龍斬りの聖神
【アニメ映画化あるある。短いのに楽しませてくれる同時上映】
ーこれは、ヴァサラが産まれるよりも昔の話ー
「『それから人々は数百年に一度来る伝説の龍を滅龍と名付け、恐れるようになりましたとさ』ささ、マリアお嬢様。もう読み聞かせは終わりです。今日はゆっくり寝ましょう」
「やだやだ!!ヒジリのおじさんもっとごほんよんでー」
「しかし、お嬢様…」
王宮内で本の読み聞かせをする男、ヒジリはかつて『人斬り』と呼ばれた男だが、今となってはその姿は見る影もなく国王の娘、マリアにいいように使われている。
確かにマリアは生まれたばかりでかわいい盛りではあるのだが、夜更しをさせれば国王に怒られる、それこそヒジリにとっては辛いものだった。
「ごほんー」
「はいはい、ではどれにしましょうかね?え~と、この本なら読んだことな…」
「ぐーぐーzzz」
「やれやれ、おやすみなさいませマリアお嬢様」
ヒジリはマリアを寝室へ連れて行き、ベッドへ寝かせる。
同時に王宮内にけたたましく警鐘が鳴らされる。
『緊急配備!!緊急配備!!』
「何事!」
ヒジリも急いで国王の元へ向かう。
恰幅が良く、柔らかな印象を与える表情をした普段とはうって変わり、国王は非常に緊張した面持ちで全員を集めると大きな声で演説を始める。
「諸君、伝承の『滅龍』がこの国に現れた。見張りの兵士が双眼鏡で確認したそうじゃ。」
「『滅龍』ですって!?神話じゃなかったんですか!」
滅龍伝説。先程ヒジリがマリアに話していた童話の中の伝承。
数百年に一度王宮に現れ、街を白き雷で焼き尽くし、立ち向かうもの全てを破滅へと導く。
故に『滅龍』
もっとも童話では、戦士が撃退するのだが。
「わしも今の今までそう思っておった…あの龍が伝承通りの力なら国民の命が危ないのじゃ」
「だから俺たちが迎え撃とうってことですね!」
「やってやるぞ!」
「この命はこの国のために!」
兵士達は武器を取ろうと躍起になり、異様な盛り上がりを見せている。
しかし国王の言葉は全く予想外のものだった。
「ならぬ。誰一人として『滅龍』に立ち向かうことはわしが許さぬ!!」
「国王様!なぜ!」
まるで意味がわからないとばかりに兵士達が国王に声を上げる。
「直ちに住民を起こし、避難するのじゃ!良いか、王宮や街は確かに由緒正しきものじゃ。じゃがそれを作るのは人じゃ。歴史も国も人が作るのじゃ。国とは人じゃ。忘れるな!」
国王の演説に兵士達は武器を降ろし、街へと去っていく。
しかし、一人の兵士が尋ねる。「国王の娘はどうするのかと」
マリアは幼く、抱えて走れば滅龍に撃たれてしまうかもしれない。
「大丈夫じゃ、使用人のヒジリとヒミツの抜け穴から抜けてもらう。頼めるか?ヒジリ。」
「仰せのままに」
「大丈夫なんですか?ヒジリのおっさんなんかで。あんないつもペコペコしてるひ弱そうな人で…」
「大丈夫じゃ。抜け穴はばれることはない。」
国王の言葉に兵士は安心したのか王宮を抜け出す。
「国王様?あなたはどうなさるおつもりで?」
「わしは『滅龍』と共にこの王宮で終わりじゃ」
「何をおっしゃいます国王様!」
ヒジリは今までに聞いたことのないような大声をあげる。
「この王宮内に爆弾を仕込み、爆破する。その役目はわししかおるまい。」
「私が引き受けますからあなたはマリアお嬢様を連れてお逃げください。」
止めても聞かぬ国王であることはわかっているが、それでもヒジリは止めたかった。
マリアにとって父親がいないというのは悲しみ以外の何者でもない。
「わしが死んだら王妃とマリアを頼んだぞ、ヒジリ。」
「…わかりました。あなたは聞かない人なのは知ってます。引き受け…」
ヒジリが言い終わらないうちに巨大な咆哮と共に街に白い落雷が落ちる。
「バカな…早すぎる!!ヒジリ!早くマリアを!」
「ハッ」
ヒジリは返事をしたが、マリアとは逆の方向へ走り出す。
「ドラゴンだぁ!!」
「助けてくれえ!」
「何だあの落雷は!うわあああ」
街では市民がパニック状態に陥っている。
「こっちです!こっちへ避難を」
そこへ兵士の姿をした男達がやってきて市民を誘導する。
「あー、命令違反だなこりゃ。俺たちァ、クビかもな~」
「その前に人生からクビになるだろうよこの状況。」
「ハハハッ!ちがいねェ!」
「でもよ、これで俺たちも『二階級特進』だぜ」
「そうだな、死んだら酒でも飲もうや」
軽口を叩きながらも市民を次々と誘導していく。
そのおかげもあるのか街は壊滅状態だが、死者はおろか重症者もいない。
「ギャオオオオ!!!」
一際巨大な咆哮をあげた滅龍は口から光弾を王宮に向かって吐く。光弾は王宮の屋根に当たり、その部分が一気に崩れ落ちる。
そのまま龍はとてつもないスピードで王宮へ向かう。
その時、ひときわ高い建物から一人の男が滅龍へと飛びかかった。
「うおおおお!!!虎月一刀流!!
『特式』:龍墜!!」
その人影は滅龍の首を一刀両断し、絶命させる。
「なんだ!?あの龍を一太刀で」
「ふぅ、俺の腕も鈍っちゃいないか。」
建物から降りてきた男はヒジリだった。だがその一人称も表情も『人斬り』の頃に戻っている。
「お、おいおいまじかよあの『へなちょこヒジリ』が伝説の人斬り!?」
「ま、間違いねえよ、あの太刀筋…」
「やれやれ、バレてしまいましたか…」
「無茶をしよって、ヒジリ。」
「申し訳ございません。」
数日後。そこにはもとの落ち着きを取り戻した王宮があった。
ヒジリが元人斬りだとバレても誰も何も言わず、むしろ子どもたちから『龍斬りのヒジリ』として一躍時の人になったほどだった。
街と王宮の復興も順調に進み、何より街に誰一人死者を出さなかったことから国王の支持率も上がる。
「よくやってくれたな、ヒジリ。これからもこの先の代も、国民(わしら)に使えてくれるか?」
「もちろんでございます。」
国王とヒジリは縁側で団子をつまみながら笑い合う。
ーこれは、ヴァサラが産まれるよりも昔の話
後に聖神と呼ばれる男の龍斬り伝説ー
若ヒジリ
イメージキャスト:たろちゃん組さん
イメージCV.掛川裕彦さん