【ヴァサラ戦記FILM:REVERSE〜0〜】四神集結【前編】


第一話:骸と微笑む西方の白虎

天照転生教と書かれた看板と胡散臭い笑顔を向ける二人。

真っ白な服を着た信者たちは二人を見るなり姿勢を正す。

「天照転生教、教祖、ニフタ様とノーチ様に祈りを捧げよ!」

まだらに禿げ上がった頭の男性はニフタ。青色の痛みきった長髪を後ろにまとめた女性はノーチ。 

二人はパンと手を叩き、信者達を注目させる。

「君達の血は、心は、少し見ない間にひどく汚れている!俗世に降りた途端これとはなんと情けない!身を清めるために『ゼラニウム剥き』を行う!」

ゼラニウム街とはこの教団の東側にある巨大な都市で、『輸血を行うことで強制的に極みを生み出す』という奇怪な実験をしていた。
家からは中央の塔に伸びる輸血チューブがあり、血の供給と提供がどこでも行えるようになっているのだ。

ほとんどの市民は街に順応し、従い、いい極みを出そうと躍起になって輸血を行っているが、中には街から逃亡する者もいる。
そういった人々を見せしめのように東に流し、マフィアが住み憑く東のゼラニウムはその人々を各地に流す。

天照転生教は『上得意の太客』といったところだろう。
ひどい糞尿の臭いがついたボロボロの籠に大量に詰め込まれていたのは大人子供入れて数十人。

長旅でトイレをさせることもなく籠の中に垂れ流していたようで、それはひどい異臭を放つ。

ニフタはピーラーのようなものを取り出し、乱暴に売られた者たちを信者の前に転がすと、『はじめ!』と号令をかける。

手足を紐で縛り上げられ、叫び声が上げられないゼラニウムの人々に信者たちは刃物を押し当てる。

「己の罪を懺悔しながらその家畜達の皮を剥ぐのです!さすれば神は罪をお許しになる!」

「…っ!」

「商品の料金を水増ししました!」

医者風の男の白衣を剥ぎ取り、何に謝っているのか『ごめんなさい!!』と叫び、皮膚を剥く。

「汚染物質を海に不法投棄しました!」

「村長に石を投げました!」

最初に皮膚を剥き始めた男に続くように続々と白衣の男の皮膚を引き裂いていく。
明らかに人を傷つけながら『ごめんなさい!』と涙を流しながら自身の罪を告白していく異常な光景が広がる中、同じように天照転生教に売られたとは思えないほど綺麗な馬車が到着し、裸の上半身の上から羽織るように着た趣味の悪いアロハシャツと、ダサいサングラスをかけた汚い青髪の男が馬車から降りる。

「あら、ノクスちゃん。満足する子は見つかった?」

「女の子はノクスに任せているからな」

「話しかけてんじゃねぇよ。最近女の収穫がうまく行ってねぇんだからさっさと連れて来い。」

趣味の悪いアロハシャツを羽織った男、ノクスは両親らしいニフタとノーチに『使えねぇ親だな』と吐き捨てると、金をせびるようにニフタに手を差し出す。

「あ…」

「生活費だよ、生活費!固まってねぇでよこせ!」

インチキ教祖をしているが、中身はただの老人。
ノクスに蹴られたニフタはうめき声をあげて倒れ込む。
ノーチは慌てて札束を差し出し、奥の部屋を開けた。

「さ、行くか。まずは飯だ飯。今日はどの女に用意させるかな。へへへ…」

何を期待しているのかわからないが、ノクスは綺麗な馬車とともに奥の部屋に入っていく。

豪華絢爛な食事を運ぶ女性、寝具を整える女性。
ノクスの身の回りの世話をしているのは全て女性だ。
その殆どが身籠っていることもこの教団の異様さを加速させる。

突然ノクスは食事を置いた女性の髪を掴み、座っている自分と同じ目線に持っていく。

「おい、箸は?」

どうやら箸を置き忘れたことに腹を立てたらしい。

「し、失礼しました!すぐに…「いらねぇよ!!置かねぇんだもんな箸。俺に箸使わずに食えって言ってんだろ?なぁ?」

身重の女性の腹を思い切り蹴り飛ばし、じわじわと出血する彼女に「床を汚すな」と言いながら顔を何度も殴りつけ、小さな紙を引いた所に食事をボトボトとこぼす。

「おい、お前ら!面白えもんが見れるぞ!ほら、さっさと食えよ。」

女性の顔を踏みつけて、ぐちゃぐちゃになった食事に押し付けながらゲラゲラと笑う姿を見て、馬車で連れてこられた人々は震え上がった。

「なんだよその辛気臭えツラはよ!はじめましてだろうがクソ奴隷共が…しょーもねぇ女だな。」

夕飯だっただろうステーキにかぶりつき、くちゃくちゃと下品な音を立てて食べていると、奥の扉が開く音が聞こえ、食事をやめ、そっと教団の入口を覗く。

数分前

「さぁ!次のゼラニウム剥きをすれば神は降臨します!」

皮膚が全て林檎の皮のように剥かれ、血まみれの男は叫ぶ体力も無くなったらしく、小さな声で何かを呟いている。

しかし、教団のドアが開き、ゆっくりと入ってきた者を見るなり痛みを忘れるほど驚きに満ちた表情を浮かべた。

「神は降臨しました。ここに。くすっ。神は神でもわたくしは『死神』ですけど」

頭蓋骨を抱え、メイド服を着た少女は大鎌を携えて異臭をものともせず、売られた人々の近くに寄っていく。

「リ、リピル!助けろ!今すぐ助けろ!!」

メイド服を着た少女、リピルはどうにかこうにか口布を外した一人の男を無視し、靴音を立ててニフタへ近づいていく。

「人を操って民を痛めつけるのは楽しいですか?」

「な、何だお前は!これは救済だ!俺達は価値のないゼラニウムの民を家畜として買ってやってるんだ!感謝こそされてもいいが否定される筋合いはな…「ですね。感謝しなければならない。」

リピルは振り返るなり数人の男の体を鎌で切断する。

「彼らは西の差別主義者。わたくしずっと探してたんですよ?ある日突然極みが『消えて』落ちぶれた…違いますか?」

全身を剥かれて血まみれの男に微笑みかけながら質問する。
男は『なぜ知っている』と呻くように小さくリピル聞き返す。

「くすっ。わたくしの力ですから。言ったでしょう?『死神』だって。馬車の影を見たときから『要らなくなった人々』が連れて行かれているのだろうと察しはつきましたし…ただ。」

リピルは、周囲をキョロキョロと見回している男の縄を華奢な体からは想像もつかない力で引きちぎった。

男は先程鎌で人質を切断した女性とは全く違う優しい微笑みを浮かべながら携帯していたパンと水を差し出すリピルに面食らい、動揺しながらも頭を下げる。

「あ、ありがとうございます…で、ですが私には一緒に攫われた妻と娘が…」

「知っていますよ。奥の部屋にいます。わたくしに着いてきてください、必ず助けますから…」

「な、なぜ私達だけ…」

「極みが使えなかったわたくしと姉、そしてラミア様を悪く言わず、食事も与えていただいたので…あなた方には恩を感じていました。黒炎事件で亡くなったと思っていましたし…またお会いできて良かった…」

「い、いや…さすがにボロボロの子どもたちを放っておくわけには…今は隣町で小さな商人をしていました。ですが、急に誘拐されまして。」

「あなたは輸血で極みを得ていたはず?」

「私達は子どもの頃輸血をしましたが、娘にはさせたくなかったので…」

「となると娘さんは抵抗する術がない。今この場だけでは少々まずいですね。」

リピルは刀を構える信者に一瞬で距離を詰めると、次々と鎌で切り倒していく。

「ノクスちゃん!ノクスちゃんを呼ばないと!」

「ええい!この薬を使うしか…」

ニフタは皮を剥かれた男に薬品の入った瓶をぶつけ、逃げ出すが、一歩早かったリピルの鎌に頭を唐竹割りにされ、絶命する。

「ノクスちゃん!逃げるわよ!」

入口を覗いたノクスと目が合うように青ざめた顔のノーチが部屋に入り、ノクスを連れ出す。

「あの野郎、くたばりやがったのか。こんなときに使えねぇ。毒親かテメェら」

ノクスはノーチをリピルの前に行くように蹴り飛ばして逃げると、厳重に鍵のかかった扉を開け、2メートルを超える巨漢の男を呼び出した。

「し、白鯱(しろじゃち)!!あの女をどうにかしてくれ!」

「お安い御用ですわ。ただ、報酬は弾んでもらいまっせ。」

「後で女でも金でも出してやるから早くやれ!」

ノクスは巨漢の男、白鯱に怒号を浴びせ、そのまま秘密の抜け道から逃げていった。

ノーチも同じように秘密の抜け道から生き残った信者とともに逃げおおせたが、謎の笛の音に導かれ、フラフラとそちらへ歩いていく。

「ノーチ様助け…!!」

凄まじいスピードの骨組みのような服を纏ったスタイル抜群の女性と、ややぽっちゃりとした体系の異常な力を持つ女性に信者たちは一瞬で意識を刈り取られ、笛を持つ女性が持ってきた鎧を無理矢理に装備される。

「キュラ、キュロ。この者たちでは餌にもならないようです。」

「「申し訳ありません、ベーゼ様」」

「いえ、この周辺に…凄まじい波動を持つものがいる…探しに行きましょう…いや、我々は拠点も探さなければなりません、キュロ」

「はっ!」

ノーチ達がいた場所には水分を全て奪われた奇怪なミイラのようなものが転がっていた。
キュロと呼ばれたぽっちゃりとした女性は、そのミイラの一部を千切り口の中に入れ、ガムのように噛んで吐き出すと、やや小さめのキュロの分身体が数体ほど教団の本拠地に向かって走り出した。

「お嬢ちゃん、おいたがすぎるんちゃいまっか?」

鉄甲をつけた強烈な張り手が死角からリピルの顔面目掛けて降り注ぐが、それを手首を掴むようにして防ぎ、距離を取る。

「なかなかやるやないけ、ワシは元相撲取り『白鯱』って言う男や。お嬢ちゃんみたいな勘違い剣士を10人殺してクビになってもうてなぁ」

「剣士?くすっ。わたくしはただの死神ですよ」

『そもそも武器は剣ではないですし』とリピルは心の中で毒づく。

「余裕そうに構えとるのう。お前みたいなチビ、地面に叩き付ければ一撃で死ぬで」

「そうですか、ぜひやってみてください。」

白鯱はリピルの首に腕を回し、その小さな体を思い切り投げ飛ばそうとするが、投げられる瞬間に体を勢いよく回転させたリピルに技を抜けられ、鋭く伸びたヒールの踵をカウンターのように思い切り片目に突き刺した。

白鯱の潰れた片目からはドクドクと大量の血が流れ、激痛に顔を歪める。

「このガキ…手を抜いてりゃいい気になりよって…!」

ぶちかましのような体制を取った白鯱は、巨体からは想像もつかないほどのスピードでリピルに飛びかかる。

「なかなか早いですね。」

「あ?」

リピルの体は完全に捉えた。あの体では交通事故に遭ったかのような衝撃だろう。
体の骨はバラバラに砕け、後遺症が残るレベルで跳ね飛ばした。
少なくとも白鯱はそのつもりでぶつかった。

「あ?何でビクともしねぇんだ…」

リピルは鎌を持っていない方の腕一本で相撲取りだった男のぶちかましを止めてみせた。
それどころかギリギリと押し返し、白鯱は今にも転倒しそうになっていた。

「な、何なんだお前。どこにこんな力が…」

「わたくしはゼラニウムの西生まれ。望まずとも武芸は一通りやり尽くしている。」

「やり尽くしている?んなレベルじゃないやろ。どうすればこないな力が…」

「私には姉のように治癒や医術の才能がなかった…変わりに武芸だけは伸びたのです。破壊の才能だけが残った抜け殻…それがわたくし。」

「ぐぐ…相撲も修めたっちゅうわけか?」

リピルに押し返された白鯱はそのまま仰向けに倒され、衝撃で息ができない体を必死で起こす。

「くすっ。何度やっても同じですよ。わたくしは力の流れが見えている。相手の攻撃で力が最も弱まる瞬間にこちらが力を込めればこのように…」

白鯱の掌に自身の掌を合わせ、ぐっと掴むと力を込めて起き上がれないようにし、首を落とすために鎌を当てる。
その瞬間、薬品を浴びていた皮を剥かれた白衣の男が起き上がり、ゾンビのように自身の血まみれの体を引きずりながらニマニマと笑い二人に近付いてきた。

「これは…『あの医者』の?」

「ヒヒ…痛みが、痛みが無くなってき…」

「不思議な人間がいるものだな。」

「こちらの人間も力がありそうだ」

「「!!」」

キュロの分身体は白鯱とゾンビ化男を大口を開けてモグモグと喰らうと目視できるほどの波動を纏い、リピルに飛びかかる。

「巨大な波動はそなたからか…」

分身体はリピルを囲み、二人を喰らったその口からオーラとともに波動の塊を放った。

「これは…あの男とは違いますね…あちらのご家族の無事もありますし。少々本気でやりますか。」

波動の塊を全て鎌で弾き飛ばし、最も近い分身体に鎌を振り上げるが、その鎌は腕を掴む数人の分身体により、ピタリと止められてしまう。
止められたのが腕のみならリピルも抵抗の余地があったが、分身体は数十体に及び、リピルの全身をとてつもない力で抑え込む。

「やはり母体が出るような相手ではないか。」

波動を込めた渾身のパンチを放とうとする一際大きな分身体にゆっくりと触れた。
分身体のパンチはリピルを避け、壁に炸裂し巨大なクレーターを作る。

リピルはこの状況下でも余裕の笑みを崩さず、小さくため息をつき、『あの家族だけはどうにかしないとな』とまるで興味がなさそうに他事を考えていた。

「母体とやらを呼んだほうがいいですよ。この程度なら相手にもならない。」

「うまく避けただけで笑わせるな。トドメだ」

「『制御消失』…」

リピルが小声で極みのようなものを発動すると同時に力が跳ね上がり、纏わりついた分身体全てを無理矢理持ち上げ振り払うと、地面が抉れるほどの踏み込みで一際大きな分身体を一刀のもとに斬り伏せた。

真っ二つにされた分身体はサラサラと砂のようになりゆっくりと霧散していく。

「見事。我が母体、ひいては魔女姫の餌になるにふさわしい力だ。」

「魔女姫…いや、今は。」

奥の部屋にいた男の娘と母親を開放し、自身がいる西側へと連れて行く。

「海と山どちらが好きですか?」

「え?」

「ああ、すみません。質問を変えます。海と山ならどちらが仕事をしやすいですか?」

「それなら…海…ですかね…」

「となると。南を抜けるとわたくしの家族が所有する船があります。『ハナタバ』という村を目指してください。そこならきちんと仕事ができる…」

「あ、ありがとうございます!」

リピルは家族を南の港まで案内していく。

「波動量が…一定を超えた…」

「『制御消失』!!」

どこからともなく聞こえた声にリピルは背筋が寒くなり、なにもない空間に鎌を思い切り振り抜く。

「真っ直ぐ港へ!急いで!」

「は、はい!」

リピルに救われた家族たちは早足で港へ向かう。

「あ~…別にあの人達は…いいや…」

「って言ってるな。うちの主が」

「今日はよく幻影に会いますね。出てきたらどうです?」

「踏み入れた君が悪いんだよ。こっちも追われてピリピリしてる。一定の波動量を感知して動く幻影を置いておいた。気付かなかったでしょ?幻影も仕込み武器も。」

「ですね…」

リピルの腹部には小さな銃創が空き、撃たれたところが悪かったのか、口から血を吐き出す。

「この戦い方。噂は聞いてますよ…このところ南を騒がせている…セキアさん…でしたっけ?マフィア相手に派手に暴れているとか。」

「あ~…断ったら追われて…とりあえず君も波動量が多いから…無罪だとしても消すから。見たところその骨が宝物…」

幻影の攻撃は一陣の風になり、リピルの抱えていた頭蓋骨を破壊しようと襲いかかる。

「とんでもない戦い方ですね…消の極み『虚無空洞』:消極」

波動を溜めた掌底を見えない幻影にぶつけると、ゆらゆらと景色が揺らめき、幻影は一瞬で消える。

「極みを消す極み…面白いね君…でも…」

「!!」

全方位を幻影で囲まれ、武器の総攻撃を受けるが、前面の幻影を先程の放った極みで消し、その他全方位の敵を驚異的な動体視力で捉え、次々と鎌で仕留めていく。

「ふーん。さっきの『制御消失』ってやつ。脳のリミッター消せるんだ…で、それを使いながら極みも使える…すごいね。とんでもない才能だ。でも、それやると肉体に負担すご…くもなさそうだね。君は『都度必要な箇所のリミッター』を感覚で選んで外してる…面白い…行っていいよ。今度は僕本体とやろうよ。目が覚める…待ってるからね」

スピーカーのように聞こえていたセキアの声は幻影と共に遠くなっていった。

南から西へ戻るにはアシの湖という大きな湖にかかる巨大な橋を渡るか、西の貴族たちがきらびやかに装飾した『海賊船』と呼ばれる船に乗り込まければならない。
海賊船は南から来るものを拒み、石を投げつけるため、実質一択となるその橋は、南の民を虐げようとする愉快犯で固められ、騎士団員のいる関所は輸血チューブを持ち歩き、何らかの極みに適合することを通過の許可としている。

本来の西の民であれば何事もなく通過ができるこの関所は極みを持たぬ(と思われている)リピルに開くことはない。
それどころかこれを機会に西で起きている『連続極み消失事件』の犯人をリピルとし、殺害してしまおうと集団で彼女を囲む。

リピルは、消の極みで消していたセキアに受けた銃撃の痛みと出血が戻り、片腕で鎌を握って戦闘態勢を整える。

『この程度の人数なら…』

「その女の身柄はゼラニウム騎士団が預かる。」

キチンと制服を着た男が騎士団を率いてリピルを囲む。
男はリピルにそっくりな似顔絵を出し、全員に刀を抜くように合図をする。

「北の病院に極みなしの人々を送る貴族達が次々と襲われている。生き残ったものから似顔絵を作った。リピル、この場で貴様を処刑する。正しき行いをする人々を手に掛けることは許さん」

リピルは珍しく一瞬眉間にシワを寄せ、抱えた頭蓋骨を力強くギュッと抱き締め、再びくすくすと笑い出した。

「こんな街の騎士団も捜査はできるんですね…その二つの事件。犯人はわたくしですよ。だから?この程度の人数で止められますか?」

「死神め…かかれ!」 

「加勢する。貴族の恥め!!」

「くだらない体裁のために子どもを捨てる毒親共め…」

リピルは一直線に貴族へ飛びかかっていく。

騎士団員は一斉に極みを発動するが、目で捉えることができない速さのリピルに次々と極みを消されていく。

「くたばれ死が…」

「くすっ。騎士団を何人連れても無駄ですよ。」

「うわあああ!お前は本当に何者なんだ…殺される!助けてくれ!」

リピルの鎌は次々と貴族と呼び出された騎士団を切り裂いていく。

「異界拳法…」

「死神め!お前は…あ?」

片側を三つ編みにした独特の緑髪にオッドアイの男が、死角からリピルを襲う騎士団員の前に現れた。

「ラミア…様…」

しゃがみこんだと思ったオッドアイの男、ラミアの体はそこから腕一本で跳ね上がり、男の顎に蹴りをヒットさせる。

「裏(むこうがわ)の極み『歪曲世界(パラレルワールド)』:潰(ジャム)!!」

蹴りの衝撃に倒れた男は、作られた異空間に引きずり込まれ、思い切り潰された。

ラミアはリピルと目が合うと、優しく抱きしめる。

「待たせてごめん…」

「ラミア様…」

「君が一人で戦ってることは知っていた…ごめんね。力を得るまで遅かった。」

「ラミア様…あなた…極みを。」

「あはは…そうだね。色々あってさ、まだ未完成ではあるんだけど…今なら街を変えられる!」

「それならわたくしも…」

「ああ。ようこそ。西の極座へ。君が一人目だよ。あと三人、この街を潰すために必要な人数だ。一人で戦ってくれてありがとう。お姉さんも待たせてしまったな…」

「…ッ」

姉の頭蓋骨に優しく触れるラミアを見て、過去の極みが出せなかった自分。
誰に頼まれたわけでもなく貴族や騎士団の極みを消すような行為をしている今。
最愛の姉の死。
その全てが報われたような気持ちになり、次から次へと涙が溢れ、宝物の頭蓋骨を抱き締めて感情全てを吐き出すように大声で泣く。

「何かわからんがチャンスだ!」

「裏の極…っ!!」

ラミアの腕は騎士団員を潰したときのように血管が圧縮され、爆裂する。

「ラミア様!?」

「王よ、まだ完成ではないと言ったはずだ…我々が時間を稼ぐ。22歳の誕生日を迎えるその時まで連発は禁止だと…」

「ラミア様が…四人?」

「驚かせてごめんね…これが僕の力…並行世界の自分を呼んだり、異空間に人を引きずり込んで潰したり…でもまだ未完成なんだ…だからこそ仲間を集めたい、強くて、この街にあまりいい思い出を持っていない人…南は一人アテがあったんだけど、断られた。だからセキアを探してる…街を追われた彼を…」

こんなとこで足踏みしている場合ではないのだとラミアは言う。並行世界の自分が騎士団員の刀を受け止めている間に、再度極みを発動しようと手を翳しながら。

「ラミア様…セキアという男は信じられないほど強いです。この傷も戦ってつきました…そして弱者には従わない男…今のままのラミア様では恐らく。」

「そっか…「今のまま、では。です。極みのコントロールのイメージを教えます。今、この実戦の場で…」

リピルは消の極みを発動しながら騎士団の男に傷をつける。
男は剣術を忘れたような素人同然の動きでリピルに刀を振り下ろすが力のリミッターを消した彼女に刀を捕まれ、二本の指で全身を持ち上げられ、その場に思い切り叩きつけられた。

「極みは手足と同じ。物を掴む時、走る時、必ず決まった基本の動作がある…極みも同じように発動に決まったルーティンがあります…手足の延長。その感覚です。『できて当然』と思い込む気持ちも大事かもしれません…」

『理屈は言いましたがそれができるようになるにはさすがに鍛錬がいるだろうな』とリピルは申し訳無さそうに思う。

ラミアが一瞬で極みを連発するまでは思っていた。
彼の足元には腕が爆裂したときよりも遥かに多い血の量。
それでも彼の腕の傷は綺麗さっぱりなくなっているのだ。

「こ、この数秒で極みを連発出来るように!?」

「リピル、ありがとう。君のアドバイスは『並行世界の自分を合わせて』何度もやってみたよ。ダメージは僕四人分…全て並行世界に移した…そして理解できた。」

『四乗の経験値を…なんて力…』

「『断(ひとたち)』」

ラミアの指の動きに合わせ、数人いた騎士団員の体が全て真っ二つに裂ける。

「リピル。ここからだ。二人で変えよう…この街を…」

「はい、ラミア様」

ゼラニウム街では二人の暗躍が大きな話題となっていた。


第二話:幻有創りし南方の朱雀

面倒臭いことになったなと男は思う。
愛用しているらしいファーコートのファーは大量の返り血でところどころ黒ずんで固まり、無造作に伸ばして乱雑に後ろでまとめたピンクの髪は、汗でベトベトに張り付き、ひどく気持ちが悪い。

趣味の睡眠もドタドタと忙しなく叩かれるドアの音でとてもじゃないがゆっくりとはできないだろう。

「困ったな…」

「セキア!ユートピアに逆らった罪を知るがいい!
!」

「あの…あんまりドアバンバンしないで…めんどくさい…」

ファーコートの男、セキアは大きなあくびをすると、すっかり蜘蛛の巣がはられているホコリまみれのベッドにゴロリと寝ころぶ。

ゼラニウム街の東は位置する人身売買場兼、抗争の絶えないマフィア街だ。
この街には東西南北に『その年で最も優れた極みを持つ四人』が座る『極座』というものがある。
東の極座である男、ガラージュは人身売買をユートピアという新興マフィアと行い、互いに領地を拡大していた。
セキアは元傭兵の腕前と、かつての南の極座が退き、空席になったその場所に勝手に居座った(文句を言われても返り討ちにする実力があった)ため、二組から何度も勧誘されていたのだ。

ガラージュは比較的穏便にセキアの勧誘を諦めたが、問題はユートピアだ。
ユートピアの頭目であるルチアーノという男は自身の思い通りにならないことを徹底的に排除するのだということが身にしみてわかった。

傘下の組織が大量にあり、セキアたった一人を消すためだけにその力を存分に振るう。
ここ数日だけでも四組織。どれも危なげなく壊滅させることができたが、今回は少し違うらしい。

「ルナシー…だっけ?幹部はいないみたいだ…」

ユートピアの傘下で最も武力が高く、敵殲滅のためにのみ動く組織、『ルナシー』。
この組織の幹部はルチアーノに絶対の忠誠心をもつことが条件であり、命令に反論ができぬよう、自らの喉を焼く。

それ故幹部がドアを叩く際は必然的に無言になるためわかりやすいのだ。

セキアは耳栓を装着し、ゆっくりと目を閉じて「あとはよろしく」と独り言のように呟いた。

「出てこいセキ…あっ?」

激しくドアを叩いていた男は『何か』に髪を掴まれ顔面を壁に叩きつけられたことで、潰れたトマトのようになり、絶命する。

モヤモヤとした影は黒い幻影となり、巨大なハンマーで次々とマフィアの体を破壊していく。

「さてと…あとは任せて眠…らせてはくれないみたいだね」

眼前に躊躇いなく振り下ろされた刀を軽々と避け、窓を割って入ったらしい喉に大きな火傷痕のある五人と対峙する。

「めんどくさ…」

セキアは一言呟き、接近戦用らしいトンファーを片手に装着し、空いている方の手から眩しく輝く幻影を生み出し、幹部たちの目を眩ませると、流れ作業のように仕込んでいた武器で次々と倒す。

「あと一人…は流石に受け止めるか…」

「セキア…ルチアーノ様に忠誠を誓え。最強の傭兵として恐れられたお前ならきっと役立つはずだ…」

女性とは思えないほど聞きづらくくぐもり、嗄れた声で大きな火傷痕の女は言う。

「はーっ…諦めてよ…ロージア…だっけ?」

「いずれ東も南もユートピアが支配する…どちらにつけばいいか明白なはずだ…」

嗄れた声の火傷痕のある女性、ロージアは燃え上がるというよりは花火のようにバチバチと弾ける炎を刀に纒わせ、危機的状況でなおも微睡むセキアの首に当てる。

「なにこれ…てか変わってるね…火の極みじゃないの?少し雷混ざってる…?まぁいいか…」

「仲間になるの…「やだ」

幻影はロージアに強烈な蹴りを入れ、主の危機を脱する。

「いい蹴りだ。火の極み『雷炎』:雷雲焦土」

炎と雷が降り注ぐ雲がセキアの全身を覆う。

「後悔したまま死ぬがいい…」

「しつこいなぁ…」

雲の間から手を出し、ロージアに向けて牽制目的の銃を放つ。

「苦し紛れだな。くたばれ。」

雷は炎と混ざり、巨大な火花となってセキアを完全に焼き切った。
焼け焦げたセキアは体からブスブスと煙を上げて倒れ、その場から『消えた』。

「はぁ…後ろに回ればごまかして眠れると思ったのに…めんどくさ…」

ロージアの頭にハンマーのフルスイングを命中させ、ひどい脳震盪を起こさせると、刃のついたトンファーで的確に首の動脈を切り裂く。

彼女は崩れるように部屋の中で倒れ、セキアが眠っていたベッドを血で汚す。

「はぁ…どうしよ…」

幻影に『なるべく遠くに運ぶように』とだけ命令し、何日放置したかわからないカビだらけの雑巾で雑に血を拭い、ぼーっとそこを眺める。

「あ…そっか。布はたくさんあるしな…」

汚い雑巾と血まみれのシーツを虫が群がるゴミ袋に投げ入れ、南の端にある大きなゴミ処理場に幻影を使って運び、倒れたルナシーの部下達が着ていた服の比較的綺麗な部分を器用に縫い合わせ、新たなシーツを作り出し、ゆっくり眠った。

数日後、マフィアの動きも大人しくなったかと頭の片隅で考えながらだらしなく惰眠を貪るセキアは、警戒用に置いていた波動量を感知する幻影が大きく反応した事により慌てて飛び起きる。

「ユートピアの新しい敵…何にせよロージアとかとは比べ物にならないかも…」

武器をフル装備にし、汚していない気に入りのファーコートを羽織ると、侵入者に気付かれないように足音を立てずに駆け出していく。

そこにいたのは子連れの親子とメイド服の少女。
セキアは見えない幻影を数体放ち、全員をじっと見つめる。

「違う、違う、あの子でもない。」

「君か。波動量が…一定を超えた…」

「真っ直ぐ港へ!急いで!」

「は、はい!」

セキアは長年の傭兵経験から、ある程度自身の力で消すことができる人間がわかる。
そして今の状況的に戦う術を持っていない相手などどうでもいいのだ。

「あ~…別にあの人達は…いいや…」

「って言ってるな。うちの主が」

ひとまず幻影に自身の言いたいことを喋らせ牽制する。
少女は恐れるどころか笑顔を崩さない、それがまた奇妙だった。

「今日はよく幻影に会いますね。出てきたらどうです?」

「踏み入れた君が悪いんだよ。こっちも追われてピリピリしてる。一定の波動量を感知して動く幻影を置いておいた。気付かなかったでしょ?幻影も仕込み武器も。」

少女の防いだトンファーには仕込み銃を入れている。彼女の腹部には致命傷ほどの傷がついたはずだ。
それでも吐血程度、セキアは彼女の「『制御消失』」という言葉を思い出す。

「ワクワクするな、でも…」

「幻の極み『幻影の集う場所(ファンタム・アグリー)』:分裂する幻影(スプリット・ファンタム)」

「俺の名前を知っているなら生かしておけない、そして、弱点見つけ」

セキアは少女の抱えている頭蓋骨目がけてハンマーを振り下ろす。
前方からはセキアのハンマー、後方からは幻影の仕込みトンファー、万に一つも避けることはできないだろう。

「とんでもない戦い方ですね…消の極み『虚無空洞』:消極」

「うっそ…面白い力…」

触れられた瞬間消えた幻影と、セキアのハンマーに対応するように振り下ろされた鎌。
脳のリミッターを外しているとはいえセンスは抜群にあると感じていた。

ありとあらゆる幻影を出し、質量で迫っても彼女は鎌一つで圧倒する。
いつしか忘れていた楽しい戦いにセキアはあえて少女が振り下ろす鎌に突っ込んでいく。

「楽しいね!まだ経験が浅いことを除けば完璧だ!」

傭兵を長い間経験している彼は鎌の刃を躱し、持ち手の所を腕でガードし、するりと抜けてハンマーを振り下ろそうと腕を上げようとした。

「…え?」

ハンマーは力なく床に落ち、自身の腕を見ると赤黒く腫れ上がっているのがわかる。

『折れた…?今防いだだけで?』

飛び退いた少女の背後から爆発する幻影を出せば深手を負わせることはできるが、『久し振りに目が覚める相手だ』とセキアは自然に笑みがこぼれ、幻影を全て引っ込めた。

「ふーん。さっきの『制御消失』ってやつ。脳のリミッター消せるんだ…で、それを使いながら極みも使える…すごいね。とんでもない才能だ。でも、それやると肉体に負担すご…くもなさそうだね。君は『都度必要な箇所のリミッター』を感覚で選んで外してる…面白い…行っていいよ。今度は僕本体とやろうよ。目が覚める…待ってるからね」

少女との再戦を勝手に取り決め、返事を待つことなく極座へ戻っていった。


「…約束…違くない?」

最悪だ。これほど苛立ったのはいつぶりだろうかと思う。
骨折も完治し、そこからさらに数ヶ月経った。
再戦を約束(勝手に決めた)少女は『波動量が全く感じない』まるで覇気のない男を連れてきた。

『ナメられたものだね…僕…前座からやらされるなんて…』

「幻魔のセキア…だね?僕はラミア。よろしくね」

「んー…?君さあ…新しい追手…?」

「違うよ、君の噂は聞いてる。最強の傭兵だとか?南の極座として、力を貸してほしい。あ…掃除はしてね?ニオイとホコリが酷い…どうやったらこうなるの…」

二対一ならまだいいが、緑髪の男、ラミアは『仲間になれ』と言ってくる。挙句の果てには部屋へのクレームとはなんて礼儀知らずな男だろうか。

「我々はこの街を変えるために動いているのです。わたくしの名はリピル。あの日とんでもなく強かった貴方にぜひとも来ていただきたい…」

ユートピアの追っ手ではないらしいことはセキアも理解した。
それにあの強かった少女…リピルがいる。それだけで興味が湧いてくるのだ。

しかし、依然としてリーダーの男には納得がいかない。

「んー…なんか…楽そうだし、楽しそうだから…いいよ。でも…俺より弱い人の言うこと…聞きたくないなぁ…」

「ご、ごめん。そうだよね…」

「ごめん?今君『ごめん』って言った?ホントに大丈夫?ねぇ!?そっちからちょっかい出さなかったら別に君のことなんかどうでもいいんだから絡んでこなきゃいいのに…」

「ご、ごめん。」

「…」

セキアは大きな溜め息をついて頭を抱える。
ここまで対応に困ったのは久し振りだなとつくづく思う。

「もういいから…やるならやる、やらないならやらないでいこうよ…」

セキアは武器を構える。

ラミアもセキアに応えるように慌てて刀を抜く。

『モタモタしてるなぁ…』

「わかった、勝てば仲間になってくれるね?」

二人の武器がぶつかり合う。

「異界剣術…」

セキアのハンマーを踏み台のようにし、クルクルと空中で回転し、肩に斬撃を加えようとするが、行動そのものが明らかに遅いこと、一撃の威力がリピルよりも遥かに弱いことを瞬時に察知し、ぐるりと体を反転させてハエ叩きのように飛び上がったラミアを上から叩き落とした。

「ん~…遅いなあ…クルクルと回るその技…確かに一瞬驚くし虚は突かれるけど…まだまだ実戦向きじゃないかな…たとえそれが何人でもね」

どこからともなく現れた三人のラミアを軽々とハンマーひとつでいなす。

「僕に近くて遠い能力?全員実体なんて面白いね…でもこれは戦いだから…」

ようやく起き上がろうとしている『本体』のラミアの両膝にハンマーを振り抜き、脚の骨を粉々にすると、幻影を数人呼び寄せ、暗器で全身を串刺しにする。

「終わり…次は君が相手かな…?」

「くすっ、まだ終わってませんよ」

「裏の極み『歪曲世界』:雨(アシッドレイン)」

「!!」

セキアの周囲がグニャりと歪み雨のように降り注ぐそれは、触れた瞬間に皮膚を削り取り、重症を負わせる。

「す、すごい力だね、楽しくなってきた…それより。傷が完全に治ってるのは少し傷つくな…」

「怪我は並行世界にすべて飛ばした。あと三回…」

「摩訶不思議で理不尽な力だね。でも、僕もそういう力はあるよ。悪いけど。『踊る光(ブライト・ファンタム)』」

「うわっ!」

激しく輝く光の幻影に視界を奪われ、そのスキを突かれたラミアはまち針のような形状をした暗器で両手足を拘束され、スキだらけになった全身に銃撃の雨を浴びる。

激痛をこらえ、最期の力を振り絞り、拘束を解くと、ダメージを並行世界に移し、再び無傷のラミアに戻す。

「あと二回…」

「一回じゃないの?幻の極み『幻影の集う場所』:炸裂する幻影(フルスパーク・ファンタム)」

「!」

「喋る暇も与えない。幻の極み『幻影の集う場所』:増殖する幻影(マルティプリケイション・ファンタム)」

「ゔあ゛あ゛あ゛!!」

巨大な幻影は質量がどんどんと増していき、10トンプレスのように異質な音を立てながらラミアを押し潰していく。
更に悪いことに同一の幻影が次々と産み出され、暗器を携えたそれらは、リンチのようにラミアを集中攻撃する。

「裏の…」

「させないよ…聴覚と嗅覚…目は見える…」

反動のある技だったらしく、失われた自身の五感を探りながら、極みが発動する前の手の動きをハンマーで押しつぶし、食い止める。

「ま…だ…『廻(よまわり)』」

「??」

動く方の指を一回転させ、幻影とセキアを取り巻く空間を180度回し、命からがら攻撃を抜け出すと、自身のダメージを並行世界へ飛ばす。

「ハア…ハア…あと一回…これは使うわけにはいかない…この技は仲間になる人に使いたくなかった。少し痛むよ?裏の極み『歪曲世界』:臓(いけにえ)」

「なんか僕に勝つみたいな口ぶりだね。まだ楽しくなってきたとこ…ゴホッ…え?」

吐血した自分自身、泣き叫びたいほどの激痛、そしてラミアの手の中にある肺の一部。
体内に異空間を張られ千切られたのだとわかる。

「やるじゃん…ゴホッ…ゴホッ」

「体内の構造は複雑だから、狙ったとこにはいかないけどね…『臓』」

「ぐあっ!」

脚の骨が数本、体の一部が次々と目の前で転がっていく。

「死ねば…勝ち…でもその前に…ダメージは負わす…どんだけ体が壊されても…幻影には関係ない…」

セキアは反動のある巨大な幻影を更に増殖させ、『廻』で逃げ回るラミアに次々と深手を負わせていく。

『これ死ぬな…死んだらあれが出て…回復されても…僕の勝…え?』

「ありがとう…セキア。この技を『四世界分』見させてもらった。そして全方位からの極みに対応できる技を今開発した…裏の極み『歪曲世界』:斜(スワイプ)」

ラミアの全身にグルグルとまとわりつくグニャリとした異空間の波動は、セキアの幻影を自動的に受け流し、消していく。

『あ~、終わったかも。』

「最後の一回が残ってる…」

ラミアは瀕死のセキアに触れ、彼が負ったダメージを並行世界に飛ばす。
戦いの中で自分がしたこととはいえ、並行世界に飛ばしきれないほど怪我をさせてしまったことに少し負い目を感じる(骨や肺は元に戻した)。

「僕の勝ちでいいかな?その…目的は君を殺すことじゃなくて…」

「今俺が襲ったらどうするの?」

「俺?僕?「そこじゃなくてさ」

「いや、勘弁してもらいたいかな…」

「効かないくせに。反則でしょ…治癒能力なんて…」

「治癒しきれないほど追い詰められかけたよ。酷い消耗だ…」

「手を貸して…起こして。面倒くさい…久々に楽しめたよ…ありがと…だから、なってあげる…南の極座…」

倒れるセキアを笑顔で起こすと改めて笑顔で握手を交わす。

「これからよろしくね。なんか友達できたみたいで嬉しいや。」

「友達って…普通に…いるもんじゃないの…」

「ハハ、そうかも…普通はね…」

「あー…ついでに言うけどさ、東に…とんでもないのがいるからね…仲間にしたらいいんじゃないかな…うん…」

「東というと…東の極座のガラージュですか?アイツとラブカは…」

「嫌…だよね。」

確かに強いけどといった様子でリピルはラミアに目配せするが、目があった途端首を横に振る。
強さではどうすることもできないほど感情的な問題で仲間に引き入れたくないようだ。

「あ~違う…もっと…化け物…」

「ま、まさか…セキアさん…それって」

「マクベスって呼ばれてる人?」

「そうそう…そんな感じ…」

「ラミア様!あの人を同じように引き入れるのは危険すぎます!ヤツは強すぎる!この街で生まれた人間なら間違えてもマクベスにだけは関わらない!わたくしとセキアさん二人でも全く歯が立たない。」

「マクベス相手なら…ラミアも…新しい技…出せるかも…修行にも…なる」

『あれ…?マクベスって楊何とか言うんだっけ?ま、いいや。眠…』

「セキアさん!勝手なこと言わないでください!」

「ん~…でも仲間要るんでしょ?今のラミアならいい勝負できるんじゃないかなぁ…俺も同行するし…」

珍しく感情をむき出しにするリピルに恐れることなくフラフラと眠そうに極座のベッドへ戻っていった。

「ね、寝てれば怪我治るのかな…」

「ラミア様、もしマクベスを引き入れたいならわたくしは共に戦います。」

「ありがとう。でもマクベスの事は任せて。セキアとの戦いで『何かが閃きそう』だから…」

ラミアは東へ行く準備を整えるため、一度家へ戻っていった。


第三話:未来を俯瞰する幼き八咫烏


「む、娘を取り戻すためだ!わ、悪く思うなヴァサラ軍!」

民を救う天下のヴァサラ軍だが、名が知られすぎているため時折このような目に遭うこともある。
今回のケースは娘をエサに、一般市民を鉄砲玉にしようという『よくある』ものだ。
敵からすれば一般市民などどうなっても構わないため、都合の良い奴隷兵なのだろう。

褐色の肌に露出度の高い服に身を包んだ女性は突っ込んできた男の刀を素手で掴み、地面にポタポタと血を流す。

「娘さんは…取り返しますから…今この周辺はゼラニウム街東のマフィア達の抗争と村長の悪質な政治で大混乱中です…村はともかく…娘さんを誘拐したのは東の小さなマフィア…大丈夫ですから…」

痛みを必死に堪えて刀から手を離させ、男を近くにいた水色のセンター分けの男と、片眼鏡の老人に引き渡す。

「ルーチェ隊長、あとの始末は…「あー!ヒムくん、エルレおじいちゃん」

「私の言葉ヒムロと呼んでくださいと言った…なんですか、傷口なんか見せてきて?」

褐色の女性ルーチェは、センター分けの男ヒムロと片眼鏡の老人エルレに自身の手をパーにして傷口を見せ、にっこりと笑って見せる。

「前日の公休にお料理したら切っちゃった。だからルーチェは今日欠勤…って事で。ヨロシクね〜」

「ま、待ってください!ルーチェさん…また私がそれ言わないといけない…はぁ〜…というわけで。あなたは『娘さんの捜索願を出してきた』ということになります」

頭を抱えながらエルレは刀を振り回していた男に淡々と告げる。

「あ、ありがとうございます!先程の女性の方にもそう伝えてください。でも…こんな人数の人が黙ってくれますかね?」

「こんな人数?何を気にしているのだ?私達は『別任務で山菜採りに来ていただけ』じゃ。」

「エイザン隊長まで…」

「気にしないでくだされ。エルレ殿。説教なら私も共に受けましょうぞ。」

「はぁ…報告書と欠勤届書いてきます。ありがとうございます、エイザン隊長」

胃薬を飲みながら猫背で歩くエルレを励ましながら見送る大柄な体格に、優しい笑顔のエイザンと呼ばれた男は、男の肩にゆっくりと手を置くと、空いている方の手で採れた山菜を渡す。

「少ないのが申し訳ないが…捜索中の腹の足しになれば…」

「あ、ありがとうございます。何から何まで…」

男は深々と頭を下げ、山奥へ歩いていく。

「さて…今の人で100人目の救出…いや。それはまだ早いか…」

「まだ99人でしょう。先程の娘は見つかっていない、そして…その前に」

「そうじゃな。今回は少数精鋭。くれぐれも無事に帰還するのだ!点呼を取る!四番隊副隊長:イゾウ」

「エルレさん大丈夫ですかね…任せてしまって申し訳ないな。うちの隊長には僕からうまく言っておきますから」

「いつも君には助けられているな。」

「いえいえ」

イゾウと呼ばれた優しい笑顔の紳士的な眼鏡の男性は気まずそうに頬をかきながら刀に手をかける。

「五番隊副隊長:ジェイ…む?フリートは?「あ、欠席させました、ここ連れてきたら何するかわからないんで」

縞の入ったフードやピアスが特徴的な男性、ジェイは、『もう一人の副隊長』を呼ばなかったことを正直に告白する。

エイザンもこれに対し『確かにな』と深々と頷く。

「済まぬ、脱線してしまった。点呼を続ける。十二番隊副隊長:アヤツジ」

「エイザン隊長。私が別に報告書でも良かったんですよ?エルレさんばかり損な役回りなのは流石に…」

「しかし今から…「いい加減にしてください、敵はもう殺気立っている。くだらないお喋りをするなら私一人で充分だ。」

レッサーパンダの耳と尻尾が着物から覗く、凛とした女性、アヤツジの言葉を遮り、ヒムロはカツカツと靴音を立て、あえて大量に敵が居る中央部に立つと、刀を地面に突き刺す。

「氷の極み『氷蓮六花』:大寒獄・絶対零度」

「うっ!」

「か、体が動かな…」

野党団のような男たちがうじゃうじゃと蠢いていたその場所を一瞬にして氷結させ、半数ほどを戦闘不能にする。

「隊長!あそこ見てください!」

文字通り動物並みに目がいいアヤツジは血液のタンクの影に隠れた点滴を刺され、生気のない目で歩く子ども達に指をさす。

「よく見えぬが、なるほど急いで突破しなければな…」

「大丈夫、そのための僕らですから。ね?」

「話してる暇はないよ、敵は待ってくれないから!凛の極み『翔凛果』:紅玉」

「この女!一瞬で目の前に!」

極みの力でマフィアの集団に一瞬で間合いを詰め、数人を切り倒すと、そのまま追撃を行う。

「『戟翠斬(ブラムリー)』」

変則的な動きから繰り出されたそれは、マフィアの防御をかいくぐり、次々と切り倒していく。

「あのキツネの姐ちゃんは後回しだ、貧弱メガネ野郎。テメェを殺してやるぜ」

「あと5センチ上に上げないと守れないですよ?」

イゾウはバカにされたことを欠片も気にしていない様子でマフィアにアドバイスを送ると『このように近づかれた場合』と、指導をしながら次々と敵を制圧していくのだ。

「ね?斬られた相手が邪魔になって僕を斬れない。そして…」

刀ばかりに気を取られていたマフィアの男はイゾウの動きが追いきれず、柔術のようなもので両腕を折られた。

「閃花無刀流『白繭包木(コンコードツリー)』」

「油断禁物ですよ。閃花一刀流『花片』」

神速の剣術はマフィア達が守ることすら許さず一瞬で怪我人の山を作り出す。

「よーし俺も!」

ジェイはフードを被り、駆け出すと、刀で次々とマフィアを倒し、エイザンが子どもたちの元へ行ける道を作り出した。

「もうちょい削るかな…震の極み『振煌極舞(しんこうきふ)』:空震!」

空気弾のようなものを斜め上に放ち、ビリビリと大気を揺らしたそれは、衝撃波でマフィア達を尽く吹き飛ばす。

それによりエイザンと子ども達を繋ぐ道は広々と空いたのだった。

「よし、もう安心じゃ!全員保護する。」

「ガキは商品だ!逃がしてたまるか!」

「隊長とはいえ子どもを庇っちゃ何もできねえ!やっちまえ!」

十人以上の男がエイザンの身体に刀を突き刺すが、その武器すべてがガラクタのごとく砕けてしまった。

瞬間、エイザンの巨体が眼前から消え、男達は殴られた衝撃で吹き飛んでいく。

「一件落着というところか…」

ヴァサラ軍の隊舎に着いたエイザンは、医療部隊である六番隊へ赴き、子ども達をチャラそうなマニキュアまみれの男に渡す。

「OK!患者(オーディエンス)はちびっこ達か!ん〜。全員変な薬打たれてんな?体温が高え。俺様は見りゃ体温がわかる。もうちょい細かく。雷の極み『患部鼓動検査(バイタルチェック)』。これはこれは!ちょっと強めの麻酔だな。HAお客さ〜ん痺れ…「ジュリア、真面目にやんなさいよ」

「何すんだよハズキ!」

ベラベラと喋るチャラい男、ジュリアの頭を本で殴る桃色髪の女性、ハズキは子ども達のカルテに何かを書き始め、ジュリアに麻酔を始めるよう促す。

「OK!じゃ!打った側から7数えてゴロンだ。終わりだぜベイビー。」

「治療を始めるわ。」

治療を終えたハズキは、エイザンに『とある少女の捜索願の取り下げ』が来たことを告げる。

「む?この人は…」

「脅されてた人らしいじゃない。見つかったならいいけど、違ったなら…」

「わかった。今一度探してみよう。」

エイザンは一人ゼラニウムの東へ戻っていった。


遡ること数時間前、エイザン達が交戦していた頃、高そうなブランド物のファーコートにいかにも金持ちという主張の激しい指輪を大量に着けた男が、顔に大きな黒炎の火傷痕がついた5歳くらいの少女を父親の元に連れて来た。

「ココ!よかった…!」

「その声は…お父さん?このファブナーさんって人が助けてくれて」

「助けてくれた?俺はお前が言っていた『運命の流れ』とやらに従っただけだ。そして、そんな話はどうでもいい…ここからはビジネスの話だ。座れ」

大量に指輪をつけた男、ファブナーは、黒炎で目が開かなくなった少女、ココとその父親を座らせる。

「おい、ココの父親。俺がこいつの目を治せばお前ら二人を雇用してもいいな?」

「な、治す!?この傷は『未来が見える』不思議な力を持つココを恐れたアメクが黒炎で焼いたものだ!まぶたはドロドロに溶けて二度と開かない!治すなど…「雇用してもいいのか悪いのか。回りくどい話はしねえぞ?イエスかノーか。この場で決めろ。」

「な、治るなら…」

「あたしも。お兄ちゃん優しいし…」

「優しいんじゃねえ。これはあくまでビジネスだ。『未来が見える』ってことは『運命がわかる』ってことだ。俺が開発している都市には必要だ。で?イエスで良いんだな?」

「福利厚生はこんなもんか?」とつぶやくと、内容が書かれた紙を父親に乱暴に投げ捨てる。

「母親も連れてこい。ココの親ってだけで価値がある。お前もな。そして…」

ファブナーは父親の胸元に指を当て、ドロドロとした鉛色の気持ち悪い塊を出し、それをココの目に当てる。

「『欲望は力』…今俺が抽出したのは『目を治したい』という親の欲。欲の極み『堕神礼賛』:癒悦(ゆえつ)」

ココの火傷痕はみるみるうちに小さくなり、彼女はゆっくりと目を開ける。

そこには見るのを諦めていた景色が広がっていた。

「ようこそ、賭博都市へ。いや。まだだな…何か隠してやがる」

ココはビクッと体を震わせ、ゆっくりと話す。

「ここ数日…この周辺の妖怪の子どもを…誘拐する人に一緒に来るように言われてて…その…「落ち着け。お前の力は落ち着かなきゃ見えやしねぇ。落ち着いて未来を見ろ。そいつはどうなる?」

ココは祈るようなポーズでゆっくりと目を閉じ、自身の瞼の裏に映った『未来』を念写していく。

「その人は…『島と消える』でも、ファブナーさん…あなたに対する予知は『沈黙は金』しか出てこない…です。」

「ハハハハハハ!金か!こりゃいい!俺は『金』が絡んだ勝負事に負けたことねぇんだよ。その妖怪のやつのとこに行ってこい。どうせ返ってくると俺は踏んだ。」

「ま、待ってください!ココをまた一人で」

激しく動揺する父親を手で制し、片手で持った札束を投げ、木に突き刺して脅すと不敵に笑う。

「従業員に傷でもつけりゃ、俺が始末する。悪くねえだろ?それに…」

ファブナーは父親の顔に手を置き、「娘を一人にしたくない」という欲望を抽出し、アメジストで作られた高価な瓶の中に放り込む。

「死ねばただのペテン師だ。俺は正義の味方じゃねえ。生存するかはあいつ次第。お前には強制的に同意してもらった。」

「強者の波動を感じる…」

高周波のような音と共に周囲の木々が破裂する。
ファブナーは金貨のカーテンのようなものでココの父親と自身を守り、致命傷を防ぐが、音を防ぎ切ることはできず、耳から血を流す。

笛を構えたベーゼは、ファブナーを消そうと再び音波を放つ。

「沈黙は金…おい、父親。この光景を忘れるなよ。俺は攻撃をしちゃいねえ。」

「は、はい…でも…」

「黙って死ぬのか?」

「『俺は』攻撃をしねえと言ったんだ。ルールはちゃんと聞け、それはギャンブルでは命取りだ。『暴落』」

「なっ!?散らばった金貨が!」

投げ捨てた金貨から『その土地に染み付いた』どす黒い欲がひとりでに集まり、大地を陥没させる。
ベーゼは辛うじてそれを避けたが、ファブナーの姿を完全に見失ってしまった。

「面接中に騒がしい女だ。次会う時は消す。」

ファブナーがいた場所には、一束の札束だけが残っていた。

その日、『娘を探したいと強く欲していた』ココの父親は欲望を奪われたことで、ヴァサラ軍に送った捜索願を取り下げた。


陥没した地面に呼応するように舞う塵旋風。ファブナーとベーゼの戦いが置きた場所から数メートル離れたところにある、東には不釣り合いな程に綺麗な屋敷で、金髪に紫のメッシュ、そして白目の部分が黒目の美しい男性がゆっくりと目を覚ます。

「アタシの場所は汚さない、そういう約束でしょう?」


〜【ヴァサラ戦記FILM:REVERSE〜0〜】四神集結【前編】おわり〜

【中編】に続く






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