場所で眺めながら誓う。
「伝令です!城下町のある村が何者かに焼かれました!国王軍の服を着ていたそうです!どうなさいますか?」
「すぐに兵を向かわせるダニ!」
『マフィア風情が…余計なことをしてくれるダニ…このわしが知らぬと思っているのか!だがあの村はわしの秘密を知ったヤツがいたから理由をつけて消すつもりだったダニ…結果オーライ。今回は見逃してやるダニィ…』
ダニィは歯ぎしりしながら心の中でつぶやいた。
利害の一致があるからこそ殺しに行けないことを見破られ自分が出し抜かれているような気がしてならなかった。
ダニィにはそれが面白くない。
村を焼き払い数年が経ち、ルチアーノは思わぬ敵に頭を抱えていた。
ヴァサラ軍だ。
取るに足らない貧民の雑魚と思っていたヴァサラがここまで強くなり、今後自分らのキーパーソンになるハズのカムイさえ自身の仲間にしようとしているのだ。
更に悪いことにルチアーノが仲間にしようとしていた『山鳴り』のエイザンすらヴァサラ軍に加入している。
危険を感じたルチアーノは今や名のある山賊団になったキツネ山賊団と接触し、仲間へ勧誘することを思いつく。
「何の用?あたしたちこの後用があるんだけど?」
キツネがその特徴的な青い口紅を塗り直しながら面倒臭そうにルチアーノに尋ねる。
「なァに、お前らもちったぁ名の知れた山賊団だ、俺の組織の幹部になれ『理想郷』に連れてってやる」
ルチアーノの提案に山賊団は肩を震わせる。
「クッ…クックッ…」
「コーンコンコン、わ、笑っちゃだめよイナリ」
「ヒッヒッ…」
三人は笑いを堪えきれずついには大爆笑する。普段無口なコリすら声を殺して笑っている始末だ。
殺されるかもしれない逼迫した状況で何が可笑しいのだろう。
「ギャーッハッハッハ!だめだ!もうダメだ!『理想郷に連れてってやる』だってよ!ギャーッハッハッハッ!」
「似てないわよ、もっと勝ち誇った顔で『理想郷に連れてってやる』って言ったのよコーンコンコンコン!」
「俺ァなんか面白いことでも言ったか?」
ルチアーノは表情を変えず冷静に尋ねる。
六魔将は全員今にもキツネ達に斬りかかりそうなほど怒りに満ち溢れた表情をしているのがわかる。
「あんたは人に恐怖しか与えない。今はその支配ができてるかもしれないけどいずれ無理になる…あたしたちヴァサラ軍がさせないからねぃ…」
「ヴァサラ軍だと?」
「ええ、あの人があんたの作ったどす黒い闇に光を与える…あんた言う理想郷なんてクソ喰らえじゃボケェ!!」
キツネは啖呵を切ってその場を後にしようと踵を返す。
「待てや、ヴァサラに加担するなら黙って帰すわけにはいかねェなァ…」
ルチアーノの声色が変わると同時にディルとグレイが斬りかかる。
しかし、斬撃はキツネに届くことはなかった。
エイザンとファンファンが二人の剣を受け止める。
「山鳴りィ…てめェもヴァサラの言いなりか」
どれだけ挑発されても笑われても表情を変えなかったルチアーノの表情が怒りに歪む。
「貴様などに仕えるつもりは毛頭ないわ!」
「未来を作るのは老師だけアル」
「ちっ、山鳴りがいるんじゃ分が悪ィ…」
「「俺らが斬り倒してやるよ!」」
さすが双子と言うべきか、極みをともに発動し、エイザンとファンファンに斬りかかろうとする。
その行動をルチアーノは片手で制すると二人は極みの発動をやめる。
「なんだ?やらないアルか?老師最強の部下である私が相手するよ」
「ふ、ファンファン殿!ヴァサラ殿の最強の部下は私だと言ったはずだ!」
「違うネ、私アル」
「最強はこのエイザンじゃ!」
「私アル」
「エイザンじゃ!エイザンじゃ!わしが武神エイザンじゃ!」
「うっさいわねアンタたち!!!アタシのかっこいいのが台無しじゃないのよ!」
二人の場違いなやり取りにキツネが吠える。
キツネの怒声で二人はハッと我に返り途端にしおらしくなる。
「す、すまぬ…キツネ殿」
「对不起(中国語ですみませんの意味)」
「だが…こやつらに戦いの意志は見えぬ、行くぞ」
「醜い争いしといてカッコつけんじゃないわよ」
キツネ山賊団にエイザンとファンファンを加えた五人はルチアーノのアジトを後にする。
「ちょっとまずいことになってません?カムイ王子もヴァサラ軍にいるみたいですし…」
ローディーは自身の大将であるルチアーノがヴァサラ軍との戦いを避けたように見え、不安をぶつける。
「不安にさせたことは謝るが、手は打ってある。国王ダニィに裏工作用のありとあらゆる手助けと資金提供はしておいた。条件はカムイ王子の懐柔と闇堕ちだ」
「いつの間に…」
本当にいつの間に国王ダニィと接触していたのだろう。この男の悪意の使い方には恐れ入る。
「ダニィはこうも言った」
『私が死んだら次の王様はカムイダニ、あいつには国を滅ぼしてもらわなきゃならないダニ、だからこそ薄汚いマフィアのお前とも手を組んでやるダニ』
「とな。利害の一致で手を組むときはどちらかの気が変わらないうちは続く…今は我慢の時だ」
ルチアーノの言葉で六魔将が黙り込む。
最初に口を開いたのはオアシスだった
「ホオズキ村のほとんどの淫魔(サキュバス)を殺してBloodを奪っておいて良かったな。いくらでも待てる…」
「そうだな、鬼の里まで狩れりゃよかったが流石にあいつらは桁が違ェ…手を出さなくて正解だ」
全員のコップに淫魔の血を注ぎ、飲み干す。
ここから数年、彼らは息を潜める。
再び現れたのはそれから数年後の事だった。
「た、た、大変だあ!うちの下請けのやつがやられちまった!ヴァサラ軍の氷神ヒムロに殺されちまった!」
息を潜めていた数年間、水面下で勢力を拡大していたユートピアは人攫いを含めた大量の裏稼業に関わるようになっていた。
表向きはイザヨイ島という無人島を開拓し、そこに一大歓楽街を築いた富豪。
その資金も裏稼業で稼いだものだが…
この日、モスが知らせた伝令は対立を避けていたヴァサラ軍との抗争に発展しかねないものだった。
「あァ?どういうこった、ヴァサラ軍は今戦に巻き込まれた奴らを救済してる真っ只中だろ?なぜ俺の下請けが殺されなきゃならない?」
「ドークだよ!最近壊滅したシュラ一家のドークが滅多刺しだ!俺はこの目で見たんだよ!」
「ドーク…ああ、あの人攫いのドークか、下っ端のマヌケが…抗争に発展しかねねえぞ、で?誰に殺された?」
「ヒムロだよ!あの時ドークのバカが殺さなかった男だよ」
ルチアーノはドークが上質な女を攫ったことを自慢しに来た日を思い返し、苛立って頭を掻く。
『だからよ!情けねえ男守ってる上質な女攫ったんだって!高く買ってくれよルチアーノさん!』
『で?ちゃんと殺してきたんだろうな?』
『え?』
『そのヒムロとかいう情けねえ男、ちゃんと殺してきたんだろうな?』
『い、いや、あんな奴殺す価値もねぇつっーか、わざわざそんなことしなくてもよ…』
『お前に復讐するために強くなる可能性もある…この世界にャ今ヴァサラ軍もある。その可能性を考慮しなかったのか?詰めの甘いオメェが悪党名乗ってご報告か?偉くなったもんだな』
『雷の極み『不和雷同』:耳石電流』
ドークが恐れて後ずさった先にいたローディーがドークを捕まえ、小さな針のようなものを耳に突き刺し、三半規管に電流を流す。
『ギャアアアア!やめ!やめ!やめて!!』
ローディーはにこやかに、いつもの敬語を崩さず柔らかい口調でドークを咎め始める。
『あのですね、考えたら分かるでしょう?リスクマネジメントって言葉知ってますか?あなたはだから半人前なんですよ、怖くないんです』
『まァ過ぎたこたァ許してやる。女の値段は少し下げるがな…』
『は、はい…すみませんでした…』
「あの野郎…迷惑かけやがって」
ルチアーノはモスに死体を持ってくるように言う。
死体は欠損がひどく、大量の刺し傷があったが、血が体で固まっているのが幸いだった。何か氷のようなものがドークの体から流れる血液をせき止めているようだった。
そのせいか、日頃から見ている硬直した死体よりも更に冷たい。
「いなかったことにしろ。ドークなんて野郎ァ最初からいなかった。この体をどうにか透明にできないか」
体を透明に、というのは死体を跡形もなく消し、痕跡を無くしてしまおうというものの隠語だった、六魔将が持つ五神柱でだいたいの死体は透明にしていたのだが、今回のはわけが違うらしい。全員が首を横に振る。
「この特殊格の極み、相当強力だにゃー、どうやっても痕跡は残る。丸々遺体を消せるような極みの使い手がいれば話は違うけどにゃー」
「お取り込み中失礼します」
入ってきたのは貴族のような服を着た少年だった。
「テメェは?造船の天才、ミトか?」
ミト、貴族の両親を戦で亡くし一度は地獄を味わったが、造船技術の才能が開花し、今では貴族だった頃より富豪だと言われている男。
こんな場所に来なくても金を稼ぐことも生きることもできる。
何より今は絶賛見られたくない光景中だ。
そんなことお構いなしにミトは部屋へと入ってくる。
「僕はそんなに知られてますか?まぁ、悪いことじゃないですが…明日から独立するんです。」
「挨拶にしちゃァタイミング悪かったな…会話を聞いたからには生かしちゃァおけねぇ…」
ルチアーノは剣を抜き、ミトに向ける。
「困るなぁ…僕はその血だらけの人を透明にする協力をしにきたんですよ?」
「あァ?貴族のボンボンのオメェになんの意味があんだ?んなことして。嘘をつくなら容赦はしねぇぞ。」
「交換条件があります。もちろんね」
ミトは乱れてしまった服を直すとドークの死体へ近寄る。
敵意がないことを確信したルチアーノも剣を首から引き、葉巻を咥えてミトに質問を始めた。
「交換条件ってのァなんだ?独立資金か?」
いくら欲しい?と言わんばかりにルチアーノは強気に出る。
彼はどれほどの金額を稼いでいるのだろう。
しかし、ミトはそれを軽く笑い飛ばす。
「クッフッフ…違いますよ。僕がほしいのは許可だ」
「許可ァ?」
「この島を経由して色々な場所に行く船一隻を必ず沈没させる許可です」
ルチアーノは何を言っているかわからないとばかりに首を傾げる。
目の前のこの男は何が言いたいのか。造船所を経営するのに沈没させる許可とはまるで意味不明だ。
「別にそれに関しちゃ止めやしねェが…それになんの得がある?」
「ありますよ、その許可があれば僕は何も気にせず『沈没して苦しむ人の姿』が見れる…ああ…なんて嬉しいんだ…」
ミトの表情はまるで大好きな恋人と話しているかのように恍惚とした表情を浮かべ、頬を赤らめながら話す。
「い、イカれてる、吐き気がする…」
モスの言葉に他の六魔将も同調したのか全員青ざめた表情でミトを眺める。
「俺以上に歪んでると言いたいとこだが、ま、まァ趣味趣向なんざオメェの勝手だがよ…この間抜けの処理が本当にできるか。それがわかるまで許可するわけにゃいかねェな」
「そうですね…海の極み『海難相(かいなんのそう)』:海祈の贄(かいきのにえ)」
極みを発動し剣の切っ先をドークに付けると、荒波のようなものがドークを包み、跡形もなく死体は消えた。
「ね?海はすべてを飲み込みますから、で?許可は?」
「へっ、勝手にしな。」
「ありがとうございます!じゃ、またお世話になります。」
ミトは優しく微笑むと、名刺を手渡しアジトから出ていった。
ミトの足音が完全に消えるのを確認したルチアーノは、大量の塩や砂糖を机の上に置く。
「害(バグ)の極み『幻覚幸福論』:錯乱の秘薬」
ルチアーノは極みを発動しながら、自らが置いた塩や砂糖に手を触れる。
「ついに最終段階って感じだな。」
オアシスは大量にある塩のうち一つを抱え、外へ行こうとするが、他の幹部達に止められる。
「ち、ちょっとちょっと!なんですかこの塩!?説明無きゃわからないっていうか…え?最終段階!?え!?」
「「いちいちリアクションがうるさい下っ端の言うとおり!俺達はなんの説明も受けてない!」」
「フハハハハ、説明不足だったか?なら、最近噂の錯乱事件…思い出せるか?」
全員、最近イザヨイ島で起こっている市民錯乱事件を思い返していた。
なんの薬もやっていない人々が突然白目を剥いて錯乱する事件、たびたび街中で話題になっていた。
「まさか…」
「Excellent!それはルチアーノの極みを含めた塩を接種したからだ!」
オアシスの解説が終わるとルチアーノは再度全員に調味料を配りながら説明する。
「こいつを接種すれば思考力がなくなり、怒りが抑えられなくなり、強い依存状態になる…一度目は調味料に、二度目は直接売り捌く。その金で作ろうじゃねェか、理想郷を。この麻薬は俺達の希望そのもの、この薬を『ユートピア』と呼ぼう」
六魔将から歓声が上がる。長い間我慢していた理想郷がいよいよ作られることが全員嬉しくてたまらないのだ。
しかし、ルチアーノは突然強烈な悪寒に襲われる。
それは外の小さなギターの音と嗄れたような声から感じたものだった。
ヴァサラ軍結成の一件依頼、悪のニオイ以外にも、自分を脅かす人間のニオイにも敏感になっていた。
『この男を放っておくと積み上げてきた何もかもが根こそぎ奪われる…なにかやべェ…』
六魔将が調味料を売りに行くのを見計らい、その演奏している男を殴り飛ばし、ギターを壊す。
「テメェ…どこで演奏してんだ?誰の許可を得て、誰の島でやってやがる?ああ?この場でオメェは殺してやるよ!」
「・・・・」
男は無言でボロボロに壊れたギターを抱え逃げ出す。
「ち…逃した…」
ルチアーノは殺しそこねたことでさらに不安を増幅させた。
現在
「そういうわけだ、利害は一致してる…協力しろ」
ルチアーノは表現良化隊のトップ、オーサムとサイカ暗殺の計画を企てる。
サイカはここ数年で国一番の歌人になっており、あらゆる人々が彼の歌に救いを求めるようになっていた。
そんな彼がイザヨイ島で演奏するのはルチアーノにとって好都合だった。
「私はあなたを認めることはできない。たくさんの命を奪い、この世界を汚したあなたを…今のあなたの心の声だけで吐き気がする…」
「ならテメェらだけであの群衆の中、サイカを狙えるか?いいんだぜ?俺が力を貸さなくてもよ」
「今回だけだ…あいつだけは…サイカだけは私の手で…」
「フハハハハ!好戦的なんだなお前もよ!綺麗なこと言っときながら戦いが好きなわけだ、フハハハハ!」
これ以上ないくらいに笑い飛ばす姿を見ながらオーサムは血がにじむほど刀を握りしめルチアーノを睨みつける。
「睨むなよ、相棒。仲良くやろうや」
オーサムの肩に手を置くと、自分の部下と良化隊に指示を出す。
「テメェら!大勝負だ!今日サイカを消すぞ!ヴァサラ軍も来ると思うが今回は良化隊も組む…ヴァサラ軍、恐るるに足らずだ!」
ルチアーノの活にオーサムが言葉を付け足す。
「これは我々の聖戦である!目標はサイカ一人!ヴァサラ軍の命までは奪うな!見つけ次第捕縛せよ!」
『サイカめ、俺の勘は当たってたか…あの時殺しときゃ良かったぜ』
ルチアーノは心の中であの時殺し損ねたギター弾きの事を思い返していた。
同時刻
「何がわかったのじゃ?ハズキ?」
ヴァサラは最近流行りの麻薬、ユートピアの成分分析をハズキにまかせていた。
「とんでもないわよ、これ。全部ただの砂糖や塩だもの。極みか何かで麻薬と同じ成分にしてる。死亡者からは検出できない。今回六番隊で現物を奪ったからなんとかなったけど…」
「弱ったのう…イザヨイ島にはそれ以外にも、あの歌人のサイカの暗殺予告も出ておる…」
「直接行くしかねえんじゃねえのか?」
「そうじゃの、隊長達を集めよ!」
ヴァサラは島を、市民を、サイカを守るためヴァサラ軍を集める。
ー守るものと壊すものの戦いが今始まるー
〜全てを壊す者とヴァサラの呪い(上)〜
終わり
下巻、劇場版第二弾に続く。