滅びた種族と新しい朝【ヴァサラ戦記アン外伝】
かつてヴァサラ軍の周辺にはアキレアという村があった。
それは覇王ヴァサラが外から帰り、ヴァサラ軍を作った頃まで遡る。
その地には黄髪族という種族が住んでおり、見た目は人間とまるで変わらないが、二つの特徴があった。
一つ目は腕力。
彼らは普通の人間よりも少しだけ腕力がないのだ。
それはおそらく二つ目の特徴に起因しているからだろう。
二つ目は治癒能力。
この種族には治癒能力が備わっており、それは村の外、いや、種族以外に漏らすことは禁じられていた。
教えたとしてもできないのだが…
元々は内部の脱臼や骨のヒビを直せる程度のものだったが、ヴァサラ軍初代の六番隊隊長であるコリが村を訪れたことで大きく変わった。
コリも治癒能力を身に着けていたため、村の人々にやり方を教え、黄髪族の治癒能力はさらに数段上がることとなったのだ。
そういった種族のためか能力を狙って狩られることもしばしばあり、科学都市に誘拐され、劣悪な実験を施された挙げ句死んだものまでいるらしい。
もはや黄髪族は絶滅の危機に瀕していたが、そういう事態をヴァサラ軍が黙っているはずがない。
ヴァサラはすぐにアキレアへとある男を派遣することを決めた。
その男とは銀色の長髪にカラフルな服。
更にカタコトの言葉。
『拳神』ファンファンである。
ーこれは、絶滅した種族と村を救った一人の拳神と、その生き残りの少女の物語であるー
ここはアキレア村。
黄髪族という治癒能力を持つ種族がいる村。
この村の周辺はなだらかな山々に囲まれ、たくさんの動物や果物のなる木、あらゆる農作物が豊富に取れる。
しかし、最近山の治安が脅かされている。
密猟団の出現だ。
密猟団は高く売れる動物を罠にかけ、足を怪我させた状態で売り飛ばす。
傷ついていても高額で売れるらしい。
動物達も必死で逃げ回るが、その怪我が原因で亡くなる場合も少なくなく、今やアキレアの生態系は大きく崩されていた。
「こんなとこにも…どうしよう…こんなに沢山の子たちが怪我しているなんて…」
山の中腹まで逃げ込んだ動物達をその治癒能力で治していく一人の少女。
彼女の髪色からして黄髪族だろう。
その少女は現代で言うところの小学校低学年くらいの年齢でありながら黄髪族特有の治癒能力が使えていた。
彼女の名前はアン。
後にヴァサラ軍の六番隊に所属することになる女性だ。
彼女はその先端がくるりとカールした長髪をなびかせて動物達に手を翳していく。
「私は応急処置しかできないけど…ごめんね…すぐパパとママ呼んでくるから…絶対治してあげるから…」
アンは傷口を塞ぎつつ、動物達を励ます言葉を伝える。
その瞬間、轟音とともに見知った顔の男達が吹き飛ばされた。
密猟団の男達だ。
いつもは銃で動物達を狙っている男達がどういうわけか今アンの傍らで傷だらけでのびている。
アンはおそるおそる木の陰から男達が吹き飛ばされてきた方向を見ると、白い長髪の男が大量の密猟団に囲まれていた。
数的に圧倒的不利な男は恐ろしいスピードで一人の前に行くと拳一つで男を倒してしまう。
息もつかせぬまま一瞬で全員の意識は刈り取られた。
少なくともアンにはそう見えた。
全員を打ちのめした男はアンの気配がする方向を振り返り、アンと目が合う。
「ひっ…」
アンは目が合った男から必死で逃げる。
密猟団の一人にすら敵わない自分があんな男にかてるはずもない。
必死で逃げる中、彼女は両親から聞かされたお伽話を思い出していた。
『滅龍現れし場所、必ずや滅ぶ』
アンは心臓が張り裂けそうになりながら必死で走る。
密猟団を叩きのめす時男は確かに言ったのだ『龍』と。
その男、ファンファンは密猟団を叩きのめし、下山しようとする。
ふと先程目が合った少女の事を思い出す。
元来加減をすることが苦手なファンファンは、劉掌拳を使い密猟団を倒したのだ。
アンが聞いた言葉は『龍』ではなく『劉』。
なにか技を放った瞬間を聞いたのだろう。
怖がられても仕方がない。
『アイヤ!怖がらせてしまったアルか?』
「戯けがッ!加減せんか!」
そこへやってくる銀髪にマントを羽織った男、覇王ヴァサラはファンファンの頭に拳骨を見舞う。
確かに山肌が大きく削れるほどの一撃を喰らうなど密猟団も削られた山も思いもしなかっただろう…
「一番難しい注文アルヨ、それより老師、なぜここにいるアル?」
今回の任務はファンファン率いる七番隊のものだ。
ヴァサラが任務を任せた場所へ来るのは珍しい。
ましてや、密猟団殲滅に当たっているのは『拳神』ファンファンだ。
ほとんどの敵にやられることは間違いなくありえないうえに、彼は一人で極みの共鳴ができるのだ。
密猟団程度なら余りあるほどの戦力だろう。
「なにか嫌な予感がしてのう…」
「…?」
ヴァサラの危惧にファンファンは首を傾げる。
確かに動物達にとっては危険でこれ以上ない恐怖かもしれないが、他に何があるのだろう。
「黄髪族が狙われておる…そんな気がするのじゃ…」
ヴァサラのこういう勘は当たる。
ファンファンはふと先程の少女を思い出していた。
『さっきの子の髪…黄色だったような気がするアル…』
密猟団の男達は、恰幅のいい葉巻を吸った男の前に血だらけでいた。
その男とは後にヴァサラと対峙することとなるマフィア『ユートピア』のボス、ルチアーノ。悪事の大半の黒幕はルチアーノが絡んでいると言われるほどの巨悪であり、今回の動物達の密輸も彼が黒幕らしい。密猟団の男達はルチアーノの粛清に怯え、震えが止まらなくなっている。
「ヒャハハッ、そいつァ『拳神』ファンファンだ。敗北も無理ァねェ…不問にしてやる」
「え…?」
男達は安堵する。この男にとって殺人など呼吸に等しいのだ。
絶対に殺されると思っていた男達は胸を撫で下ろす。
「俺も鬼じゃねェ、予想外の事に目くじらを立てることはしないさ」
『『あんたは鬼じゃなくて悪魔だろ…』』
密猟団の男達は心の中で呟く。
その毒づいたときの表情が見えないようにさらに深く土下座するように縮こまり顔を伏せながら。
「ところで…だ。」
「は、はい…」
「動物の傷を治していたガキ、黄髪族ってのァ間違いねえんだな?」
ルチアーノは横にいた男に六魔将の招集命令をかけながら密猟団の男に問う。
「は、はい!間違いありません!近くに黄髪族の里もあります!」
「そこの数人連れてこい。能力が使えるなら四肢を切断しても構わねェ…黄髪族は使える…なんなら六魔将から七魔将にしてもいいほどにな…」
「なっ!?連れてきたばかりのやつにそんな破格の待遇を!?」
「そう腐るな。連れてきた奴らも問答無用で幹部にしてやるよ。」
密猟団の男達は飛び上がるほどの嬉しさを覚えていた。この男の、ユートピアの幹部になれるということは悪人としてこの先200年は安泰だということ。
それほど悪人としての格が上がるのだ。
「で、でもよ、ルチアーノさん。もし黄髪族が誰も靡かなかったらどうするんだ?」
密猟団の男の問いにルチアーノは深く葉巻を吸い込むと、一気に煙を吐き出しニヤリと笑う。
「そのための六魔将だろ。靡かねぇなら…村ごと消せ」
ルチアーノはゆっくりと腰を上げると、事前に山の麓に潜ませていた六魔将のフレイに伝令を送る。
「伝令です!ルチアーノ様から合図が!」
「ニャハハ、容赦がないにゃー、うちのボスは…火の極み『化猫火柱』:山火事」
アキレア村がある山の麓に火が点けられたことをヴァサラ軍もアンも知らない。
アンはいつもより乱暴に家の扉をこじ開ける。
相当走ってきたのだろう、ひどく息切れした様子で両親に何かを伝えようとしていた。
「はぁ…はぁ…」
「アン、どうしたの?そんな血相変えて…」
「こらこら、今日は私達が村人の定期検診当番だからあまり騒いだらだめだろう」
定期検診当番とは治癒能力に優れた黄髪族特有の回覧板みたいなもので、毎週土曜日に村人の誰か一人が村の住民、飼っている動物の体調を検査して回るというものだ。
アキレア村は基本的に自給自足であり、野菜中心の生活をしている。
自宅に畑を持つ村人ばかりで、検診の際は一日誰かが畑の世話をする。
そんなルーティンで成り立っているのだ。
世に出回っていないところを見るとヨモギの故郷、ワカバ村のように販売できるほどの野菜ではないのかもしれないが…
とにかく今日はアンの両親、リーガルとリリーが定期検診の担当らしく、家の近くに建てている診察室は村人でいっぱいだ。
「まさかまた動物がやられているのかい?はは、優しいな、アンは」
「そうね、優しい子に育ってママ嬉しいわ」
「村一番の優しさかもなぁ…」
「誇りに思いなよ、な?」
両親、村人達の褒め言葉をよそにアンは震える声でつぶやく。
「龍が…滅龍がこの村に…」
『滅龍』の一言で診察室がザワつく。
あの龍の存在は神話ではなかったのかと。
「アン、その龍はどんな姿をしていた!!」
「人間の…姿…白い長髪にカタコトのような言葉で呟いたの…『龍』って」
「え…?」
リーガルは拍子抜けしたような声を上げる。
「ま、まさかアン…その人ってカラフルな服を着てなかったかい?」
「着てた…やっぱりあれが」
「ふ…ふふっ」
「ギャーッハッハッハ」
再び診察室がザワつく。
今度は笑い声で。
「リリーさん。教えてやんな。その人の正体をさ!」
「アン、その人はね、ヴァサラ軍よ…ヴァサラ軍の『拳神』ファンファン。『龍』じゃなくて『劉』よ。紙に書くと…こういう漢字!なんかそういう拳法があるらしくて…」
「…………………え?」
これ以上ないほど頓狂な声を上げる。
しかし、密猟団を蹴散らしたときの獣のような目を思い出し、また震え上がる。
「で…でも…あの人はそんなにいい人じゃ…ない…と…思う…」
「どうして?」
「密猟団は…悪い人だけど…あんな力で殴る必要はなくて…明らかに力の差もあるし…」
アンが消えそうな声で呟くのを、リーガルが微笑みながら軽く頭を撫でて落ち着かせる。
「そっか…そう見えたのなら改めて優しい子に育ってくれたと思う…私は誇らしい…アンもいずれ分かるときが来るさ。あの人の『優しさ』を。さ、もうすぐ診察も終わる。ご飯にしようじゃないか。」
「…?」
少しの疑問を抱きながらも、母親がキッチンに立つのが見え、アンもエプロンを巻いて手伝いを始めた。
「うーん…少し塩分取りすぎな気が…あまり採血の値が良くないのでね…黄金花(コガネバナ)の収穫時期はまだ先でうちにもあまりストックがないから気をつけてくださいね。今回は処方しますが…」
リーガルの治療する声が奥から聞こえる中、アンはてきぱきと食器を並べる。
「リリー、悪いけど黄金花を一輪煎じてくれないか?お薬としてお出しするから」
「は〜い。悪いけど少し待っててね、鍋が吹きこぼれないように火を止めてからやるから」
「ああ、ゆっくりでいいよ、最後の問診者だからね」
先程から話に出ている黄金花とはアキレア村周辺にたった一月だけ群生する金色の花で、伝説のニジタネソウよりは効力が劣るが、採取しやすくある一定の病気までは充分治すことができる代物だ。
それは治癒術に優れた黄髪族が使えば更に倍増して効力を発揮する。
アキレア村に黄髪族が流れ着いたのは黄金花が一因かもしれない。
薬の調合、投薬を終えたリーガルはアン達の待つ食卓へと足を運ぶ。
いくつもの漢方薬が隠し味として入っているはずのその野菜スープは、漢方薬独特の苦味や臭みがなく絶品で健康的だ。リリーのスープはトマトをベースにしているらしく、酸味があって飲みやすいのも特徴だ。
「あ、そうだ!モルタにも牧草をあげてこなきゃ!」
モルタという巨大すぎる牛はジョテイウシと呼ばれる巨大で荒々しいアキレア周辺最強の動物だが、密猟団からアンの一家が救ったことで懐き、ペット兼乳牛として飼われるようになった。
不審者を発見し、一度暴れだすと手がつけられない優秀な番犬(番牛?)でもある。
「はい、モルタ、今日はたくさん牧草が採れたよ〜」
「モー♪」
アンはモルタを優しく撫でると、ニコニコしながら食卓へ入っていく。
「うーん…でもヴァサラ軍がなんの用かしらね?」
「そうだなぁ…」
「密猟団と戦ってるの…見た…」
「ハハハ!そうかそうか!なら密猟団が壊滅するのは時間の問題だな。良かった良かった」
三人の上機嫌な会話の最中、外の風がどんどんと強くなる。
「困ったな…傷んだ医療器具を買い替えに山を降りようと思ったのに…」
突如、その突風はアンの家屋を貫き、リーガルを吹き飛ばす。
「ハハハ!こりゃいい!ルチアーノ様が科学都市から『無料で提供』してもらったって兵器なだけあるぜ!」
今朝の密猟団の男達は巨大なライフルを構え高らかに笑う。
その銃口はアンに向けられるが、リリーが身を挺してかばい、腹部に大きな風穴が開く。
「逃げろアン!」
吹き飛ばされ、血だらけになったリーガルが密猟団のライフルを掴み、抵抗する。
しかし、力の弱い黄髪族では抵抗虚しく振り払われ、ライフルの砲撃を浴びる。
多少なり治癒術を持つアンには二人の傷は致命傷であることはすぐにわかった。
それなら最期まで両親といようと泣きながら側によるが、その体をリーガルは突っぱねる。
「アン、逃げるんだ…これは父親として最期の言葉だ。生きるんだ…生きて生きて我々の種族の治癒術を誰かに使ってやれ。そのためにまず…お前が生きなさい。」
「アン、お母さんからも言うわ…幸せになりなさい。そしてそれを他人に分けられる人になりなさい」
二人は順番にアンの頬に触れて最期の言葉を紡ぐ。
「「いつかあなたも死ぬ時に、『幸せになった』と私達に言いに来てね」」
「へっ。めでたい家族だぜ。死にな」
密猟団が引き金を引こうとした瞬間、何かに吹き飛ばされる。
扉を突き破って来たモルタが密猟団を轢いたのだ。
そのままモルタはアンを背負い村から逃走する。
村はあらゆる場所が焼かれ、大量の死体の山が築かれた地獄絵図だ。
アンは涙を流しながら必死にモルタに捕まるが、突如起こった雷にモルタが撃たれ、そのまま地面に転がるように倒れ込む。
「おやおや、あなたの種族は生きててはいけないはず…」
ユートピア六魔将の一人、ローディーが困ったように頬をかきながら近づく。
「我々も三軒ほど当たったんですよ?『ユートピアに協力しないか?』と。皆さん断るので皆殺しになりました。というわけで…あなたも…」
長々と喋るローディーが数メートル吹き飛ばされる。目の前にいた長髪の男は今朝見た『拳神』ファンファンその人だった。
「悪いことをしたアル。麓に火が出てて、そこで足止めされていたヨ、武は皆を守るためのもの…これでは『拳神』失格アル…」
滅ぼされた村に対し本気で申し訳ないと思っているのか、ファンファンはアンに頭を下げ、ゆっくりと自分の背中に背負う。
「これは番狂わせ。他の六魔将の足止めすら一瞬ですか…『拳神』ファンファン。ですが女の子一人背負った状態でこのまま我々を相手にしようなど無謀では?」
「無問題。ちょうどいいハンデアルヨ」
ファンファンはアンを背負ったまま、ユートピアの部下達を次々と倒していく。
「この人…凄い」
アンは一瞬村を滅ぼされたことを忘れたかのように戦いに見惚れる。
「やりますね、雷の極み…「遅いアル」
ファンファンはローディーすら一瞬で吹き飛ばし、その場の敵を殲滅する。
これだけ動いているにも関わらずアンに一切の負担はなく、疲れ果てていたアンはそのまま眠ってしまった。
「あのクソ牛め…殺…「ウホーッ!」
目覚めた密猟団が倒れているモルタをライフルで撃とうとした瞬間、とてつもない力で殴り飛ばされる。
よく見るとライフルの銃口も弾が出せないように凍っているのだ。
「ったく…猫使い荒いよ、ゴリちゃん先輩」
密猟団を殴り飛ばした巨大で顔に傷のあるゴリラ、零番隊隊長のゴリちゃんだ。
その横には人語を話す黒猫。
いや、様々なものに姿を変える不思議な存在、副隊長のソラがいる。
ソラは猫のように気ままにあちこちをフラフラしているので、ゴリちゃんが呼び戻すのにも一苦労だが、今回はすぐに呼び戻せたらしい。
「ウホ!ウホッ、ウホッ、ウホ!」
「『動物たちは全部俺が逃した、お前はやることやったか』って?やりましたよ、黄金花の保護!あの辺一帯凍らせて冷凍保存しときました。」
「ウホッ、ウホッ!」
「『この牛も治療したら隊舎に連れて行く』?ま、根性あるよね、この子。零番隊にふさわしいくらい。さ、骸、『ケージになってゴリちゃん先輩に持ちやすいように』してあげて」
ソラの首輪がポロッと地面に落ち、それは刀に変わり、柄の髑髏が喋りだす。
「けっ、なんでこんなデブゴリラのために変身なんか」
「ゴリちゃん先輩になんてこと言うの!ケージになるくらい簡単でしょ!」
「チッ、お前にそこまで言われちゃな…おいデブ。優しく持てよ。」
「ウホ!」
骸はケージに変形し、モルタを入れて山を下っていく。
そこから少し離れた場所。
村の近くの山小屋でアンは一人泣き崩れる。
両親も家も全てを失ってしまった。
唯一残ってくれたのはペットのモルタだけ。
彼はこれからヴァサラ軍の零番隊というところで働くのだと側にいるファンファンから聴いた。
「お父さん…お母さん…みんな…ゴメンね…ゴメンね…私は何もできなかった…」
「申し訳ないアル…救出が遅れた私の責任アルヨ」
「あなたのせいじゃないです…悪いのは村を襲ったあいつらだ…きっと世の中には私みたいな人がたくさんいる…」
アンは流れる涙を拭うとファンファンに頭を下げる。
「私も強くなりたい、似たような人を…作りたくないから…ファンファン隊長…私もヴァサラ軍に入れてください!」
「そうじゃな、許可しよう。」
山小屋に入ってきた白髪の男はただならぬオーラを纏っていた。
ヴァサラ軍のことを何も知らないアンすら一瞬でその男が『覇王ヴァサラ』であることがわかるほどに。
「儂もここに行ければよかったのじゃが…君には済まないことをした…儂一人の頭を下げて納得してくれるとは思わぬが、どうか村人の供養をさせてくれ。」
ヴァサラは来るなりアンに頭を下げる。
覇王と呼ばれる男のいきなりの行動、しかもただの子どもの自分に深々と頭を下げる様子に、涙が一瞬吹き飛ぶほどにアンは戸惑う。
「え!あ…あ…あの…その!あなたのせいじゃなくて…っていうかあの…あなた…覇王…そんな簡単に頭なんて…いや…え?」
「生き残った村人に対し頭を下げぬものがどこにいる。階級や呼び名など関係ないのじゃ。」
ヴァサラにばかり気を取られていたが、同じように頭を下げているファンファンを見て更にアンは取り乱す。
「そ、その…顔上げてください。あなた達のせいじゃないから!」
アンは二人に顔を上げさせると、同じようにヴァサラ軍に志願する。
「先程も言ったが、ぜひ入ってくれぬか。お主のように村人が…家族が滅ぼされた者たちの気持ちはそういう経験があるものしかわからぬ…」
「今回のことがあるから私のとこで面倒見るアルヨ」
「うむ、頼んだぞ、ファンファン!」
「明日からお前は七番隊見習いのアン。アル」
「よろしく頼むぞ。アン」
「はい!よろしくお願いします!」
数日後、アンは自分の村があった山を訪れていた。
その村はトノサマゴリラのゴリちゃんという零番隊の隊長をはじめとした動物軍団が守っているらしく、『ヴァサラ軍』というだけで誰一人手は出さないようだ。
アンは村全体に花を手向け、自分の家があったところで色々と報告をする。
「パパ、ママ、私…ヴァサラ軍に入ったよ…私達みたいな人を助けたくて…」
「あの後奇跡みたいに黄金花が咲き乱れたの!今後は六番隊?だとかで使うんだって…私も栽培の管理任されたんだよ!まだ子どもなのにすごいでしょ!」
「それで…その…その…っ…」
アンは家族との光景を思い出したのか涙を流しながら報告を続ける。
「パパとママが最期に言ってくれたみたいに絶対『幸せに』なるから…絶対なるから…」
ーそれから十数年が経過し、アンも成長する。彼女は見習いから七番隊の隊員になっていたー
「アン、少し修行し過ぎアル」
「あ、ファンファン隊長!今日はもう少しやったら帰ります!」
ーアンは二十代も半ばの年になっていた。
この先は、まだ極みも発現していない彼女の初任務での話ー
後編に続く