【ヴァサラ戦記ー外伝ー】海神の狂気と希望の戦力【漫画あるある。他の作者が書く外伝漫画】
「これって…」
ここはヴァサラ軍勢六番隊隊舎。
その地下で六番隊隊長のハズキは現代で言うところの司法解剖を単独で行っていた。
このところたくさんの水死体が上がる報告があり、明らかに数が多すぎるためにハズキのところへと遺体が運ばれてきたという形だ。
そして解剖中にハズキはあることに気づき、総督であるヴァサラと、同期であり二番隊隊長のイブキを呼び出す。
「なにかわかったのか、ハズキ?」
「やっぱり事件だったのかねぇ…?」
ヴァサラとイブキの問いにハズキは頷き、二人に遺体を見るよう促す。
「う〜ん、専門家じゃない僕達には何の変哲もない溺れただけの遺体にしか見えないねぇ…」
「同感じゃ。」
二人は隊長でこそいるが、さすがに司法解剖まで行ったことがないらしく、遺体についてハズキに意見を求める。
「そうね、まずはこれ…」
ハズキは遺体に深々と刺さっている木の破片を見せる。
「血の感じからして明らかに誰かに刺されてから溺れた…こっちの遺体もそう…首の骨だけが折れてるって…おかしいと思わない?」
「波の圧で首が折れたわけではないのか?」
「それはないと思うわ。そんなにピンポイントで当たる波なんてないもの…頚椎のここ、折られたら酸素が行き渡らなくなる…明らかに意図的なものよ。」
「ふむ…」
ヴァサラは困ったように腕組みをする。
彼の推理が正しければその時間に運航している船は乃亜造船のもの。
そこの社長のミトは『海神』とも呼ばれる世界一安全な船を作る天才だ。
特に、ヴァサラの名をもじった『刃更』という船はどれだけの荒波に曝されても傷一つ無く帰還する。
ヴァサラ自身その光景を何度も見てきた。
さらに、ハズキの検死が正しければ『ミトが意図的に人を沈めている』ことになる。
「この骨折について…もう少しわからないかな?ホラ、あの『癒の極み』の子なら専門でしょ?この分野。」
イブキの言っている隊員は、七番隊隊長のファンファンに憧れて入ってきた女性の事で、武の極みを会得するためにヴァサラ軍に入ったが、才能が開花せず、かわりに戦闘で疲れた人を癒やす治癒術に長けていた。
それはかつての隊長であり、キツネ山賊団の一員であったコリに幼少期に怪我を直してもらい、治癒術を必死に勉強したからだろう。
今ではハズキも驚くほどの治癒術つまり『癒の極み』を持っている。
特に、骨折など骨関係の治癒速度はハズキを上回る程だ。
骨折治癒の原理は格闘技をやっていた人が骨接ぎにそれを用いるのと同じだろう。
「ああ、あの子今ルナのとこ。恋バナでもしてんじゃないかしら多分?」
ルナというのは一番隊隊長ラショウの幼なじみで、彼女自身も淫魔(サキュバス)の半妖である。
過去に何度もラショウに助けられ、未だに何度も隊舎に来るのだが、来ているうちに互いに大好きな人がいる二人は意気投合したらしく、よく一緒にいる。
今日はルナのやっている半妖たちの孤児院。所謂『妖怪寺院』にいるのだろう。
たしかにハズキ自身、彼女に午前休を約束したが、今こそいて欲しいと思い、少し後悔していた。
「とりあえず、調べてみるかの?ワシは優秀な情報屋を当たる。少し待っていてくれぬか?」
「情報屋?ああ…」
「おじいちゃま、また高額ふんだくられるわよ、アイツから。」
二人は何かを察したように苦い顔をする。
「なぁに、昔のよしみじゃ、やつの顔も見たいからの。」
ヴァサラは笑い飛ばすと、マントを翻して地下を出る。
「さぁて、僕はちょっと隊員を誘うとしようかねぇ…とりあえず必要な子を二人程…」
「あたしも疲れたから酒場でも行ってゆっくり眠ろうかしら…」
二人は何かを察したように笑い合う。
ヴァサラはとある街に来ていた。
その街はたくさんの賭場があり、治外法権といった様子だ。
賭場での諍いは日常茶飯事。
その中に一際目立つ札束を抱えている男。その男にヴァサラは近付いていく。
「戯けがッ、まだそんな地に足着かぬ生活をしてるのか。」
男は派手な水色の髪を上に向け、声の主の顔を見る。
うるさいくらいの水色の髪、真赤な目、その左目には大きな傷がくっきりと入っていた。
彼はとある戦で一時的に十番隊隊長を務めた男、七福。
あの戦では『幸神(こうじん)』の七福などと呼ばれていた。
彼は自由に暮らすことを信条としているため、その戦以来、ヴァサラ軍を抜けてしまったのだが…
「げ、ヴァサラ!なんなんよ?」
独特の口調と嫌そうな表情で彼がすべてを察したことが分かったヴァサラは、人気のないところへ七福を連れて行く。
「情報だろ?多分船の」
「お、よくわかっておるな…」
「分かんよ、2万でいい。」
100万とかを平気で請求してくる彼からしたら破格も破格。
それほど逼迫した話なのだろうか。
七福はヴァサラに紙を渡す。
「沈んでいる船、竜骨や船首、マストや舵…何処か一ヶ所必ず乃亜造船が絡んでる。大手造船所だから当たり前だと思うかもしれんけど、小さい造船所で個人経営のとこなんていくらでもあるんよ、そこは沈んでない…何らかの関わりがあることは確かなんじゃん?」
「そうじゃの…七福、お主はどう思う?」
「そうさな…例えば…ミトを失脚させたい部下が船に細工をしたとかか?」
普通に考えればそうだろう。
自分自身の船を沈めたいやつなどいない。
「ミト自身がそういう趣味とは考えられぬか?」
「んあ?そりゃねぇだろ?それじゃあ殺人を楽しんでるみたい…いや」
「何か引っかかるのか?」
七福はヴァサラの問いに返答を考えている様子だ。
情報の中に何か引っかかることがあるのだろうか。
「なんとも言えんのよ…なんともな…」
「そうか、なら、自分で行ったらどうじゃ?丁度、イブキもハズキも助っ人を呼んでいるところじゃろう…」
「ハナからそれが狙いじゃんよ…」
七福は嫌そうな顔をするも同行に同意する。
「で、なぜ貴様が同行なんだ?七福。」
七福に疑問を投げかけた長身で髪を青いリボンで纏めた女性はオルキス。
今でこそ元四番隊隊長でその見た目の麗しさと華麗な戦い方から『麗神』のオルキスなどと呼ばれていた。
元はファンファンと同じ漂流民で、この独特の高圧的な騎士口調は本で勉強したものをそのまま真似たからだろう。
もっとも、性格由来のものもあるだろうが。
今では酒場の店主をしており、そこにハズキが訪ねたことで、今回の先遣隊に同行することになったのだ。
先遣隊の隊長として。
「それはこっちのセリフなんよ。なんでお前なんさ。お前はすぐトラブルを起こす…その青いリボンに髪もトラブルもくくりつけて持ってきやがるんだから。」
七福の皮肉にオルキスはずいっと前に出る。
「ほう?貴様の女性関係のトラブルを解決したのは私ではなかったか?」
「そ、それはなしだろう…あれに関してはたまたま10股かけてたというかその…」
「いや、たまたまで10股はかけないでしょ!え?それより、トラブル解決って付き合ったの?昔の体調同士で!?え!?え!!七福とオルキスで七オル!?オル七!?」
髪に花飾り、額に模様の入った若い女の子が急にハイテンションに騒ぎ出す。
彼女の名前はスイヒ。
八番隊の隊員だ。
他力本願でいまいち戦闘に情熱がないが、イブキと今は亡き八番隊隊長エイザン曰く彼女の持つ潜在能力と極みは恐ろしいものらしい。
そしてかなり腐話をする。
五番隊副隊長のモエと仲がいいことで察することはできただろうが、こういうカップリング話を一時のテンションでし始めるのだ。
「別にそんなんじゃないんよ、こんな怖い女俺は無理。」
「ワタシもこんな女癖の悪い男は願い下げだ」
七福とオルキスは互いに否定し合う。
一時的とはいえ同期だった二人は、互いの性格を色々わかっているのだろう。
「まぁまぁ、落ち着いてよスイヒちゃん…君の潜在能力はすごい、だから選ばれたんだから…ねぇ?」
片目を隠したイブキ隊長そっくりの口調をした男がスイヒを嗜める。
彼は二番隊隊員セイヨウ。
風が靡き彼の綺麗な緑髪から隠していた眼。
そこから義眼が覗く。
彼は冷静さと状況判断能力を買われ、二番隊隊員の中から先遣隊に一人選ばれた。
「ご、ごめん…つい…」
「落ち着いた?良かった良かった。さ、行こ…って言いたいとこだけど…七福副隊長。その子はさすがに置いていけませんかね?」
セイヨウは七福の胸元に埋まっていた猫を指さして怪訝な顔をする。
セイヨウ曰く今回の隊編成は
隊長(船長):オルキス
副隊長(副船長):七福
航海士:セイヨウ
操舵手:スイヒ
らしい。本来ここにハズキは『癒の極み』の人を船医として迎えたかったらしい。
そしてイブキ的には『怪神』と呼ばれた元隊長を戦闘員として迎えたかった。
どうやら二人が思うフルメンバーにはなれなかったようだ。
「ふ、副隊長?俺が?勘弁してくれ面倒くせぇ…」
猫の話題はどこへやら、自分の役職を嫌がる七福は眉間にしわを寄せる。
「あの、そうじゃなく猫…」
「ああ、この猫な。ソラってんだ、可愛いだろ?」
七福は猫を抱きかかえて全員に見せる。
「かわいい〜♡この子連れてこうよ癒しになるから」
スイヒは猫の喉を撫でながらセイヨウに頼み込む。
猫は喉をゴロゴロ鳴らしながら気持ちよさそうに眠る。
「そういう問題じゃなくてね…危険なことになるかもしれな…」
「大丈夫だ。」
セイヨウの言葉を遮ったのはオルキス。
何か考えがあるのだろうか。
「七福が持つもの、偶然引き連れてきたもの全てに『なにか良いこと』があるはずだ…ワタシは君たちよりヤツと付き合いが長いからな」
「さっすが、話せるねぇ…抱きしめてあげようか…ごフッ」
七福が冗談とともに手を広げた瞬間、鳩尾にオルキスのパンチが入る。
「済まない、殴りやすそうな腹があったからな。」
「だ、大丈夫ですか?」
「おう、優しいな君は…スイヒちゃんだっけ?結婚すんか?」
「結婚はしません。とりあえず船借りましょ」
スイヒはあっさり流すと、船を借りる場所へ向かう。
船を売っているのは50代くらいの男。
名前はノクスというらしい。
彼は調子のいい男であっという間に一番高い船を買わされてしまった。
『借りる』ではなく『買わされて』しまった。
むしろあれだけ買うことに粘られたら時間のない先遣隊としては買わざるを得ない。
先遣隊が離れたところでノクスの影から貴族風の船乗りの男が話しかける。
「彼らヴァサラ軍だってね…今日沈めるのはあの船にしようか。」
お男の名はミト。『海神』のミトと呼ばれている造船の英雄だ。
しかし、彼の裏の顔は人々を沈めて悦に浸るサイコパスらしい。
そして、船売りのノクスとは仲間のようだ。
「へへ、ミトさん。大当たりだから報酬弾んでくださいよ。」
ゲスな笑顔を向けるノクスにミトは札束を渡す。
「次もまたよろしくお願いします」
そうとは知らない先遣隊は諦めて買わされた船に乗り込むと七福から何か話があるらしく、全員を集める。
『七福のこの真剣な顔、久しぶりだな…彼がこの顔をするときは必ず何か危険なことがある時だ』
オルキスは過去を思い出しながら七福の話を聞き込む。
「俺は情報屋をやってるが、今回の犯人候補のミトの情報は入って来てない。そういうときに考えられるのは二つ。一つは犯人ではなく関わっていないこと…」
七福は一呼吸置いて続ける。
「もう一つは関わったやつ全員が殺されて情報が無いパターンだ。」
「お、お、脅かさないでくださいよ七福副隊長〜だってそんな危険な任務私達だけで…ハハ…ハ…」
七福とオルキスとセイヨウは笑っていない。
スイヒは何かを察したように青ざめる。
「ムリムリムリ!絶対ムリ!いやいやいや!死んじゃうって!死んじゃう!ムリ!降りる!降り〜る〜!モエちゃんと話ししに行く〜!!」
暴れるスイヒの肩にオルキスは手を乗せ、真面目な顔で言葉を紡ぐ。慰めや励ましの言葉かと思いきや…?
「スイヒ、君もヴァサラ軍だろう。命はとうに捨てている。違うか?」
「違うよ!?」
なんとも騎士らしいといえばらしいのだが、当然それは慰めになっていないそれどころか逆効果だ。
七福はあきれたようにオルキスをどかすと、その高い身長をかがめてスイヒに笑いかける。
「大丈夫、運に任せろって話よ。」
「運に!?バカじゃないのこの残念イケメン!?」
スイヒの口がどんどん悪くなる。
「七福!貴様が一番怯えさせているだろう!大馬鹿者!!」
「俺の強運信じてないんか?」
「曖昧過ぎるだろう!」
七福とオルキスがまた言い合いを始めている間に、セイヨウがスイヒに任務について具体的に話す。
冷静で頼りになる男だ。
「もう、二人とも言葉足らずなんだよなぁ…スイヒちゃん、大丈夫だよ。この任務はあくまで偵察任務。戦うことなんてほぼないから。事実を隊長や副隊長に言えばいいんだ。無事に戻ってね。それに君は優秀だからねぇ…僕の方が君に頼ってしまうかも…ハハ」
セイヨウの慰めが効いたらしくスイヒは船に乗る決意をする。
「ニャ~」
ネコのソラもスイヒを慰めるように足元に顔をスリスリする。
「あはは、ありがとね、セイヨウ君、ソラ君。」
『え!?何々!?セイヨウ君王子様みたい!私もしかしてお姫様!?キャー!帰ってモエちゃんとお話ししなきゃ!絶対帰らなきゃ!!』
特殊なモチベーションだがスイヒはやる気になってくれたようだ。
そこへ…
「伝令です!!切り札が到着した模様!!」
ヴァサラ軍の伝令係が謎の伝令を残し、去っていく。
『『『『『切り札?』』』』』
全員の頭に疑問符が浮かぶ。
伝令係が来た方に目をやると、車椅子に乗った白い長髪の男がやってきた。奇麗な容姿をしているが顔色は青白く、体中に無数の点滴や絆創膏、右目の眼帯と非常に痛々しい見た目をしている。
「え、怪我人…?大丈夫ですかこの人?」
「医療船じゃないんだけどねぇ…船医もいないし」
スイヒとセイヨウは感想を漏らす。これから敵の偵察に行くというのだから当然のリアクションだろう。
しかし、七福とオルキスは男を見て震えている。
「お、おいおい…こいつまで呼んだんかよ…元六番隊隊長…」
「え?」
「し、『死神』ヤマイ…」
「た、隊長!?」
こんな重病そうな人が、と二人は言いたそうにしている。
そのツッコミが行われる前にヤマイが口を開く。
「ああ、七福君にオルキスさん…久しぶりだね…ゴホッゴホッ…」
七福とオルキスの顔がこわばる。
「ひ、久しぶりだな!ヤマイ!た、体調はどうだ?」
「ゴホッゴホッ…すこぶる悪いかな今日…」
『やばいやばいやばい!!』
オルキスはらしくないほど狼狽える。
「そ、そうかそうか、や、休んでていいんよ…な?」
「いいよ…みんなの役に立ちたいし…ゴホッ…見張りくらいはするから…」
『よせ!ありがた迷惑だバカ!!』
七福も異常に狼狽えている。
「「おい!オルキス!(七福!)なんであいつ呼んだ!!…え?」」
二人で同じことを言おうとしたため首謀者は他にいることがわかった。そこにセイヨウが口を開く。
「多分…今回の作戦担当はイブキ隊長かハズキ隊長だから…その」
『『あいつらあああ!!』』
今日はやけに二人の思考がシンクロする。しかし、ヤマイをここに置いていくわけにもいかず、仕方なく船に乗せる。
航海は意外にも安定していた。波も何もかも不気味なほどに落ち着いており、酒場の店主をしているオルキスが料理を作ってくれている。
一通りの食事を終えたのちセイヨウが立ち上がり、甲板に上がって刀を抜く。
「星の極み『道標彗星(ロードスター)』:真珠星(スピカ)!」
おそらく事故現場だったであろう場所と、帰りに使えるだろう港が光で照らされる。
「昔の人々は星を頼りに航海をしたなんて言うからねぇ…」
「素晴らしい、君はいい航海士だ。ワタシも鼻が高い。イブキには功績を話しておこう。」
「おーロマンチックなやっちゃなお前」
オルキスの隊長らしいねぎらいとは全く違った緊張感のない誉め言葉を七福も漏らす。
しかし、その光は敵をも誘い出してしまう。
ミトは海岸から海に剣を突き刺す。
「クフフ…ヴァサラ軍…やっと君らの沈む姿が見れる…ゾクゾクするなぁ」
ミトは恍惚の表情で悶えながら極みを発動する。
「海の極み『海難相(かいなんのそう)』:海竜神(リヴァイアサン)」
途端に海が荒れ、大雨が降り、先遣隊の船が大きく揺れる。
そして、セイヨウの前には巨大な海蛇のような怪物が姿を現す。
「あーらら、ちょっとした偵察だったのに…これは…いきなり大当たりかな?」
『勝てる気しないな…』
「中からも見えた!一度退却だ!あの怪物の攻略法を見つけるまで!スイヒ!船の進行方向を変えろ!」
「もう!どうしてこうなるの!偵察だって言ったのに!!」
オルキスがセイヨウを七福とともに船内に引き込み、スイヒに舵を任せる。スイヒの刀から蔦のようなものが伸び、船底の石に巻き付いて強引に進行方向を変える。
「怪物から逃げても無駄だよ…海の極み『海難相』:海竜兵」
先遣隊の船に大量の魚人のような銛を持った兵隊が乗り込んでくる。
オルキスと七福が一体ずつ倒したが、斬った感触が人間と魚が混ざったようで気持ち悪い。どうやら感情も痛覚もないゾンビのような兵隊らしく、斬り倒しても断末魔を上げることなく海水に戻る。
しかし、数はどんどんと増え、やがて船中を埋め尽くすほどになっていた。
その兵隊たちの重みで船は今にも沈没しそうだ。先遣隊は船内の部屋へ入ってくる海竜兵を斬り倒してはいるが、外部の兵を倒さなければキリがない。
「外には僕が出る…ゴホッ…」
ヤマイが車椅子を押してゆっくりと船外へ出ていく。何も知らない隊員二人はヤマイの死を恐れ止めようとするが、その手を元隊長二人に止められる。
「あいつなら大丈夫なんよ、むしろ俺たちの心配しろな…絶対にドアを開けんなよ」
「ああ…ヤマイのやつ『すこぶる体調が悪いって言ってたからな』」
オルキスは周辺の扉をすべて閉め始める。
「病(やまい)の極み…ゴホッ」
「ヤバい!もう始まってる!」
ヤマイが刀を地面に置いたのが船内から見え、七福が焦る。
その瞬間二つのドアをこじ開けて海竜兵が船内に紛れ込む。
「まずい!ドアが!」
一匹はセイヨウがあえて船内に引き込み斬り倒したが、問題はもう一つのドアだ。海竜兵が大量に押し寄せている。
「ドア閉めなきゃすっごい嫌な予感するんだって~!!」
スイヒが兵隊たちを蔦で拘束し、行く手を阻んでいるが、蔦は今にも千切れそうだ。
そこへ、スイヒの頭に乗っていたソラが飛び降りて最前列の兵隊にドロップキックを入れる、いきなりの攻撃に兵隊達は逆側に将棋倒しになり、ドアが閉まる。
「ナイスだセイヨウ、スイヒ、ソラ!」
勢いよくドアを閉める。
「病の極み『細菌汚染』:感染爆発(バイオハザード)…」
海竜兵の刀がヤマイを貫くと同時に、刺された部分から紫色の液体が噴き出る。
「「来るぞおおおおッ!!!」」
ソラはネコらしくちゃっかり物陰に隠れていたが、隠れられない隊員のうち七福がスイヒに、オルキスがセイヨウに覆いかぶさるようにして伏せさせる。
数分後、ヤマイから噴出される液体が止まり、ドアを開けると海竜兵がウイルスにやられたかのようにグズグズに溶けて死滅する。
『『なるほど、隊長たちがやたら気を使っていたのはこういうことか…恐ろし…』』
現隊員二人の思考が合致する。
「はぁ~体調が良くなった、改めてよろしくね、みんな」
ウイルスを撒き散らして気分が良くなったのか、血色が戻ったヤマイがさわやかな顔で自己紹介をする。
『ヤマイ様もイケメン…しかも病弱で総受け要素あり!?』
スイヒの妄想にストップをかけるのはオルキスの声。
「安心してる暇はないぞこの怪物を倒さねばな」
「ヤマイ、お前に対する文句は後だ!」
「はは、ごめんね…」
「勝てるかな?これ?」
「何なのこの怪物!」
「シャーッ!!!」
五人と一匹は海の怪物、海竜神に向き合う。
第2.5話
先遣隊海戦中、遠くの海
そこには小さな釣り船が一つ。彼らは同じ『ヴァサラ軍』だったり違ったりするのだが、今日はプライベートで釣りに来ているらしかった。
「あん?なんでぇ?まーたあっちの海がシケてら…」
頭にゴーグル、服は漁師のような服。刀に魚の飾りをつけた男が向こう側を見ながらつぶやく。男は漁師口調をしているが、その話し方は覚えたてのように拙い。ヴァサラ軍四番隊隊員のサザナミだ。そして、巨大な海竜神を見て一言。
「ありゃ、おれと『同じ』だなぁ…」
「ウオエエエエエ…うぃ〜ありゃうまいのかねぇ…ウオエエエエエ!!」
「おい、クガイ!飲み過ぎだ!釣り船でそんだけ飲むやつがあるかバカ!」
サザナミは酔い潰れている男をしっかりと担いで持ち上げる。
クガイと呼ばれた男は毛量の多い紫のグラデーションがてっぺんからかかった銀髪をだらしなく垂らし、どす黒い爪に盃を持ったままサザナミにだらしなくもたれかかる。イケメンっぽい容姿だが、彼のこの異常な酒臭さ、いい加減な言動。誰が見ても不審者だ。女性隊員に嫌われるのも頷ける。これが十二番隊隊員で、しかも『かなり強い』という噂があるから驚きだ。
「なんだ~あの紫の液体〜葡萄農園か…?」
「んなわけねぇだろ!オラ、水飲めみ…」
サザナミはクガイに渡す水の手を止める。
飛び散る紫の液体。海には有り得ない光景だった。
「あれには近付かないほうが身のためですよ…」
「うおおお!脅かすな!カヤオ!」
「お化け…」
二人の背後にゆらりと現れた男は青白い顔に死装束、パット見幽霊。彼は元十三番隊で、ヒムロの裏切り時に仲間に行かず一番隊に入った異色の経歴を持つ男。カヤオ。感情をあまり顔に出さないところ、顔色、服装全て含めて『幽霊』にしか見えない。もっとも、彼と戦った敵はトラウマを植え付けられたように震え上がり、二度と刀を持てなくなるというのだから驚きだ。
「近づくなって…どういう意味だよ?」
「いえね、私が十三番隊にいた頃の古い友人がああいう力でね…ちょっと危険かなと思いまして…」
カヤオはタハハと困ったように忠告する。
「ウ~ン、まあお前の忠告は当たるからな…」
「僕も絶対に反対だね、てか僕あの船乗る予定だったし」
望遠鏡で船を覗く目深にフードをかぶった金髪の男はため息をつきながら爆弾発言をする。その口からはギザギザのサメのような歯が覗く。見た目だけなら明らかに『怪人』だ。
「どういうことですか?乗る予定とは?やはりあれは戦用の船ってことですよね、あなたが乗るなら…そうでしょう?元五番隊隊長『怪神』カルノさん」
カヤオが男に尋ねるが、男はへらっと笑って言い返す。
「連絡来てたけど気が乗らなかったんだよね、釣りしたかったというかさ、懐かしの顔と釣り、今日は釣りの気分だったわけ。わかるでしょ?」
「そうかぁ?」
「いや…」
サザナミもカヤオも同意しかねる。
「それに望遠鏡で見たら懐かしい顔だ。だからこそ今は近づけねぇ…だろ?」
「私が思ってる人と同じということですね。」
「その通り」
こんな気分屋で子どものような思考回路をしている男が本気で気分が乗ったときは敵全てを屍にしてしまうほど、まさしく『怪神』になるというのを誰も信じられない。しかし先程、釣具にいちゃもんをつけてきた20人余りをこの男は一瞬で倒している。
「フフ、それじゃあれが一段落したら、少し船を寄せてもらえるかしら?」
「えー?なんでよ緑さん、まだ釣りたいよ。人探しなんて後々!」
釣具も持たず、薄い黄緑の髪を風に靡かせ、弓を背負った女性は柔らかく微笑む。「海で行方不明の子がいる」といきなりサザナミに声をかけ、乗り込んできてしまった女性だ。海で行方不明とは穏やかじゃない自体に、他の面子は焦っていたが、彼女は「多分別の船に乗ってる」と楽観的だ。緑と呼ばれた彼女は、ヴァサラ軍ではなくとある町の警邏隊をしているらしい。実際、緑の弓の腕は素晴らしく、銛を矢代わりにつがえた急増のもので、見事にマグロを射抜き、先程までサザナミが調理したそれを食べていたのだ。
「全く…困った子なんだから…」
緑は優しくも厳しく呟く。彼女の影は尾が九つある妖のように見えた。
その場所とはうって変わり、ここは先遣隊の船の地下の部屋。部屋はホコリが多く、ドアの立て付けも悪く、先遣隊の誰も入ろうとしないのは明白だったが、少女はそこにいた。容姿は暗くてよく見えない。
「何なの…ったく、この船を棲家にしようとしたら購入する声が聞こえていきなり海!?はぁ…平和に暮らせると思ったのに、なんか海の化け物いるし…しかもこの感じ何匹もいる感じ?冗談じゃないわ…凪の極み…」
彼女はとてつもないスピードで地上へ上がっていく。
第三話
海竜は叫び声を上げてオルキスに飛びかかる。凄まじいパワーとスピードだが、オルキスはそれを受け流すようにふわりと避け、ニヤリと笑う。
「どうやら単細胞な怪物のようだ…これならワタシ一人で充分だ…」
刀を抜いて臨戦態勢だ。
「ワタシ一人で…って、船はどうするんですか?このまま船上で戦ったんじゃおそらくもちませんよ…困ったな…」
セイヨウが頭を抱えるが、ヤマイが刀を抜いて優しく笑いかける。
「大丈夫、船は任せたよ七福…」
反対側を見ると、同じ海竜がもう一匹いる様子だ。それどころか船底に大量にいるらしく、海に影ができている。
「おー、頑張ってくれよ」
七福は椅子に座ってケーキを頬張っている。
「なにしてんのこの人この状況下で!?」
スイヒが全力でツッコむ。
「あの…それはちょっと…」
セイヨウも遠慮がちに声をかける。
「いいんよいいんよ、あいつらにやらせとけ、戦いたいんよ。」
「「いや、あの…死ぬかもしれないんですよ?」」
二人は呆れたように言う。この男には緊張感が無いのだろうか。
「死にたくないわな。そりゃな…ん、オッケー。じゃ俺の側について、一歩も動くな…」
船に乗ってから今までヘラヘラしていた七福から笑顔が消える。相変わらず椅子から動かないが、その顔は部下を守る隊長の顔になっていた。
「オルキス、ヤマイ、俺んとこ来んなよな…お前らに極み使う気はないかんな?」
七福は椅子に座りなおす。
「この程度の敵ならこれでいいだろ」
「はぁ…七福くんのあの極み羨ましいよ…僕は…」
ヤマイは悲しそうにつぶやくと、海竜の攻撃をふらりと避ける。ヨロヨロとして今にも倒れそうなヤマイの体にあの図体のでかい海竜の攻撃がまるで当たらない。
「あまりアイツを褒めるなヤマイ。私達まで吸い取られるぞ。」オルキスは海竜を見ていないにも関わらず、攻撃をひらりとかわしていく。
「忘れてた…う…ほんとに吸い取られたかも…船酔いしてきた…」
「ワタシの番だな、デカブツ…花の極み『極楽蝶花(ごくらくちょうか)』:大輪乃花」
海竜の攻撃を刀が円を描くようにいなし、受け流す。と同時にその巨体に刀を突き刺すと、受け流され勢いそのままの海竜は自分の力で裂け、息絶える。
オルキスの周りには美しく花弁が舞う、その中に佇む彼女はまさに『麗神』そのものだった。
「う、美しい〜さすが元十二神将…」
戦いの最中ということを忘れたかのようにスイヒが感想を漏らす。
「フ…十二神将か…ワタシの頃はそうは呼ばれていなかったな…」
ヴァサラ軍の隊長が『十二神将』と呼ばれるようになったのは十三番隊隊長のヒムロが隊ごと離脱してからだ。
「謙遜まで美しい…」
スイヒはそう思っていないようだが。
「ワタシはヴァサラ軍元四番隊隊長、『麗神』オルキス!この船には一歩も近づけさせん!来るなら来い!デカブツ共!」
その後ろではヤマイが気まずそうな表情だ。
「あはは…そうだね…神なんてついちゃって…僕は自分の異名すら過大評価だと思ってるのに…はは…困ったなぁ…」
「ギャオオオオオ!!」
ヤマイはもう一匹の海竜の体に刀を刺すが、皮一枚程度の斬撃では海竜を刺激しただけらしく、ヤマイの方へ怒りの矛先を向け咆哮する。
しかし…
「病の極み『細菌汚染』:接触感染」
海竜の片目から血が吹き出す。
「ああ、そういう病気か…ランダムで困るなぁ…もっと苛烈に効くやつなら良かったのに…でも、見たところ遅効性の出血熱だね」
ダメージがあったのか、海竜がヤマイを襲う。
「遅いよもう…『発病』だ。」
ヤマイの言葉が終わるやいなや海竜の全身から血が吹き出し崩れ落ちる。
「攻撃範囲が落ちるだけなんだねぇ…さすが隊長」
「あはは…そうでもないんだ」
海竜はまだ生きているらしく、その身を痙攣させる。ヤマイはゆっくりと近づき、その体に刀を刺しとどめを刺す。筋力がないのかとてつもなく一生懸命刺している。
「さぁ、もう一匹行こうか」
二人が海竜を倒したはいいが、七福を狙っている一匹は依然としてそのままだ。いや、そのままというのには少し異質だった。
当たらないのだ、七福にも近くにいるスイヒとセイヨウにも海竜の攻撃が。海竜は本気で攻撃している、それは戦闘経験のない一般市民が見ても火を見るよりも明らかだ。
だが当たらない。最初の攻撃はオルキスが切った死体がぶつかり攻撃が偶然反れ、次はヤマイが葬った海竜の血が七福を狙う方にかかり標的を見失っていたのだ。
「なんかさっきから、僕達ツイてるなぁ…」
「そうよね、水の一滴もかかってないし…」
「お、気づいてくれたかい?俺様の活躍!んならそろそろ奇跡の時間じゃん?」
七福はさっきまで使っていたケーキのフォークを掴む。
「おい、七福貴様。そのフォークはワタシの酒場で使っている特注品だ。それで極みを使うつもりなら弁償してもらうぞ」
「怒るなよなー」
「おい!」
七福の心配よりもフォークの心配だ。この状況下でフォークを掴む意味がわからない。
「ま、先端尖ってっかんなー」
七福はあくびをすると椅子から立ち上がり、フォークを海竜に向かって振りかぶる。
「運の極み『日々是好日』:当たるも八卦!」
フォークはまっすぐ飛んでいき、海竜の肉質が柔らかいところに運良く当たったのか海竜を貫通し、絶命させる。
「えええええ!?」
スイヒは大きな口を開けて叫ぶ。
「すごい極みダネぇ…これが元隊長…」
「ここにも隊長はいるんだけど!おーい!オルキス、ヤマイ、七福〜久しぶり〜!!」
先程から近付いてくるように見えた船からいきなりジャンプし、こちらの船に飛び移ろうとしているのはカルノだ。ジャンプしたその体は当然海竜に食われそうになるわけだが、彼は拳に雷を溜めている。
「ちょっ!何あの人…さっきからあの人の方に少しずつ船が引っ張られて…」
「気にするな、それはあいつが極みを発してるときに出る磁場みたいなものだ。」
「機嫌良さそうだね、カルノ君。」
スイヒが、何故か引き寄せられる船を戻そうと蔦を巻きつけるのをオルキスが静止し、ヤマイと呑気に会話を始める。どうやら旧隊長組と知り合いらしい。
「それより助けないと駄目なんじゃ…?」
カルノはセイヨウの声が聞こえたのか先遣隊の船に握っていない方の拳で陽気に手を振ると、ギザギザの歯をむき出しにしてニッと笑い怪物に向き直る。
「雷の極み:雷殴(らいおう)!!!」
殴った所から火花が飛び散り、雷鳴と共に海竜が海へ沈む。
「馬鹿者!貴様の船と合流するために来たのではないのか!これでは波が荒くなるだろう!」
オルキスはカルノを叱責するが、その衝撃で波が荒立つことはなかった。いつの間にか双方の船の間に氷の架け橋が出来ていたのだ。その架け橋は頑丈で、錨のような役割も兼任してくれている。これで双方の船と行き来することが可能だ。
しかしまだ海竜は大量にいるため、一切の油断はできない。旧隊長達が殆斬り倒していっていることはいっているのだが、まだ四、五匹はいる。
「そうですね、まずは船にできた氷の橋の説明からしていただきましょうか。」
柔らかい女性の声とともに矢が海竜に放たれ、一匹を貫いて倒す。
「緑!?」
「ニャ!?」
緑は氷の橋からこちらに脚をかけて渡ろうとしている。
「あの強い人知り合いです…ってえええ!」
セイヨウが強い弓師について七福に質問しようとした瞬間、向こう側の海竜達が次々の斬り倒されていくのを見て目を丸くし、言葉を止める。
「このウナギ共のせいで私はまた寝床を変えなきゃいけないじゃない…めんどくさ…」
海竜の頭を飛び石のように軽やかに飛びながら、少女は踏み台にし終わった海竜の首をまるで豆腐でも斬るかのようにスパスパ斬っていく。
そして、船を指差し叫ぶ。
「あんた達わけわからないサーカス団のせいでまた寝るとこなくした…責任持ってそこにいてもらう」
随分と自分勝手な言い分だが今助けられているのも事実だ。
「花の極み『百花繚乱』:紫の芍薬…」
「鉄の極み『鋼鉄化』:鉄槌」
「凪の極み:神速」
聞き間違い、見間違いじゃなければ少女は極みを三つ使っている。
しかも使いこなしている。
「誰だありゃ…?知り合い?」
七福が全員に尋ねているが皆が首を傾げる。
「呆けてる暇はねぇぞ、まだまだお客さんはいるみてぇだ…人の釣り船によ…魚が獲れなくなっちまうだろ、大砲なんてぶっ放したらよ」
漁師口調の男が隣の船から顔を出す。海竜に夢中になり過ぎていたがいつの間にか船が四隻もの海賊船に囲まれている。
しかし、スイヒは気にせず目の前の漁師口調の男を見て声を上げる。
「サザナミ!なんであんた来てんの!?」
「あぁ?俺はお前が魚釣り来てる方が驚きだぜ、誘っても来なかったじゃねぇか」
「いやこんな危ない魚釣りないから!?」
スイヒはサザナミと同期らしく軽口で話し合う。
「あの…今は海賊が優先なのでは?」
カヤオは二人の同期トークが始まる前に現実に引き戻す。さすが年長者という余裕だ。
「カヤオ。久しぶりだね。」
「ヤマイさん。お久しぶり…体調も良さそうで良かったです。また御守り買ってきますね。」
「なんか申し訳ないね…山での祈祷も断ってしまって…」
「仕方ないですよ、あなたの体調が優先です。海賊船も私達にお任せください。」
「苦労をかけるね」
カヤオとヤマイは年長者同士の朗らかな友人関係らしい世間話をしながらカヤオは刀を抜く。
「サザナミ、カヤオ先輩まで連れてきてくれたのは嬉しいけど…うえっ…酒臭っ…あの給料泥棒まで連れてくるのはどうなのよ…」
「クガイさんは…ハハ…」
『このタイミングで介抱なんてできないんだけど…』
スイヒは嫌悪感、セイヨウは困り果てながら吐いているクガイを眺める。吐きすぎて青白い顔は明らかに使い物にならない。しかも海の塩水と酒の臭いが混ざり、異臭を放っているのだ。
「あ~…若者たち…頑張れ…ウオエエエエエ!!」
「はぁ~…とにかく、隊長達…ここからは僕達隊員がやります!ゆっくり休んでてください!船に戻るだろうあの女性にもお伝えを。」
いまいち締まらない空気がセイヨウによって一変する。その姿はまるで本気になったイブキや戦闘時のヒジリを彷彿とさせる立ち振る舞いだった。その場にいる誰もが彼を時期隊長に勧めたいほどに。
「助かるなー!僕は昔の友達と語り合いたい気分だし!さっきも釣具ケチつけられて暴れたからもう戦いはいいや!」
『『『うわ…変わらないなこいつ…』』』
元隊長三人は心の中で呟く。カルノら永遠の気分屋だ。
「私も、ゆっくり話したい人がいますから、ね?七福さん、ソラ」
「そっすね、なんで海が凍ったんでしょう…ハハ…ハ…」
何か引っかかるのか七福はソラの尻尾を本気で引っ張る。
「あらあら、私はまだ何も話してませんよ?そんなに慌ててどうしました?」
緑の口調は柔らかいが、何故か怒っているように聞こえる。
そうこうしているうちに船を寄せてきた海賊船がこちら側の船に数人乗り込む。
「ここの海はなぁ?俺達のナワバリなんだよ!そうだ、あのかわいい女を差し出しゃ許してやるよ、かわがってやるからさ」
海賊達はゲスな笑い声をあげてオルキスを罵る。オルキスが怒りで刀を抜くのをスイヒが止める。
「あんたが…何だって?」
「あ、アイツ地雷踏んだ…やべぇ…」
サザナミが気の毒そうな顔をする。
「この船のカップリングは!オル七か!七オルって決まってるのよ!引っ込めクソモブ!!」
「あ?この女何言って…」
「蓮の極み『蓮花万感(れんかばんかん)』:蓮子ノ綴!!」
目にも止まらぬ刀の連撃で海賊は倒れる。何発か外しているようだが、一発一発に恐ろしい威力が込められていた。
当然四隻の海賊船は怒り狂う。
「やりやがったな!開戦だ!」
「仕方ないねぇ…」
セイヨウの刀が輝く。
「やりますかね…」
カヤオもゆらりと剣を抜く。
「頑張れよう…お前ら…ヒック」
「「「「お前(あんた、あなた)も頑張るんだ(です)よ!!」」」」
クガイの無責任発言に現役隊員組から総ツッコミが入る。
「ったくよ、とにかく隊長さんたち。俺から言いてぇこともある。ちょっと待っててくんねぇか、な?」
サザナミは言葉を残し海賊へと向き合った。
海賊との戦いが始まる。
3.5話
その頃、船着き場の近くで二人の女性が話をしていた。一人はクリーム色の長髪を靡かせた見るからに優しげな天使のような容姿をしており、逆にもう一人は容姿は綺麗ながら頭に角、尖った尻尾と見るからに悪魔のようだ。
長髪の方の女性こそハズキやイブキが話していた優秀な治癒術の使い手、アン。
武術こそ極められなかったものの、今ではハズキに迫るほどの治療速度と医療知識を持ち、ヴァサラ軍になくてはならない存在になっている。
本来船に乗ってもらうはずだったが、午前休にしてしまった絡みから乗船することができなかった。
なぜ午前休を取ったかといえば一緒にいるもう一人の女性、ルナと話をするためだ。この二人が集まれば基本的に互いの好きな人の話しかしないが、今日この場では違うようだ。
「船…戻らないなぁ…やっぱり何かあったのかな?」
アンは自分が乗らなければならなかったのかと後悔する。遠くの海が明らかに荒れていたのも不安に拍車をかけているようだ。
「うーん…でもさ、さすがに海が荒れる前に撤退するでしょ?っていうかアタシもこの後イザヨイ島行くから荒れられると困るっていうか…」
ルナは不安に駆られているアンを元気づけるために、少しおどけたことを言ったあと、自分達の近くでのびている大量の盗賊に目線を移し、続ける。
「それにこっちのが危なくない?こうやっていきなり襲う人もいるし…はぁ…怖かった。」
「いや、ルナちゃんやたら強かったけど…それに一人には船までもらっちゃったし…凄いよ…こわ…」
遡ること数分前、ルナは盗賊の最後の一人が船に逃げようとした瞬間、その男の耳元でこう呟いたのだ。
『船くれたら何でもしちゃうんだけどな…♡』
あの瞬間のルナは身長もスタイルも随分とその男好みになっていたようにも思える。
男は催眠にかかったように船を差し出し、幸せな表情で眠りについたのだ。なるほどこれが『愛の超神術』かとアンは納得する。
「怖くないよう!!それを言ったらアンちゃんのほうが怖いよ!見てよこの人!!」
一人の盗賊、アンに向かっていった男が柔掌拳をくらい、歯が全て吹き飛んだ状態でのびているのだ。
「いやいや!ファンファン隊長なら骨も残らないから!!」
「アタシの方だってラショウ君相手なら跡形もなくなってるもん!」
「「それでね、ファンファン隊長(ラショウ君)がね…って恋バナしてる場合じゃない」」
恋バナモードになりそうな二人が我に返る。ずいぶん長いハモリだが…
「スイヒちゃん船乗ってるの心配だから私達もこの船で合流しよ!」
「そうだね!助けに行かなきゃ!」
大の仲良しのスイヒが船に乗っていることを不安視し、二人が船を出そうとした瞬間、アンが『そういえば』といった様子でルナに質問する。
「寺院の子達もイザヨイ島行くんでしょ?あんな歓楽街子どもたちで行かせて平気?」
イザヨイ島といえば歓楽街で有名だ。今回はとある歌人が来るとはいえ、いや、来るからこそお祭り騒ぎだろう。最近では麻薬の横流しまであるという噂だ。
ルナは妖怪の孤児を育てる寺院、いわゆる『妖怪寺院』を一人で切り盛りしているのだ。子どもをほったらかしにしていていいはずがない。しかし、ルナは『大丈夫!』と胸を張る。
「あの子達も船で来るけど、護衛がアタシの100倍強い人だから!」
「またエンキさん引き受けてくれたの?優しいなぁ…」
この二人が信頼を置くエンキという人物は何者なのだろうか。どうやら子どもを余裕で守れるほど強いらしいが…。彼が来るのはまだ先の話。
イザヨイ島で男はギターのチューニングをしている。男はつばの広いフェルトハットで顔を隠し、全身黒ずくめの服を着ている。彼こそが歌人のサイカ。彼の歌は『悲しみを背負っている人に無差別に共鳴する』らしい。彼のライブははじめは盛り上がっている観客が、過去を思い出し、涙を流しながら蹲るというのだから驚きだ。
そして、今回は久しぶりのライブだ。イザヨイ島という場所が場所なだけに延期が続いてしまったらしく、その反動で観客も倍増するだろう。国中から人が来ると言っても過言ではない。
今はリハーサル中。音響スタッフは他の島に響くほど音量を上げる。
「聴かせてやってくださいよ、サイカさん。」
「はは…久しぶりで緊張します。詩(ことのは)の極み『千夜一夜乃歌』:雨晒(あまざらし)…」
極みを発動し、独特の嗄れた声でサイカはポツポツと喋り出す。もっとも彼の極みは人の心に共鳴する力など微塵もなく、ただ語彙力が少し上がるだけのものだ。それでも極みを発動するのは彼にとっておまじないのようなもので、自分の過去と向き合うためのものとして本人は重宝していた。
「あの…今回…この島で歌わせていただいて…こうやって話す機会を貰って…なんか…嬉しいんですけど…延期のせいで来れなかった人に…サイカが謝っていたと伝えてください…」
言葉の終わりとともに優しいピアノとギターの音が響く。
その音を聞いていた女性が一人。たまたま別任務でイザヨイ島の近くに来ていたのだ。
彼女は額に大きな傷があるが、それを補うほどの暴力的なスタイル、セクシーな衣装に身を包んでいる。彼女の名はソウゲン。
元カムイ軍で七剣のライチョウの隊にいたのだ。
未だにライチョウに想いを寄せているらしいことは総督の目から見ても明らかだった。
『歌…?』
ソウゲンはサイカの歌に反応する。
「見落としそうな程小さな 特別達でした
隅田川花火が咲いて
散るまでには会いに行きます
移ろう季節の真ん中で全てが綺麗だった(amazarashi:隅田川)」
「この歌…」
ソウゲンの脳裏にライチョウとの過去がフラッシュバックする。
ー数年前ー
「花火…ですか?」
戸惑うソウゲンにライチョウは困った顔をする。
「なんや、花火見たことないんか。爆発してめっちゃ綺麗なんやで!爆発って言うてもあの爆発トリ頭みたいな下品なものじゃくて、ワイの顔並みに綺麗なんや!」
花火の爆発を英須の髪に、開く花火の美しさを自分の容姿に変えて伝える。
「ふふっ…なんですかそれ」
「なんや、的確な表現やで。特に隅田川っちゅうとこの花火は美しいって話や、どや?今度一緒に行かへんか?」
ライチョウの提案にソウゲンは顔を綻ばせる。嬉しい約束だ。すべてを捨ててもいいほどに。
「…ッ…ライチョウ…さん…ライチョウさんっ…」
ソウゲンは死んでしまったライチョウの顔や思い出が浮かんだのか、涙を流して蹲る。
彼女もまた、悲しみを背負う一人だった。そしてサイカの歌に心が共鳴してしまったのだ。
『この歌のように…花火が散るまでに会いに行けたら良かったです…ライチョウさん…』
その後、一人で花火を見に行き、どういうものかを知ったソウゲンは歌に、一緒に見れなかった花火に思いを馳せる。
同時刻、男は血塗れの人間を椅子代わりに酒を飲む。男は恰幅が良く、高級スーツに見を包み口には葉巻を咥える。
その表情や雰囲気から彼に近づくものはいない。
この男こそルチアーノ。史上最悪最凶のマフィア『ユートピア』を作った男だ。
その横にいるやたら発音のいい英語混じりで話す男はオアシス。ユートピアの幹部、六魔将の筆頭であり。ルチアーノの右腕だ。
二人は船を眺めて会話を交わす。
「へェ…随分沈まねぇ船だな…」
「ヴァサラ軍がRideしているのでは?」
ルチアーノはヴァサラ軍という誰もが恐れる言葉に戸惑うことなく、刀置き場のかわりにしていた人の死体から刀を引き抜くとゆっくり立ち上がる。
「うちの金を持ち逃げした奴らを制裁したばかりだってのにめんどくせェ真似しやがる…」
「俺一人で行くか?」
「ち、ちょっと待ちなさいよ!!ヴァサラ軍が乗っているなら船出して消しに行くの!あたしはあいつらのせいですべてを失った!淫魔の血も残り僅かなんだから!」
横で話を聞いていた若い女が騒ぎ出す。同時に顔が老け、老婆のような、魔女のような容姿になる。彼女の名はバートリー。
かつて妖怪寺院で東照という男とともにルナを含む妖怪達に苛烈な虐待を行い、その血液を飲んでいた女だ。
旦那であり無敵の強さを誇っていた東照という男があの戦の後カムイに吸収され、バートリーは行き場を失ったため、ヴァサラ軍を恨んでいた。ルチアーノにつくのはその恨みからである。
「黙ってろ」
「黙っていられないわよ!アイツラには…え?」
ルチアーノはバートリーの髪を掴むと、吸っていた葉巻を眼球に押し当てて火を消す。
「ギャアアア!」
バートリーは悲鳴を上げ目、を抑えて蹲る。
「上陸して疲弊したところを狙えばいいんだよォ…二度と逆らうな。」
「は、はい…ルチアーノ様…」
「OK!では行こうか」
ルチアーノの返答を代弁するようにオアシスが陽気に答え、三人は別々の場所でユートピアの部下を従え待ち伏せをする。
ルチアーノ達から離れた海岸そこには騎士団のような制服を折り目正しく着た男と二メートルをゆうに超える大男が話し合っている。その制服には『表現良化隊』と書かれている。制服を折り目正しく来ている男は、良化隊のリーダー、オーサム。
彼は生まれつき宿す極みの力で人の思考が無差別に脳内を駆け巡る体質で、悪意すら流れてしまうのだが、今回は違っていた。周辺に大量の人が居すぎるのか、思考が混線している。
「すごく嫌な予感がする…計画以外の人を巻き込みたくないんだ…すまない、ディノ、あの船を見てきてくれないか…」
「相変わらず優しくて甘いな…オーサム。まぁそんなやつだから俺はお前についてきたんだ…言われなくても見に行くさ!古(いにしえ)の極み『恐竜楽園(ジュラシックパーク)』海王恐竜(モササウルス)!」
ディノと呼ばれた男の体はさらに巨大化し、恐竜のような鱗と水生生物のようなエラが体に浮き上がり、水の中へ飛び込む。
それぞれの思いが、戦いが交錯していく…
第四話
海賊達は船を乱暴にくっつけ、こちらの船に乗り込んでくる。
その衝撃からか、サザナミの持っていた釣り船に穴が開く。
「あ!テメェらやりやがったな!この船はなぁ、おれが釣り用にわざわざ改造したんだぞ!こりゃ修理代請求しねぇと割に合わねぇなぁ?」
「ああ?知らねぇなぁ?」
「テメェの船なら沈めてもいいよな?」
「野郎ども、かかれ!船も沈めちまえ!」
海賊達は次々に乗り込んでくる。そして、一席の船からこちらに大砲が撃ち込まれたのを瞬時に察知したサザナミは刀を抜いて切っ先を海に浸け、極みを発動する。
「うおっ!大砲だぁ?こいつはおれの船だっての!やりたい放題暴れんじゃねぇや!海の極み『蒼天航路(そうてんこうろ)』:海壁!」
海から刀で持ち上げた巨大な波の壁が砲弾を叩き落とす。
「怯むな!沈めちまえ!」
海賊はサザナミが必死で作ったであろう釣りエサや釣具の入った箱を蹴倒し、大暴れする。その行為にサザナミの怒りが頂点に達した。
「テメェら…もう修理代じゃ許さねぇ!!くらいやがれ!ビャクエン隊長直伝!!海の極み『蒼天航路』:大燕海(だいえんかい)!!」
「ぐわっ!」
「うわああ!」
「ぎゃあああ!」
円を描くように振られた刀から刃のような海水が出現し、海賊達を大量に切り裂いていく。
「はえ〜、やっぱ強いわサザナミ…ねぇねぇ、それならこっちも手伝ってよ、疲れた私」
海賊達を捌きながら、スイヒが愚痴をこぼす。サザナミは同期の中でかなり強い方らしく、こういった戦闘面でしばしば頼られるのだ。それは現隊長、『炎神』ビャクエンの技を習得している時点で一目瞭然だろう。
しかし…
「やべえっ!」
釣りの計器を破壊しようとした男のハンマーから計器をかばい、その一撃はサザナミの肩に直撃する。
「痛って…あくまで船壊すつもりか…燃えてきたよ!エンジン、全海!!」
ビャクエンの言葉をもじりながらサザナミが海賊へ突っ込んでいく。
「彼は将来有望だな、ワタシが隊長の頃からいて欲しかった…徹底的に鍛えてやりたいと、そう思うよ」
オルキスは優しい表情でサザナミの戦いを見ながらつぶやく。どうやらまだヴァサラ軍に対して何か思うところがあるのか、その表情はあの頃の四番隊隊長そのものだ。
「喋ってんじゃねぇよ、隊長さんよ!死ねえええ!」
海賊の凶刃がオルキスを襲う。
その刹那。
「星の極み『割れぬ盾』:蟹座」輝く刀が蟹座の形を描き、その輝きが具現化した盾になり、オルキスへ向かう凶刃を受け止める。
「あの…休んでいいとは言いましたけど、せめて戦闘態勢くらいはですねぇ…」
セイヨウは困ったように笑う。その瞬間、矢がセイヨウの背中に一本刺さるが、彼はそれをものともせずに引き抜くと、矢の飛んできた方向を見つめ刀を構える。
「へへ、奴らの武器は刀だ!弓矢隊!構えろ!あいつらに目にもの見せてやれ!」
「あらら…それは大きな勘違いじゃないかなぁ…確かに僕らの武器は刀だ。でも飛び道具がないわけじゃない…星の極み『貫く弓矢』:射手座」
射手座の形を描き、その星座の中心に矢を番えるように刀を置いたセイヨウの刃から、無数の流星群が降り注ぐ。
「うわああ!」
「流星だ!助けてくれ!」
セイヨウは息つくまもなく再度極みを発動する。その口調は飄々とし、余裕そのものだ。
「それにねぇ、僕ならそんな一箇所に固まるような作戦は立てないよ。すぐに壊滅するじゃないか…」
さらに大量の流星群が海賊達を襲う。
「…こんなふうにね、って一回僕も矢が当たってるからあまり自慢はできないか。精進し直しかな…」
「あれだけはありがたいな、ピカピカピカピカ、不必要に光ってくれているおかげで戻る場所がわかりやすい」
海竜を斬り終わった少女がこちらを向き、船に戻る準備をしていた。凪の極みの応用だろうか、少女は凄まじいスピードで空中を蹴り、こちらへ戻ってくる。
船では海賊達がカヤオを囲んでいた。その様子は誰が見ても大ピンチだ。細くて弱々しい中年男性が屈強な男達に集団で暴行を受ける寸前にすら見えるだろう。
「へっ、こんなひ弱なオッサンなら余裕だぜ」
「ずりいぞ、こいつは俺の獲物だ」
「ああ?コイツは俺のだぜ」
「ヘヘッ…ならよぉ…」
「「「「全員で殺っちまうか!!」」」」
カヤオはその長髪から、動向が開いた瞳を覗かせ海賊達を睨む。睨むと言っても無表情なのだが…
「な、なんだ…寒い…」
海賊達の周囲に幽霊が取り憑いたかのような冷気が漂う。カヤオが極みを発動した証拠だ。
「霊の極み『怪奇現象』:残重(ざんえ)」
「がっ!なんだこの音は!」
「うわああ!!来るな!来るな!!」
「船が船がない!溺れる!!助けてくれ!!」
「熱い!熱い!燃える!!」
幻覚や幻聴だろうか、海賊達は頭を抱えて倒れる者や、突然海に飛び込むもの、訳の分からない言葉を吐きながら知らない空間に刀を振るものもいる。何か波動のようなものが流れている気もする。
「うわ…相変わらず怖いなぁ…カヤオさん…ちょっと手加減してほしいな…君のせいで医者が足らないんだよ…ほとんど精神科に回っちゃって…僕の治療も進めてほしいのに…」
ヤマイは苦笑いしながらぼやく。彼のせいで病院の医者が手一杯らしく、自分のところへ主治医が回ってこないのだ。きっとこの海賊達もそうなるのだろう。
「手加減しましたよ、ほら、怪我しちゃいましたし…」
『それは敵に躓いて擦りむいただけだろう』というツッコミを全員が飲み込む。
「ふ~、み~んな強ええなぁ…酒の極みィ:酒吞斬りっと」
「ぐああ!」
クガイは千鳥足で極み?のようなものを使いながら海賊を一人倒す。そして見栄を切ろうとするが、足元がおぼつかない。
「酔ってる俺にやられちゃぁ…っととと…酔ってる…俺…うおおお!」
結局うまく立つことができなかったのか、クガイはそのまま海へ落ちる。
「はああ!?ほんっとに使えない…ねぇなんであんな人連れてきたの、カヤオさん!」
スイヒは若干苛立ち気味の呆れた顔をカヤオに向ける。常識人で空気の読める彼らしくない行動だとスイヒは心から思った。
「いや…私達釣りに来ただけですし…」
「そうでした…いらないよー!アイツいらない!」
確かに彼女からしてみればそうなのだろう。ここにいる他の隊員よりも戦闘力の低いスイヒは、体のあちこちに痣ができ、かなり苦戦している様子だ。それでも斬られてはいないのはさすがヴァサラ軍の隊員だが。
「もおお!私でも勝てるほど弱いからいいけどさぁ!」
「あの女はザコだ!全員でかかれ!」
海賊達が十人以上スイヒに飛びかかる。
「ザコって…さすがにあんたらよりは強いんだけど…蓮の極み:羽天没斬り(うてなぎり)!」
スイヒは高く飛び上がり、急降下して海賊を斬り裂く。着地は失敗したものの、海賊達は倒したようだ。
「スイヒのやつ手こずってんな、助け行かんとな、ソラ」
「ニャー」
「彼女なら大丈夫そうですよ、それよりもあなた方には折り入ってお話が…」
「「げっ…」」
七福とソラがスイヒの手助けという名目で緑から離れようとした瞬間、緑にその手を掴まれる。
「お前らああ!」
突然一人の海賊が大声を出す。かぶるバンダナの色がこの男だけ派手なところから察するに、こいつが船長だろう。
「この船の下にはなぁ!巨大な無人砲台艦と潜水艦を持つ海賊がいるんだよ!とある変な笑い方のドクターにもらってな!この無線機を繋げば撃ち込める、お前ら終わり…お?」
船長が言葉を言い切る前に無線が入る。
「ちょうどいいな、やっちま…「こ、こちら潜水艇!な、何だこの怪物はギャアアア!!」
「お、おい!」
なにかとてつもない力に押しつぶされたように中央がひしゃげている潜水艦が浮かび上がってくる。何故か海賊達は無事だが。ついでにクガイも浮上する。
「ぷはっ!酔いが覚めた…怖ええ、なんなんだあの恐竜は…」
「恐竜?まだ酔ってるんじゃ…キャアア!」
スイヒはクガイに軽蔑の眼差しを向けたあと、目の前の大男、ディノを見て絶叫する。一瞬で潜水艦を折り曲げたのはこの男だとわかる。体が恐竜のようになっているのだ。
「命拾いしたな。早く陸に戻ったほうがいいぞ、その心配はないかもしれないが…」
ディノは名も告げずその一言だけ言うと海へ戻っていった。
「ふ…ふふ…やつは…やつは気づいてない…無人砲弾艦、発射用…あれええええ!?真っ二つだあああ!?」
そこに浮かんでいたのは真っ二つにされた砲台。
「おー、あの恐竜くんが噛み砕いてたぞ!」
「噛み砕いてこんな刃物で切ったみたいになるか!あの恐竜野郎!剣も使え…ぐほお!」
「スキあり。よし!俺の手柄だぁ…」
クガイはまた酒を飲んだのかろれつが回っていないが、どうやら船長をパンチで気絶させたらしい。
「いいとこ取りじゃん!最低!」
スイヒは頬を膨らませて怒る。
「なぁ、なんであいつが隊員やってるんだ?」
カルノはクガイを見て疑問を口にする。頭に大量の?が出ているのが見て取れる。
「ホントだよな、何でなんよ?」
「あはは…ヴァサラ軍、相変わらず面白いなぁ…」
「感心している場合か!貴重な戦力が減っているんだぞ!」
カルノをきっかけに旧隊長達が口々にクガイに対して言いたいことを言い続ける。
『『『『こっちが聞きたいよ…』』』』
現隊員たちは心の中で総ツッコミだ。
「いやー、あの恐竜すげえなぁ、大砲の戦艦噛み砕…ウオエエエ!」
クガイは吐いて眠る。
「ま、一件落着だな。っと、ちょい待ち。あの船来たら話そうかね」
サザナミは海について話す前に向かってくる盗賊の船の内部にいる人が知り合いなことに気付き、その船と合流後に話をすることを提案する。
「おーい!みんなー!」
「アンちゃんにルナちゃん!?なんで?」
大の仲良しの二人組が船に乗っていることにスイヒは驚くが、その顔はどこか楽しそうだ。
「アンさん。良かった。怪我人も数名いまして…」
「僕はいいから他治してよ」
「わかったわかった。話はそれから、とりあえず一番重症なクガイさんからね!吐きすぎて体温下がってるし…海にでも落ちた?結構やばいね。毛布たくさん持ってきて、あとこの眠り方じゃ吐瀉物で窒息しちゃうから…」
「いやそいつ戦ってねぇよ!」
サザナミは思わずジン並みの白目ツッコミをしてしまう。
それを無視してアンは手際よく治療を始める。
「さすがアンさんだ…最初から船に間に合ってほしかったな…」
「ごめんね、セイヨウ君。もう大丈夫だから」
セイヨウに謝罪しながらも、クガイに対する治療のでは止めない。彼女こそ、ハズキが呼びたかった『優秀な医者』なのだ。
その隣ではカヤオがルナと話し込んでいる。
「ルナさんはなぜ?」
「うーん、成り行きかなぁ…アンちゃんについてきたら盗賊に襲われて…護衛?みたいな?」
『あなたに傷をつけようものなら私達がラショウ隊長に殺されるのですが…』
ルナはラショウの大切な幼馴染。少年時代の孤独なラショウと唯一心を通わせた存在なのだ。もちろんラショウにとっても大切な存在であることは間違いないため、ケガをさせたらどうなるかは考えるだけでも恐ろしい。
『へぇ…あいつがルナなんだ…』
船に戻ってきた少女は心の中でつぶやく。なぜ知っているのだろうか。
「よし、治療終わったら話すかね…この海域のこと、海難事故のこと…」
サザナミは話に必要な周辺海域の地図を広げた。
その頃、付近のとある廃村に海賊壊滅の報告が届く。その廃村は、廃村に見えないほどなぜか家や建物が綺麗で、逆にそれが不気味さを醸し出している。しかも村人らしき人は全員女性なのだ。
「し、首領!海賊団壊滅しました!」
村の外から女性が走ってとある家に入る。その家は他のどの家よりも広く豪華だ。
首領と呼ばれた褐色の肌をした女性は笑顔を崩さず目の前のマシュマロをつまむ。
「落ち着いて、そんな走ってきたら疲れちゃうよ?ほら、さっき採れたばかりのみかんで作ったジュースでも飲みな。」
女性はみかんジュースを手渡すと椅子に座りなおす。
「それに、首領はやめてって。普通にルーチェでいいから。もっとくだけて呼んでよ。」
ルーチェと名乗った女性は焼いていたケーキを切りながら微笑む。
「い、いえ…首領にそんな…」
「アタシはそんなの気にしないからさー、それに何だっけ?海賊が壊滅?…ったく、だから男なんか採用したくなかったのに…これでわかったでしょ、男なんかいらないって」
「ですね…」
「ここはさ、男に対して色々あった人が幸せに暮らすために作った盗賊団『星々の盗賊団(クリフティス・ルーチェ)』なんだから。」
ルーチェはその女性を自分の家においてある長テーブルに座らせる。彼女はケーキを切り、食事を用意する手を止めない。
「もし…海賊壊滅させたのがヴァサラ軍なら…?」
女性は不安そうに尋ねた。「あー…いいんじゃない?アタシ達なら勝てるよ。…むしろ好都合」
「え?」
「ううん、なんでもない…ヴァサラ倒してアタシが覇王になっちゃおうかなってね、キャハッ★」
ルーチェは八重歯が目立つ口を開けておどけて笑うと、紅茶が温まっているかを確認する。
「みんな呼んできてよ、スイーツタイムにしよ!今日のケーキは自信作だからさ」
「あ、はい!うっかりしてました。」
「そんなかしこまらなくていいって。」
ルーチェは女性が出ていくのを確認すると、倒していた写真立てを起こして眺める。そこにはヴァサラとカルノ、そしてヒムロが写っていた。
ルーチェは写真をなぞると、極みらしき言葉を呟く。
「忘の極み『勿忘草』:意気地なしの王子様(シンデレラ・ボーイ)…ってダメか…いいよ、かかってこい、ヴァサラ軍…」