古の鎧【劇場版ヴァサラ戦記FILM:SWORD 前日譚】
※劇場版ヴァサラ戦記 FILM REVERSEより前の話です
ロウバイの山はその険しい山脈を抜けることができれば、王都につながる大きな山で、ここを利用する商人達も多い。
しかし、最近ではとある組織により商人が襲われ、王都への往来ができなくなっていた。
ヴァサラはその事態を重く受け止め、緊急の出撃命令をくだす。
「良いか、ヴァサラ軍。ロウバイの山は現在とある悪徳ギルドに占領されている。そいつらの名『最後の傭兵(ラスト・アライアンス)』。九番隊、十番隊の情報によると『謎の鎧』を使って個々の能力を上げているらしい…その力で罪のない商人を襲い、時には殺害するということ。我々が守るしかあるまい…」
「う~ん…初期メンバーの皆が任務に行っちゃってるけどどうするの?」
ルーチェは隊長の中では新参と中堅しかこの場に居ないことに疑問を投げかける。
大きな勢力と戦うことはこれまでも度々あったが、
その際には必ず、アサヒ、ヒジリ、ファンファン、エイザン、ロポポ、マルルの誰かが同行していたのだ。
今回の任務はその隊長達が別任務にいるため、二十代の若き新米隊長たちでのみ行うこととなる。
「そうか、ルーチェはあいつらが同行しないの今回の任務が初めてか。俺とクガイが一番の先輩ってのは少し頼りないとは思うが何かあれば護れる。それは安心しろ。」
エンキは巨大な大刀を肩に担いで「行くか」と意気込む。
「待て、エンキ。ロウバイ山に行くという総督の話を聞いていなかったのか?」
「ヤマイのことか?心配すんな。あいつの車椅子は俺が押す、それでいいだろ?」
「そうじゃない。今の季節は冬だ。」
オルキスは外にしんしんと降り積もる雪を指差してエンキの間違いを指摘する。
エンキは降り続く雪を眺めて「あちゃー」と頭を抱えた。
「こりゃぁロウバイ山のもう一つの姿が見れちまうな…」
「別に山登りなんて散々してるじゃん?何騒いでるの?」
『早く行こうよ』とばかりにカルノはいつものフード付きの服に軽いリュックを背負い、出動を急かす。
「待て、カルノ。雪山は通常の山岳戦とはまるで違う、足元には巨大なクレバスがあることもあり、そこに挟まれて亡くなるものや、吹雪で前が見えないこともある。時と場合により、雪洞を掘って待機しなければならないこともあるのだ。軽装や軽い気持ちで踏み入れるな」
「オルキスの言う通りだな。冬のロウバイ山は魔境だ。それに重装備で動きも緩慢になる、雪山を根城にしている敵の方が圧倒的に有利だ。」
「ゴホッ…なら僕は留守番するよ、エンキさんに苦労をかけるわけにはいかないだろ?医療部隊ならいくらでもうちの隊から出すからさ。」
ヤマイは極みの関係でまともに歩くこともままならない時がある。
彼の性格的にも、無理を言って同行することは無いだろうことはわかっていた。
しかし、エンキは『すまない』と一言謝ると今回の任務の詳細を話し始める。
「今回の任務は『隊長のみ』だ。あの雪山は少数精鋭の方が良い。俺が直々に総督に話した。ヤマイ、お前も隊長だ。無理を言っているとは思うが、お前のことは先輩である俺と…そこの飲んだくれが守る。身ぐるみを剥がされた遭難者や怪我人を治すのがお前の仕事、頼めるか?」
「そうだね…それなら仕方ないか。」
「ん?誰か今俺の名前出した…zzz」
「まぁ…実力はわかるだろ…コイツの…」
「はい…」
泥酔し、話を一切聞かずにグーグーといびきをかくクガイに一抹の不安を抱えつつヤマイは首を縦に振る。
「ワタシの隊はいついかなる戦闘でも最良の動きができるように雪山での訓練もしていた。恐らく同行しても大丈夫だと思うが…「いや、敵は奇襲にも長けているはずだ、少数精鋭が良いだろう。そして…」
オルキスの話を遮り、エンキは続ける。
「二班に別れよう。遭難者を助ける班は俺とヤマイとルーチェ。感情的に言えば俺は戦闘に参加したいとこだが…山のことは山に住んでた俺が一番良く知ってる。遭難者は迅速に救助しなきゃならねぇからな。」
エンキは戦えないことを少し口惜しそうに呟く。
彼の部隊は十一番隊。
ヴァサラ軍の戦闘部隊だ。
隊長である彼もご多分に漏れず戦闘狂なのだが、山育ちの自分は救助組に入ることが得策だろう。
「戦闘は…オルキス、お前に仕切りを任せるぞ。雪山で何度か訓練をしてきたんだろ?」
「ワタシ自体は雪山での戦闘経験もある。引き受けよう」
「相手の拠点潰せば待機場所になるじゃんって。僕も仕切りできると思うけどなぁ…」
「カルノ、まだそんな勝手なことを言うか…聞くが貴様はワタシより山に詳しい自信があるのか?」
「だから、山云々じゃなくて、相手を倒せばいいんでしょ?殲滅力はオルキスより僕のほうがあると思うけど?」
二人の間にバチバチと散る火花を、ヴァサラが間に入り、止める。
「戯けがッ!今回はエンキに全て任せておる、やつの言葉をしっかり聞くのじゃ、良いな?」
「「はい…」」
ヴァサラの一喝にさすがの二人も逆らえなくなったらしく、小さな声で返事をする。
『貴様のせいで総督がお怒りだ』というオルキスの小さな声での愚痴がカルノにだけは聞こえていたが…
「ま、俺もカルノの無茶苦茶案には今回は賛成できそうにねぇな、ホラよ。」
ドアを開けて入ってきたのはロウバイ山の地図をヒラヒラさせたウキグモを先頭にした、ラヴィーン、イゾウ、繭、ヒムロといった副隊長達だ。
ウキグモは『副隊長だけで独断で偵察に行ってきた』と言い、山の数ヶ所が□で囲まれ、登山口の一角に△のマークが書かれた地図を全員に配る。
「全てを見れたわけじゃねぇが…見たところ△の登山口が比較的安全だ。やむにやまれずこの山を登る商人達はここを使うだろう。そして、□で囲っているのが、『地図に無い山小屋』だ。敵の根城かわからなかったんで攻撃はしちゃいねぇがな。」
「助かる。」
エンキの短いながらもしっかりとした激励を軽く笑って受け止め、更に続ける。
「零番隊の連中に偵察を同行してもらいたかったが、あまりの寒さと環境のおかしさで断られちまった。『動物すら寄り付きたくない自然の要塞』ってヤツだな。」
「マユマユの極みで上から見る…も絶望的そうだね…翅が凍っちゃう。」
「マユマユ…その呼び方はむず痒くなるけど、そうね。歩くだけで凍傷になりかけたわ、あんな場所じゃ私の極みは無理ね」
ルーチェのあだ名に顔をしかめつつ、繭は地図に気温を書き足していく。
その横でヒムロが自身の極みを発動し、隊舎を氷結させる。
「これよりも寒いです、寒いと酸素も薄くなる。充分ご注意を…」
「ヒム君!同行する?隊長やる?」
「隊長だけの任務でしょう…てか隊長やるってなんですか!?」
「いや、アタシより強いんだもん」
「遠足に行くのではないんだ、フザケたことを言うなら置いていくぞ。」
眼光鋭く睨みつけ、ルーチェを叱責するオルキスに、無言でペコペコと頭を下げる。
イゾウはピリピリしているオルキスの肩を優しく叩き、にっこりと微笑んでみせた。
「まぁまぁ、先生。ルーチェさんのこういうところが軍の相談屋として重宝されてるんじゃないですか。それに僕は隊長達が集まってこなせない任務なんて無いと思ってます。」
「ふふ。ありがとう、行ってくるよ」
「ちょっと待って、皆。念には念を…紅の極み『紅月(ブラッディ・ムーン)』:紅峰月(あかねづき)」
地面に刀を突き刺し、周囲にドーム状の赤い波動が現れ、隊長達を包み込む。
「雪で足をとられたら勝てるものも勝てないわ、少しだけ素早く動けるように強化しといたから。」
ラヴィーンは言葉ではなく、極みによる強化で全員を送り出した。
「まぁまぁ寒いなこりゃ…」
話を一切聞いていなかったクガイは、いつもの和装に軽めの水と食料のみを持ち込み、脚が半分以上埋まる雪山をザクザクと歩いていく。
「本来重装備しなきゃならないんだけど、便利な体だね、クガイ。うぶるるる、寒い…」
「ああ?そうか…?俺はまっすぐ歩いてるお前のほうが羨まし…うおおおお!!」
叫び声を残してクガイの姿が消えた。
オルキスとカルノはクガイが消えたらしい場所をくまなく探すと、二人の足元から声が聞こえる。
雪山の落とし穴、クレバスだ。
本来ならすぐにでも助けなければならないが、まるでかまくらを見つけたかのように悠長にそこに座り、酒を煽る姿を見て、二人はため息をついて先を急ぐ。
「お、おい!せっかくなんだから休憩してこうぜ?お前らも入ってこいよ!ちょっと寒いが座り心地が最高だぞ。雪がフカフカだ。っておい!待てって…おい〜っ!!」
「逸れた下っ端一人、『鎧の養分』にはちょうどいいか…?」
台風で飛ばされた骨組みの傘のような奇怪な形の刀に河童のような笠をが頭部に乗り、全身灰色の鎧に身を包んだ集団がクレバスにハマったクガイを見下ろしている。
先程の会話と謎の鎧、彼らがヴァサラの言っていた『最後の傭兵』という集団だとわかり、クガイはゆっくりとクレバスから立ち上がる。
「火の極み:炎熱」
クレバスは鎧の男のうち、一人が放った極みによりドロドロに溶かされる。
「あちち!あち!あち!」
服に引火したクガイは雪を燃えた部分に覆いかぶせ、火を消すと刀を抜く。
溶けた雪はズルズルと山の下部に流れていき、重量を増していき大きな雪崩となった。
「雪崩はエンキがどうにかするとして…お前ら全員極み使い…いや、違うな。極み使いはその鎧か。胸元に光る色が使える五神柱ってことだな…だが…」
近くにいた鎧兵を土の防護壁ごと軽々と切り裂き、髪を整え、酒の入った瓢箪を置く。
「ちとお粗末な極みだな。鎧から強制的に出された急ごしらえの力は使いづらいだろ?溺れんなよ?そういうもんに。俺は力で人間じゃなくなったやつを知ってる」
「なかなかやるな、下っ端。だが安心しろ、この鎧の名は『ゴクガタ』古の魔女姫『罪姫』が作り出した極みを得る秘伝の装具…更にこいつには意思がある…」
「へぇ…強いやつの波動を感知するとかか?」
「違う、人に潜在的に流れる五神柱を好んで捕食する意志だ。ゴクガタは死体の波動を喰らう」
「だから商人を襲ったってわけか、しょうがねぇ…かかってきな。」
「なめるな!!かかれ!」
リーダーの号令とともに30人余りの鎧兵がクガイに襲いかかる。
クガイは切り裂いた鎧兵にとどめを刺すように刀を刺し、敵に向き合おうとするが、鎧を貫いた時の妙な感触に違和感を覚え、鎧の破壊した部分を覗き込んだ。
「何だこりゃ…」
「四番隊隊長『麗神』オルキス、五番隊隊長『怪神』カルノ…」
偵察係だろうか、クガイと別れ二人になった隊長達をゴクガタを全身に纏った男が物陰から見つめる。
「何者だ!」
「ま、マジっすか!!!」
男はサッと踵を返し、出来る限りの全速力で逃げ出す。
しかし、数メートル走ったところでオルキスが追いつき、男を投げ飛ばし、取り押さえた。
「ど、どんだけ早…ぶへっ」
カルノの渾身のパンチが鎧の顔部分を砕き、中の男の顔面を的確に捉え、そのまま気絶させる。
「…はっ!!ゆ、夢じゃなかったっす!!本物の隊長っす!」
数分後、強風の場所を避け、一時的に寒さを凌ぐためオルキスが作った雪洞で気絶から目を覚ました男は二人を顔を交互に見つめ、目を輝かせる。
思っていたリアクションと全く違う反応に二人は困惑し、首を傾げた。
「ヴァサラ軍の隊長さん!会いたかったっす!いや、助けても欲しいんすけど、めちゃくちゃファンなんすよ!え!?全員来てたりするんすかね?え?」
「お前は敵だろう…助けて欲しい?」
「なんでそんな事言うっすか!!オイラは赤ん坊の頃誘拐されて兵士として育てられたんすよ!」
「ホント?」
「ホントっすよ!オイラ、最後の傭兵嫌いっすもん!何なら情報言うっすよ!」
「「・・・・・・」」
オルキスとカルノはしばしの沈黙の後、とりあえず話を聞くことで合意し、男に話を促す。
男はまず、クガイを襲った鎧兵と同じようにゴクガタの性能について二人に説明し、次に地図を見ながら本拠地について語り始める。
「話もいいけどさ、君、名前は。」
「あ、申し遅れたっす。オイラはハインドって言います。『おちこぼれハインド』や『無能のハインド』って呼ばれてるっす。何しろゴクガタ使っても極み出な…「極みがなければおちこぼれか?そんな玩具に頼った力でエリートか?くだらん。ハインドだったか?早く本拠地に案内しろ。」
珍しく熱くなっているオルキスをなだめつつ、カルノは鎧の男、ハインドに続きを促す。
「最後の傭兵の本拠地は山頂近くの大きな山小屋っすね。山小屋ってより集落っすけど。魔女姫・罪姫って知ってるっすか?御伽噺なんかで聞いたことあると思うっす。」
「童話にいたな。懐かしい。『時を繋ぐ魔女』だったか?それが何だと言うんだ。」
「魔女姫の信者と当時の司祭や王族の末裔が『最後の傭兵』なんすわ。あの国が滅んで散り散りになった末裔の人々を誘拐や勧誘で集めたんすね。ゴクガタに生贄を捧げる洗脳教育みたいなのしてるっす。」
「洗脳教育なのに。君はなんでそんな感じなの?」
「オイラ、戦いも勉強も向いてなくて、船作るの趣味だから材料買いにこそっと街に入ったことがあるっす。そしたらヴァサラ軍っすよ!!もう一発でファンになったっす!」
「ならば抜け出してくればいいだろう」
「無理っすよ!そん時の買い物ですら半殺しにされたっすから。『波動を外部に漏らすな』とか言って。ヴァサラ軍なんて入ったらどうなるやら。」
「じゃあ今日入れるじゃん」
「珍しく意見が合うな、カルノ」
二人は立ち上がり、山頂に案内するようハインドに声を掛ける。
ハインドは大きく手を✕にし、『ダメっす』と言った。
「なに?自力で脱出するの?それならここから西側に…「西ってゼラニウム街じゃないっすか!最近めちゃくちゃ怖いって噂の!オイラを殺す気っすか!?」
「ならば行くしかあるまい」
「ムリっす!ムリムリムリ!二人がどれだけ強くてもセベクとセルケトには勝てないっすよ!あの二人が負けるとこなんて想像つかないっす!」
「面白いじゃん。本気の喧嘩が楽しめそう」
「カルノ、遠足ではない、気を引き締めろ。お前はいつも自分勝手に…待て!!」
「マジっすか…」
オルキスの話も聞かず、カルノは本拠地へ全速力で走っていった。
「言ってるそばから…戻れ!雪山にはお前の知らない危険もある!」
「だから山小屋取れば休息にも使えるじゃん!」
オルキスは『説教は後だ』とぼやき、カルノの後を追う。
ロウバイ山、救護部隊。
「ちっ!小規模の雪崩か!お前らどいてろよ!火の極み『地獄火炎』:焔薙(ほむらなぎ)!!」
燃え上がる一振りが雪崩を一瞬にして蒸発させる。
登山口には壊れた馬車と、倒れた商人が二人いる。死なせるわけにはいかないのだ。
「二人は無事だよ…ゲホッ。刀傷もひどいけど山から落ちた時の骨折の方が危険かな…背骨が完全に折れている。病の極み『細菌汚染』:繊維骨化症」
ヤマイは自身の体に注射針を突き刺し、血を抜くと、折れている背骨に注射する。
「一時的に筋繊維を骨化させた。ちゃんとした治療はうちの隊舎で行う。さ、近くの山小屋まで行こう。もう大丈夫だからね。」
「「隙ありだ!死ねぇ!」」
ヤマイの乗っていた車椅子に患者を乗せると同時に、商人とエンキに向けて鎧兵が襲いかかる。
エンキは刀を素手で掴み、ボタボタと流れる血に構わず、鎧兵を軽いバーベルのように片手で持ち上げ、睨みつける。
「怪我人がいるのに随分不躾な事するじゃねぇか?二人で俺にかかってこいよ、どうせなら。ってもうお前一人しかいねぇか…」
商人に襲いかかった鎧兵はルーチェの狙撃により一瞬で倒されていた。
「病人の前では騒がないって常識でしょ!もう!」
「『雪化粧の陣』」
「!!」
どこかに雪洞があったのだろうか、40人あまりの鎧兵が姿を現し、三人を取り囲む。
「その商人は大切な贄だ。渡せ」
「ルーチェ、ヤマイ。お前らは患者連れて出ろ。ここは俺一人でやる。」
「悪いね、血を抜いたから少し僕も体調良くなってきた。あとは任せて」
「便利な体だな、おい」
「とりあえずたくさんの人助けるからね!そしたら戻ってくるから」
二人は山奥へ駆け出していく。
「たった一人でこの人数に…「悪いな、今の俺はすこぶる機嫌が悪ィ…あいつらが戻るまで待てなそうだ。火の極み『地獄火炎』火ノ池地獄」
鎧兵と自分を取り囲むように炎のリングを作り出し、エンキは戦闘態勢に入った。
クガイは確かに心臓を一突きにしたはずの鎧兵の感触に納得がいかず、ゴクガタの頭部分を外す。
「空洞か…おかしいと思ったぜ…生身はお前だけか?」
火の極みを使った男はクガイの強さに恐れをなして逃げようとするが、先回りされ、ゴクガタのマスクを剥ぎ取られた。
「やっぱりな…どういうこった?こりゃ」
「ゴクガタは…波動を感知し、自律行動をする…魔女姫・罪姫の錬金術だ…俺達は一族の末裔…そして…」
空洞のゴクガタはいっせいにクガイと男に襲いかかる。
「秘密を喋れば消される…お前も道連れだ」
「水丿…キワミ」
「雷丿…キワミ」
「道連れにしちゃずいぶんゆっくりだな。亞人の極み『異喰擂鉢蟲(いぐらいすりばちむし)』」
円を描くように地面を小さく斬ると周辺の雪がまるで蟻地獄のような形状になり、極みを放とうとした空洞のゴクガタ達がバランスを崩しズルズルと中央にいるクガイに引き寄せられ、修復が不可能なほどボロボロに斬り裂かれる。
「さて、このまま蟻地獄状になった雪にお前を埋めてもいいが…それが嫌ならゴクガタと魔女姫とやらの話を聞かせてもらおうかねぇ…」
ゴクガタを着ていた男は諦めたようにゆっくりと口を開く。
足元を確かめながら山をゆっくりゆっくり登っていく救護部隊の二人は中腹に差し掛かったところでボロボロの野営テントが数ヶ所設置されている場所に辿り着いた。
その殆どが使い物にならないほど破壊され、雪の白さが隠れるほどのおびただしい血が溜まっている。
ルーチェは一軒一軒テントを回り、人の声がかすかに聞こえた場所の扉を開く。
商人たちは開けられた扉にビクッと肩を震わせ、おそるおそるルーチェの顔を見る。
ルーチェは優しく笑い、水筒に入れていた紅茶を押しくら饅頭のようにぎゅうぎゅうと狭そうにしている商人たちに差し出す。
「あ、でも、広いとこで飲んだほうがいっか。お疲れ様、よく頑張ったね。ここからだと…うん!一番近い山小屋まで数分だ!待っててね!今お医者さんに知らせるからね!」
雲の絵が描かれた特殊弾を銃剣に装填し、空中に銃を放つ。
「盗の極み『窃盗女帝(クレプトクイーン)』救難信号雲(アンサー・ザ・コール)」
空中に放たれた銃弾はモクモクと雲のように上がり、真っ赤な救難信号になった。
「わざわざ居場所を教えてくれるとはな…そこどきな、姉ちゃ…「やめよう、患者さんの前では静かに」
今にも寒さと体調の悪さで倒れそうなヤマイがフラフラとテントを嗅ぎつけた鎧兵たちの前に立ちはだかる。
「ヤバっ!みんなもう少しだけ我慢してね!絶対テント開けちゃだめだよ!」
「病の極み…」
鎧兵はヤマイの体を刀で確かに貫いた。
同時に爆発的に感染する紫色の液体が周囲に飛散する。
「う〜…始まった〜!!!」
「ゴ、ゴクガタが溶ける…。うっ!ゲホッゲホッ!」
ヤマイのウイルスは溶解性のものらしく、ゴクガタを溶かし、残った空気を吸い込んだ兵士の男は激しく吐血する。
「ふ~っ。スッキリ。さ、山小屋へ急ごう。順番に看てあげるよ」
「…?」
ルーチェは一瞬、笛を持ったスタイルのいい女性が雪山に立っているように見えた。
「おちこぼれハインド、誰だその女は。随分と俺好みじゃねぇかよ。」
「下がれ、下衆男。我の名はセベク。ロウバイ山を統べる『大戦士』だ」
「んだとセベク!言っとくがな、階級は俺様の方が上だ。この『大神官』セルケト様の方がな!」
エジプト装束のようなものを着た激しく逆立てた髪に、口元をぐるぐる巻きの包帯で隠した男、セルケトと、スフィンクスのような奇抜な装飾品をジャラジャラと付け、右腕の代わりに大きく刀身が歪曲した刀をつけた女、セベクは、外部の人間をハインドが連れてきたことに声を上げる。
「『俺好み』だと?当然だ。ワタシは世界一美しい。」
「ほぉ?俺の女になるか?」
「断る。くだらん鎧に頼り切るお前など願い下げだ。」
「ちょっと!挑発しちゃまずいっすよ!」
「そっちの子供は聞き分けが良さそうだな。大人しく首を…「なんでもいいんだけどさ、こんな山だけで『大戦士』とか『大神官』って呼ばれてるの普通にかっこ悪くない?イマイチ極み強くなさそうだし」
「なんてこと言うっすか!!ああ…もう死んだ…」
ハインドは頭を抱えて絶望していたが、二人は向かってくる相手とやる気満々だ。
「おい、こりゃ極楽蝶花か?鴨が葱を背負って来たぜ。」
「安心しろ、貴様には触れん。」
「セルケトめ、なぜ我がこんなガキの相手を。」
「黙って聞いてればさっきからガキガキって…頭きた、ボコボコにしてやる。」
「だ、黙っては聞いてなかったっすよ…」
ハインドのボソッとつぶやいたツッコミは届くことなく、戦闘が始まる。
「ハハハ!武器は刀だけか!相性最悪だぜ、女!雷の極み『雷魔神(らいましん)』:轟天雷」
セルケトの背後に雷で形成された魔法陣が現れ、雷鳴と共に、ビームのようにオルキスに降り注ぐ。
「閃花一刀流『雛菊』」
切っ先の先端で極みの方向をずらし、くるりと回転することで攻撃をいなし、再び刀を構える。
「俺様に震えて反撃もできないか?波動量も、極みのコントロールも俺様が一番上手い。だから『最後の傭兵』の『大神官』なんだよ!」
「ほう、極みのコントロールが…」
オルキスが戦っている横でカルノは相手の素早い踏み込みに、一瞬面食らっていた。
「わっ!思ったより早い!」
「風の極み『風魔神』:疾風!」
「雷響(らいきょう)!」
義手の代わりに刀を取り付けているセベクは、まるでジャブを打つかのように、風圧で加速させた突きの連打を放つ。
カルノは強烈な稲光りで視界を一瞬奪い、距離を取って、ギザギザの歯を見せてにっこりと笑う。
「何が可笑しい。我は波動と剣技で天下無双の力を得た『大戦士』、もはや敵はいない」
「剣技がね〜…」
「や、やっぱり二人を倒せる人なんて…」
ハインドのつぶやきと共に、オルキスとカルノは重そうに背負っていたリュックをその場に降ろす。
「済まない、ナメていたわけではないのだ。険しい雪山、荷を背負って戦うこともある。だからこそ忘れていたのだ」
「僕は少しナメてたけどね「黙れ。そんなだから足元を掬われるのだ。」
「負けたときの言い訳に背負っとけよ、荷物を」
「負ける?億に一つもそれはないな。波動と極みのコントロールが上手い…か。その程度で」
「口の利き方に気をつけろよ、女。それじゃ、俺様の女になれねぇ。」
「その期待には応えてやれそうにない。ワタシは同じ隊長で、極みのコントロールが最も上手いやつを知っている。」
「ああ?」
「さて、早くガキの処刑をしなければな…」
「ムリだと思うよ?言ったでしょ?ナメてたって。剣技大した事ないし。」
「ほう、われより上の剣士がいると?」
「山ほどいるよ、僕の同期に一人いるしね。軽々しく最強名乗られても反応に困るんだけど…」
「言葉に気をつけろ、ガキ。少し手心を加えてやろうと思ったが、やめた。」
「やめれば?」
セルケトとセベクの波動は明らかに今までとは比べ物にならないほど上昇し、ゴクガタはそれに呼応するようにドクンドクンと心臓部分が脈打つ。
「風の極み『風魔神』:晴嵐無限刃」
「雷の極み『雷魔神』:鬼哭大雷」
オルキスは、自身の上空に現れた雷雲から降り注ぐ雷を刀で受け止め、それを刀身に纏わせ、斬撃を飛ばすとともにセルケトへカウンターを放つ。
「雷の極み『極楽蝶花』:雷花(かみなりばな)」
「っと!なかなかやる…「遅い、わざと外させたのだ。閃花一刀流『一輪花』」
セルケトはゴクガタ越しに斬撃を浴び、意識を失った。
「あら、オルキスの方、終わっちゃったか。雷の極み『顕現雷鳴』:砂鉄刀」
凄まじいスピードで振り抜かれた鎌鼬のような風の斬撃を砂鉄で作った急造の刀のようなもので全て捌いていく。
「じゃ、こっちの番ね。雷の極み『顕現雷鳴』:雷砲」
大きく口を開けたカルノから凝縮された雷のビームがセベクを一瞬で吹き飛ばす。
「もう少し修行が必要だね」
「くだらんものに頼る時点で弱い。」
「「隊長とやり合うならもっと力をつけろ」」
完全勝利に一息つく間もなく、ガサゴソとなにかを探す音を聞き、二人は再び戦闘態勢に入る。
しかし、その音の主を見るなり呆れに近いため息と共に戦闘態勢を解除した。
「おう、終わったか。見ろよこれ、ロウバイ山の地酒だぜ!」
「クガイ、貴様任務を忘れたのか?」
「大丈夫、目的は救助と殲滅と…」
布に乱雑に包まれた大量のゴクガタを床にドンッと置く。
「この奇天烈な鎧だろ?やることはやった。」
「任務中に酒は…「すいませーん!!!お湯貸してもらえませんかぁ?山小屋で足りなくて…ってみんな!?」
ルーチェはよほど急いでいたのか、翼で飛んでここに来たらしく、寒そうに羽についた雪を落としながらアジトに入ってきた。
「そっか~。ここがアジトだったんだ。お湯とかありそうだね。中腹の山小屋に遭難者の人達ヤマイといるのね。だから毛布とか持ってきて欲しいな〜なんて。」
「それに関しては後程向かう。そこを合流地点にしよう。あとは…エンキだな」
オルキスは近くにあった奇怪な形状の窯に水を入れ、即席のお湯を作り始めた。
鎧兵をあらかた片付けたエンキは、顔中古代文字と六振りの刀の入墨が描かれた男の襲撃に遭う。
男の強さに危機感を感じ、荷物をその場に捨て置き、大刀を構えた。
「刺激の強いツラしてやがんな。テメェが親玉か?」
「『最後の傭兵』はただの囮だ。ダンザイは私がもらい受ける。」
入墨男のゴクガタは他のものとは明らかに違い、極みを発すると同時に、鎧の色が青色へと変わる。
「私は魔女姫を守護する墓守の一族、アヌビス。貴様に恨みはない、だがダンザイはいただいていく。水の極み『水魔神』:水禍姫(コーライル)」
アヌビスと名乗った入墨男が地面に突き刺した刀を起点に、大量の水柱が上がる。
その一つ一つが絶大な切れ味を誇り、肩を斬られたエンキは咄嗟に身を躱す。
「すげぇ切れ味だな。技を避けたのも久しぶりだよ。」
「当たらなければ意味がない。当たらなければ…な。雪景色『氷牢の型』」
「!!」
上がった水柱は雪山の気温でガチガチと氷結していき、エンキの脚を拘束する。
「『氷塊雪崩』」
雪山の一部を刀で両断し、水分で氷塊と化したそれは刀を地面に突き刺して力任せに脚を引き抜いたエンキに一歩早く襲いかかった。
エンキは氷塊に押しつぶされ、彼が下敷きになった場所からじわりと血が滲む。
「ダンザイはいただいていくぞ。」
「待てよ、もう少し楽しもうぜ。」
氷塊は炎により一瞬で蒸発し、頭からドクドクと血を流したエンキが復活する。
「鬼火!」
炎をまとわせた大振りは、首を完全に捉えたように見えたが、アヌビスは想像以上に素早く、そのまま水圧の波動を銃のように掌から放ち、エンキの腹部に穴を開ける。
「ゲホッ。やってくれるぜ…」
その威力は凄まじく、頑丈を売りにしているエンキが片膝をついてしまった。
「お前は動きが緩慢すぎる。隙をつくのも容易い。」
「悪いな、ノロマなのは自分が一番知ってるぜ。火の極み『地獄火炎』:焦熱地獄」
ごうごうと燃える地獄のような炎を渾身の力で薙ぎ払うと、二人の周囲だけ季節が変わったかのように雪が一瞬で消え、アヌビスの体を炎が包んだ。
「無駄だ。水の極み『水魔神』:防御反射壁(リフレクション)」
ゴクガタが輝くとともに発された水柱はエンキの業火を上回るほどの質量になり、極みを浴びたアヌビスの体を軽い火傷程度に抑えた。
「ちっ。厄介な鎧だな…次は決める…」
「こちらのセリフだ。」
アヌビスは緑と黄色に発光するゴクガタの一部を腕に装備すると、三つの極みの波動を目の前で練り始める。
「『水魔神』『風魔神』『雷魔神』」
「『魔女姫の守護者(ゲートガーディアン)』:参魔神衝撃波(ゲートインパクト)」
共鳴に近いそれは、素早く広範囲に雷、風、水の波動エネルギーを放ち、エンキに防御も回避も選択させることなく直撃した。
アヌビス自身もエンキの死を疑わず、刀を鞘に収め、ダンザイを回収しようと手を伸ばす。
「火の極み『地獄の供物』」
「…バカな!」
自分の体をダンザイで突き刺したのだろうか、殺人現場のような量の血が足元に滴り、その血液がエンキを護るように火柱をあげている。
「唯一の防御技だ。自信あったのに貫かれちまったよ、大した技だな。それ、珍しく死を見た。」
「お前、自分の血を防御に使ったのか?イカれてる…」
「褒め言葉として受け取っておくよ。火の極み『地獄火炎』:大火災旋風」
炎の竜巻はアヌビスの水の防御壁を蒸発させ、全身を焼き尽くす。
「久々に楽しかったぜ、命は取らねぇよ。商人襲うとかくだらねえことしてないで、死ぬ気で鍛えてこい。待ってるからな」
エンキはルーチェの信号弾が上がっていた方角へ歩き出した。
『あ、捕縛までが任務だっけか…オルキスにどやされるな…ま、いいか。』
エンキは一抹の不安を抱えながら、ゆっくりゆっくり山を登っていった。
ロウバイ山の山賊討伐。
ヴァサラ軍により再び山の平和が戻ったのだ。
数日後
ロウバイ山の洞窟にいるのはアヌビスと笛を持った、スタイルのいい女性。
そして白衣を着た奇妙な笑い方の男性。
「ニョッニョッニョッ。ゴクガタのことは残念だったネ。もうあと最初に作った一つしか無いんだろウ?」
「申し訳ありません、ベーゼ様。ヴァサラ軍は想像以上でした」
ベーゼと呼ばれた笛を持った女性は、最初に作ったと言われていたゴクガタを優しく撫で、アヌビスを叱責することもなく、顔の入墨に触れる。
「構いません。あなたが死ななければ罪姫様の復活の鍵となる力のヒントは解る…この入墨でね。デオジオ、妖刀の在処とお前の言っていた『作戦』はまだ終わらないのか?」
デオジオはベーゼの言葉が癇に障ったのか、手に持っていたスイッチに指をかける。
「口の利き方に気をつけ給えヨ。罪姫の眠る棺には爆弾を取り付けてあル。君等とは『ヴァサラ軍が邪魔』という利害の一致の関係でしかないんだヨ。それに…商人の死体を波動の養分にしたところで、罪姫の覚醒には少なくとも20年ほどまだかかるはずサ。」
「そうだな、罪姫様に会いたいがばかりにお前に当たってしまった。すまない。」
「なに、気にすることはないヨ。君らの『一族』には20年なんて3日みたいなものだろウ?魔女姫は『時を超える』からネ。」
アヌビスの入墨と同じ形のものが掘られた棺は『何かを欲するように』ピクリと動いた。
〜古の鎧【劇場版ヴァサラ戦記FILM:SWORD 前日譚】〜
〜終わり〜
エピローグ。
波動を魔女姫の棺に吸わせるのが一族の役目。
そのためゴクガタで商人を襲っていた。
それはセベクとセルケトも重々承知している。
それでも二人はアヌビスとは違う。
英雄のように扱われれば当然このままの地位でいたいとも思うし、罪姫など昔話だ。
二人は本来渡すべき波動を自身の私腹を肥やすため、波動を纏った鎧を街で売りさばいていた。
ヴァサラ軍により私兵を失い、避難民救助のドサクサに紛れて命からがら逃げおおせた二人は、こっそり取っておいたゴクガタを探しに、未踏の獣道を踏みしめていく。
しかし、そこには先客がいた。
一人は豪華なファーコートにブランドもののギラギラした指輪をはめたオールバックの青年、もう一人は恰幅の良い顔中傷だらけの葉巻をくわえた男だ。
「何だお前ら?」
「あァ?生意気な女だ。少し教育が必要だな」
恰幅の良い男が煙を吐くと同時に全身がしびれ、セベクはその場に倒れる。
男はセベクの髪を掴むと、氷の張った湖に顔を叩きつけ、もがく彼女の足に火をつけ、ドロドロに溶けた皮膚をくっつけて、より頭が沈むように頭を革靴で踏みつける。
「おいおい、この服は高いんだから水をかけるのはやめてくれ。それにほら、言っただろ?ここには大量の砂金がある。」
ギラギラの指輪をつけた男はゴクガタとは逆の壁を破壊し、きれいな砂金が詰まったそこを指差す。
「ヘェ…俺に金を借りて完済したのはテメェが初めてだ。他は返す前に死んじまうからな。で?テメェがやりたいのは?」
「賭博都市さ。人の欲は金になる、コイツみたいにな。」
「黙って聞いてりゃ…」
指輪の男は刀でセルケトを貫くと、頭に手を置き『何か』を唱える。
セルケトは正規のない目で自らの動脈を刃で切り落とした。
この二人が起こした惨劇により溢れた血は意思があるようにゴクガタに流れ、誰にも悟られずに罪姫の棺へ歩き出した。
まるでそこが自分の家のように。
〜古の鎧【劇場版ヴァサラ戦記FILM:SWORD 前日譚】〜
〜終わり〜
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