裏イザヨイ島戦争
「なんや、敵さん支配する気満々やないか」
「世界中の誰よりもお前には言われたくないな。正々堂々人数揃えたかと思ったら傭兵をこんなゾロゾロと…とんだクズ社長だ。」
「当たり前やろ。ワイらは殺し合いがしたいわけちゃうねん。楽に勝てるのが一番やろ」
ハイカラを先頭にした10人の背後にいるのは100は越えようかという傭兵達。
凶が上陸したと聞いたその日に金の力で大量に集めたらしい。
ヒューはハイカラの汚すぎるやり口に顔をしかめて苦言を呈するが、すぐにその口角を上げ不適に笑う。
「お前らしいな。」
「思惑通りに行けば…って言葉が抜けてるっしょ?ね〜?社長ちゃん?これマジ死ぬぜ?」
ナムが指をさすのは自分達より遥かに数が多いだろう、海に横並びになる『無間党』と帆に書かれた凶軍の兵隊が乗っているだろう船。
「こらぁ…白旗の準備せなアカンなぁ…」
「わたくしが様子を見に「問題ない、兵の数は均等にする、それなら正々堂々とした勝負…いや、戦争だろう?ヘリオス、協力してくれ」
「日出ずる都の方を御守りするためなら…」
水面に足をつけた現世をドリックが手で制し、傭兵たちにガラガラと何かを持ち込ませる。
「撒式火薬術(さんしきかやくじゅつ):『連環赫灼大筒(れんかんかくしゃくおおづつ)』お前ら、耳を塞げ。」
ガトリング砲のように巨大な大砲の周りに小さな大砲が付いたそれは、凄まじい威力で無間党の軍艦を瞬く間に沈没させていく。
「ッは〜えげつな…ドリックちゃん。やり過ぎじゃない?」
「いつかのお返しだ。この程度じゃまだ半数も減っちゃいねえよ。それに、船の帆と竜骨を狙ったんだ。誰も死んじゃいねえ…逃げ帰ってくれりゃ楽なんだがな」
「後は私が奴らを月に還そう。瘴の極み『救済の煙』夕靄(ゆうもや)」
船数隻を覆う瘴気の塊は内部の敵の呼吸を奪い、地獄絵図のように次々と人が倒れていく。
「へぇ…おもしれェ敵もいやがる…ハナから全員で攻め滅ぼせるとは思っちゃいねェよ…上陸した奴らだけで開戦だ!!」
凶が剣を抜いたと同時に、大砲と瘴気の雨を逃れた船が上陸し、数百人VS数百人の大戦争が始まった。
凶は自身から発する微弱な静電気を刀を擦ることで全身に纏い、雷の極みと見紛うほどのスピードで現世の前に現れ、頭を唐竹割りにする。
「無間雷爪流(むけんらいそうりゅう)『紫電』」
現世は反応する間もなく、血を吹き出してその場に倒れ動かなくなるが、ハイカラはニコニコと笑ったまま、凶に尋ねる。
「開戦で、ええんやな?」
「とりあえず、幹部は8対10でいいですね?」
「かはっ…」
ヒューは背後に現れたイゾウに心臓を貫かれ、吐血しながら倒れた。
「おーおー…これはもうやる気満々じゃ〜ん?」
ナムは錫杖をしっかりと構え、凶の刀と鍔迫り合う。
「一人に気を取られていいのか?」
「くたばれ!!」
大将首であるナムに、数人の無間党兵が襲いかかるが、錫杖一閃、五人もの兵を殴り倒す。
「あっぶな!漢と漢の一対一じゃないの?ひどいなぁ…マスクくん。…え?」
「無間雷爪流『雷双牙』」
同じように凶を襲った雑兵数人とナムまでまとめて雷を纏った二手に分かれる斬撃で斬り倒す。
ナムは激痛で膝をつき、隙を見せたかに思えたが、何事もなかったかのように、さらに今までより早く凶の左腕に錫杖を叩き込む。
「あ…?何だテメェ…無傷…いや。俺の斬撃を俺が喰らってる?」
包丁で誤って指を切ってしまった程度の切り傷に触れ、少しそこに電流が走っているのを感じ取り、自身の攻撃がそのまま自分に『転換』されたのだと分析する。
「なんか不思議そうじゃ〜ん?」
「テメェの力は何だ…?」
「なんだろうね♪」
『とはいえ俺っち内蔵抉れるくらいのつもりで転換したんだけど?はは…洒落んなんね〜。タフすぎでしょ…』
二人の競り合いの最中、争いは激化していく。
「ああ、ナム、あなたの悲鳴が聞きたいでありんす…」
花魁の帯のようなものがナムに巻きつけられジリジリと火がついたそれは大きな爆発を起こし、跡形もなく周辺を吹き飛ばしたかのように見えた。
「ひとのものにてをださないでほしいなぁ…」
殺害現場のように広がった血溜まりの盾は、防護壁のようにナムに纏わり、爆弾を不発弾にする。
「邪魔でありんす…そこを退きなんし」
「やーだ」
「凶さんはすぐ始めちゃうんだから、困るなぁ…というわけで、ハイカラさん。命をもらいますね。」
「堪忍してや…自分どんだけ素早いねん…」
ハイカラは鉄扇でイゾウの攻撃を防ぐのがやっとという様子で、必死に刀を受け止める。
「閃花一刀流『砂箱木』」
数多の飛ぶ斬撃がハイカラを襲う。
ドリックとAGNIが斬撃の一部を弾き返すが、止めきることができなかった斬撃はハイカラの片目を潰す。
「アカン…片目が潰れてもうたわ…恩に着るわ自分ら」
「そう簡単に防げたら世話ねぇよ…」
逸らしたはずの斬撃が当たったのか、ドリックは片腕をだらりと垂らし、ボタボタと血を流す。
「そのでかい剣は飾りか?」
身の丈以上に巨大な大刀に蛇がとぐろを巻いたように刃の輪がついた奇妙な刀と、刺突に特化した刀がぶつかる。
「バジンか…お前は味方であってほしかったよ…」
「戦争なんて往々にしてそういうもんだ。」
「ああ…そう…だ…な」
想像以上に強いバジンの力に、ドリックはギリギリと圧されていく。
「すげえ力だな…くっ。だが、兵隊はまだまだいる…横を見ろ」
「安心しろ。妖刀・『鬼突(きつつき)』」
刺突に特化したその刀は雑兵達を串団子のように数人貫き、絶命させる。
「横を見ろと言ったろ?」
「撒式火薬術:『炎熱掃射』」
AGNIの全身からマグマのような温度の炎が噴射され、バジンを焼く。
「AGNIに撒式火薬術を仕込んでおいてよかったぜ…死ぬとこ…ッッ!」
雑兵の体内が奇妙に膨らみ、鉤爪をつけた血塗れのリッサがAGNIへとツッコむ。
「バジン、これはリッサのニャー!」
「バカ!今行ったら火達磨に…」
リッサは全身を焼かれ、大きな宝石の塊のようになる。
「ハッ、リッサ。バジンの忠告は聞くもんだぜ。ちょうどいい。『合体技』と行くか!」
「・・・・・・・」
物言わぬ宝石にリキが笑いかけると、瘴気を放出して、バジンを殲滅しようとしているヘリオスに狙いを定める。
「力(ちから)の極み『暴虐武人(ぼうぎゃくぶじん)』…」
リキの脚の筋肉のリミッターが外れる。
「悪魔猫宝玉波動蹴脚(ネオタイガーショット)!!!」
サッカーボールをシュートするようにヘリオスに火の玉のごとく宝玉になったリッサを蹴り込む。ヘリオスは回避が間に合わず、死を覚悟するが、AGNIがそれを庇い、右脚が吹き飛ぶ。
「ニャー、リキのおかげで目が冷めたにゃ!」
宝石から元の姿に戻り、脚の吹き飛んだAGNIを鉤爪で襲おうとするが、この戦争の中でも響き渡る大きな声で攻撃の手を止める。
「邪魔すんじゃねえ脳筋野郎!クソ猫!俺様があいつの体をぶっ放すつもりだったんだよ!」
ザクロは何かを溜めるかのように空中に片手を翳し、メラメラと燃え上がる隕石のような巨大爆弾を生成した。
「ちっ…あの馬鹿野郎…俺の楽しみを減らすな…」
「はは…これは避難しなきゃだなぁ…」
「ニャ!?」
「オイオイ俺達まで巻き込む気かよ!!」
「『爆殺乙女』俺様のもう一つの二つ名をよーく覚えてくたばりやがれ!!!行くぜぇ!!!爆(はぜ)の極み『轟爆焦土(ごうばくしょうど)』プロミネンス・ヘル」
戦場の中央に投げ込まれた巨大な爆弾の塊は、地面に着弾すると同時に大爆破を引き起こす。
それは敵味方問わず吹き飛ばし、雑兵達を一瞬で消し炭に変え、戦場を地獄絵図にする。
ピルスは数人の敵の雑兵を爆風の届かないところへ匿い、にっこりと笑う。
「危ないところでしたね。」
美しく優しい笑顔に女性の傭兵達はうっとりとした顔をするが、ピルスの持つ巨大なハサミは女性傭兵の首を切り落とした。
傭兵達の首は重力に従い地面に落ちていくが、ピルスはそれを優しく拾い上げ、手櫛で髪を梳くと、数束それを切り落とし、自身の懐にしまう。
「きれいな髪が焼けてしまうのは良くない…ザクロさんは『美』をまるで理解していない。さて…次は」
ピルスは戦況をただただ眺めるヤナギと、極みを発動しようとしているヘリオスをオペラグラスで見つめる。
「あの二人ですか…」
「Boo!Mr.ピルス。あっちの骨を被った人はMeにやらせてほしいナ!」
「おや、ドグラさん。貴方がそんなこと言うとは珍しい…」
「ちょっと色々ネ!」
「髪は僕にください…」
「OK!約束するヨ!」
そのやり取りが聞こえていないかのように、国旗のついたフードを目深に被り直したヘリオスは小声で何かを唱え始める。
「太陽の敵よ…まずは二人だ。瘴の極み『救済の煙』瘴気球」
「アァ…?」
「ンだこりゃ…」
濃い紫色の瘴気の塊はザクロとリキを包み込み、巨大な球体になった。
内部には小さな管がいくつもあり、そこから瘴気が少しづつ流れていく。
それはリキの力でもザクロの爆撃にも耐える強固な代物だ。
「ちっ!どんどんと息ができなくなってきやがる!」
「こじ開けるしかねえな!」
「まず二人…グフッ」
「油断大敵。きれいな髪に瘴気は似合いませんよ」
巨大なハサミは髪を避けるようにヘリオスの肩に深々と刺さり、柄を開く事で傷口を広げる。
髪を汚せば致命傷を与えることができたが、ピルスの美学がそれを許さなかったようだ。
ピルスは腰につけられている小さな脇差しのような刀を果物を真っ二つにするようにヘリオスの首に押し当て、髪が傷つかないようにゆっくりと刃を食い込ませる。
「行くぜっ!THUNDERBIRD!『IGNITED』!!」
アルビレオのパワードスーツから炎と弾丸がピルスに向けて一斉照射され、脇腹に大きな火傷を負い、一時撤退する。
「ちっ…人工的な髪に興味はありません…」
「いーや!興味しかないよ!どうやったの?その技術?気になる気になる!」
合成獣のような奇怪な見た目をした二匹の生体兵器は、二手に分かれてアルビレオに襲い掛かり、ヒドラ自身はモノリスのようなものを展開し、アルビレオを閉じ込める。
「『異形封印』」
「ちっ…」
生体兵器はモノリスごとアルビレオの体を貫き、機械状の腹部に巨大な風穴を開ける。
「ちょっち…これって劣勢」
「見れば分かるやろ…しゃれら呼びや」
「たは〜。困った困った…しゃれら!あれあれ!」
「は~い。やけどのおばさんとまだまだやりたりないんだけどなぁ♡血の極み『血漿』流血壁!!」
点滴と刀からおびただしい血が吹き出し、あっという間に赤黒く固まると、生き残っているナム陣営全員の足を掴んで引き寄せる。
そして固まった血はそのまま巨大な防護壁となった。
「ちりょうしま〜す血の極み『血漿』保肉輸血(ほじくゆけつ)」
全員が激痛で悲鳴を上げるほどの荒療治(麻酔無しで新たな肉片を埋め込む)を済ませ、ナム陣営は再び散り散りになる。
イゾウにひどくえぐられてしまったハイカラの片目と無傷のヤナギは治療を施されていないが…
「ああ…いい悲鳴が聞こえたでありんす。」
しゃれらが再び血を液状にし、攻撃に利用しようとした瞬間、それは意思に反してビタッと空中で固定された。
「留(りゅう)の極み『叫歌滞留(きょうかたいりゅう)』凝固」
極みを発動させようと波動量を上げるしゃれらにホウセンは小型の爆薬のようなものを投げ、片耳を木っ端微塵に爆破する。
「あぐうううう!!」
「ああ…いいお声で鳴く…」
ホウセンは自身の極みでしゃれらの悲鳴を瓶に収め、はらりと帯を外し、剣山のようになったそれをしゃれらの体に巻き付け、一気に引く。
しゃれらは全身から血を吹き出し、その場に崩れ落ちるが、その表情は勝ち誇ったようだった。
「やけどのおばさん、まけだよ♡血の極み『血漿』血禍流々(けっかりゅうりゅう)」
しゃれらから吹き出した血は鋭い槍のようになり、ホウセンを捉える。
「いや、それは困りますね。今戦力は五分五分なんで。閃花一刀流『沈丁花』」
ゆるやかなステップと共に繰り出される斬撃は、脚の運びとは全く結びつかないほど素早いものだった。
しゃれらとハイカラを守ることに注力していたドリック、ヘリオス、アルビレオ、AGNIはあっという間に治った傷の倍以上のダメージを受ける。
「ヘリオスさん、終わりです。閃花一刀流『白蘭』」
イゾウが作り出したらしいその型は、閃花一刀流の奥義である手向花に似たように、気配を消す技だった。
手向花のように殺気を消すのではなく、尋常ならざるスピードでその場から文字通り『消える』のだ。
そのスピードはナムが辛うじて反応できる程圧倒的なものだった。
ガタイのいいはずのドリック、機械の目で対象を捉えるAGNIの間を一瞬ですり抜け、ヘリオスの身体を袈裟懸けに斬り倒し、そのまま島の岸壁から海へ堕ちていく。
「あ…美しい髪が…」
海へと沈んだヘリオスの髪を名残惜しそうに見つめるピルスを尻目に、瘴気に捕らわれていたリキとザクロが開放される。
二人は瘴気で大量の血を吐き、苦しそうに身体を引きずって歩く。
「あ、おかえりちゃん〜で、さいなら〜、ホウセン姉…ホウセンちゃんにザクロちゃん。因果は巡るのよ☆なむなむ」
しゃれらの大技を固定しているホウセンは冷や汗をかいて極みを解除しようとし、ザクロはナムに渾身の爆弾パンチを連打する。
「みんな、手出しは無用ね〜」
「言われねぇでも…ッ!!」
「俺達は脇役か?」
アルビレオを襲うバジンの刀を受け止め、ドリックは『いつの間にかさらに巨大になった刀』でバジンの刀のとぐろを巻いたような刃の輪を砕く。
「やるじゃねえか…」
「手伝うよ、バジン。」
ヒドラは周辺に雨を降らせ、それを空中でゆっくりと降り注ぐ水銀に変える。
「異形術『銀河の嵐』」
「まずいぞ!避けきれね…」
「避ける?戦い中に背中を見せるのは感心しねぇ…籠蛇(ろうへび)・千手(せんじゅ)」
蛇に喰われたかのような連撃がドリックの全身を切り裂く。
「俺の二つ名を教えてやろう…『魔獣』のバジンだ。」
ドリックはその凄まじい全身の痛みから、この男が『魔獣』と呼ばれることを嫌というほど痛感させられた。
さらに悪いことに水銀の雨は今にも三人に降りかかるところだ。一滴でも浴びてしまえばひとたまりもないだろう。
「俺が…やるしかないな。」
ドリックはありったけの爆弾を全身に巻き付け、ヒドラに組み付く。
「ちょっと!?まじかよ君!」
「馬鹿野郎!そういうのは機械仕掛けのあたしがやんだよ!AGNI!!」
「液体金属モード…」
AGNIはドリックの爆弾を奪い、そのまま身代わりにヒドラに組み付くと、導火線に火を付けた。
「鬼突・『鬼人の供物』」
バジンの渾身の突きは振り払われたドリックを的確に貫き、爆発に巻き込まれるよう、その場から動けないほどの裂傷を負わせる。
瞬間、あたりは煙に包まれ、同時に大爆発が起こった。
「団長!こっちっす!」
「お、お前ら…」
島の外れにあるイザヨイカンパニー側の一隻の傭兵用の船。傷だらけのドリックはとある男達に引っ張られ、そこに乗船する。
そこにはハイカラ待機させていたらしい多くの傭兵と、傭兵と同じ服を着て潜入していたらしいドリックがかつて率いていた『リック団』の残党隊員がいた。
「いや〜命拾いっすね〜、団長が巻き込まれてるって聞いて、こそっと残党で潜入してたんすよ。良かった良かった…」
「フッ…とんでもねぇとこに来ちまったよ…」
「帰りましょう…このまま船で行けば…?」
「獣破双鉄爪(じゅうはそうてっそう)『解輪(かいりん)』」
ハイカラが待機させていた傭兵達が、輪切りのソルベのようにバラバラになり、絶命する。
島から離れた船の上、敵はいないはずだった。
「オメオメと逃げるなんて許さないにゃ〜」
船に着けられている銀の装飾品に擬態していたリッサが姿を表し、輪切りになった傭兵たちの体でトランプタワーを作る。
そのクオリティを自画自賛するかのようにパチパチと自分自身に拍手を送ると、鉤爪を抜いてリック団に襲いかかる。
「お前ら、離れとけ!」
「ニャハハ。やる気まんまんにゃ~。」
『とはいえ、火薬術も使えず怪我もひでぇ…いや、俺の力ではこいつに勝てねぇ…』
ドリックは今までうまく隠していた極みをここに来てようやく発動し、リッサを迎え撃つ。
得意の火薬術は団員を巻き込む船の上では使うことができないのだ。
「虚(こ)の極み『導偽虚活』:一会…「遅い遅いにゃ~!その傷、バジンにやらたのは丸わかりにゃ~。獣破双鉄爪『闇刃裂(あんじんれつ)』」
スピードを上げたリッサの踏み込みが強すぎたのか、船の木目が砕け、目潰しのようにドリックに降りかかる。
一瞬リッサの姿を見失い、刀を構え直すと、そのまま自身の部下へ向かっていくのが見え、庇うために覆いかぶさったところを鉤爪に貫かれ、意識を失う。
「つまらないにゃ~。さ〜て皆殺しにゃ。」
リック団の団員は震える手で、ゆっくりと刀を構える。
「にゃ?まさかリッサとやり合うつもりにゃ?」
「あ、ああ…やり合うよ…だ、団長は俺達を拾ってくれた…こ、ここで逃げたらホントのクズだ…来い!団長には指一本触れさせねえぞ!!」
リッサの鉤爪はギラリと輝き、容赦なく団員に攻撃が向けられる。
瞬間、巨人と見紛う程の大きな手に全身を握りつぶされる。
「虚の極み『導偽虚活』:釈迦握撃(しゃかのあくげき)」
ドリックの仲間を思う力に呼応するように、今まで出すことができなかった程凄まじい力でリッサの体を粉々に吹き飛ばす。
リッサは宝石のようになり、再び復活しようとするが、それすら叶わず、バラバラと砕け、海に破片が散らばった。
ドリックの後を追うようにゆらゆらと浮かぶ龍雲に乗った中性的な男性と、弓を携えた狐耳の女性。
男性はリッサだったもののの破片を拾い上げ、女性に渡す。
「終わりましたね。リッサはやりすぎた…さて、復活が遅れるように…沈めますか。」
男性は破片に錘を括り付け、再び水面にそれを落とした。
「ソラにはきちんと説明します…緑さんが」
「私ですか!?ここまで勝手にやったのは廉、あなたでしょう?」
「おや?私のやり方に意見しなかったのはこれが正しいと思ったからでは?」
中性的な男性、廉と狐耳の女性、緑はそのまま水面を眺めることなく龍雲でどこかへと飛んでいく。
ドリックの船がたどり着いたのはボロボロの街…いや、かつて最大企業だった乃亜造船の跡地。
深手を負ったドリックは、団員が医者を探しに行く中、大きなため息をつく。
「また無職になっちまった…残ったのは数少ない団員と…」
キョロキョロと周囲を見回すと、ホームレスのような人々が跡地を自由に使っている。
「この跡地と勝手に住んでる奴らだけ…地に足着けねぇとな…」
ドリックはゆっくりとホームレスの元へ足を運ぶ。
ナムは錫杖でザクロを振り払い、極みの口上を言う。
「業(かるま)の極み『六道』奥義:因果」
この男は極みの修行をしていたのだろうか、かつてよりも遥かに攻撃範囲が、返す力が強くなっている。
ザクロは島の一部を焦土にした自身の爆発を喰らい、上半身と下半身が分かれ、虫の息になる。
ホウセンはしゃれらに、他の雑兵に与えた武器のダメージが自身に返り、血を吹き出す。
その激痛に極みを緩めてしまったホウセンは、血の槍で全身を貫かれた。
「ああ…ナム…あなたの悲鳴が聞きたかったでありんす…」
ひどい血溜まりの中、ホウセンはナムを見つめて命を落とす。
「バカが…ただじゃ終わらねえよ!!」
「やめなよ〜悪いけど、君ごときじゃオレっちに勝てないし〜」
ナムは趣味の悪い入れ墨の入った舌をべーっとザクロに出す。
「えげつないわぁ…流石兵士長やで、こっちも終わったとこや、敵さん隠れとったわ。」
ハイカラが持っているのはドグラの首。彼の持つバッグから治療薬を取り出し、潰れてしまった片目に包帯を巻くと、その首をサッカーボールのように乱暴に蹴り飛ばした。
「ほな、形勢逆転といこか。ヤナギ、ぼーっとせんといてや。出番やで。」
「了解!待たせてゴメンネ。みんなの分頑張るヨ!死霊術『葬魂洗礼』」
ヤナギは笛を取り出し、血みどろの戦場に不釣り合いな美しい旋律を奏でる。
今まで死んでいった者達…ホウセンを含めて全てのものがヤナギに付き従う。
「さて、ここからが本番…」
「無間雷爪流『無明雷公(むみょうらいこう)』」
「閃花一刀流『一輪花』」
凶とイゾウはあっという間に目の前の甦った雑兵達を蹴散らしてしまう。
「横取りすんなよ、俺はまだ余裕だ…っておい!」
リキが雑兵の顔をパンチで貫通させ、そのまま武器のように乱暴にブンブンと振り回して蹴散らしていく中、大人しくしていたピルスは復活したホウセンと、その後ろのしゃれらに一直線に突っ込んでいく。
「ああ…ホウセンさん。これで遠慮なくあなたの髪を貰える…ヤナギさんも美しいが…しゃれらさん。貴方の髪はまるでルビーのようだ…華の極み『麗しき薔薇(ラヴィアンローズ)』:女神の寵愛(ディオサ・アモーレ)」
ピルスの姿は一瞬ふっと消え、しゃれらの眼前に立つと、体を滅多刺しにする。
「『鮮血の薔薇(ブラッディ・ローズ)』!!」
しゃれらは血の盾でどうにか防ぐが、全てを防ぎ切ることは到底不可能なほど剣のスピードが早く、致命傷になりそうな場所意外は全て刺されてしまった。
そして、編み込んでいた髪の片方をハサミで切り落とされる。
ピルスはそれを鼻に当て、深呼吸をするように大きく息を吸い込むと、今まで以上のオーラが全身から溢れ出す。
「ああ…美しい…力が湧いてくる…なんと綺麗な髪だ…次は貴方です…ホウセンさん…」
ピルスは先ほどとは桁外れの力でホウセンに斬撃を与える。
ヤナギは旋律を変更し、ホウセンの靴に仕込まれていた、小型の拳銃を器用に動かし、ピルスの猛攻を阻む。
「ちィ…厄介な野郎だ…そろそろ準備しておけよ、ドグラ」
凶はひっそりと生首に耳打ちし、イゾウとともにナムに斬りかかった。
「二人は反則っしょ!」
AGNIが自爆した場所の煙はだんだんと晴れていく。
バジンがいたはずの場所には籠蛇だけが残り、関節を模した輪は爆風によりボロボロと無惨にも砕け落ちる。
AGNIだったものは温度計を割ったときのように銀の礫が飛び散っていた。
「ゴホッゴホッ…AGNI、避難できなくなるとこだった…勘弁してくれよ。」
硝煙を吸ったのか、苦しそうに咳き込み、煤けた頬を拭いながらAGNIだった礫の真ん中に磁石を落とす。
銀の礫はゆらゆらと揺れ始め、自身の体を探すようにひとりでにくっつき、AGNIの形を再び形成する。
「よくやった、倒したぜ…と、言いたかったな。敵さん対してダメージ受けちゃいねえ…」
「異形術『粘菌の巣』」
ヒドラとバジンが居た地点に形成された餅状のそれは、ぬとぉ〜っとという擬音が似合うもたもたドロドロとした遅さで、二人の姿をゆっくりと出現させる。
「いや〜ごめんね、刀壊しちゃって。作ろうか?」
「いや、『これでいい』」
鬼突で近くの岩を粉砕し、それをジャンプ台のように足をかけ、ヤナギの前に飛び出すと、笛を握る片腕を切断する。
「ぐっ…ず、随分早いネ。演奏をしないと…」
切断されていない腕で笛を握り、死体を操るヤナギだったが、バジンの圧倒的剣技に防戦一方となる。
「覚えておけ、籠蛇の真の力は…『輪が外れたその時』だ:籠蛇・八岐之大蛇(やまたのおろち)」
八度の斬撃がヤナギに降りかかり、死を覚悟するが、ハイカラが間に入り、代わりに体を滅多斬りにされてしまった。
ハイカラはべっと舌を出し。服の下に隠していた最新式の防護服をボトボトと落とす。
「堪忍してや…これ、アルビレオと作ったイザヨイカンパニー最新の技術を詰め込んだ最強の防刃チョッキやで。こない一撃でいかれたらかなわんわぁ…」
「一撃?鬼突も使ったはずだが。」
「何言うとんねん。チョッキ無いとこに刺さっとるわ…ガフッ」
ハイカラは苦しそうにバジンの手に血を吐き出す。
しかし、その薄笑いは消えていない。
「何がおかしい。」
「ああ、ひどい部下持ったな思うてな。社長も社員もこないなっとるのに、アイツときたら…」
「アイツ…?」
アルビレオはヒドラに目もくれず、ハイカラの助けに行こうとするが、リキの凄まじい蹴りに一瞬意識を飛ばす。
「俺は無視か?寂しいじゃねえかよ」
「アンタも相棒の心配したら?死にそうだよ?」
「相棒ォ?ザクロの野郎のこと言ってんのか?むしろ死んでくれて幸せだぜ、でもな…」
アルビレオの首をギリギリと締め上げ、宙に浮かせると、乱暴に地面に叩きつけ、機械の足を踏み砕く。
「俺以外のやつにやられたのは癪なんだよ!ザクロォ!まだやれんだろ!カッコ悪ィぞ!」
上半身と下半身が分離しながら、どこにそんな余力があるのかというほど大きな声でリキに反論する。
「黙ってろ!!リキ!これから俺様の華麗な反撃ショーが始まんだよ!『間爆(はざまはぜ)』」
今までザクロが触れていた場所、戦争参加者が吐く二酸化炭素が次々と爆裂していく。
空気が爆発するのだ、ナムすら極みで反射することができず、爆破のダメージを喰らう。
「こっちを見ろ、クソ坊主『追爆(ついばく)』」
ザクロが触れた石は爆弾つきのラジコンのようになり、ナムの近くで大爆発を起こす。
しゃれらが血の防護壁でナムを辛うじて守るが、ザクロは狙い通りとばかりに、しゃれらの頭上に巨大な爆弾の塊を形成し、躊躇わずに爆破する。
「元はと言えばお前の反撃がきっかけだ!!!ハナからテメー狙いなんだよ!どの道俺様も助からねえ!道連れだぜ!爆の極み『轟爆焦土』:尽くを吹き飛ばす爆撃(ロケット・ダイブ)!!」
「ちのかべが…これって…し…」
しゃれらは防護壁ごと心臓の周辺が全て吹き飛ばされ、人形のようにその場に力なく崩れ落ちた。
「へへ、悪いな…リキ…」
ザクロは満足気に、そしてリキに少し申し訳なさげに目を閉じた。
「どんどんと減ってくじゃん?二対一で来るなんてマジで俺も殺す気?」
「テメェの望みに応えてやろうか?行け、イゾウ。」
「いいんですか?じゃあピルス君でも手伝いに行こうかなぁ…」
ナムはイゾウの離脱とともに、凶に錫杖を振り上げるが、微弱な電流により体が痺れ、動きが一手遅れる。
凶はそれを見逃すことなく、ナムの腹部に刀を深々と突き刺し、内部に電流を流す。
「業の…「テメェには極みを発動する時間も与えねェ…」
「ぐあああああ!!」
ナムの頭を鷲掴みにし、静電気を帯びた刀を何度も突き刺す。
その痛みは、今まで余裕を見せていたナムが絶叫するほどのものだった。
『コイツ…他の相手とは違いすぎる…どうしたもんかね…』
「ナ…ム…」
しゃれらは最期の力を振り絞り、ナムの近くへ這いずって行く。
「まだまだ…こっからだ…よん…」
凶の電撃を反射し、一瞬麻痺させると力任せに錫杖を振り、側頭部に当てる。
しかし、錫杖を振ったナムの手には直撃をさせた感覚がない。
「刹(せつな)の極み」
凶の口上と共にナムの攻撃が数センチずれる。ナムは、からくりを見破ったことに笑みをこぼし、口内に溜まった血を目潰しのように吐きかけ、千枚通しが紙を貫くように、凶の右目を突き刺す。
「いいじゃねえか…大将はこうじゃなきゃいけねぇ…」
「嘘だろ…バケモンか…」
いかなる人間でも目玉を貫かれれば悶絶し、苦しみ、攻撃の手を緩めるはずだ。現にハイカラはしばらく戦線に復帰できなかった。
ナムは笑顔で反撃をする凶の姿が『人間とは違う何か』に見えていた。
「無間雷爪流:奥義『蒼麒麟(そうきりん)』」
確実にとどめを刺せると気を緩めたのが悪かったのだろうか、凶の奥義をその体に直撃させてしまう。
雷と同じ速さで放たれたそれは、ナムの全身を電熱で焼き、傷口をドロドロと溶かす。
「ちっ…油断しやがって…つまんねぇ幕引きだぜ。イゾウ、ザコは任す」
「はいはい」
ヒドラは異形の力でアルビレオをどんどんと追い詰めていく。
リキとヒドラは『一人一殺相性のいい相手と戦いましょう』と相談するタイプではないのは明白だったが、液体金属のようになるAGNIは後回しに、二対一でアルビレオに攻撃を仕掛けるのだ。
「ヒドラ、邪魔すんな。殺すぞ」
「数的有利でしょ?そんな怒んないでよ。」
「死ね。こんなおもしれーもん譲れるかよ。力の極み『暴虐武人』:過剰肉体促進(ドーピング)!!」
ボコボコと奇妙に筋肉が隆起し、アルビレオの放った銃弾を跳ね返す。
「ちっ…早いわ痛いわ…『SWORD SUMMIT』」
レーザーが凝縮され細い刀のようになり、リキの身体に斬撃を与えるが、隆起しすぎた筋肉の表面に刃が食い込む程度で、大したダメージは与えられなかった。
「大した切り傷も与えられないのは少しショックだぜ…」
「へっ。力は全てを上回る。科学なんてものは代用品でしかねぇンだぜ…捕まえた…」
「アルビレオ!今助け…「異形術『凝固点』」
ヒドラは自身の体温を急激に下げ、そのエネルギーを氷の力に転換すると、助けに入ろうとしたAGNIを氷漬けにし、無効化する。
「よそ見は禁物…ってね…ってかアルビレオって人…リキに捕まっちゃった…あららららら…終わりだわ」
「力の極みィ『暴虐武人』:超攻撃的殺人投(パワーボム)」
足を掴んでアルビレオの体を持ち上げ、凄まじい筋力で地面に叩きつける。
アルビレオの機械の体はバラバラ砕け、生命活動ができない状態に追い込まれた。
「ザクロのバカが俺以外に殺されて機嫌が悪ィンだ。トドメは刺させてもらうぜ…爆殺キィィィィック!!」
動けないアルビレオの顔を思い切り蹴り飛ばし、全ての昨日を停止させ、命を奪う。
「ああ…お前…ケーキのイチゴ…先に食べちゃうヤツだ…隠し玉や楽しみは、最期に取っておく…」
アルビレオは隠し玉を用意していたかのような口振りでリキを挑発すると、バラバラになった全身から磁気を発生させ、武器を全てリキに向ける。
「『CHASE//THE THRILL』」
全身に装備されていた重火器やレーザー、その全てがリキを絶命させるまで放たれる。
ヒドラが異形術で防御の介入を試みるも、それすら許さないほどの集中砲火。
リキは蜂の巣になりながら自身の筋肉で臓器を守り、どうにか立ち上がる。
「隠し玉は最期までって言ったろ。じゃあな、AGNI後は任す『C4』」
「ちっ…ザクロのこと言えねェや」
リキが最期に見たのはアルビレオの舌のスイッチ。
歯でそれを押され、二人の体は跡形もなく吹き飛んだ。
爆風の熱により、AGNIは氷漬けから目を覚まし、ヒドラと対峙する。
「主人を失った…リミッターを握るものはもういない」
「へぇ、まだ上があるんだ?見せて♪見せて♪」
ピルスはホウセンの肘に隠された毒煙を吸い込み、全身が麻痺する。
ハサミと刀しか武器がない自分にとって、仕込み武器を駆使する彼女は相性が悪いと改めて思う。
「それでも…あなたの髪は美しい…」
「Boo!思考と答えが一致してないよMr.ピルス!あの子は僕に譲ってほしいって言っただろ?」
「僕は今ホウセンさんの話をしてるんです」
「でも彼女はゾンビさ。得意分野なのは僕さ!」
「いいから早く首をつけ直してください、話しづらい。僕はどこに目線を合わせればいいんです?」
まるでスーパーの袋のように自身の頭を持ち、陽気に話す奇妙な光景を、ピルスは見慣れたかのように顔をしかめて文句を言う。
「つれないこと言わないでよ、胴体探すの大変だったんだよ?」
「便利な能力ですね、相変わらず。」
「というわけで、選手の交代を申し上げます。ピルスに変わりまして、ドグラ」
野球のアナウンスのように淡々と告げ、再び陽気に笑い出す。しかし、一瞬普段見せたことのない真顔に変わり、ピルスに忠告する。
「気を付けてね、二人ほど『死の匂い』がしないから…」
ピルスはホウセンに(彼女の髪に)悲しそうに手を振ると、残りの敵を探すためにキョロキョロと視線を動かす。
髪のきれいな女性はほとんどやられてしまっているため、少しやる気のない様子ではあるが…
「僕の助け…は…ろな…い…か…」
『僕の助けはいらないか』とつぶやいたつもりだったピルスは、自身の呂律が上手く回っていないことに気づき、ホウセンの毒煙を吸い込んだのが悪かったと自戒する。
しかし、足を一歩踏み出すごとに『なにか得体の知れない力』で抑え込まれているような感覚に襲われ、ついには全身何かに拘束されたように完全に動くことができなくなってしまった。
「貴方はこちらへ…」
「!?」
ピルスは得体の知れない力により、戦地とはやや離れた場所へ引きずられていく。
「残りは社長と歌と機械仕掛けのヤロウか…バカ共、好き勝手暴れやがって…あとは俺一人で充分…ッ!!!」
凶もピルスと同じ力によりどこかへと引き寄せられた。
完全に油断していた、死に体の現世が起き上がり、自身の片腕を切り落とすとは微塵も思っていなかった。
バジンは腕ごと鬼突を奪われ、そのまま拾い上げたハイカラに心臓を貫かれる。
「うおっ!何やこれ!ワイの頭ん中奪おうとしよる。怖いわぁ…でも、一番怖いのはアンタやで。もうちょい早う助けてや。副社長」
「副社長…?こいつは和の都の…」
片腕で鬼突きを引き抜こうとするも、心筋の収縮に合わせ刃は強く食い込み、抜くことができない。
「仕方ないだろう。俺はお前らと違って極みを会得したのも最近なんだ。粧の極み『写化粧(うつろいげしょう)』:死化粧(しにげしょう)」
現世の顔が、斬られた場所が、どんどんとひび割れていき、中から現世の衣装を着込んだヒューが姿を現した。
「作戦通りやな、副社長」
「大きな犠牲だったがな。ここまでとは思わなかった。それに、都の人間を戦争参加者にするわけにはいかない。現世には『討伐すべき者』のみやってもらう。ヤツとは交渉済みだ。」
ー決戦前夜ー
「とはいえ…和の都の重役であるお前を戦争参加者にするわけにはいかないな…」
「わたくしは都の命により来たのでそちらの方は上も納得しておりますが…」
「そうじゃない、世間体の問題だ。お前にも悪い噂が立つがこちらにも不都合がある。お前を戦争に巻き込んだなんて知られてみろ、島の評判がガタ落ちだ。」
「ならば…どういたしましょうか?」
「一度死んでくれ」
ヒューの突拍子もない発言に、仕事に感情をあまり持ち込まない現世も思わず目を丸くした。
現世は恥ずかしそうに咳払いし、自分自身の術は死んだものを生き返らせる力はない事を伝える。
「いや、『一度死を偽装する』んだ…俺の極みでな…お前の標的は…こいつらだな?」
ヒューは写真を現世に渡すと、極みの力で現世そっくりに変装する。
「ふむ…聞きましょう」
ー現在ー
「それ言うてや、ホンマ汚い大人やで」
「戦場に…無駄話…は…禁物…だ」
籠蛇を握り締めたままの片腕を、鬼突の出血も厭わずヒューの頭に思い切り振り下ろす。
ハイカラがどうにか防いだが、剣術の経験と力の差により、ヒューの額に大きな傷がつく。
「まだそない力があんねや…さすがやな…二対一でいかせてもら…「待て、この男は…今の攻撃で…もう死んでいる」
バジンは鬼突による大量出血をそのままに、二撃目を振り下ろさんとした状態で、立ったまま息を引き取った。
「見事なもんやな。時代が違えばワイらが雇ってたかもしれへん…残酷なもんやで」
ハイカラはヒューの額の傷にハンカチを当て、残念そうにつぶやいた。
「あ~…こんな形で終わりか…」
地面に倒れ伏し、全身の麻痺により身体のどこにも力が入らないナムは、自身の最期を悟り、なんとも言えない声でブツブツと何かを喋る。
「だいじょうぶ。しなない」
聞き覚えのある子どものような喋り方と発音。
同時に麻痺が治り始めた自身の体に温かい体温が戻りつつあることを感じる。
しゃれらの刀から伸びる点滴のチューブは二層に分かれ、ナムとしゃれらを繋ぐ。
ドクドクと流れる血はしゃれらからナムへと移されているのだ。
心臓を爆破され、長くは保たないしゃれらは最後の力を振り絞ってナムへ近付き、自身の血を輸血し、刀を使って肉を削ぎ落とし、ナムが斬られた部分を上手く力の入らない腕で縫合していく。
しゃれらの表情は今までの狂気的なものではなく、優しく、愛しい人を見つめる恋人のようなものになっていた。
彼女には学がなく、漢字も、難しい言葉もわからない。
それでも、最期に言葉を紡ぐ。
「ありがとう…ナムちゃん。この数年間…私は生きてきた中で一番幸せでした。最期に見たのが貴方の顔で良かった…おやすみなさい」
しゃれらはナムに輸血を終えると、人生に満足したように笑って目を閉じた。
ナムは体にみるみる力が漲り、しゃれらに羽織っていた派手な上着を被せると、ヤナギの操る死体を軽々斬り裂いていくイゾウを背後から思い切り蹴り飛ばす。
「これはこれは…もう死んだと思っていました。これは…僕しか止められないなぁ…」
ナムの錫杖とイゾウの刀がぶつかり合う。
「笛の音に乱れが生じている!?」
「ムルの極み『HALLOWEEN PARTY』:HAPPY HALLOWEEN」
ドグラはぶら下がっていた首を極みの力で繋ぎ合わせ、指をパチンと鳴らす。
「!!」
ヤナギの笛の音に操られていた死体はドグラのハンドスナップ一つで一瞬で沈黙する。
「キミ、こんなもんじゃないよね?Ms.ヤナギ。ゾンビ軍団ならMeには効かないよ?Meは『死』と友達なんだヨ!」
「ワオ。しっかり同業者さん?」
「いや、Meはしがない武器商人サ」
「キミ、いい匂いだネ。とりあえず…死霊術『魂魄終結』」
噛み合っているのか噛み合っていないのかわからない会話を繰り広げ、ハタから見れば何が開戦のきっかけになったかわからないような二人は、どこか自分と似た力を持つ人物と会えたことに喜びを感じながら、互いに武器を構える。
ヤナギは旋律を変え、死体から魂を全て抜き、それをホウセンの遺体に結集させる。
ホウセンの遺体は格段に能力が上がり、髪留めに仕込まれていた鎖でドグラを拘束するが、縫い傷に鎖が食い込むと同時にバラバラと肉体が削げ落ち、拘束を解いた状態で、元のドグラへと戻っていく。
「縫い目…ムルの極み…なら…『魂魄終結』:鎮魂曲第一番」
ヤナギの演奏は激し目のクラシック音楽のようなものになり、ホウセンはそれに合わせて、数多の武器でドグラを切り刻んでいく。
「Ms.ホウセン。武器に関しては気が合うネ!」
武器商人であるドグラは、自身の極みの力とその武器術を合わせるように、縫い目から魔女の箒のような乗り物を出し、サーフボードのような動きでホウセンの背後を取ると、蜘蛛の巣の形状の縄で拘束し、蝋燭の形をした燃える矢であっという間に魂を冥界に帰す。
「Ms.ホウセンの強さは『彼女の目的』と強く結びついてるからね、大分弱体化していたヨ、さ、こっちの番だヨ!」
肩の人形に何やらブツブツと語りかけ、『OK!』と陽気に返事を返すと、ジャック・オ・ランタンの形をしたカボチャの爆弾をヤナギに投げつける。
「この戦争は爆殺がブームみたいだネ!だからキミも…」
「冗談じゃない、痛いのはゴメンだネ!」
ヤナギは笛に口をつけるが、パンプキン爆弾は笛を破壊する目的で投げられたらしく、音が出なかった。
狼狽えるヤナギのをドグラは見落とさず、縫い目から取り出した大鎌でヤナギの命を刈り取った。
「あっけな…いっ!!?」
殺したはずのヤナギは、完全に傷が塞がった状態でドグラの喉を貫いていた。
しかし、ドグラはヤナギから『死の匂い』を感じ取り、何かがおかしいと考える。
「まさか…『そういう力もあるの』かい?」
「死霊術『黄泉還り』」
「黄泉還りネ。なるほど…これって実質無敵かな?」
「お互い様でしょ」
ヤナギは怪力こそ持ち合わせていないが、術者とは思えぬスピードを有しており、ドグラは次の武器を構える前に何度もパンチを喰らう。
「ハハ…まいったネ」
「アザ…?なるほど」
「バレちゃったか」
不死身に思えたドグラだが、切断された自身の体を縫い合わせる事はできるものの、打撃にはなんの効力も持たないことがわかり、ヤナギは倒れた傭兵の持っていたハンマーを拾う。
「いいハンマーだネ、それ。よく作り込まれてル」
「軽いから扱いやすいよ、これ。っていうか喋り方まで似てるのはちょっと癪ネ…」
ヤナギは驚異的な瞬発力でドグラと間合いを詰めると、ハンマーを頭に振り下ろす。
ドグラは取り出した刀でそれを受け止め反撃に転じるが、霊魂がヤナギから抜け、近くにあった棍棒を掴むと、無防備な脇腹に思い切りそれをぶつけた。
肋骨が数本折れたのか、ドグラは口から血を吐き出し、とっさに上げていたガードを下げてしまう。
「相手が私じゃなくてナムなら今ので死んでたヨ…隙ありネ」
「Ms.ホウセン。技、借りるヨ。ムルの極み『HALLOWEEN PARTY』:SPOOKY」
「留の極み『叫歌滞留』:悲岩拘留(ひがんこうりゅう)」
ドグラはホウセンの魂を縫い合わせたらしく、一時的に蘇らせ、岩の中に入っていた微細な水分をヤナギの足を押し留めるように使用し、拘束する。
ホウセンは再び力尽きて倒れた。
「なっ!!」
「ん~とはいえ、実質無敵なんだよネ。こういうのは媒介があるはずだから…」
苦悩の梨を改良したような物を取り出し、刃になった部分をヤナギの心臓部に当て、グリグリとねじり肉を開いていく。
「BINGO!!!君の媒介はこの笛だネ!」
ドグラがヤナギの心臓から笛を抜き取ると電池が切れたように動かなくなった。
「…やめた。」
笛を折ろうとしていたドグラだったが、その腕を止め、肩に乗せたぬいぐるみとそっくりな大きな布状の被り物をヤナギの遺体にかぶせ、笛を戻す。
「え…」
「OH!また会えて嬉しいよMs.ヤナギ!」
「とはいっても私もう死んでるネ…」
「僕の近くにいれば大丈夫サ!なんか初めて自分に近い人を見つけたヨ!」
「言われてみればそうかも…?」
「じゃ、さっそくお願いを聞いてくれるかい?」
「いきなりだネ…」
「君のせいだヨ。肋骨が肺に刺さったみたいでうまく動けなくてサ。島の内陸部の病院まで運んでくれないかい?BESTIE(スラングで親友の意味)!!」
「BESTIE…ん。了解。連れて行ってる時にBoo!とか脅かすのナシだからネ!」
死の匂いを感じる者と自身の死をも操るヤナギ。
二人は片方の死を持って奇妙すぎる友情が生まれ、戦場を離れていった。
「烈火」
炎を推進力にしたAGNIの超スピードに合わせるように異形の腕になったヒドラが腹部を貫く。
しかし、液体金属になったAGNIの体はすぐに修復し、持っていた大鎌に炎を纏い、ヒドラの顔を切り裂く。
ヒドラは溶けた顔を狼のように変形させ、噛みつくと、背中から生体兵器を生やし、AGNIの体を数箇所もぎ取る。
「これでも戻るのか…その『液体ナントカ』は便利だね…この戦いが終わったら体に移植しようかな」
「この戦い…終わりはするがあなたはもう終わり…『日輪』」
ヒドラの周囲に描かれた円から高純度の炎が発生し、生体兵器を二体とも焼き尽くす。
「はぁっ…はぁっ…凄い炎だ…生体兵器が二体とも居なくなっちゃったよ…でも…君の負けだ。異形術『残滓の反乱』」
AGNIの体がドバっと裂ける。
ヒドラは最初の攻撃の段階で自身の異形をAGNIの体内に仕込んでいたのだ。
そして、トドメのタイミングでその力を急速に成長させ、再生を妨害し、内部から破壊する。
AGNIの体は修復が不可能なほど、体がボロボロに折れ曲がり、機能が停止し、地面に力無く落ちるとバラバラに砕け散った。
「アルビレオの爆弾のこともあるからね…警戒してこの場を離れ…「いらっしゃいませ〜」
「え」
目にも止まらぬ速さの錫杖がヒドラを捕らえ、頭を殴られた衝撃で意識を失う。
「うおっ!イゾウちゃん。やる気満々?ちょい待ってよ」
「一応味方なんでね。やめていただけませんか?」
「あ、剣じゃ無理だよ。悪いね、なむなむ。業の極み:『写絵(うつしえ)』」
数分前に起きた出来事を再現するかのようにAGNIが放った灼熱の力がヒドラの遺体を焼き尽くす。
「火葬になるかな?御霊前は後でいただくよん。イゾウちゃん」
「やはり一対一にならざるを得ませんか…閃花一刀流『手切草』」
「っぶね!」
「…?」
錫杖を持つ手を的確に打ち抜き、武器を落とそうとしたが、ナムは『まるで知っていたか』のように動きを予測し、鼻に肘打ちを入れる。
「僕より速い…いや」
「んなわけないっしょ?おれっち凶にすら勝てなかったんだから。君のがダントツ速いよ」
「花片!」
「ここっ!当たりぃ…」
趣味の悪い入墨の入った舌を挑発的に出し、錫杖の直撃で逆側に曲がった脚を踏みつける。
「いいこと教えてあげよっか?おれっち二年前に『その世代』の隊長に煮え湯飲まされてっから研究したんだよね〜。流派にはそれらしいクセが必ず出る。だから太刀筋読めるわけ♪こんなふうにね」
極みを使っていたのか、イゾウの全身から閃花一刀流を当てた傷跡が浮かび上がる。
「これは…本当に勝てそうにない…閃花一刀流『白蘭』!!」
ヘリオスを倒したその技はナムでも見切ることができず、しゃれらに移植された皮膚がべろりとめくれ、傷が開いたように血が吹き出す。
ナムはすぐに体制を立て直すが、イゾウの殺気と気配がないことに気付く。
「閃花一刀流『奥義』:手向花」
イゾウの斬撃はナムの首の動脈をとらえ、完全に殺害したかに見えた。
「業の極み『六道』:因果。残念♪キミその技使いこなせてないっしょ?焦っちゃった?おれっち最近それやってる女こそっと見たけどこんなもんじゃなかったよ?修行やめちゃった系?」
「楼の…」
イゾウは自身の奥義を転換され、その力で命を落とした。
「さて?社長、副社長、生きてんじゃん?」
「さすが兵士長、タイマン勝ったんやな。こっちは余裕…言いたいとこやが、副社長がちとアカン「いや…好都合だ…」
バジンに斬られたヒューの額の傷はどんどんと悪化しているらしく、大量の血が目に流れ落ちていく。
「好都合てなんやねん。」
「ここで俺が死ねば『島を守った英雄』だ。社員の結束が固まる」
「おいおい、な~におセンチなこと言っちゃってんの?俺達は現ナマ主義。名声よりも金っしょ」
ヒューはナムの肩を借り、ゆっくりと歩きながら『バカだなお前は…』と笑ってつぶやく。
「こういうのも悪くない…俺にとっては悪くないんだ…今までの俺からしたらな…」
「アホ、自分おらんかったら誰が交渉すんねん。考えて喋れや」
「ああ…そうだ…な」
ヒューはナムの肩から力無く倒れる。
ーその後、帰還したハイカラより、社員に伝令が届いた。『イザヨイ島を守護する戦争にて、副社長ヒュー、殉職』とー
「ああ?テメェは死んだはず…」
「いえ、あの時は体の一部を結界に仕舞いまして…このように」
現世は体の一部に出来た空洞を見せる。
ー数日前ー
ゼラニウム街にそびえる極師邸にて現世は『似た力を使う』筆頭極師のラミアに『とある力の使い方』を学んでいた。
「成る程…確かにわたくしの呪法結界は『外部の干渉』が貴方より強い…」
「でしょ?だから現さんはダメージを飛ばして体力を回復するより、体の一部を結界に隠して攻撃を透過する方が向いてると思うんだ…」
「ゼラニウム公、わたくしはそのような能力を持ち合わせては…「できて当然だ、そう思うことだよ。向き不向きは置いておいて僕にできることの殆どが現さんにできないわけ無いだろ?少し修行する?」
やや強引なラミアの提案だが、相手の能力がわからない今、石橋を叩きすぎても悪いことはないだろうと考え、現世はラミアの条件を飲む。
「今後時間ができたら僕にも教えてくれないかな?『物質を空間にとどめて武器にする戦い方』…」
ラミアなりの気遣いだろうか、今後の約束を取り付け、修行を終えた現世を送り出した。
ー現在ー
ヒューの顔がビキビキと砕け、現世が姿を現す。
凶はこれ以上ない強敵だと嬉しそうに笑みを浮かべ、ピルスはなぜ自分が狙われるのかと困惑している。
「あの?僕はなぜ呼ばれたのです?」
「先刻、和の都を出て他の街で暮らした貴族の二名が髪を切られ殺害されておりました…なにか知っているかと思いましてね…」
「ああ、彼女らは美しい髪でした。だから何です?ここで殺すと?」
「行くぞ、ピルス」
「『妖艶な青薔薇(ヴィーナス・ローズ)』」
「『雷鳴斬』」
剣とハサミの猛攻の応襲と凶の渾身の一撃が現世を襲うが、結界術により一歩も動くことなく二人の攻撃は叩き落される。
「困りました…そこまで暴れられてしまうと…副社長からお借りしたお召し物が汚れてしまいます…」
現世が心配しているのは自身の命でも二人の攻撃をどう抜けるかでもなく、ヒューと変えた着物の心配をしている。
「お召し物だァ…」
「ナメられたものですね…」
「少なくとも貴方は相手になりませんね…大人しく投降していただければここで戦うことはいたしません。」
「僕が逃げることを選択したら?」
「命の保証は致しませぬ」
ピルスは国に戻ればどちらにせよ死刑だと思い至ったのか、凶と共に再び攻撃を再開する。
「呪法結界『断(ひとたち)』」
ピルスの体は本人も気づかないまま結界に切られ、真っ二つに崩れ落ち、死亡する。
「ゼラニウム公がやっている中で応用できそうなものを使ってはみましたが、たしかにこれは燃費も威力も申し分ない…」
「ヘェ…ピルスを一瞬か…面白くなってきたな」
凶は自身の体を帯電し現世にうちかかるが、全て結界に阻まれ、現世の反撃は防御の余地がなく次々と凶だけが深手を負っていく。
「凄まじい耐久力ですね…ですが、あなたは危険すぎる。」
「最大出力…無間雷爪流『蒼麒麟』!!!」
島中に響き渡る雷鳴と稲光り。圧倒的な威力は現世の結界にヒビを入れる。
「両手を使っても止めきれないとは少々誤算でございますな…お召し物を汚してしまいました…」
『上位職の方の高価なお召し物だ…責任を持って洗わなければなりませんな…』
現世の両手からはボタボタと血が流れ、数箇所の切り傷ができていた。
凶は自身の最強の技がこの程度の威力しか与えられなかったことで現世には一生勝てないであろうことを悟る。
同時に、圧倒的な力の差に凶は生まれて初めて恐怖する。
今すぐこの場から逃げ出したい衝動に駆られ、歯がガチガチと震え、命乞いをするように紫色に輝いた『可視化された結界』を見つめた。
「呪法結界『八卦滅浄槍』」
可視化された六十四本もの高密度の結界は全て凶を貫き、岩場に磔にされるようにして絶命させる。
同時に都より手配された船が現世を迎え入れ、イザヨイ島戦争は凶の死亡逮捕で幕を閉じた。
数日後
ハイカラはイザヨイカンパニーの社員を集め、新しい副社長を紹介すると宣言し、その男を呼ぶ。
船乗りのような衣装を身に纏った気品漂う車椅子の男性はゆっくりと息を吸うと社員に挨拶を始める。
「本日より、イザヨイカンパニーの副社長に就任した、『元乃亜造船社長』のミトです。あの日、ルチアーノに脅されていたとはいえ多くの人を死なせてしまった…こんな弱い僕を拾ってくださったハイカラ社長…片目を犠牲にしても社員を守った社長のために身を粉にして働きます…そして、亡くなってしまった…副社長の…っ…ヒューさんに精一杯の敬意を…っ」
船乗りの格好をした気品漂う男…ミトは、ハイカラに敬意を評し、亡くなったヒューを時折言葉を詰まらせながら追悼し、社員から大きな拍手で迎えられた。
「ミトはルチアーノに脅され、凶行に及んだ。全てルチアーノのせい。世論や都市伝説なんて誰もが自身の思いたいように思い込むもんだ」
社長室にいるハイカラとナムの前でミトの顔がヒビ割れ、ヒューが姿を現す。
「何度見ても慣れへんなぁ…」
「副社長なんてもんは陰で動いたほうがやりやすいんだよ、あの戦争でこんな体になっちまったしな。」
死にかけだったバジンの斬撃はヒューの命こそ奪わなかったものの、脳に達した刀傷は下肢に重い障害を残した。
一生歩くことのできないヒューは表ではミトに擬態し、会社を裏から操る事を決めたのだ。
「ほな、次はどないしよか?」
「乃亜造船の跡地に『面白い花火』を作る職人がいるそうだ。」
「やっぱ初期メンは揃わないとダメっしょ?」
ハイカラは船の手配を始めた。
ー裏イザヨイ島戦争ー
終わり
エピローグ
漁師達が集まるとある街。眼鏡の男はそこの見習いとして働いていた。
「兄ちゃん、記憶は戻ったかい?」
「いや、さっぱり…」
「あんなひでぇ傷だ。多分とんでもねえことに巻き込まれたんだゆっくり思い出せよ。」
「…すみません。あ、この鮭はどちらに?」
「それはベニバナの酒場ってとこに卸すって言ったろ?そっちは忘れんなよ、イサミ。」
イサミと呼ばれた男は『ベニバナの酒場』という言葉に少し反応したように見えたが、再びにこやかな顔をし、重い鮭を船に積んでいく。
「ベニバナの酒場って?」
「なんだよ、イサミも興味あんのか?いや、俺も行きてえんだけどよ。店主がどえれぇ美人らしくてな…真っ赤の髪をしてるとか…」
「先生…」
「あ?」
「いえ、なんでもないんです。一人前の漁師になったら、自分のお金で行ってみようかなぁ…」
「おう、それがいい。イサミは顔がいいから好かれるかもな。」
「そうであると嬉しいですね。」
『心の底から』と心の中で呟くと、釣った魚が並べられた食卓に足を運んだ。