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ヴァサラ戦記外伝 ー蓮神の生まれた日と新たなる隊長達ー【スイヒ外伝】

イラストはヘリオスのイメージ画像。
神絵師ロロ様よりいただきました。


ここはヴァサラ軍の隊舎。
カムイ軍との大戦が終わりはや数年。
すでに過去の隊長たちは殆どが引退し、世代交代が行われていた。

終わる時代が来れば始まる時代も来る。

今日もヴァサラ軍は新人隊員で賑わっていた。

その中でも一際大きな声の少年が一人。
その少年はかつてのとある少年を彷彿とさせるようなことを言うのだった。

「俺は先代も二代目も超える覇王になるんだ!」

「テンイ、少し落ち着いたらどうだ。我々は正式に配属が決まり、これから隊長達が来るんだ。僕らが騒いでいる場合じゃないだろう。」

真紅の髪に赤い瞳の美しい男性。その手には女性物の青いリボンを巻き付けている。

「オルフェは相変わらずだね〜そんなに固いとつまんないでしょ〜キャハッ★」

褐色の肌に金髪、尖った歯の女性は軽口を叩いて笑う。
彼女の容姿もかわいいの部類に入るが、その頭には角、そして悪魔のような尻尾が生えている。

「イリスはいいよな、どーせ一番隊だろ。あそこはお前と同じ半妖がたくさんいるんだから。」

「テンイ、それ妖怪差別になるよ。」

「気にしない気にしない、アタシはそれラッキーだと思ってるから!生まれ持ってのギフト?みたいな?それに決まってるのはアタシだけじゃない。ね?ジャスティ、ソラニン」

イリスは遠くに座っている二人に話しかける。

「フン、成績不良の馬鹿と僕を一緒にするな」

「なんだと!いつか絶対お前を超えてやるからな!」

「テンイ。貴様は僕に一度でも何かで勝てたことがあるか?いや、貴様は落ちこぼれだ。まだ極みも発現していない貴様がここにいられることが甚だ疑問だな。」

ジャスティの挑発にテンイは怒り、掴みかかろうとするが間にオルフェが入り、事なきを得る。

「落ち着くんだ君達!隊長達も来るのだぞ!少しは礼儀正しくしたらどうだ?ソラニン、君もそう思うだろう?」

ソラニンと先程から呼ばれているメガネをかけた女性はずっと上の空だ。

それもそのはず、彼女はずっと隊長たちの事を妄想していたのだ。

『キャ~ヤバイヤバイ!今日隊長達が来るの!?セイヨウさんにサザナミさん!キャ~どっちも選べないよ〜』

「あ、ダメだ。あのモードだ。」

オルフェは諦めてしっかりと姿勢を正す。

しかし、イリスがジャスティに一言余計なことを口走り、争いが再燃する。

「だいたい、アンタはアドに一度も勝てないじゃん。それでエリートってギャグでしょ。」

「黙れ!こいつは歌人のサイカの弟子だ!それだけで卑怯だと思わないか!」

ジャスティは怒りのままにアドと呼ばれた女性を指差す。
彼女には歌の才能があり、この世で唯一歌人のサイカの弟子となったのだ。 

「わ、私はその…歌を戦いに使うことができるなって思ったから入っただけで…その…大したことじゃ」

『『『いやすげえなお前!』』』

テンイ、オルフェ、イリスは心のなかで鋭くツッコむ。

「うーん、今がどうであれスタートラインは同じだよ。」

隊舎の扉を開けて入ってきた片目を隠す男性は三番隊隊長『星神』セイヨウ。
かつての面影がある端正な容姿だが、長きに渡る戦いで顔に傷が増えている。

「そうそう、チャンスはいくらでもあるから。みんな平等に…そしていきなり、ね。」

ピンク色の髪を結び額に大きな紋章のようなものが刻まれ、右目に眼帯をしている女性が優しく笑う。
八番隊隊長『蓮神』スイヒだ。

「へっ、スイヒが言うんじゃ間違いねぇや」

「た、隊長達がこんなに…」

四番隊隊長『海神』サザナミまで来てオルフェは呆気にとられている様子だ。

「へっ、話してやんなよスイヒ、お前が隊長になった話をよ、ほんとに素晴らしいストーリーだよな」

「大した話じゃないんだからハードル上げないでよサザナミ!」

スイヒはサザナミの恐ろしくハードルの上がるようなフリを訂正しながら話し始める。

「そうね…私はこの中で一番隊長になるのが遅くて…」


ーその日、スイヒは単独任務に行くことになっていた。とある街へと赴くのだー

「スイヒ、オメェに昇格任務を言い渡す!」

サングラスに派手な服、気合の入ったパンチパーマ。
いかにもヤクザな風貌の男は八番隊副隊長のギンベエ。

カムイ軍との大戦を生きのびた彼は、すっかり年老いてしまったが貫禄はそのままだ。

「し、昇格任務!?いきなりですか!?」

「おう!オメェさんはあの日の船偵察任務から科学都市の陰謀阻止まで、破竹の活躍だったからな!」

ギンベエは誇らしげにバシバシとスイヒの肩を叩く。
何がそんなに嬉しいのだろうか。

「いたっ…ちょっ!痛いですよギンベエさん!なんでそんな上機嫌なんですか!」

スイヒはその厚かましい激励を抑えるように少し距離を取って困ったように尋ねる。
するとギンベエは少し涙ぐんで笑う。

「へっ、立派になったもんだぜ…あんな塞ぎ込んでたガキが俺達の隊長になるなんてよ」

「へ?」

「嬉しすぎて言葉が出ねぇか?スイヒ隊長!ガッハッハ、まだ早えか」

「いやいやいやいや!何言ってるんですか!?隊長!?え!?私が!?ムリですムリムリ!平隊員で充分です!給料も福利厚生も大満足ですからあああ!」

スイヒは取り乱したように慌てふためく。いつかの船のときと同じように。

「あぁ?嫌だってのか!?」

「嫌です!だいたいミロク副隊長は知ってるんですか!」

「アイツにゃ言ってねぇ、オメェさんに甘いとこがあるからな…なぁに、あいつなら祝ってくれるさ」

「そういう問題じゃないから!?」

スイヒの全力否定にギンベエはため息をついて、真面目に話し始める。

「なぁ、スイヒ…もう大人になれや…」

「え?」

「あの日活躍した他の隊員達の殆どが隊長格だ…役職についてねぇのはオメェだけなんだよ…昔のお前ならのう、そのワガママが通ったが、たくさん部下を抱える今のお前さんにゃそれは筋が通らねぇ…あいつらはお前さんの背中見て育つんじゃ…」

「ギンベエ副隊長…」

「かつてエイザンの叔父貴にオメェさんが憧れたみてぇにな…」

それでも嫌なら辞めればいい、とギンベエは続け、遠い目をするが、スイヒの目には決意の色が浮かぶ。

「やります!」

隊長になるための決意が固まったらしいスイヒに、ギンベエは任務の説明を始める。

「太陽国家ヘリオスってのを知ってるか?」

「うわっ…よりによってあそこか…あの変な服で抗議活動してるオカルト団体ですよね?」

スイヒはこれでもかと眉間にシワを寄せる。
太陽国家ヘリオス。
全身白ずくめの服を着用し、白いフードを被り抗議活動をする団体。
曰く『月から有毒電波が出ている』のだとか。その電波を防ぐためには白い服と、自国家の国旗の紋様を服全体に書き記す必要があるらしい。

夜な夜な見知らぬ人に服を着せようとするのではた迷惑な国だと思われている。

「だいたい、国家って言うけど街レベルじゃん。いつかの科学都市や歓楽街だらけのイザヨイ島じゃあるまいし…」

「黙って聞けィ!今回のターゲットはそこの女王のヘリオス。こいつの捕縛じゃ!」

ギンベエはヘリオスの写真を出し、バンッと強く叩く。
その女性白く長い髪をした若い女性で、体中の至るところに太陽をあしらった装飾品が着けられている。
見た目は美しいが、あの国旗だらけの服で狂気的に見えてしまう。
その国旗というのも、太陽モチーフなのはわかるが、中央の球体部分に得体の知れない渦が巻かれている気持ち悪いデザインなのだ。

「ヘリオスって自分の名前!?キモッ!この人やっぱりただの詐欺師なんじゃないの?それに何もしてないのにこっちから喧嘩売るのはヴァサラ軍らしくないし…」

「このところの瘴気汚染がコイツの仕業だとしてもか?」

ギンベエはずいっとスイヒに近づいて脅す。
瘴気汚染。
そういえば全身麻痺や嘔吐、骨がスカスカになる、水銀中毒に似たような症状といった患者が次々に現六番隊副隊長で、スイヒの姉的存在であり、大の仲良しのアンのところへ運ばれていると聞いたことがある。
患者に浮かぶ独特の痣。
それは確かにヘリオスの国旗に似ていた。

「調べるしか…なさそうですね。」

スイヒはヘリオスへ向かう決意をする。


ヘリオスは街全体が瘴気に覆われ紫色の煙が漂っている。
そして家すら全て白に国旗のマークがびっしりだ。
住民もどこか体調が悪そうに見えるほどに。

スイヒは思わず口を抑えてむせこむ。

「う…!ゴホッ!なにここ!!ほんとに人が住めるの!?」

街へ入ったスイヒを一際巨大な宮殿から見下ろす人が一人。
ヘリオスである。

「夜をも取り込むヴァサラ軍…国民を汚す悪しき軍の犬か…制裁せねば…」

ヘリオスは兵士に出撃命令をくだす。

「どこへ行っても瘴気だらけ…コレ…やばいんじゃない?」

ふとスイヒはアンの言っていたことを思い出していた。

『あの瘴気、極みが使えない人が吸い込んだら重篤な病気になるからね?人が吸い込んでいいものじゃない。もし、誰かと出会ったときはー』

なるほど、こういうことかと納得する。
確かに極みの扱えるスイヒですら四肢を動かすのにも、呼吸一つするのにも普段より苦労するのがわかる。全身が痺れているような感覚があるのだ。

「早く出よう…でも。やけに物々しいな…」

先程から白装束といつもの国旗だらけの服に武器を背負った兵士らしき人をたくさん見かける。
何かあったのだろうかとスイヒは周りを見渡す。

「異界人を捕縛せよ!」

『異界人…?不審者でもいるのかな?治安の悪い街だなぁ…』

呑気に考えていたスイヒの周辺を武装した兵士が取り囲む。

「異界人め!捕縛してくれる!」

「有毒電波を持ち込むな!」

「我々の国の服を被せて引っ捕らえるのだ!でないと有毒電波が伝染するぞ!」

「へ?異界人って私!?ちょっと!私は!!きゃあ!」

明らかに首を斬り落とさんとする刀の動きをスイヒは避けて刀を抜くが、ギンベエの言葉を思い出す。

『ええか?市民は操られてるだけじゃ、死なせるなよ?』

『いやいやいや!洗脳ってレベルじゃないからこれ!』

必死で刀を避けつつ、スイヒは刀を地面に突き刺す。

「話の通じる相手じゃなさそうね!!喰らえ!エイザン隊長直伝!蓮の極み『冥道蓮華(めいどうれんげ)』金剛蓮華明王(こんごうれんげみょうおう)!!」

スイヒの目の周辺に濃いメイクのようなものが現れる。
それはかつての隊長、エイザンの金剛夜叉明王に似ていた。
極み発動時の口上も変わっているのは彼女が成長した証だろう。
スイヒの体は、刀の刃が通らないほど硬質化していた。

「なっ!」

「痛っったぁ〜、まだまだ完全に硬質化はできないみたい…トホホ、エイザン隊長は遠いなぁ…でも!!」

スイヒは打たれたところを抑えて痛がる。
打撃すら無効化するほどの硬質化はまだできていないようだ。

「こっちは自信あるのよ!『韋駄天モード!!』」

スイヒのスピードがハネ上がり、兵士を次々と殴り倒していく。

「な、何だこの女!!」

「疾すぎて捕まらねぇ!」

「悪いけど…少し寝ててもらうから!」

突き刺していた刀を引き抜き、先端から伸びる蔦で兵士達を締め落とす。

そして、出発前アンに渡された薬箱を開け、舌の上に薬を乗せる。
先程の言葉の続きを思い出しながら。

『ーもし、誰かと出会ったときは…これ、解毒剤。付け焼き刃だからどこまで効くかわからないけど…絶対飲んでくれないだろうから気絶させて舌の上に乗せて。溶けたら効くようになってる、頼んだよ、スイヒちゃん。』

『とりあえずこの薬で一旦…』

「人々を有毒電波により狂わそうとする悪しきヴァサラ軍よ…瘴の極み『救済の煙』:忌突(いとつ)」

「え?」

振り返りざまに瘴気をまとった突きがスイヒの右目を貫く。

スイヒは深く目を刺される前に、間一髪刀をかわしていた。もっとも、先端が少し刺さってはいるので、目に切り傷ができたことには変わりないが。

しかし、スイヒが苦しんだのは目に深手を負ったことでも、派手に血が出ていることでもなかった。

「うあああっ!」

『眼球が溶けるように熱い!!これが瘴気の力ってこと?急いで解毒しないと』

「月の電波を持ち込む悪しき者よ、このヘリオスが太陽神の命により断罪する。」

真っ白な衣装に身を包んだ女性は確かにスイヒが持つ写真と同じ容姿をしていた。

『こいつがヘリオス…でも今はどうにか逃げないと…』

スイヒは入らない力で刀を握り、極みを放つ。

「蓮の極み:蓮子ノ綴!」

かつてはほとんど失敗していたこの技も、今となっては確実に決められるほど成長していた。
しかし、そのスイヒの139発もの連撃は全てヘリオスに防がれてしまう。

「遅すぎる…この程度で太陽に挑もうとは」

私と言わず太陽と言い切ってしまうその目はもはやなにかの妄想に取り憑かれてすらいるように見えた。

「瘴の極み:流煙迅」

煙で太刀筋の読めない素早い連撃が、スイヒを捉える。
その剣戟はスイヒの何倍も早い。

「ううっ…!!まだ、チャンスはある…蓮花封土」

スイヒは数発の斬撃を喰らいながら、地面に手を置き、蔦でヘリオスを拘束する。
この技はかつては動きを封じるサポート技だったが、今では完全に拘束できる凄まじい技となっていた。
しかし、ヘリオスほどの強さの相手なら時間稼ぎがやっとだろう。

スイヒは急いで物陰に隠れる。

「うっ…全身が焼ける…急いで解毒しなきゃ…」

手元にある解毒剤の瓶を開け、スイヒは手を止める。

『これを使ったら市民のぶんがなくなっちゃうかな…?』

ふとエイザンの言葉を思い出す。

『よいなスイヒ殿!まずは民の命だ。民の命は道に咲く一輪花のように散ってしまいやすいのだ、優先せねばならんぞ!自分一人だけ助かろうなどは言語道断!』

『思い出すなぁ…自分優先でよく叱られたっけ…あ~あ、なんでこんな損する性格になっちゃったんだろ…私』

スイヒは解毒剤を懐にしまい、応急処置だけ済ませると、ヘリオスの前に立ちはだかる。

一番深手を負っている目が一番だが、瘴気により細胞が死んでいくのがわかる。

『ここまでかも…』

スイヒは覚悟を決めた。

ここで死ぬ覚悟を…

「戻ってくるとは…これが月の有毒電波の影響か…凄まじい耐久力だ、そなたはもはや人間であることも辞めたか」

「全身が焼ける程痛いっての…でも…負けない!蓮の極み:奥義!!死逢わせノ蓮糸!」

『疾い!!』

ヘリオスの刀を弾き飛ばし、胸元に斬撃を加えるとそこから蔦が体内に伸び、心臓に巻き付く。

「悪いけど…これは加減ができないから…殺すつもりはなかったんだけどね…」

この技が決まればあとは蔦が心臓に強く巻き付いていくだけだが、ヘリオスはその蔦を軽々と引きちぎると、両腕から大量の瘴気ガスを噴射する。

「瘴の極み『救済の煙』瘴気球」

スイヒを包んだ瘴気ガスは固体になり、包んでいたスイヒを球体内に閉じ込める。
球体からは瘴気ガスが断続的に噴射され、スイヒの生命力を奪っていく。

「あの程度の奥義で太陽へ挑み、国の平和を乱したことをその煙で悔やみながら死ぬがいい…」

スイヒは閉ざされた球体の中、自分の過去を思い出していた。

入隊のこと、科学都市の陰謀を防いだこと…

「馬鹿野郎!この程度で諦めんなや!」

「え?」

走馬灯が巡っている最中にギンベエの声が聞こえたように思い、スイヒは後ろを振り返る。

『まさか…聞こえるわけないよね…ハハ…凄い走馬灯』

「走馬灯じゃねえ!儂の極みを与えたじゃろうが!こんなボールぐれぇ叩き割れ!」

「極み…?あ!」

スイヒはここに来る前のやり取りを思い出していた。

『ええか!儂にできる最大のことは気合いを入れることだけじゃ!!魁の極み『侠客太刀』:闘魂注入!!』

極みとともにスイヒの背中に気合を入れるかのようなギンベエのビンタが炸裂する。

『いっったぁ〜、副隊長…もっと優しくしてくださいよ〜』

『アホか!シャキッとせえ!』

「…そうだ…私は…こんなところで…」

スイヒは球体の一部を刀で斬り裂き、中から飛び出してヘリオスに向き直る。

「まだ私は負けてない!負けたらここでみんな死んじゃうから…」

「バカな…どうやってあの中から…」

ギンベエに気合を入れられたスイヒの背中は痛みとともに輝き、力を増幅させる。

「どうやったかは知らぬが…太陽に逆らうなら容赦はせん…」

ヘリオスの刀はさらに濃い瘴気をまとう。

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