【ヴァサラ戦記ー外伝ー】絶望の支配者ルートA【漫画あるある。他の作者が書く外伝漫画】

※この話は(海神の狂気と希望の戦力)の第二部です。
先にそちらから読んでください


サザナミが地図を広げる姿に違和感を感じたのか、アンがその手を静止した。
気になる部分があったのだろうか。

「サザナミくん、その肩ハンマーか何かで殴られた?」

「え?まぁな…こんなん大丈夫だっての。すぐ治るから」

サザナミが肩を回そうとするのを止め、アンは極みを発動する。

「もう!自分の体をみんな労りなよ!ちょっと予定変更して…癒の極み『薬鍼癒(やくしんゆ)』:仙薬の粉塵」

アンが調合したらしい漢方薬の粉塵が船に舞い、それを吸い込んだ隊員達の傷が次々と癒えていく。

「おー!こりゃスゲェ」

「この治癒速度、傷の治りの良さ…なるほど、君は優秀な治癒者のようだな。」

七福の語彙力のないリアクションにオルキスが被せるようにアンを褒めるが、それを尻目に続ける。

「これはあくまで応急処置だから。この薬の原液はクガイさんに必要だし…あなた達は傷が塞がってるように見えてるだけ!しっかり休むこと!で、サザナミくん。」

「あ?」

「癒の極み:枯木竜吟」

ハンマーで殴られたところを整体師のように掴み引き伸ばすと、骨折が嘘のように治癒する。
骨折治癒はハズキ以上は嘘ではないらしい。

「痛っってえ!!」

痛みと引き換えのようだが…

「は~…じゃあ話を…」

「いや、まずはここに居る者達の素性を知ることが先決だ。」

サザナミの話を再び遮ったのはオルキス。

「すまないな、何度も何度も遮ってしまって…これが終われば君に委ねよう。今後は水練達者な者が仕切るべきだ」

「珍しいね、オルキスが自分の部下に譲るなんてさ」

カルノがニヤニヤと笑いながらオルキスの振る舞いをいじる。
久しぶりの同期に会えて嬉しいのかその声は人一倍大きい。

「出たがりだもんなこいつ。『いや、ワタシが仕切る、君は未熟ダー』とか言うかと思ったんに。未熟ダーってよ、ハハ…痛ててててて!!」

七福が馬鹿にしたように笑おうとした唇をオルキスが全力で引っ張る。

「イケメンが!イケメンが台無しになる!オルキス!ストップ!!うおーい!!」

「うわ、七福君の悪いとこ出始めたな…」

二人のやり取りを見ながらヤマイは苦笑する。
この騒動がきっかけなのか、クガイが目を覚ますが、やはり酔っているようだ。

「おー、楽しそうじゃねえか…やれやれー」

「ややこしくなるから黙っててよ!」

「オルキスさん、敬語敬語。」

「セイヨウさん、今ツッコむとこはそこではないのでは?」

「賑やかで良いですね、カヤオさん。私の探してた子も見つかったのでもう少し楽しみましょ。ね?ソラ君…」

「二、ニャー…」

「緑さんまでそんなこと言わないでくださいよ、これじゃ収集付かないですって」

「アハハハ、ラショウ君の言う通り…みんな楽しそうだなー」

「ね、このアットホームな感じがいいんだー、ルナちゃんもわかる?」

「…喋っていいかな、おれ…?」

「ねぇ、帰っていい?私関係ないし」

「「「「「「「「「「「「「お前(君、あなた、貴様)が一番怪しいから自己紹介からって言ってるんだよ!だからこんな揉めてんだろ(よ、ですよ)!!!!」」」」」」」」」」」」」

全員からの総ツッコミが少女に入る。

モメているのは個々人の問題であって少女には関係ないと思うのだが…

ツッコミのおかげか場が一度静まり返り、誰か一人がゆっくりと話せるような空気になる。
オルキスはオホンと咳払いをし、気を取り直して話を再開した。

「では、改めて皆の素性を知るところから始めよう。随時質問や言いたいことには答える形で、これでいいな?」

全員うなずく。
場をまとめる力はさすがかつての隊長といったところだ。

「では、ワタシから。ワタシの名はオルキス。ヴァサラ軍の元四番隊隊長だ。『麗神』のオルキスといえば少し名は通っているか?」

「もちろん知ってるって!元四番隊隊長ってのも含めてさ。ビャクエン隊長からも聞いてたよ!いや~スゲェなぁ…本物だよ!」

「フッ、君のような優秀な隊員に知ってもらえるとはワタシも誇らしいよ」

サザナミの羨望の眼差しに応えるかのようにオルキスは微笑むと、突然刀を抜く。
戦っている最中だったので気付かなかったがその刀は薄紅色で人の顔を映すほど輝き、やや細めの両刃の刀身をしており、装飾品の類は一切無いにも関わらず、異様な美しさだった。

「コレは…刀があまり好きではない人でも飾っておきたいほど美しい刀ですね。」

「ニャー♪」

「緑、ソラ、あんま褒めんなよな。これ出したってことは…」

「うわぁ…ここから長いよ…」

「いつものやつだね…」

ほとんどの人がその刀の美しさに見惚れる中、元隊長組は呆れ顔だ。

「この刀は極楽蝶花と言ってな、国で…いや、世界で一番美しい刀だ。マリア王妃、ワタシ、極楽蝶花がこの世でもっとも美しいといっても過言ではないだろう。そして…「過言だよ。垢抜けさせたの俺じゃんよ。そのリボンは俺のプレゼントだしな」

オルキスの演説を七福が横から妨害する。
どうやら特徴的な青いリボンは七福のプレゼントらしい。

『キャーッ!やっぱり二人ってそういう関係!?七オル!?オル七!?やっぱり付き合ってるの!?』

妄想モードに入ったスイヒを尻目に、オルキスもそれは認めている様子だ。

「その…それは…ありがとう…」

しかも満更でもないらしい。

「俺のおかげよなー『麗神』って呼ばれたんはさ。それになぁ、カルノ。」

「うん。」

「「刀なんて消耗品じゃん。」」

確かに二人の帯刀している刀は極楽蝶花ほど銘刀には見えない。
カルノに至っては「さっき拾ってきました」と言われても納得してしまうほどボロボロだ。

「それは貴様らが大切に刀を扱わないからだ」

「金の使い道考えないと老けるぜ…ブホッ」

七福の顔面に極楽蝶花の鞘がクリーヒットする。

「とにかく、今はベニバナで酒場をやっている。よろしく頼む。」

オルキスの最後の自己紹介でカルノの表情が曇る。

「船組からやろう。次は貴様だ七福。」

「んあ?俺?俺は世界的有名な奇術師、イリュージョン七福。以後宜しく!」

「七福くん、真面目にやりなよ」

ヤマイが釘を刺す。

「将来の夢は鳥になること!バード七ふ…「また嘘ばっかり」

カルノが呆れ顔でため息をつく。

「うるせえな、カルノ。お前ツケ溜まってんだかんな?俺に言えた義理か?」

「それは関係ないでしょ!」

「関係あるね、お前は俺に逆らえないはずだ!何なら今この場で情報料を…「七福さん。」

緑は笑顔で七福を止める。
目が笑っていないが…

「このままふざけていたら、あなたが一番怪しいってことになりますが…よろしいですね?」

「え、いや…何ふざけてんすかね…俺…ハハハ…真面目にやりますわ…俺は七福。情報屋だ。こっちは相棒のソラ。猫は隙間に入って情報盗めるかんな。最高の相棒だぜ!」

「ニャ〜」

「…ちと鰹節代がかさむけどよ」

「ニャ〜♪」

七福はしぶしぶ高級な鰹節をソラに渡すとうまそうに食べた。

「情報屋?元ヴァサラ軍の隊長だってイブキ隊長は言ってたような…」

「こいつ元ヴァサラ軍…キャリア長くてな〜」

「黙っててくださいよ…」

セイヨウの疑問に割り込んだのはクガイだが、呆れたように、かつ取り合わないようにピシャリと話を遮り、再び七福に同じ質問をする。

「あ〜。まぁクガイさんの言う通り…まぁ一度だけ隊長…仮隊長みたいな?してたかな…うん…元五番隊で…」

「その時僕とオルキスは隊長になれるかどうかって感じの立ち位置でさ~、別働隊のマルルとロポポが抜けた九、十の隊長やったんだよねー。僕らも仮隊長みたいなね」

「ああ、あれはいい経験だった。」

七福は自分の話を終えると、ヤマイに話を振る。

「僕?特に無いかな。元六番隊隊長…ヤマイ。今は病気が悪化したから入院してます。」

「彼は私の友人ですから。ある戦で入院していたときにたまたま同じ病室で意気投合しまして…よくよく聞けばヴァサラ軍、しかも私がいた頃に少し被ってましたし」

カヤオはヤマイの身元は怪しくないと全員に伝えるかのように優しく喋りだし、なおも続ける。

「私が隊長の名前を忘れたのかと思い、聞いたところ、その頃にはもう入院してたらしく。後任のハズキさんに引き継ぎしてた頃だったようで…」

「病状が悪くなってきててね…ま、そのほうが極みは強いんだけど…」

「あ!もしかして!ハズキ隊長が絶対に隊員に触れさせない試験管の血液に書かれてた『ヤマイ』って…」

「あ、僕の血ですね。僕の体には大量の病原菌や未知のウイルスがいて、それを互いに喰い合うことで、こうやって生きてる。だからこそ血を流すと無差別にウイルスが出てきて…」

『『『じゃ…来るとき言ってよビビったわ』』』

ヤマイを知らない船組は心の中で呟く。

「ま、とにかく皆よろしくね、僕は頼りない隊長かもしれないけど、精一杯やるからさ…」

女性のような白い肌に柔らかい笑顔は、その場にいる誰もが美しいと感じるものだった。
そしてヤマイはスイヒを指名する。

「へ!?この流れで私!?特に無いよ!八番隊隊員のスイヒです!え?どうすればいいのこのキャラ濃い人たちの後で…あー!でもみんなイケメン美女ばっかで素敵!オル七はここでの最高カップリングだし…親友のアンちゃんもルナちゃんも来てくれたし…あ〜この状況モエちゃんとも共有したいなー…あ、でもビャクエン隊長とユダ隊長いないし…」

「スイヒちゃん…」

「一番喋ってるよ…」

アンとルナの親友コンビが即座にツッコむ。

「お経…?」

「カルノ、その言い方はないだろう。緊張するのは当たり前だ。そういう時は早口になるに決まっている。」

「いや、今のは流していいんじゃないかな…大半は」

「おれもヤマイさんだっけ?と同意見だな。こいつはおれの同期だけどいつもこうだ。ワケ分かんねぇ妄想し始めるんだよ…」

「サザナミ!失礼なこと言わないでよ!ワケ分かんなくない!ちゃんとしたカップリングだから!」

「いやそこじゃねぇよおお!」

サザナミのツッコミが決まったところで、スイヒは落ち着いて話を続ける。

「うーん、あとは…一応ソラ君が私に懐いてくれたから、動物に好かれる才能はあるのかなぁ…?おいで、ソラ君」

「ニャ〜」

ソラはスイヒに呼ばれると、喉を鳴らして膝の上に座る。
スイヒはソラを撫でながら、次はセイヨウを指名した。

「あ~…この次は結構やりづらいな…二番隊隊員のセイヨウです。今回の作戦はイブキ隊長から僕が預かったものです。」

「おやおや、さすがですね」

「相変わらず出世頭だなぁ」

「ほらほら、クガイさん、お酒飲まない!ごめんね、船乗り遅れちゃって」

隊員達がセイヨウを褒めるが、サザナミは不満そうだ。

「いや、いい、わかるけどよ…お前はわかる…なんでスイヒ…?」

「それは私も思うわ」

「否定しないのか君は…」

オルキスの小声のツッコミを無視して、セイヨウが鋭い目つきで謎の少女を見る。
その目は普段の穏やかなセイヨウのものとは違い、どこか刺すような雰囲気があった。

「君も…この船に最初から乗っていたよね?」

そして、いつもの柔らかい笑顔に戻る。

「だから次は君に自己紹介を頼もうかな?」

「私?あんまり知られたくないんだけど…ただ安息の地を探してる…それだけ」

「名前は?」

「好きに呼べば…?」

自身の経歴を語らない少女に全員困り果てていた。ただ一人の男を除いて。

「よし、んじゃお前は俺の部下な!!七福から一引いて六福と呼ぼう!よろしくな!六福!」

「ろくフ…はぁ?」

「んだよ、不満か?なら無福」

「最低だ…相変わらず悪ふざけが始まると止まらないね彼は、オルキスさん…いつものよろしく」

ヤマイはオルキスになにかを要求する。彼の悪ふざけ癖は昔かららしい。

「ならいっそ名前を変えて…ギャッ!!」

オルキスの蹴りが七福の股間にクリーンヒットする。

「ありがと、オルキスとか言ったっけ?あいつ斬っていい?」

「ああ、首と銅を離してやってくれ」

「うおおおおお!悪かった!」

「とはいえ…名前がないのはキツイよねぇ…」

「だから好きに呼びなって…あのバカ以外の名前なら何でもいいよ。」

セイヨウは「そうだ!」と声を上げると、温めていたコーヒーを少女の側に置き、優しく語り始める。

「見たところ君は極みを三つ持ってるみたいだね…そうだな…オリオンとかどうだろ?知ってる?オリオン座には三つの星があってどれも欠けちゃいけないんだ…君の極みみたいにね。君はすごく強いみたいだし、本当に安息の地を求めてるだけみたいだからね。僕らを導く明るい星になってほしいな。よろしく!オリオンさん!あ、そろそろコーヒーが飲みやすい温度になったかな?よかったらどうぞ」

「オリオンか…ならそれでいい。そう呼べ。」

少女改めオリオン(彼女の本名ではないが今後はこう記述します)は、ゆっくりとコーヒーを飲む。
その光景やセイヨウの言動に女性陣は目を丸くしていた。

「「「「「いや!惚れてもいいんだよ!」」」」」

オリオン以外の女性陣から総ツッコミが入る。

確かに今のイケメンムーブは惚れてもいいが…

しかし、オリオンはつまらなさそうにため息をつくと、残ったコーヒーを一気飲みし、ルナに顔を向け、指をさして声を上げる。

「あんたルナでしょ?ラショウの幼馴染の。」

「アタシ?そうだけど?」

「ラショウから聞いてない?」

オリオンの言葉で何か思い出したのか、ルナは目を丸くして叫ぶ。

「あ!!!!!ラショウ君に勝ったっていう!!!!!凄い子じゃん!!」

ルナの絶叫は現隊員達の言葉を失わせるのに充分だった。
ラショウはヴァサラ軍の一番隊隊長。
カムイが去った後、ずっと欠番だった一番隊の隊長になった男。
弱いはずがないのだ。
そのラショウに勝ったというこの女性はどれほどの強さなのだろうか。
しかし、オリオンは言葉を続ける。

「私より強いかもしれない人、一人いるでしょ…ほr「俺ってことよな!」「うん!そ、そうだね運よく勝てるかもね!!いやーうらやましいなぁ七福君!!」

七福はともかく、ヤマイまで話を遮る。
まるで何かをはぐらかすように。

「んじゃ次は俺達…」

「いや、君は最後がいいだろう。サザナミ、君が最後に自己紹介をし、そのまま話に繋げるんだ」

「なら私から。私はアン。六番隊の隊員です」

「君のことはさっきの治癒術でなんとなくわかった。優秀な隊員のようだな…初めからずっと六番隊なのだろう。」

アンは褒められたことに対し少しばつが悪そうに否定する。
自分自身はエリートではないと否定したいらしい。

「私ほんとはファンファン隊長の七番隊に入りたかったんだけど…私を助けてくれたファンファン隊長はずっとヒーローで大切な人だったから…それで劉掌拳学んだんだけど才能がなくて…柔掌拳だけ辛うじてって感じ…」

彼女は拳法の才能は一切なく、それどころか落ちこぼれだったのだと話す。
あれほど優秀な治癒術がある現在からは想像もつかない。

「ほう?それならどうして治癒術を」

「初代六番隊隊長のコリさんとと少し縁があったからね…私も…両親も。ま、こんなとこかな?じゃ、次はルナちゃん、よろしく」

アンは自分の話を打ち切ると、ルナに話を振る。
入隊経緯や治癒術について触れられるのはいいが、どうやら過去にはあまり触れてほしくないらしい。

「アタシは、ルナ。淫魔の半妖。ラショウ君とは幼馴染なんだ!!今は孤児院で妖怪の子供たちの面倒見てるよ!」

「淫魔の…どおりで…」

七福はルナのスタイルや容姿をまじまじと見つめながら嬉しそうにつぶやく。
まさに変態のそれだ。

「ルナさん、勘弁してください…あなたに怪我でもさせたら私たちがラショウ隊長に殺されますよ…」

カヤオが深いため息をつく。
ラショウの幼馴染というのは本当らしく、彼が一番大切にしている存在らしい。
ルナの話が嘘でなければ毎日ラショウが妖怪寺院に通っているという話も本当らしい。

「あー、ラショウも言ってたわ『幼馴染がいる』って。アンタだったのね」

「そうだよー!でね!ラショウ君って」

「ルナちゃん、今は自己紹介しよ…」

「ご、ごめん」

「ねぇねぇ!お姉ちゃんいない?色黒のさ!昔の隊長で…「カルノ、貴様まだその話をしているのか。記憶違いだと言っているだろう」

カルノの話を遮ったのはオルキス。
どうやらカルノには違う記憶があるらしい。

「そうかなぁ…ま、いいや!じゃ次は僕の番ね!僕はカルノ元五番隊隊長『怪神』カルノ!今は武器屋だよーよろしくねー!!」

カルノは手っ取り早く自己紹介を終えようとするが、隊長組にツッコミを受ける。

「「「お前(君、貴様)釣り船乗る前何してた?」」」

確かにそれは気になるところだ、なんでも釣り船に乗る前にチンピラを倒したらしい。
カルノは思い出したように興奮して話し始める。

「あ!!そうだ!聞いてよ!あいつらムカつくんだよ!!僕が選んだ釣り具をさ、『あんな釣り具じゃ長靴も釣れない』だって!頭来るよ!全員ぶっ飛ばした!」

『『『変わらないな…子どもか!!』』』

隊長三人は言葉にせず心の中でツッコむ。

「あ!もう一個ムカつく話あった!オルキス!」

カルノはオルキスにその尖った歯を向けて威嚇する。

「僕のお気に入りの酒場潰そうとするのやめてよね!さっき言ってたベニバナの酒場に客が取られたって主人が嘆いてたよ!」

「それは主人の問題だろう!ワタシは関係ない!」

「他のとこでやってよ!」

「はいはい、ストップストップ…他の人喋りづらくなるから。ね?」

ヤマイは二人の喧嘩を静止し、次の人に話を振る。
彼は以外と旧隊長組の仲裁ポジションなのかもしれない。

「では、私が喋りますね、私は緑。普段はとある街の警邏隊をしています。目的は…「そうだ!そうだよ!遭難!行方不明者!!おまえが一番重要じゃねえかよ!!」

サザナミは今までなぜ後回しにしてきたのかと後悔するかのように狼狽えるが、緑本人は落ち着いているようだ。

「ああ…大丈夫ですよ。見つかりましたから、ね、ソラ。」

「あ、この子あなたの飼い猫だったんですか?かわいくて賢い猫ちゃんですね~」

すっかりメロメロのスイヒはソラを抱きながら微笑んで話す。

「んで、自前の弓持ってわざわざ探しに来たってわけだ…海竜ぶち抜くし…かぁ〜凄まじい行動力…そんで武闘派!なんで俺の知り合いの『みどり』ってヤツはこうも強いかね…」

「七福。それは君の親友の『碧』のことか?」

「そそ、アイツより強いやつは国中探してもそうは居ないと思うんよ。それこそそこの六福より」

七福はオリオンを指差して笑う。
どうやら七福の友人にも漢字が違えど『みどり』という人物がいるらしい。

「六福に関しては後で殴るけど、その子とは一度手合わせしたいわ」

「無理無理。あいつ乗らんて…異常に気分屋。今回も断られたしな…ま、こっちの緑も鬼強なんよ。多分隊長格クラスだ…」

「へー!!すごい人じゃん!」

全員の会話が終わるのを黙って待っていた緑。そして一言。

「そもそもあなたといることを先に言っていただければ、わざわざ船まで来ることなかったんですよ?」

「う…」

「二、ニャ〜」

「本来なら小言の二つ三つ言いたいとこですが、実は行方不明のフリしてるもう一人の薬師さんから色々依頼がありまして…ま、これは下船したら話しましょうか?」

七福とソラは首を傾げる。
恐らく彼女の言う薬師とは廉という人物で、七福達もよく知っているのだ。
彼も強いのでだいたいのことは一人で片付けてしまうが、今回は依頼らしい。
穏やかでないことは明白だ。

「あいつがなぁ…」

「ニャ〜」

「ヴァサラ軍のお力も借りたいので、だからこそ皆さんのことを知っておきたいのです。次の方は…貴方ですね?」

緑はカヤオに話を振る。

カヤオはゆっくりと口を開く。
彼の声が、言葉が聞こえるたびに何故かその場の気温が1、2℃下がっているかのように思える。
まるで怪談でも話すような口ぶりだ。

「私は、カヤオ…先程話したようにヤマイさんとは友人で…元十三番隊、現一番隊の隊員です。」

まるで幽霊のような佇まいにオルキスはおそるおそる話しかける。
彼女は怪談話や幽霊が苦手なのだ。

「カヤオとやら、貴様はその…整ってはいるのだが…その…強烈な見た目をしてるな…」

「そうですかね?」

「ま、まぁいい。元十三番隊と言ったな?」

「はい。」

「カルノがさっき言いかけた女。ソイツは元十三番隊隊長らしい。なにか心当たりあるか?」

オルキスは先程のカルノの発言に言葉を付け足して尋ねる。
元十三番隊同士でなにかわかることがあるかもしれない。

しかし、カヤオの返事はそれとは違うものだった。

「いえ、十三番隊の隊長は昔からヒムロさんでしたよ?いきなりすごいこと言いますね…でも興味深いです。『怪談』いなくなった隊員とでも名付けましょうか?」

「いい!つ、つ、次に行くぞ!」

「自信作になりそうだったのですが…」

怪談話を遮られ残念そうにするカヤオだが、酒が切れて眠っているクガイを起こすために話を止める。

「フガッ…おお、もう俺か…俺はクガイ。十二番隊の隊員だ…あ、お前ら金持ってない?ギャンブルですっちまっ…「あの、きちんと自己紹介をしていただけませんかね?お金とかじゃなく…」

いきなり金の無心をし始めるクガイにセイヨウが釘を刺す。

「もう!私達より年長者で経歴も長いんでしょ!ちゃんとしてよ!!」

スイヒもクガイを注意する。
これでは上下関係があべこべだ。

「どっちが先輩なんですかね…」

カヤオもそう思ったらしく小声で毒を吐く。

「いや、大先輩も大先輩だろう!なぜなら…ひゃっ!」

七福は何かを言おうとしたオルキスの脇腹をくすぐる。

「七福、なんで止めるんだよ!その人…いだだだだ!!」

ヤマイが乗っていた車椅子の前輪をカルノの足に乗せる。

そして二人は、何か言おうとした二人を睨みつける。

「そ、そうだな!まったく、まだおにもつやってるのかだめだぞ」

「いや~困りますよね~」

オルキスの棒読みすぎる謎のはぐらかしと子どもっぽいカルノの突然の敬語に、全員の頭に『?』が浮かぶ。

「これからもゆるく甘くやってくぜ〜酒酒…」

「ダメだって!いい加減にしてよ!」

アンは少し怒った表情で酒の瓶を取り上げる。
そしてついにサザナミが喋る番になった。

「よし、やっとか…おれはサザナミ。四番隊の隊員だ。夢はビャクエン隊長みたいになること!んで、スイヒと同期」

「入りたての頃はは全然喋れなかったよね、サザナミ。漂流民だったみたいだし」

漂流民の言葉に反応したのはオルキス。
彼女もまた漂流民なのだ。

「君もか。言葉は苦労しただろう?」

「そりゃそうっす…あの頃はそせいで人と全く喋れなくて」

気恥ずかしそうに頭を掻くと、でも。
と続ける。

「ビャクエン隊長はそれでも優しくしてくれた。だから目標なんだ。ちなみに海の平和も夢だ。だからこそ…」

改めて地図を広げる。
そしてある場所を指差す。

それは事故が多発し、セイヨウが照らしている例の現場だ。

「『ここみたいな事故』は納得いかねえ…しかもだ、小さいネジや、エンブレム。おおかた『作った』としてカウントされない場所に『乃亜造船の手が加えられたもの』が必ずある。こりゃ確信犯だ。間違いねぇ」

淡々と本題に入るが、肝心の犯人は見当たらない。
しかし、サザナミの続きの言葉が犯人の有力な情報…いや、答えといっても過言ではないものだった。

「この国で実戦レベルで海の極みが使えるやつはおれと…乃亜造船ミトだけだ。お前らさっきから襲われてたろ?あれは…あのレベルの海の極みはミトだけだ…」

「ありがとうサザナミ君。これはほぼ答えだ…すぐにイブキ隊長に報告しないと、星の極み:星文(ほしぶみ)」

掌に流れ星のようなものを作り出し、そこに言葉を吹き込んで送る。
その星は遠くへと飛んでいった。
しかし、同時にサザナミが冷や汗をかきはじめる。

「や、ヤベェ…これで冤罪だったら…水の極みのヤツがミトのフリして…だってミトって人格者の社長だぜ…いや…やっぱり…騙されて…」

すぐさま行動したセイヨウを見て急に自身がなくなったのか、サザナミはブツブツと言い訳を始める。
それを安心させるかのようにセイヨウは隣に座り、「よくやった」と一言。

そして。

「いや、自体はグレー、だからこそ速やかに伝えるべきだ。間違いなら次また偵察すればいい。」

「そうか。そうだな…なら船を先に進めるか!」

船は目的地へと進んでいく。
しかし、そこへまたもや海賊のような人々が襲いかかってくる。
しかも前より遥かに数が多いのだ。

「俺達は乃亜造船専門の追い剥ぎだ!お前らの船の一部、絶対乃亜造船のモンだ!」

「違え!この船は俺が」

「アタシ達のも違うはず、盗賊のだし…」

「言い訳無用!かかれ!」

全員剣を抜くが、船が異常な揺れをしていることに気づく。
揺れ、というよりは水底に沈むような感覚。
下になにかいるという感覚。

さらに。

「何だあの渦は!!」

船は三隻とも巨大な渦に飲まれている途中だった。

「渦、正体のわからん怪物、追い剥ぎ。一つづつ処理していくぞ!」

オルキスの一括で回線の火蓋が落とされる。


ー少し前ー
陸ではミトがなかなか沈まない三隻の船を見て興奮していた。

「活きのいい獲物だ…もっと楽しませてくれ。大当たりだよ。船売りさん…あれ?」

船売りのノクスはいつの間にか消えていた。

『こ、怖すぎだあいつ!俺も殺されちまう!俺は女を殴るし足蹴にするし、子供も孕ませる。でもアイツは本物の悪人だ!逃げねぇと』

「うっ!」

ノクスは何者かにぶつかる。

「テメェ、ノクスとかいう女たらし野郎か…ちょうどいい。協力しろや」

『ル、ル、ル、ル、ル、ルチアーノ!!!し、し、し、従わないと殺されちまう!』

ノクスはルチアーノに土下座して協力を受け入れた。

同時刻

ミトは刀を海につける。

「もうあの追い剥ぎも巻き添えにしちゃおう…海の極み『海難相』鯨飲の大渦(タイダルウェイブ)!」

船組達の船が飲み込まれるかのように周辺に巨大な渦が現れる。

更に追加で極みを発動する。

「海の極み『海難相』:海王脚獣(クラーケン)」

海竜とは比にならない巨大なイカの化け物が海底に潜む。

「さぁ…君達はいつまで生きられるかな?楽しみでゾクゾクするよ…」


第一話(番外編)

ルチアーノはノクスの髪の毛を掴み上げ、とある場所に投げ捨てる。

「うあっ!」

「テメェの持ち場はここだ。」

「持ち場…?」

「あの船の奴ら、分断して殺すってこった…」

ノクスは全身が凍る。
彼は殺しだけはせず、女性だけを狙う小悪党だ。
それが今、殺人の片棒を担がされようとしているのだから。

しかし、ノクスは自分の相手として差し出された女の写真を見て、即座に了承する。

「テメェの相手はこの女だ。コイツも隊長でなァ…ちと面倒だ…だからこそテメェが殺れ」

差し出された女の写真はオルキスのもの。
その美しさにノクスは興奮を隠せない。

「うひょー!いいのかよ!こんないい女!あんた話せるなぁルチアーノさん!」

「誓えるか?」

「は…」

「逃げずに戦うってことだ…」

ルチアーノの鋭い眼光に恐れを成したノクスは震えながら誓いを立てる。
しかし、信用できなかったのか、指の一部をプレス機のようなもので潰し、血文字を書かせる。

「ギャアアア!わ、わかった!誓う!誓うよ!」

「テメェは雑魚だ…あとで六魔将を向かわせる。逃げるな」

「はい…」

しかしノクスは、舌の根も乾かぬうちに逃げる準備をしようとする。
その考えはこの男の浅はかな思考で脆くも崩れ去るのだが…

「ありゃあ…」

ノクスはその女に見覚えがあった。
額の傷に暴力的なスタイル。
かつて自分が手を出そうとし、ライチョウに止められた屈辱的な記憶。
ソウゲンがそこにいたのだ。

「ヘヘッ…ここにこの女がいるなら言ってくれよルチアーノさんよう…」

「あたしの邪魔をしないで」

背後からバートリーの声が聞こえる。
片目にはルチアーノに押し付けられた葉巻の跡がくっきりと残っている。

「若返るには美しい女の血が必要なの!」

「美しい?あんな傷物がか?」

「素材の話よ。それにあの程度の傷であの子は醜くなんかならないわ…かかりなさい」

ユートピアの部下達を借りたのだろうか、黒服の集団がソウゲンを襲う。
さらにバートリーも超神術を発動する。

「拷問の超神術:鋼鉄の処女(アイアン・メイデン)」

空中に現れた無数の刀がソウゲンに降り注ぐ。

なにかの気配を感じたソウゲンは背後を振り返り、降り注ぐ武器にとっさに反応する。

「網行灯(あみあんどん)!!」

刀から出る灯火のような優しい炎が網目状になり、ソウゲンを守って武器を撃ち落とす。
左足に刀が何本か刺さってしまったようだが。

『左足をやられた…それにこの人数…』

「ありがとうね、あなたの血は無駄にはしないわ」

黒服をかき分けて近付いてきた女性はソウゲンの血が付いた刀を舐めると若返り、再び何処かへ消える。

「やはり美女の血はいいわ…若返る、もっと搾り取りなさい!」

「くっ、なんとかこの場は私一人でやらないと…ライチョウさんに会うまでは死ねない!」

陸と海の戦闘が始まる。


2話
追い剥ぎ達は船の揺れに気にすることもなく自分達の船を寄せてくる。

「へへっ!ここの海域はここ数年謎の大渦や得体の知れないバケモンがウヨウヨしてんだ!かかれ!」

ウオオオ!という叫び声とともに、近くの廃倉庫やボロボロの船着き場から船に乗っている仲間以外の追い剥ぎの集団も大量に姿を表す。

その数はもはや先程の海賊が可愛く見えるほどだ。

「コイツは足場がキッツいな…うおっ!!」

巨大な吸盤だらけの脚が船に引っかかり、さらに海へ沈んでいく。

「オイオイオイオイ!神話かよっての!!」

「七福、喋ってないで刀を構えろ!来るぞ!」

「待って。船の連中くらいならアタシがやる。すぐ終わらせるから」

七福とオルキスの言い争いの間に入ったのはルナ。船から船へ飛び移ってくる追い剥ぎ達にルナは超神術を使う。

「生まれつき超神術持ってるの。サキュバスのやつね。愛の超神術…」

「あ、愛!?貴様ふざけてるのか?」

「大丈夫だから!愛の超神術『愛は幻想(ラヴ・サイケデリコ)』」

「ルナちゃん!命令は」

「いや!俺に命令を!」

「俺だ!」

「いやいや俺がルナちゃんを喜ばせるんだ!」

ルナの刀や全身から出るフェロモンを浴びた追い剥ぎは、ルナの味方につく。

「ルナ、お前は俺が守る!」

「貴様までかかってどうする!馬鹿者!」

「あっ…やべ」

なぜか七福もかかっているが…

「漫才してないで戦うよ!もう!」

「う…」

「カルノに注意されるとは…負うた子に教えられと言うやつか?」

「失礼すぎるよオルキス!!」

「遊んでるぞ!かかれ!」

追い剥ぎが船へ飛び乗ろうとした瞬間、逆にオルキスが船着き場へ飛び移り、数人を瞬時に斬り裂く。

「なめられたものだな。地の利や数を増やせばワタシに勝てるとでも?ならば来てやったぞ。存分にかかってくるがいい、スイヒ、貴様は舵を頼む!船を沈めぬようにな!」

「へ!?いきなり重責!?待ってよ皆!ってほとんど降りてるし!!ちょっとおお!」

スイヒ以外に船に残ったのは緑、アン、セイヨウ、眠っているクガイだ。ずっとスイヒの頭に乗っているソラもいるにはいるが、猫なのでクラーケン相手は無理だろう。
幸い、渦は弱く、そこから抜けることはできたが、脅威は依然として続く。

「こっちの指揮は任せてくださいオルキス隊長!」

「頼んだ!」

「ちょっと!!」

セイヨウの覇気のある返事にスイヒは思わずツッコむ。

スイヒは蔦をクラーケンと船をくくるように、錨代わりになるように船底にも蔦を絡ませるが、船はどんどん沈められていく。

「ちっ!俺の船だっての!波打(なみうち)!!」

サザナミが振り下ろした刀の両脇に波の柱ができ、背後の追い剥ぎを倒しつつ、波の水位を下げる。

「よし!まだ持つ!切れないでね、蔦!」

「ヘヘッやるじゃん二人とも!雷の極み『電磁球』」

カルノの指先に小さな電気の球ができる。その瞬間追い剥ぎ達の刀がカルノに吸い寄せられ、指先に巨大な武器の球体ができた。

「超電磁武具:イガグリ」

「はぁ…勘弁してよ…カルノくん、息切れしてきたこのときにその技って…うわっ!危なかった…」

「ぐわっ!」

「武器が襲ってくる!!」

「助けてくれ!」

ヤマイはカルノが振り回す武器の塊を間一髪で避ける。ヤマイだけではない、カヤオもサザナミもルナも果てはオルキスや七福も必死で逃げている始末だ。

追い剥ぎ達が避けられない攻撃を全員避けているのはさすがヴァサラ軍だが、そんなことを言っている場合ではない。

「これ技かよ!?めちゃくちゃだろこの人!?」

「さ、さすがにやり過ぎでは?」

「きゃああっ!抉れてる!色々抉れてるから!ストップ!カルノ君ストップ!!」

「相変わらずなやつだな…逃げとこ…運の極み:神回避」

七福はカルノの暴走を避けてこっそり船に乗り込む。

「あ!七福貴様!カルノ!いい加減にしろ!味方まで巻き込むつもりか!!昔から大暴れするとこは変わらんやつだ」

「わかったよ!あの時はごめんて!」

「貴様の暴走で何度総督に怒られたと思っている!」

「わかったよ〜、ならこれやめるから!」

カルノは手に持っていたイガグリを適当に投げる。それはオリオンへと向かっていく。

「へぇ、少しは役に立つじゃない。鉄の極み!」

「お、おい!こっち来るぞ!!」

「避けろったって…こんな狭い倉庫じゃ…ぎゃあああ!」

その鋼鉄化した足でイガグリを思い切りシュートし、廃倉庫にいた追い剥ぎの殆どを倒す。

「私も負けていられませんね…霊の極み:叫(スクリーム)」

「な、なんだ!?離せ!ぎゃあ!」

「誰かが後ろから…」

ムンクの叫びのような幽霊が追い剥ぎの背後から掴みかかり、ナイフのようなものを突き刺す。

その幽霊は肘打ち程度で消えてしまうほど弱いが、倒れた追い剥ぎが刀を手から落とす。

先程まで何故か極みを使わず、相手を気絶させる程度の斬撃すらしなかったオルキスの顔が綻び、急いでその刀を拾う。

それを倒れたと勘違いしたサザナミはオルキスの前に回り込み、守ろうと極みの構えを取る。

「海とt「いや、ワタシがやろう。すまないな…貴様らごときの血で極楽蝶花を汚したくはなかったが…今臨時の品が手に入った…ワタシに相応しくないナマクラだがな…」

「「「「この状況で気にする?」」」」

元隊長組からのツッコミも気にせずオルキスは刀を振るう。

「花の極み:折梅(おりうめ)。知っているか?梅は折っても花が咲く…この場合の花は、貴様らの血か?」

相手の体を斬りながら、刀の脆い部分を打ち叩き折る。
剣術の才能溢れるオルキスにしかできない技だ。

「ひゃああ…刀折るとか凄いなぁ…アタシも頑張ろ!妖の極み『妖華絢爛』:八咫烏!」

羽が生え、空を飛んだルナはラショウと同じダラリと脱力した構えを取り、空中から紫色の波動を放つ。

「よ、避けられねえ!何だあの禍々しい波動は!!」

「うわあああ!妖怪に殺される!」

「な、何だありゃ!悪魔じゃねえか…!」

ルナの技に驚いた反応したのはオリオン。それはルナがラショウと同じ極みだからだろう。

「あなたもその極みを…?」

「使えるよ?妖怪だもん」

「いや、答えになってないけど…」

「ツノも羽もあるでしょ?」

「そういうこと聞いてるんじゃないし…」

「あの…漫才は他のところでやってくれないかな…危ないよ?病の極み『細菌汚染』:伝染」

ヤマイはツッコミを入れると、ヤマイを斬った刀の血に触れる。

「がっ…苦し…」

「息ができない…」

「体がだるい…何だこりゃ」

そして、その血に触れた追い剥ぎ達が苦しんで倒れだす。

「だから言ったでしょ?危ないって…無差別伝染なんだから」

「ちょっ!ヤマイ、極み使うのやめてよね!オルキス、その刀いる?」

「いや、あと数人だ。好きにやれ」

オルキスはカルノに刀を投げる。カルノは嬉しそうに適当な刀を二本握ると、前に突き出し、そこに電力を溜め込む。

その刀から伸びる雷はまるで二本の電線だ。そして、その電線の間を強烈な電流が往来し、追い剥ぎを全滅させる。

「雷の極み:送電鉄塔!!」

「「「ギイャアアアアアアア!!!」」」

追い剥ぎ達の悲痛な叫びに反応したのか、クラーケンの脚が、船着き場の一部を破壊し、船との間を分断される。
泳いで戻ることはできるかもしれないが、その間にクラーケンの餌になってしまうだろう。
船に残ったものとどさくさに紛れて戻った七福で戦わなければならない。

「はぁ…厄介なことになりましたね…今回は特別に手を貸しましょ、特別にね。」

「ニャー」

緑が弓を構えてため息をつく。
飼い主に反応したのか、ソラもスイヒの頭上で返事をする。

「ケガしても大丈夫、治しますから」

「なるべくケガは避けたいけどね…この大渦じゃ、早めに終わらせないといずれ渦の中に入ることになる…わからない?渦どんどん大きくなってるの」

言われてみれば渦はどんどん大きくなっている。
さっきまで抜け出せるほどの渦だったものがいつの間にか巨大なものに変貌しているのだ。

セイヨウはこんな時でも落ち着いているが、スイヒは不安な様子だ。

「蔦を船に引っ掛けて引っ張るのにも限界があるの!もう無理!これ私達だけでやれって!?」

スイヒがパニックを起こすのも無理はない、アンはすで、そしてあと一人は…

「ぐが〜っぐが〜っ。ん?なんだ?でっけえイカだ…」

「船降りてよもう!」

目を覚ましたかと思えば訳のわからないことを言う男だ。

副隊長と呼ばれる七福もいまいち緊張感がない。

「俺戦うんかよ…カルノ!お前から逃げようとしてこうなったんだぞ!責任取れよな!料金5倍!」

「知らないよ!君が逃げただけだろ!」

「もういいから!集中してください!」

スイヒの一喝で全員クラーケンに向き合う。


2.5話ルートA

ソウゲンはなんとか持ちこたえていたが、ユートピアの隊員を倒しながらバートリーの不意打ちをかいくぐるのは不可能に近いため、あらゆる箇所を刺され、血だらけになっていた。

「他の隊員とはぐれたようね」

ソウゲンも先遣隊であり、本来ならばワグリ達といる予定なのだ。だとしても自分以外の隊員を捜索に向かわせ、孤軍奮闘する必要はない。しかし、ソウゲンはバートリーを見ながら、自身の意見を述べ始める。

「逃したのよ、あの人たちにも大切な人がいるかもしれないから…『大切な人』がいなくなる悲しみは私が一番良く知ってるから…」

「ああ、そう。そのどうでもいい信念で命を散らすがいいわ」

『最期に一目ライチョウさんに会いたかったかも…』

ソウゲンは命を捨てる覚悟で、刀に炎を灯す。

その頃。

「まいったな…ソウゲン先輩絶対逃したよな俺達…ワグリ先輩ともはぐれちまうし…ん?」

ソウゲンの刀は激しくぶつかると雷鳴、軽くぶつかるだけでも雷鳥の鳴き声のように聞こえるほど大きな音が鳴る。今の刀の音は間違いなくソウゲンのものだ。顔に独特のメイク、手に槍を持った男は音のした方へ急ぐ。


第三話

クラーケンは巨大な脚を振り上げ、ルナが奪った盗賊の船に振りかぶる。

スイヒは自分達の船から離れたことに安堵し、刀に手をかける。

「余所見してるうちに…蓮の極み…「待った!」

盗賊の船に移ろうとしたスイヒの服をセイヨウが背後から掴んで引き倒す。

クラーケンの脚は一振りで盗賊の船を叩き潰す。あのまま飛び移っていればスイヒは間違いなく死んでいただろう。

「危なかったぁ…ありがとね、セイヨウくん」

「礼には及ばないよ。君がいなければ船の舵取りができる人もいないし、隊長達に顔向けできないからね」

優しく微笑むセイヨウだったが、すぐにクラーケンに向き直り困った表示を浮かべた。

『この不利な状況でどう戦うべきか…「いい着眼点ですよスイヒさん」

セイヨウの思考は真横を飛ぶ矢で遮られた。その矢はセイヨウの真横を通り、クラーケンの脚を貫く。

緑は更に数本矢をつがえて放つ。

「『古籠火(ころうか)』!!」

緑の放った矢はあまりの速度に火が点き、その火は放った矢全てに引火し、一つの火焔の塊となり、クラーケンの腕を一本使えなくさせる。

「やはり、脚を一本一本落とすのがいいかと思われます…それまで本体は海底から出てこないでしょうし…」

緑は淡々と矢を放っている。あまり本気で戦っていないようにも見えるほどに。

「脚なら僕らも落とせる!行くよ!スイヒちゃん!」

「うん!」

二人の極みのオーラが同じ色に変わり、更に増幅される。これが共鳴というやつだろう。

「蓮の極み…」

「星の極み…」

「「『妙見菩薩』!!」」

大量の蓮の花がクラーケンを締め付け、今にも千切れそうなほどに脚を締め付け、トドメとばかりに星空が眩しいほど煌めき、そこから星々がビームのように降り注ぐ。

その威力はクラーケンの脚ごと半壊していた盗賊の船をも破壊するほどだった。隊員達の共鳴でこの威力なら隊長格はどれほどの力なのかとこの光景を見た人は思うだろう。

しかしその技はクラーケンの怒りを買い、ノクスが売った船に顔を出したクラーケンの口から水圧のビームが放たれる。

ビームは船に穴を開け、刀を持たないアンへと一直線に放たれたが、突如としてそのビームが氷結し、船に乗っている全員に雹となり降り注ぐ。

「この船諸共木っ端微塵になるよりはマシですね!皆さん、降り注ぐ雹から体を守ってください!」

緑は自分の体を縮めて防御の体制を取りながら全員に指示を飛ばす。

「でも船が!」

「サザナミくんの釣り船に全員逃げよう!一隻あれば充分だ」

「名案だね!セイヨウくん!サザナミの船ならいくら壊しても大丈夫だから」

「おいっ!私物だって言ってんだろ!」

スイヒの身勝手すぎる発言に思わず船着き場からツッコミが入る。

「とにかく、今はあの雹から身を守んぞ!バッチリ百点満点の回避だぜ、ちょっと痛えがな!」

「ニャ〜」

「ソラ君!君がこんなの当たったら大変だよ!大怪我しちゃう!」

「ニャ!?」

スイヒはソラを抱えて体を縮める。

先程までビームだったそれはついにノクスに買わされた船へ降り注ぐ。全員が身体を縮めて怪我を防ぐ中、アンだけは立ったまま雹を受け流していく。アンの腕から出血が見られたため、セイヨウが座らせようとするが、アンは断固として拒否する。

「クガイさんにこれがかかったら凍死しちゃう!なんとかするしかないでしょ!私の柔掌拳でどれだけ保つかわからないけど…」

先程海に落ちたクガイに当たれば低体温症になることは間違いない。アンとしてはそれを避けたかった。

「ん?」

そして守られているクガイは今更呑気に目を覚ます。しかしクガイはいつものふざけた様子ではなく、酔いが覚め、何やら落ち着いている。

「ありがとよ、伏せてな。あとは俺がやる…」

「え?」

言葉が終わるや否やクラーケンの脚が半分以上吹き飛ぶ。

「全く…無茶苦茶ですね。」

吹き飛んだ脚の全てに大量の矢が突き刺さっている。どうやら緑が脚を吹き飛ばしたらしい。

少なくともスイヒとアンにはそう見えていた。

『え?今クガイさんが斬ったような…?緑さんの矢はその後じゃ…?』

セイヨウだけは何か疑問があるらしいが…

「よし、ナイスだお前ら!お前らの行動で俺の運気が上がった、あいつに当てた攻撃のぶんな!これで終わりだ!運の極み『日々是好日』:数え歌」

七福の放った剣閃はクラーケンの脚を一本斬り落とし、運良く顔を出していたクラーケンの顔に直撃するが、威力が弱まっていたのか大したダメージを与えられていない様子だ。

「オイオイマジかよ!全員の運気を使ったんだぜ!?」

「その踏み込みじゃその程度に決まっているだろう馬鹿者!あと持ち方!刀を強く握り過ぎだ!初動も遅い!」

見かねたオルキスが七福に説教をする。

「た、確かに…ド素人の剣の持ち方…剣だけなら私のほうが強いかも…」

「下手糞な踏み込み…」

「はぁ、変わりませんね七福さん…」

「なんだよ七福、酔ってんのか?」

「なんなんよ!みんな口々に!!極みをずっと鍛えてたの!!」

「ニャ〜」

「お前まで煽るような表情するんかよ!」

七福への批判の最中、運良く出てきた盗賊の船の破片から器用に船に飛び移ってきたオルキスが刀を抜く。

「皆の者は隣の船に移っていろ、どうやら今の一撃で怪物の怒りを買ったようだ」

クラーケンは残った脚で船に巻き付き、万力のような力で船を締め付け潰そうとしている。

「中途半端なことをするからだ、だからあれほど剣術を学べと言ったのだ」

「お前だって極み学んでねーじゃんよ!」

「極みに頼り切りの貴様よりマシだ」

「はいはい、負け惜しみな。俺の極みが羨ましいんな」

「なんだと!もういい!言いたいことは後だ!やつを倒すぞ!」

「へいへい」

七福から放たれた金色のオーラがオルキスに纏われる。偶然か七福がオルキスと同じ構えを取る。それは先程の素人剣技とは打って変わって百戦錬磨の手練れのようにも見えた。

「運の極み」

「花の極み」

「「花衝羽根空木(ハネツクバネウツギ)!!」」

二人の剣閃は美しい花弁の形になり、クラーケンの顔を斬り裂き、絶命させる。水圧のビームを吐こうと顔を出してきたのが功を奏し、一撃はクラーケンに直撃したのだ。剣技と運気が共鳴し、危機を脱した二人はすぐにサザナミの船に飛び移る。

「ずるいよ!僕だって共鳴できるのに!」

あまり活躍できなかったカルノは不満を漏らすが、しっかりと船に乗ってきていた。

気付けば大渦も無くなり、船は平和そのものだ。セイヨウは事故現場の船の遺留品をできるだけかき集め、情報と同じように流れ星に乗せてヴァサラ軍へ届ける。

「皆、ここまでありがとね!アタシはイザヨイ島行くから〜またねー!」

ルナは全員の用事が終わったのを見計らい、空を飛んでイザヨイ島へ向かう。

「飛べるのは卑怯よな…」

「羨ましいですよね…」

七福とスイヒの羨望の眼差し虚しくルナはどんどん遠くへ飛んでいく。

その瞬間。サザナミの船が大きく揺れる。

「なんだよ、定員オーバーか?」

「んなわけねえだろ!おれの船バカにすんな!こりゃ、さっきよりデケェぞ!」

サザナミは一瞬で巨大な渦に再度船が飲み込まれていることを察知し、進路を変える。

「振り落とされんなよ!」

さすが船乗りというべきか、的確に渦を逃れるように船を操作していくが、自然災害には敵わずどんどんと中心へ引きずられていく。

「星の極み『天動彗明(てんどうすいめい)』箒星」

セイヨウの振り抜いた刀から流れ星のようなものが出現し、その推進力で渦から抜け出すことに成功する。

「しぶといね…海の極み『海難相』:突き上げる荒波」

突然間欠泉のように付き上がった波がサザナミの船を天高く打ち上げる。打ち上げた先は近くの岸。このまま叩きつけられれば即死は免れないだろう。更に悪いことに打ち上げられた船からは当然の如く全員バラバラに投げ出されるのだ。

「ちっ!船諸共木っ端微塵になっちまう!船もおれも壊させねえ!海の極み:泡沫囲い!!」

サザナミと船に大きな泡ができ、守るように囲う。

「お、サザナミ!いいじゃねーか!ラッキーだぜ!」

「ですね、このまま彼に任せましょう」

「ニャ〜♪」

運良く打ち上がった船の船首に引っかかった七福、その頭の上にいるソラ、近くで吹き飛ばされかけていた緑とアンはサザナミの泡に取り込まれ、四人で岸に放り出されようとしている。

「サザナミくん!この泡借りるよ!癒の極み:千両湯治!!」

サザナミの作った泡の一部が、アンの極みにより光に包まれ、水柱となり分断された仲間たちに降り注ぐ。降り注いだ水は、風呂のお湯のような優しい暖かさになり、泡に入った人々を含め全員の傷を癒やす。

「私にできるのはここまでだから…みんな…死なないで!」

サザナミの船はアンの言葉を残して岸に不時着する。

七福達と近いが、違う場所へ投げ出されようとしているのはオルキス。彼女が投げ出されている場所は森と呼んで差し支えないほどの木々の間。

「一人になってしまったか、とりあえず木を避けるとしよう。『落葉の舞』」

オルキスはふわりと体を反転させて幹に優しく着地すると木から飛び降り、周囲を見回す。

「どうやらワタシを狙う輩が多いようだな、ワタシを斬ってこの顔を、体を標本にでもするか?できるものならな」

大勢の敵に囲まれたオルキスはゆっくりと極楽蝶花を抜く。

「ヒヒヒッ、麗神様見つけたぜぇ…」

大勢の敵の後ろには下衆な薄笑いを浮かべたノクスが立っている。

「あーあ、一人になっちゃったなぁ…誰も僕の活躍見てくれないのかぁ…とりあえず落ちる前に…思いつき着地術!!『爆雷クッション』!!」

足元に雷を纏わせ、その雷の圧でカルノは着地する。着地の代償に地面には巨大なクレーターができているが…

その巨大な音とクレーターを見に村人が全員出てきた。その村は異質なことに村人全員が女性だ。さらに電気などは各家で自家発電し、屋根やドアがよく見るとボロボロの廃村のようになっている。

「なんか変な村だなぁ…?みんな女の子?七福なら歓喜しそう。ん?この匂いは…懐かしいケーキの匂い?」

カルノは極みの力を使って一瞬で匂いの出処へたどり着く。その匂いは何度も振る舞ってもらったケーキの懐かしい匂い。

「ルーチェ!僕だよ!カルノ!やっぱり記憶違いじゃなかったんだ!!ルーチェ!久しぶりだね!」

ルーチェと呼ばれた褐色の女性は一瞬目を丸くするが、すぐに近くの銃剣を持って飛びかかる。その目には強い憎しみが浮かんでいた。

「カルノ…私はあんたを殺す…」

「…え?」

「星の極み:大三角(トライアングル)」

空中に投げ出された瞬間、アンの治癒術を受けながら夏の大三角形の模様が浮かんだカイトのようなものに乗って優しく着地したのはセイヨウとオリオン。

「ケガはない?」

「あるわけないでしょ。あの程度じゃ死なないし…」

「だよねぇ。まあ、泥とかつかなくてよかったよ」

セイヨウの優しい微笑みは殺気により真剣なものに変わる。

「お喋りは辞めよう。囲まれているみたいだ…それにこの音…」

セイヨウは雷鳥の鳴き声のようなけたたましい音が鳴り響く刀に聞き覚えがあった。刀の音は次第に弱くなっていく、力尽きるのは時間の問題だろう。

「フフ…あの体隠している子もなかなかの美女ね…血をいただくわ…『拷問』の超神術…『火炙り』」

「っ!?」

オリオンの足元から突然炎が上がり、一瞬にしてオリオンを包み込む。常人なら良くて大火傷といったところだろう。

「オリオンさん!星の極み…「凪の極み:凪払い!!」

神速で刀を振り抜いた風圧でオリオンを焼こうとしていた炎は吹き消される。

「うわっ…さすが…でも風は感心しないな、空気を送ると火は強くなる可能性あるからね」

「説教してる場合じゃないんじゃない?まさか火傷させられるなんてね…不意打ちうまいわこいつ」

オリオンの脚は酷い火傷になっていた。彼女の戦闘力がどれほど削がれるかはわからないが、かなり痛むのか引きずっている。仲間に回復役がいたことが功を奏したのか分断される前にアンがかけた極みの水がオリオンの幹部に張り付き、傷と痛みを和らげた。最後に使った癒の極みは一度だけ傷を治癒するお守りのようなものらしい。

「よし!二人で切り抜けよう!」

「私一人で充分だって…」

カヤオは体の弱いヤマイを抱え、空いている方の手で刀を抜く。

「ヤマイさん、少し手荒な助かり方になりますよ!霊の極み:異界入り」 

カヤオが切り裂いた空間は真っ赤に染まっており、二人はその異空間へ飛び込んでいく。

「ふうっ、なんとかなりましたね…」

「なんか数日経過したような気がするんだけど…」

「異界ですから。実際は数秒ですよ」

『答えになってないような…?』

「響の極み:大音響!」

「「!!」」

突然の爆音に二人は吹き飛ばされる。

「とんでもない攻撃範囲の敵がいるもんだね…」

「ですね。ヤマイさん。体調は?」

「けっこういいんだよね…」

「そうですか…なら少しピンチですね…この人数は…」

「そうだね。攻撃範囲の広い敵もいる…」

二人は刀を抜き戦闘準備をする。ヤマイの体調が万全なのはハンデのように思えるが二人は至って冷静だ。なにか秘策があるのだろうか。

「きゃあああ!落ちる〜助けて〜!!」

「オロロロロ」

「吐いてるし!」

他のグループと真逆の方向へ吹き飛ばされたスイヒは慌てふためいていた。恐らく最も戦闘力の低い二人ではないかと考えると余計パニックになっていたスイヒは極みを使うのを忘れてしまっている。もう一人飛ばされたクガイは吐いているという有様だ。

「スイヒ〜極み使ってくれ〜気持ち悪い…」

「はぁ!?こっちが助けてほしいくらいなんだけど!!ったく!蓮の極み:蜘蛛の糸!」

一筋の蜘蛛の糸のように伸びた蔦が木に巻き付き、ターザンのように勢い良く二人を振り回す。

「ふ、二人はキツかったかも…?」

蔦はブチッと切れ、クガイは背中を強打する。もっともアンの極みで治りはするのだが…

「おー!あの極みすごいな!痛くないぞ!お前もっとちゃんと極み鍛えろよなー」

「こっちのセリフだよ!」

スイヒは良化隊と書かれた服を着ている敵の多さを見て更に冷や汗をかく。

「これやばいんじゃない…」

「少し骨が折れるな…五分ってとこか?」

「五分持てばいいほうだよ!」

「いいですね!良化隊、彼ら二人はヴァサラ軍だ!決して命は奪わず生け捕りにしてください。あとは私がやります。いいですね?」

「ハッ!」

一人だけ違う色の隊服を着ているオーサムの号令に良化隊員は敬礼し、刀を抜く。

スイヒは生け捕りすら怖いのか青ざめた顔で震えている。

「生け捕りで止められるかな…?」

「いや、余裕でしょ…ああもう!やれるだけやるしかない!」

やけくそに刀を抜くスイヒとやけに余裕なクガイの謎の温度差がある二人は背中合わせで戦いに備える。

「ちっ、こりゃ大当たりだな…」

「悪い方の…ですか?」

「大正解」

珍しく余裕の笑みを崩している七福を見かねたのか緑は即座に矢をつがえる。他よりも圧倒的に少ないユートピアの集団、一見当たりだが七福が恐れているのは最前線に立つ恰幅のいい男、ルチアーノだろう。

『ルチアーノか…こりゃ五人がかりでも手傷負わせられるかどうかだな…なんとかして皆逃がさんと…』

「へへっ、まずはあの一番弱そうな金髪のねーちゃんと猫からだ」

ユートピアの兵士はアンとソラに目を付けて早速殺そうとするのをルチアーノが手で制する。

「待て、よく見ろや…あの女は回復術が使える黄髪族の生き残りだ。高く売れる…一番しょぼいのは…「俺だろ。第一線から離れた四十超えたおっさんなんてしょぼいわな」

ルチアーノの言葉に割って入ったのは七福。なにか撤回しようと口を開けたルチアーノだったが、七福は間髪入れずに挑発する。

「見る目が無いな。お前の部下は…ワンマン経営の弊害だな…後輩育ててないんかよ?何考えて普段からマフィアしてんだ?あ?それとも妊娠中?そのでかい腹にゃ子どもがいるってか?恐怖の大ボス様が誰に受精させられたんよ?笑わせてくれんじゃん?産んだら名前つけさせてくれ」

「やつから殺せ」

ルチアーノの瞳には静かな怒りがこもっている。

「あいつが短気で助かったぜ」

『『『『いや、今のは誰でもキレる…』』』』

ルチアーノに聞こえないようにつぶやいた七福に対し、味方全員からツッコミが入る。

「その煽りの語彙力の1%でもネーミングセンスに行けばよかったですね…ま、戦うしかないみたいですね…」

「こんなとこでやられてちゃ一生ビャクエン隊長なんて追いつけねえからよ…」

「私は私にできることを…」

「ニ、ニャ〜…」

「ヘェ…向かってくるか…」

これだけの隊長格、隊員を前にしてもルチアーノは全く焦る様子はない。それどころかようやく楽しめる程度の表情だ。それだけでどうやら七福の言っていることは本当らしいことがわかる。

六ヶ所に分断された仲間たちは生き残りをかけて戦う。


 第四話
カルノVSルーチェ

カルノは眉間に照準を合わせている銃剣を前に動揺の色を隠せずにいた。
本来こういったあからさまな敵意を向けられた場合、真っ先に殴りかかりそうなカルノが状況が飲み込めていないのだ。

「ル、ルーチェ!?ホントに君は…嘘だよね?」

「嘘なんかじゃない!アタシはあんたと違う!!」

「え?」

ルーチェは叫び声とともに銃剣の引き金を引く。そこから放たれたものは銃弾ではなく獄炎のような炎。
カルノは雷のバリアでどうにか炎を相殺するが、肩から血を流す。

「やるね…エンキの炎を使った弾だけだと思ったら実弾混ぜてたのか…また武器改良したね?ルーチェ」

ルーチェの武器は特殊な銃剣で、刀の先端に銃口が取り付けられているのはもちろん、ルーチェが独自に開発した『特殊弾』を装填することもできる。
そして、それは更に改良されており、デリンジャーのように二層に分かれた銃口からは特殊弾と実弾が発射される仕組みになっていた。

「相変わらず戦闘に関しては頭が切れるね…元十三番隊隊長:『盗神』のルーチェ…君のことをみんなが覚えていないのが恐ろしいけど…あの日伝令係が言ったことは本当だったんだね…」

『伝令です!ルーチェ隊長が反逆!一般人を斬り、逃走した模様!!』

カルノは何かを決意したかのようにゆっくりと刀を抜く。

「仕方ない、君を、敵と判断して斬るよ…」

「いいね…その凶暴な本性こそアンタじゃん。」

雷の速度を利用したカルノの刀をルーチェは正面から受け止める。
そのままゆっくりと受け流すと、がら空きになった体に斬撃を加えようと振りかぶる。

「閃花一刀流(せんかいっとうりゅう)…『釣瓶落(つるべおとし)』!」

無駄なく全体重が乗せられた斬撃に襲われるカルノだが、刀を持っていない方の手を前に出し、稲光のようなものを発生させ、間一髪で躱す。

「雷の極み『顕現鳴神』:咬雷(ごうらい)!!」

カルノはその尖った歯がしっかりと見えるように大きな口を開けると、大きな声を出す。
それと同時に雷の波動を纏った音の塊を放出し、それはサメのような形になってルーチェに飛んでいく。

ルーチェはその波動の振動に合わせるように紙一重で身をかわし、ふわりとジャンプし、そのまま羽を生やして飛び上がる。

彼女は完全なる淫魔のため、角や尻尾、羽を生やすことも任意でできるのだ。

「カルノ、あんたならわかるよね?こうなったあたしのパワーとスピードは…今までの倍以上だってこと!閃花一刀流…『風船葛(フウセンカヅラ)』!!」

ルーチェは空中でステップを踏み、リズムよくカルノに斬りかかる。
そのスピードとパワーは確かに増しているようで、カルノの防御を何度も弾き飛ばす。

「オルキスの流派の剣術…そうだよね、君は彼女の弟子だから…でもね!」

自身の刀に電磁波を纏わせ、周囲の砂鉄を刀身に集めたバットのような武器でルーチェの刀をガードごと吹き飛ばす。

「君の剣技はオルキスにちっとも届かない!彼女なら今のくらい軽くいなしてたよ!『超電磁バット』:砂鉄千本ノック!!」

飛び退いたルーチェを狙うかのように出来上がったバットで拾い上げた石や纏わりつく砂鉄を打つ。その全てに電撃のオマケ付きだ。

「うっ…この全身が痺れる感じ…」

ルーチェに石や砂鉄が当たったわけではないが、打った周辺に磁場のようなものが発生し、麻痺状態のようになったルーチェは片腕をダラリと垂らしたまま、口で銃弾を装填する。

『これじゃやめてくれないか…困ったな…』

「よそ見してていいの?盗(とう)の極み『窃盗女帝(クレプトクイーン)』:象形波動砲(ミッシェル・ガン・エレファント)!!」

『ヤバい!!』

ファンファンの拳が直接砲身から出たかのようなその銃撃は象のような形をつくり、カルノに直撃し吹き飛ばす。

「うっ…これは効いたよ…強くなったね、ルーチェ…」

足をやられたのか片膝をついているカルノにルーチェは再度銃口を向ける。

「でも…僕に勝てるとは言ってないよ!『雷殴』…あれ?」

「そう来ると思った!盗ませてもらった!くらえっ!『雷殴』!!」

放とうとした技は不発に終わり、その代わり同じ技がルーチェの拳から放たれる。
カルノは顔に思い切り自分の技を喰らい倒れるが、すぐにムクリと起き上がり大量の血が流れる顔でルーチェをゆっくりと見つめる。
その頭上にはゴロゴロと雷鳴が轟く。

「『顕現鳴神』:雷雲の陣」

黒く重たい雲が周辺を覆う。

「『窃盗女帝』:悪魔の石像」

ルーチェは地面に銃弾を撃ち込むと、その場が抉れ、まるでルーチェを守るシェルターのように石の壁を生成する。

「今度はエイザン隊長の力か…すごいね、相変わらず戦闘力を上げるための工夫が天才的だよ…だけどこれは防げないよ!…麟鳴轟駆(りんめいごうく)」

ゴロゴロと雷鳴が鳴り響く空から無数の雷が降り注ぐ。

それは今にもルーチェのシェルターを破壊しそうなほどに激しく、まるで無限に降り注ぐ落雷のようだった。

「さぁ?ルーチェ、降参する気になった?もう君に勝ち目はないんじゃない?」

「誰が!アタシはまだ一撃…も…くらっ…」

ルーチェはシェルターを解除してその場にへたり込む。
まるで全身が痺れているかのように力が入らない。

「雷の極み:雷蜘蛛!!地面を伝導させて君の自由を奪わせて貰った…ふ〜っ…!良かった…なんとか無傷で戦いを終えれた…怪我とかしなかったよね?ルーチェ…う、さっきの一撃の傷が思ったより深い…」

カルノは優しく喋るとゆっくり座ろうとするが、フラフラと力なくその場に寝そべる。

「僕も衰えたかな…?戦場なんか行ってないしなぁ…」

「どういうつもり?」

ルーチェはキッと睨みつけて問いかける。

「どうもこうも…僕は君を怪我させたくないし…それにさっき戦闘のときにお腹のタトゥーがちらっと見えてさ、それ、僕が彫ったやつだよね?なんか残してくれてるの嬉しくてさ、僕のことまだ嫌いじゃないのかなって…」

「…ッ!」

カルノの言うタトゥーとは昔ルーチェに酷い虐待をしていた父親が入れた『NX』の焼きごてを『サキュバスのルーチェに花束を渡す稲妻(カルノ)』のマークに変えたものだ。

ルーチェはそのタトゥーが入った腹部を抑えてボタボタと涙を流す。

「このタトゥーが…どれだけ…アタシを苦しめてるか…アンタに…裏切られると…思わなかった…」

「え?ち、ちょっと待ってよ!!君が一般隊士を斬って離反したんじゃないの!?そんなことすると思わなかったから僕ショックだったんだよ!オルキスとはよくケンカになるし、ヤマイはしょっちゅう病気でいなくなるし、エンキは意外と常識人だし!それにあの人は強すぎてちょっと近寄りがたいし…君が一番話しやすくて仲良かったんだからね!!」

目を白黒させてぎゃあぎゃあ騒ぎ立てるカルノを見てルーチェはクスッと笑う。
彼は嘘を言っていないことがそのあからさまな態度でわかったのだろう。

「ふふ…変わってないね、ルノ君」

「あ、懐かしい。その呼び名」

ルノ君とはルーチェが十三番隊隊長だった頃にカルノを呼んでいたあだ名のようなもので、信頼の証だ。
ルーチェはふぅとため息をつくと、カルノの隣に座る。

「そっか、アタシたちは騙されてたんだね。アタシは五番隊を名乗る隊員たちに分断されて十三番隊ごとやられたんだよ。『ヴァサラ軍が隊を売った。殺しの担当は五番隊』って言われたかな…その時」

「僕は君が斬ったらしい人がいる場所に伝令を受けて向かったら青い髪の男の人が居たから本当なんだと思ったよ…」

「ちょっと待って…青い髪の男ってこの人?」

ルーチェが見せた写真には青い長髪をしたいかにもチャラそうな四十代くらいのの男が映っていた。

「そう!この人!この人!もっと老けてたけどこの人だよ!なんでわかるの?」

「…これが…アタシの父親…」

「え?」

写真を持つルーチェの手がカタカタと震えだす。
写真の男こそ忌々しい焼き印を入れた張本人なのだ。

「十三番隊が追い詰められたときに最後に父親…ノクスが来てまた襲われそうになったから…なんとか斬り伏せて逃げられたけど…」

カルノは全て繋がった事に一瞬目を丸くするが、すぐにその顔は男への怒りが込められたものへと変貌する。

「何が『十三番隊に襲われた』だ!僕の大切な人を使ってまで騙しやがって!ルーチェ!みんなに忘の極みかけてるよね?解除できるよね!解除してみんなであの男ぶっ殺そう!」

「いや、それはすぐにでもするけど、ちょっと待って。まだ解決してないことがあって…アタシが襲われたのは確かに『五番隊の隊員達』なんだよね…顔は間違いなくそうだった…」

「見間違いじゃなくて?だって僕らは伝令受けてから出たんだよ?」

「いや、顔は確かに…「御名答ですね。」

二人の背後から声が聞こえる。
そこには白衣を羽織り、丸眼鏡をかけた真ん中分けの男が立っていた。男はニヤリと薄く笑うと、パチパチと拍手する。

「僕が開発した『擬態マスク』気に入ったかい?素晴らしい出来だろう?騙されたと数年以上思い込むほどに!申し遅れました、僕はジンバルド。僕の科学都市ではジンバルド博士と呼ばれているよ。」

「『擬態マスク』…?そんなもので僕とルーチェを騙したのか!!」

怒りとともに雷が全身をバリバリと包み、オーラのように纏いながらジンバルドにパンチを見舞う。
しかし、そのパンチはジンバルドの体をすり抜け、何もない場所へ貫通する。
カルノは勢い余って転倒し、何が起こったのかわからない様子でジンバルドを見返す。

「ヒュッヒュッ、ホログラムと実体の区別もつかないとは…いや、ホログラムなんて君らごときの知能じゃわからないか。科学なんて君らには早かったね。」

「ホログラム…?」

「僕は科学都市にいる、これは映像だよ。そんなに怒らないでくれ給え。ルーチェ、君の母親をノクスから実験台として提供して貰った。そのお礼に彼に科学都市左大臣の地位と少し力を貸しただけさ…」

「ふざけんな!こっちはそれで全て失ったんだ!」

ルーチェは廃村全体に響くほどの大声で叫ぶ。
隊長を剥奪され、裏切り者として認識され、何より最も忌むべき相手に売られたのだから当然だろう。
しかし、ジンバルドはつまらなそうにあくびをして言葉を続ける。

「君には最低限の援助はしたはずだよ?いや…それ以上の援助をね。僕の作った参考書や機械の部品で勉強をしたんだ。だからそんな武器も作れた。そうだろう?君の母親から君と妹の援助を頼まれていたからね。妹は…消息不明になってしまったけど、実験体(モルモット)の願いを叶えるのも僕のポリシーだからね」

ジンバルドは長話をしすぎたとばかりに映像を切ろうとするが、「その前に」と何かのボタンを押す。

「君らに遊び相手を用意したよ。楽しんでね」

ルーチェが養っていた女性達がいる民家から起動音のようなものが聞こえ、人間ほどの大きさの鋼でコーティングされたロボットが姿を表し、家を叩き潰そうと足を振り上げる。

「電磁球」

カルノは民家を潰さないよう磁力でロボットを引き寄せると、ルーチェに何かを促す。

「久しぶりにやろうよ、ルーチェ。」

「うん!ルノ君!」

二人の体を金色のオーラが包む。「雷の極み『顕現鳴神』…」

「盗の極み『窃盗女帝』…」

「「怪艶・双雷神(かいえん・そうらいしん)!!」」

カルノは大きな口を開けて口から、ルーチェはカルノの雷が溜められた銃弾を装填した銃剣から巨大な雷を放出し、ロボットに巨大な風穴を開けて一瞬で破壊する。カルノはにっこりと笑うと、ルーチェに抱きつく。

「まだ色々問題はあるけど、とりあえず…お帰り!ルーチェ!!」

「うん!…ただいま!色々…ごめんね…」

「うーん…ただの喧嘩ってことでいいんじゃない?でしょ?他の人になんか言われても僕がそれで押し通してあげる」

「いや、ワケは説明しようよ。なんか違う敵にも狙われることになったんだから」

「えー…めんどくさいなぁ…今は再会を祝う気分だから説明する気ないんだけど」

「相変わらずだなぁ…まぁわかった。アタシから説明するね!」

「そうと決まれば船で待とう…と思ったけどさっき焼いてたケーキ食べてからでいい?疲れた、僕。」

カルノはルーチェの返事を聞く前に、ケーキを作っていた家へと入っていく。

その頃、オルキスは大量のユートピアの部下たちに囲まれていた。

ノクスはニヤニヤと笑うと、オアシスを除いた六魔将と共にオルキスを囲む。

「へへ…降参すれば悪いようにはしねぇよ『麗神』サン」

オルキスはフッと軽く笑うと刀を構える。

「この人数で負けたら永遠に恥さらしだな。いいハンデだ…かかってくるがいい。下衆共」


 第五話:オルキスVSノクス

「この人数なら余裕だぜ!かかれ!」

ノクスの号令とともにユートピアの下っ端達がオルキスに斬りかかる。
オルキスは剣を構えすらしていない。

「…この人数?」

ノクスに聞こえるか聞こえないかの声でつぶやくと、目の前にいた下っ端の懐へ一瞬で潜り込む。

「「下がれ!!お前ら!!!!」」

ディルとグレイの叫び声が到達するより早く、20人あまりが一刀のうちに切り裂かれる。

「花の極み『極楽蝶花』:花片(はなびら)」

「くっ、何なんだこの女!お前ら何してんだ!俺のために働くんじゃないのか!!俺は幹部権限を貰ってるんだぞ!全員でかかれ!」

ノクスの号令と共に下っ端達がオルキスを取り囲み、逃げ場なく刀を振る。素人ですら致命傷を与えられるほどの人数の刃の嵐をオルキスはスルスルと避けていく。

「『散桜(ちりざくら)』」

掴もうとしても手をすり抜ける桜の花びらのように攻撃が空を切る。まるで相手の刀の呼吸を読んでいるかのように。

「なんだ?なぜ当たらない!?」

「切っ先が服に触れる瞬間に少し間合いをずらしているだけだ。これで当てられないなど組織の底が知れるな」

手の内を明かすほど余裕なのか、だんだんと避ける速度を遅めていく。

「なめやがって!俺はとある街で騎士団長を務めていた男だぞ!」

ノクスは渾身の力で刀を振り下ろす。刀はオルキスを捉えた感触があり、ニタリと笑う。

「あっけねぇな、もう終わりか」

「フン、斬った感触と止められた感触の区別もつかないとは。貴様らの街の軍事力が知れるな。」

指先であっさりと刀を受け止めているオルキスは呆れたようにため息をついた。

「それにもう一つ間違いがある。ワタシが避けるのを遅めたのは舐めているからではない。まだ気付かないか?すでに斬っていることを。」

極楽蝶花をゆっくりと納刀すると同時に大勢の下っ端が倒れる。

「くっ…いつの間に!ふざけやがって!花の極みは不意打ち特化か!」

ノクスが焦って刀を振り下ろすが、オルキスはゆっくりと左手を刀に突き出す。

「『蠅獲草(はえとりそう)』」

同じように指先で白刃取りをすると、ノクスの顔面に一文字の傷跡を与える。

「うまく避けたな…感心するよ。浅く斬ったつもりはなかったが…」

「て、テメェッ!俺の顔に傷を!!」

ノクスの顔面には深々と刀傷が刻まれていた。その傷跡を抑え、怒りに震えるノクスをフレイが制する。

「あ~あ、これは私達が行かなきゃだめみたいだにゃ〜。火の極み『怪奇炎』:火達磨」

オルキスの身体を包み込むほどの業火が襲いかかる。同時に軽く一歩バックステップを加え、飛ぶ剣閃を放ち、カウンター気味に極みを発動する。

なぜかオルキスが火の極みを発動したのだ。

「火の極み『極楽蝶花』:夢花火(ゆめはなび)」

剣閃はフレイの放った炎にぶつかり、分散し、業火のつぶてとなり、八方から六魔将を襲う。

「なっ!?花の極みから火の極み!?まさかこいつがあの三つの極みを持つ女ってやつかにゃー!?」

「ど、ど、どうするんですか?その人の五神柱って最強の無の極みじゃ…」

「お喋りとは悠長だな、避けなくていいのか?」

「ああ、お構いなく」

ローディはノクスを盾にし、剣閃と火炎をかわりに浴びせる。

「ギャアアアア」

「「お前のせいだな、隊長さん。お前のせいでこいつが死んじまうよ!相手は俺たちなのにな!」」

六魔将の行動を見て、オルキスは彼女らしくないほど大きく笑う。

「その男に人質の価値はないよ。何故か今朧げな記憶を思い出した。ワタシの弟子を…ルーチェを可愛がってくれたようだな。」

「ルーチェ?ハッ、アイツは俺の娘だ、娘が父親のおもちゃになるのは当然だ…ぐああああ!」

オルキスはポケットから取り出した短剣でノクスの舌を突き刺す。

「もう喋ってくれるなよ。貴様を殺してもいいが、総督から命を奪うなと言われている。このまま喋れば貴様の命を奪いかねないことを忘れるな」

ノクスとのやり取りを見てスキを見せたと思い込んだディルとグレイはオルキスを挟み打ちにし、極みを発動する。

「風の極み『悪辣暴風』:大嵐!!」

「水の極み『豪雨溺滅』:大洪水!!」

吹き荒れる暴風と全てを飲み込まんとする水の塊がオルキスを襲う。

『む、挟み撃ちか…この距離、この角度…わずかに風の到達が速いか?ならば!』

「風の極み『極楽蝶花』:花鳥風月」

相手の風を刀で受け止め、その流れに沿って回転することで竜巻の防護壁を生み出し、水の極みを阻止すると、そのまま飛び散った水を刀に纏い、流れるような動きで斬りかかる。

「水の極み『極楽蝶花』:花見月(ハナミズキ)」

「ヤッベ…モス、土の壁を!」

「コイツ…本当に無の極みかよ!?」

ディルとグレイは慌ててモスの背後へと飛び退き、「お前行け」とばかりにモスを突き飛ばし、オルキスの前に立たせる。
モスは動揺し、慌てて極みを発動する。

「土の極み『岩盤破砕』:土壁(つちかべ)!!」

巨大な土の壁がオルキスの剣を受け止める。しかし、付け焼き刃で出した防護壁が通じるわけもなく、まるでカステラのように綺麗な断面を作り切断された。

その頃、懐かしい味のケーキを頬張りながら、カルノはルーチェと昔話に花を咲かせていた。
話しているのは昔の話。

彼らが隊長だったときの話だ。

「ねぇ、あの頃のオルキスの剣術習ってたんでしょ?なんでルーチェはある程度のとこでやめちゃったの?」

「ある程度じゃないよう!戦闘で使えるくらいにはなってるし、それに閃花一刀流極めるなんてできないからね!?」

ルーチェの全力抗議にカルノはゆっくりと首を傾げた。
彼の戦い方は自由そのもので剣術特化ではないため、いかに極めるのが難しいかがわかっていないらしい。

「それにオルキス自身も『教えられる範囲はここまで』って言ってたし、極められる人はほぼいないんじゃないかなぁ?だって、あの剣術極めたら『無の極み』みたいなもんだし」

「え?どういうこと?」

まさかオルキスは総督と同じ力を持っているのだろうかとカルノは目を丸くする。彼女には同期が知らない能力があるのだろうかと頭から煙が吹き出るほど考え込むほどにカルノの脳内には色々な事が駆け巡っていた。

「だ、大丈夫?ルノ君!?なんか悩みまくってない!?」

「あ~、なんかそういえば…なんか…水とか出してたような?う~ん?」

「オルキスは出してないよ、閃花一刀流っていうのはね…」

ルーチェはカルノに説明を始めた。

オルキスは依然として優勢に戦いを勧めていた。
六魔将はどうやら自ら戦う気が無いらしく、軽く攻撃しては離脱し、部下に任せてまた極みを放つといった卑劣な戦い方をしている。

「土の極み『岩盤破砕』:土石流」

巨大な岩が雪崩のようにオルキスに降り注ぐが、その岩をまるで野球でもしているかのように一つ一つ相手に弾き返していく。

「土の極み『極楽蝶花』:花崗岩(かこうがん)」

「雷の極み『不和雷同』:雷鳴の柱!!」

ローディーが放った雷の巨大な柱がその岩を粉々にし、ダメージを最小限にする。
そして何かがわかったように声を出して笑う。

「あ~、なるほど…そういうことですか、おかしいと思ったんですよ。さっきから防御系の技が出るときに貴方が花の極みしか発動していないのを…」

「ほう…」

オルキスは「聞こう」とばかりに刀を鞘に収める。下っ端はその舐めきった態度に苛立ちを覚えてさらに激しく斬りかかるが、ひらひらと避けられてしまい、まるで相手になっていない様子だ。

「貴方、極み使えないんでしょう?五神柱の極みを使っているときは必ずと言っていいほどカウンターだ。剣圧や剣閃で弾き飛ばしてさも極みのように使っている。花の極みも同じですよね?ただの剣術だ…違いますか?」

「いや、素晴らしいな…そこまで見抜いたか。その通り。ワタシの力は限りないのではない。なにもないのだ。…だがまだ100点はやれんな。せいぜい80点というところだ。」

オルキスは自慢げに刀を抜いて下っ端数人を斬り裂くと、話を続ける。

同じ頃、ルーチェはカルノに閃花一刀流の神髄について語りだす。

「オルキスが…いや、オルキス隊長が言ってた…『隊員に教えた全てで80点だ』って。彼女極み使えないでしょ?」

「ワタシは極みが使えない。そこは認めよう。はじめは絶望したよ、『ワタシには総督を支える資格すらないのか』…と。だからこそ剣を振り続けた…他の奴らが極みだパワーだと次のステップに行く中ひたすらにな…そしてある境地に辿り着いた。その瞬間『閃花一刀流』は『極み』へと進化した…」

「あの人の剣術は相手の技が『出る瞬間』『方向』『角度』『到達時間』そして『その技を弾き返せる隙』全てを読めるようになってるの…」

「そうして進化したのが…」

「そうやって作り上げたのが…」

オルキスとルーチェの声がシンクロする。

「「花の極み」」

オルキスの演説を嘲笑うかのように六魔将は拍手し、攻撃を続ける。

「ってことは、読めないほどの極みなら跳ね返せないってことかにゃー?」

「ああ、それも正解だ。だが…」

フレイの懐へ飛び込んだオルキスは刀を弾き飛ばし、トドメの斬撃を加えようと振りかぶる。

「貴様ら程度の極みでは読むことも容易い。貴様らがヘラヘラと笑って市民を襲っている間、ワタシは常に腕を磨いてきた…そんな奴らに負けるわけがなかろう!舐めるな!!」

「ふ、ふ、フレイさん…き、斬られたらまずい、離脱しないと…」

「そうだったにゃー!ルチアーノ様に殺されるのはゴメンだにゃ!」

フレイは炎の推進力で素早くバク転してオルキスの斬撃から逃れる。
下っ端達の殆どはオルキスに斬られ、残るはノクスと数名の雑魚だけだ。

「や、やべぇ…逃の極み『逃避行』…「遅い!」

慌ててワタワタと逃げ出そうとするノクスを先回りして、刀を眼前に置く。

「ちょっと逃げ足が早くなる…それが貴様の極みか?お粗末なものだな。花の極み:徒花(あだばな)」

ヴァサラの指示通り殺すことはしないまでも、その技でノクスの顔には痕が残るほどの数十もの切り傷が残り、身体にはギリギリ死なない程度の斬撃が加えられている。

しかし、それでも口が減らないのか、ノクスはオルキスの剣術をあざ笑う。

「これがお前の奥義か!俺一人殺せないチンケな剣技が極み?あまりにも弱すぎるぜ」

オルキスはその煽りを跳ね除けるように、いや、堪えきれなくなったように笑い出す。

「今のが奥義に見えたのか?めでたいことだな。『徒花』は奥義に、いや、隊員に教えた基礎剣術にすら組み込む気がなかった最下級剣術だ。それを奥義とは、貴様の弱さが知れるな。」

「なんだとぉ…?バカにしやがって!」

「火の極み」「水の極み」「風の極み」「雷の極み」「土の極み」

「「「「「五芒星!!」」」」」

背後から五神柱の極みの共鳴が放たれた音が聞こえ、オルキスは咄嗟に身体をひねってかわそうとするが、不意打ちだったためその攻撃を浴びてしまった。

「くっ、迂闊だった…一撃離脱か、ワタシも衰えたものだ…目先の男に気を取られ戦況を見誤ってしまうとは…」

「へへへ、残念だったな!『麗神』さんよォ!逃の極み『逃避行』:煙幕」

視界を煙幕に奪われ、オルキスが一瞬刀から片手を離し、煙を払った好きを見計らい、ノクスは逃走する。

「ちっ、逃げたか…だが今はザコにかまっている場合ではない…ここから近いところに落ちたもの達の救援に行かなければ…」

刀を鞘に納め、オルキスは駆け出して行く。

ノクスは逃げ切った先でジンバルドと合流していた。
ジンバルドはいつもの薄ら笑いではなくどこか不機嫌そうだ。

「科学都市に戻り次第すぐに皮膚移植を受けてもらうよ?」

「当たり前だろ!この顔じゃ女も落とせな…「そうじゃない。その顔の傷を見ると何処かの博士が作り出したツギハギ女を思い出して腹が立つ」

「ツギハギ女?」

「ああ、生き返った人間さ。まあ、この話は秘密にしておくよ。早く帰ろう」

ジンバルドはノクスと共に科学都市へ戻っていった。

同時刻、スイヒは刀を持ち、ガタガタと震えていた。

「やばいって、人数おかしいよ良化隊とかいうの!!」

「あ~、そのことなんだが…」

クガイはなにか言いづらそうに頭をくしゃくしゃと掻いて眉間にしわを寄せてスイヒに申し訳無さそうに告げる。

「10分以上かかるかもしれねぇ…」

「かかんないよ!1分で終わるわ!」

「まぁ…生け捕りにしてくれるらしいしな…」

「生け捕りで拷問されたら意味ないから!!」

スイヒの怒涛のツッコミにたじろぎつつ、ゆっくりとため息をついたクガイは、刀をしっかりと握る。

「こりゃ、10分以上で正解だな…じゃないと総督との約束を破っちまいそうになる」

「いいからもう!カッコつけてないで!早くやるよ!」

二人は背中合わせで並ぶ。


第六話:クガイ&スイヒvsオーサム&ディノ&良化隊

クガイとスイヒが良化隊と戦いを始めた頃、オリオンとセイヨウは姿を見せず奇襲をかける敵の兵達に苦戦していた。

「まいったな…姿を表さないとなると少し不利かもしれないね。火傷は大丈夫?オリオンさん」

「はぁ…ずいぶん優男なのね。アンとかいう女の極みのおかげもあるけど、この程度余裕。てか、得体の知れない私によく背中預けられるね。後ろから刺されるとか、この技は私のとか疑わないの?」

セイヨウは優しく微笑むと、「別に疑わないけど?」とオリオンに告げ、続けて理由を話す。

「君くらいの強さなら不意打ちなんていらない。それに君はケンカが目的じゃない。何なら僕らにも興味がない、違う?」

「へー、バカじゃないみたいね。少し見直したわ。」

「じゃあオリオンさ「…ミズキ。」

「え?」

突然の名乗りにセイヨウは自分でも恥ずかしくなるほど間抜けな声を上げる。

「私はミズキ。オリオンでも、ましてや六福とかいうふざけた名前でもない。ミズキ。あんたは信用する。だから名乗る」

オリオン改めミズキはセイヨウを信用したのか船では見せなかった可愛らしい笑顔を向けて名乗る。

「そっか、よろしくね、ミズキさん。」

本来あの笑顔に大概の男は落とされるが、どうやらセイヨウにはただの自己紹介にしか感じなかったらしく、挨拶を返すと索敵に戻ってしまった。

「とにかく、早めに倒さないとね。スイヒさんたちが心配だから。」

「心配?あそこに行ったもう一人の男がいるじゃない。」

「そりゃあの巨大生物と戦ったときに少しはやるなぁと思ったけどさ…でもただの一般隊員だよ?」

「…ただの?」

ミズキは苦笑いとも呆れた笑いとも取れない不自然な表情でセイヨウの言葉を聞き返す。
彼女にはなにか思うところがあるのだろうか。

「『ただの』なんて言葉じゃ足らないわ。あの人は間違いなく私より強い」

「え…?」

スイヒはガタガタ震えながら刀を構え、良化隊へ向けて極みを放とうと精神を集中させる。

「蓮の極…「古の極み『恐竜楽園(ジュラシックパーク)』獣脚恐竜(ガリミムス)!」

戦艦一つをへし折った巨大な男…ディノはスイヒの極みが発動される前に、とてつもないスピードで腕を掴み、極みを阻止する。

「お前の相手は俺だ…」

「は!?無理無理!勝てるわけないって!いやだあああ!!あの…手加減してもらえないかな?」

「ディノ、彼女の意見を汲もう。彼女は隊長格じゃないようだしね」

「え!?なんで分かったの?はい!私は貧弱隊員です!」

オーサムが自分の隊員としての階級を読み取ったことに驚きを隠せない様子のスイヒだったが、即座に手加減してもらえるように頼み込む。

心の中で『いい人だ…』と呟きながら。

「相変わらず優しいやつだな…まぁ俺も大怪我をさせるのは寝覚めが悪い。極みは使わない…ただし。」

恐竜化したディノがスイヒの方へとジャンプし、蹴りの構えをする。

「嘘つき!最低!使わないって言った…え?」

その蹴りは喚き散らすスイヒの真横にいた良化隊の男の顔面にめり込む。

「そう。さすがディノ。言いたいことが伝わってたみたいだね。良化隊に紛れた劣悪なユートピアの部下には極みを使っていい」

ディノの攻撃を食らった良化隊に変装していた男は、脳が揺れたのかズルズルとその場で崩れ落ちるが、オーサムはその男の服を掴み無理矢理立たせた。

「ひっそりとしていれば私の極みに引っかからないと思ったのか?あまり甘く見ないことだ」

そのまま腕を離し、刀の峰の部分をクガイに向けて戦闘の構えを取る。

「あんたは私が相手をする。」

「峰打ちにしてくれんのか?お優しい事で…ま、ちょっと待てよ。」

お猪口に注いだ酒を口に含み、背後から現れた敵にプッと勢いよく吐きかけ、人差し指を喉にトンッと軽く置いて不敵に笑う。

「グサッ、なんてな」

喉に人差し指を置かれた男はまるで刀に刺されたかのように感じたのか、その場で白目を剝いて気絶した。

スイヒはその様子を見て『おおお…』と小さくリアクションを取る。

「初めて見た!酒の極み!『酒を浴びせて幻覚見せて気絶させる極み』って言ってたもんね!やればできるんじゃん!!いつもそのくらいやりなよ!」

怠けてばかりのクガイにだけ強く当たるスイヒは初めて真面目に戦ってくれたと感心していた。
相変わらずの上から目線ではあるのだが…

しかし、明らかに笑いが起こる状況にも関わらず、オーサムとディノは引き攣った顔をしていた。
いや、引き攣ったというよりはなにか恐ろしいものを見るかのような目でクガイを見ているのだ。

その目は得体の知れない妖怪や悪魔でも見ているかのようにすら見えた。

「すまない、ディノ。初めて刃を使うかもしれない。」

「ああ、この女だけは俺が止めておく。お前は好きにしろ。」

「いやいやいやいや!そっちの酔っ払いにも手加減してあげてよ!負け確なんだから!」

「悪いね。お嬢さん。それだけは呑めない」

オーサムは刀を構えてクガイに向き直る。

「おいおい、怖い顔するなよ!な?」

クガイの表情がいつもと違ったものへと変わる。
その殺気は隊長格のものに匹敵するほどだ。

「…まいったまいった…これじゃ本気でやらなきゃな」

「え?」

いつもと違うクガイの雰囲気にスイヒは気の抜けた声を上げる。

ヤマイとカヤオは迫り来る雑兵達をどうにかこうにか避けていた。
ちらちらと腕時計や周囲を見渡すカヤオはどこか心ここにあらずといった様子だ。

「カヤオくん、集中しよう。まずはここを切り抜けないとどうにもならないよ。」

「そうなんですが…おっと」

ユートピアの急襲を刀でいなし、一撃を入れつつまた周りをキョロキョロと見回す。

「どうしたの?確かに敵の人数は少ないけどそれは…うわっ!!」

音の塊がヤマイとカヤオの刀をすり抜け体を切り裂く。

「あの男の広範囲攻撃があるからだよ。わかるよね?」

「わかりますよ。ただ…スイヒさんとクガイさんでは持たない気がしまして…あの二人は弱い。救援に行かなければ」

ヤマイはポカンとしてカヤオを見た後、クスクスと笑い出す。

「な、なんですか?」

「ごめんごめん。ただ、彼らなら大丈夫だよ。一番安全さ。『隠しておいて』って言われたけど言わざるを得ないね。クガイさん。あの人はー」

ルーチェとカルノは豪華になっていくデザートとシャンパンに舌鼓をうちながら昔話に花を咲かせる。
ワガママながら意外とコミュニケーション能力の高いカルノは、男嫌いしかいない村の中でいつの間にか溶け込み、受け入れられていた。

「いや~!ここ楽しいねぇ…ルーチェシャンパン選ぶの上手いね!これ美味しい〜」

「ありがと。で、ルノ君。アタシが総督のとこに戻るのはいいんだけどさ、やっぱり助けに行くべきじゃない?そのスイヒちゃんって子聞くからに弱そうだけど?」

「ああ、大丈夫!だってペア、クガイだもん!」

『さ、飲も』とばかりにワイングラスにシャンパンを注ぎつつにこやかに話すカルノに思わずルーチェは苦笑いをこぼす。

「うわぁ…敵が可哀想…あの人もはや人間どころか妖怪ですらないもん。」

「怪物だよね」

「うん。」

二人の声が重なる。

オルキスは七福達と合流していた。
相手の共鳴をくらい、軽い怪我を負ったオルキスだったが、戦線離脱するほどではないらしく、急いで七福達と合流したのだ。

「すまない、遅れた。やはり大人数のところにボスがいるか…ワタシの勘は当たったようだな」

七福はオルキスの救援に胸を撫で下ろし、ユートピアの雑兵を殲滅していく。

「ありがてぇこったな。今んとこボスは動いてすらねぇ。雑兵の数も20人前後…できれば退いてほしいもんだがな。」

「オルキス隊長が来たなら私はクガイさんたちのとこへ…」

「おう、アン頼むぜ!ここはおれと隊長達がなんとかする。」

薬箱を抱えて走るアンをサザナミが援護し道を切り開こうと必死に敵を倒すその様子を見ながら、緑が少し大きめの声で優しく二人に声をかける。

「必要ない…と、思いますよ。」

「「え?」」

「あの人はとんでもない力を隠している気がします。私や廉さん以上のね」

「だからここにいてください」と優しくアンに微笑むと、二人に斬りかかる雑兵を射抜く。

「なぁ、七福。もう隠してもいられないだろう…」

「ああ、しゃーねぇな」

「あの男は」

「クガイはさ」

同時刻、同時期に旧隊長組の声が重なる。

「「「「「元十二番隊隊長『亞神』のクガイ」」」」」

クガイは大きくあくびをすると、小手調べをするかのようにオーサムの喉へ向けて突きを放つ。

「『喉へ向けた利き腕と逆の手から放たれる突き』神刃月影流(しんじんげつえいりゅう)…無刀堕(むとうおとし)」

オーサムはそれを読んでいたかのように刀の一撃を放とうと刀を振り上げた瞬間のクガイの腕に掌底を叩き込む。

掌底の威力は凄まじく、殆どの人間ならば剣を落としてしまうほどの威力だったが、クガイの腕には痣一つ残っていない。

しかし、クガイには引っかかっていることが一つあった。オーサムは自分の攻撃個所を言い当てたのだ。それも寸分違わず。

「へぇ…そんな刀奪う技もあるんだなぁ…剣の達人ってことか。俺んとこの元隊長にもいたよ。剣の達人。刀奪う技もあったな…いや、あいつは合気道みたいな感じだったな…それより」

言葉が終わるやいなやクガイが刀を振るフェイントをかけるが、オーサムは動く様子がない。

「行動一つ一つ読んでるな?フェイントは無反応。攻撃箇所の予知。それがお前の極みか…厄介なもんだ」

「この『繋の極み』は先天的なものでね。僕も困ってるんだ。厄介なのはあなたもでしょう。わざわざ実力隠して何が楽しいんですか?元十二番隊隊長『亞神』のクガイさん。」

「え…?隊…長?昔…の?」

オーサムが言っていること、心が読めるということもどうやら本気だと察したスイヒは突然ダラダラと大量の冷や汗をかき始める。

「それなら早く言ってよ!いや言ってくださいよクガイ…隊長。すごい人なんじゃん!わ、私の当たりが強くて仕返ししようとか思ってないよね?ね?絶対やめてえええ!!」

「…いや、別に何もしねぇけども…調子狂うな…とりあえず。亞人の極み…」

「それが本来の極み…ですか。」

クガイが放った斬撃は黒みがかった紫色の歪な波動になり、ユラユラも空中をゆっくり漂いながら八方に飛び散った。
その波動は遠くの良化隊や変装したユートピアの雑兵に当たる頃には力尽きたかのようにふわりと優しく肌に触れる。

「な、何だぁ?痛くねぇぞ?」

「ハッタリか?」

「オーサムさん、この程度なら触れても大丈夫ですよ、ほらなんともない」

「今すぐ当たった場所を斬り落とすんだ!!!」

「え?」

「悪いな、忠告が遅ぇよ。『蛆の痕(うじのきずあと)』」

波動に当たった兵達は、そこから急激に痣が広がり、腫れ上がったそれは器官を圧迫し、声を上げる暇もなく昏倒する。

この時点ですでに立っているのは技を放ったクガイ、刀で受け流したオーサム、痣程度ではどれだけ広がっても怪我にもならないディノ、味方のスイヒのみとなった。

「ま、峰打ちだから死にはしねぇだろ…あんたらの部下は特に優しく倒しといた。今後に支障がないようにな。」

「それは感謝するよ、ただ…」

オーサムはクガイと刃を交える。

「君は危険すぎる」

「へぇ、なら本気で来いよ。踏み込み含めて随分弱気じゃねぇか。何考えてるか知らねぇけどさ」

「…」

「どうした?お前は向かってこないのか?」

ディノは黙ってじっと二人を見つめているスイヒに尋ねる。
本来ならば彼女はすでに死んでいるだろう。
それほどまでに二人を見ているのだ。

「向かって行ったところで勝てるワケないし…でも大事なのはそこじゃなくって…ゴメンね。ディノとか言う人…蓮の極み:蓮縛り」

大量の蓮の花や蔦がディノに絡まり、一瞬動きを止める。
彼の力からすればほんの一秒だが、その一秒でスイヒは二人の間へと走り出す。

「亞人の極み『魍魎跋扈(もうりょうばっこ)』:修羅葬(しゅらおくり)」

地面に突き刺した刀の周辺から悪魔の腕のようなものが大量に生え、一斉にオーサムを狙う。

『なるほど、必ずどれかが当たる技か…一番少ないダメージは…』

「一番少ないダメージの場所を探してるのかぁ?無駄だぜ。修羅・絶刀」

クガイが斬りかかると、刀からオーラが飛び出し、巨大な口のように変化し、オーサムを飲み込もうと飛びかかる。

「待って!!」

オーサムとクガイの間に割り込んだスイヒはクガイの一撃を刀で受け止めた。

どうにかこうにか受け止めたらしく、刀にはヒビが入りスイヒの腕は恐怖でブルブルと震えている。

「スイヒ!?お前いきなり…」

「クガイ…さん。待って。お願い…この人は悪い人じゃない気がする。私なんて隙だらけなのに攻撃一つしない…部下もそう…絶対になにかある…」

割って入ったスイヒ、そしてその言葉に反応するかのようにオーサムは頭を抱えて蹲った。
その顔は青ざめ、呼吸が荒くなっている。

「消えてくれ…君の過去のせいで…」

「え?」

「僕には君の過去が視える…」

オーサムは刀を納刀し、苦悶の表情を浮かべてスイヒを睨む。

「あ~、そんなとこまで視えちまうのか。俺の過去も視えて…いや、俺の過去は複雑すぎて視えやしねぇか。あんたオートで人の心の中や過去まで視えちまうらしいな。見たくないものもたくさん見たろ。ハッキリ言うぜ。あんたは悪人になるにゃ優しすぎる。向いてねぇよ」

すでに戦意を喪失しているオーサムとは戦う気がないのか、クガイは極みを解除し、酒瓶に口をつけて面倒臭そうに告げる。

「ここ数年総督に『誰も殺すな』って命令されててな。お前を斬るつもりはねぇよ。」

「オーサムさん…でしたっけ?ヴァサラ軍には私みたいに家族を皆殺しにされて救われた人が沢山います。あなたの過去は知りませんけど、きっと色々あったんだと思います。でも…どうかそのまま誰も殺さないでください。優しいままでいてください…きっとそれでも皆あなたに着いてきてくれるから…」

「僕は…それでも…サイカによって凶暴化する市民。危険な思想を抱くもの…それを生み出す彼は許すことができない…」

「一人称が変わったな。それがお前の本心って事か」

「…っ!…ああそうさ!本心さ。スイヒさんの過去に同情したのも、サイカを許せないのも!」

オーサムはくるりと二人に背を向け、ゆっくりと歩き出す。

「行こう…ディノ…」

「あなたは…サイカさんを傷つけない気がします…大切な人が傷付く悲しみを人一倍背負ってしまう…そんな…あなた…だから…」

去って行く二人に力無く呟いたスイヒは、腰が抜けたようにへたり込み、クガイの袖を引っ張る。

「あ〜…怖かったぁ…」

「おいおい、あの演説は恐怖心の付け焼き刃か?」

「違うから!怖いのはアンタだよ!ずっと能力秘匿してた挙げ句隊長!?雑兵瞬殺しちゃうし!そんなヤツに色々言ってたと思うと震えるから!強いなら強いってちゃんと言え!!」

半狂乱のスイヒは敬語を忘れてクガイに突っかかっていく。

『ちゃんと言え…ってよ…完全にナメたままじゃねぇか…』

一度深呼吸し、「でも…」と一言前置きし、ゆっくりと立ち上がりつつ話を続ける。

「あの人がいい人で良かったぁ…いつか味方になってくれるといいなぁ…イケメンだし、なんかあの隣のデカい人とただならぬ関係!?みたいだし。それに私達の会話、闇堕ち王子と救おうとする姫みたいな感じ!?うわあああ…主役になっちゃった…どうしよう…」

顔を真っ赤にするスイヒをこれ以上無いほどの白けた目で見ながら結局はそこに繋がるのかと大きな溜め息をつき、ヒビが入ってしまった安物の酒瓶を傾けるが、酒が全て漏れてしまったらしく、悲嘆に暮れて酒瓶を腰に戻す。

そして、疑問に思っていたことをスイヒにぶつける。
彼女だけオーサムに一切の心を読まれなかったことだ。
心を読んでいれば飛び出すことなど彼は予想の範疇として未然に防げていただろう。

「なんでお前心読まれない?エイザンから心を閉ざして戦う方法でも学んだのか?」

「まさか!!学べないしできないし。う~ん…いつも通りの事しか考えてなかったけどなぁ…」

「あぁ…なるほど…だいたい分かったわ、うん。」

何かを察したクガイは『精神的に疲れただろうから』とスイヒに告げ、金平糖とお茶を渡し、その場で休憩し始めた。

イザヨイ島へと続く港でオーサムはディノにスイヒの考えが読めなかったこと、その理由を考察するかのように話し込む。

「彼女が何を考えているかわからないんだ…僕らを見てサムディノ…とか…」

「さむでぃの…?」

「オルシチとか?」

「オルシチ?なんかの郷土料理か何かか?」

「わからない…僕らにもまだまだ知るべきことがあるのかもしれないな」

「ああ、そうだな。」

良化隊のエンブレムが大きく描かれた船に乗り込み、二人はイザヨイ島を目指す。

ミズキとセイヨウはキリがないほどの雑兵に圧されていた。
二人はこの雑兵がなにかおかしいことに気付いているのだ。安直な攻撃では瞬く間に再生し、何事もなかったかのように襲いかかって来る。

「妖怪の遺伝子や血液を移植された兵隊ってこと?」

「なんでわかるの?」

「私も『人工的』って点では同じだし、何より『そういう事をしていた寺院』の話をラショウから聞いてるわ。とにかく…」

ミズキは『埒が明かない』と呟くと、地面に手を置く。

「花の極み『百花繚乱』:幽国の薔薇園(ゆうごくのばらえん)」

周囲にバラの茎が群生し、あたり一面に美しい薔薇の花が咲く。
ミズキとセイヨウの周辺にはうるさいほどの花弁が散る。

「この技は『あなたはこの薔薇園より美しい。』とか言った男を思い出すから使いたくないんだけどね」

ミズキは苦い表情で地面からゆっくりと手を離す。


第七話:激戦と薔薇園と七剣

ミズキの発動した極みは周囲に薔薇が群生し、巨体な茨がグルグルと絡み合い、巨大な柱ができる。

セイヨウは突然展開された謎のフィールドに呆気にとられたようにきょろきょろと周囲を見回す。

「こ、これは…?」

「花の極み『百花繚乱』:幽国の薔薇園。あんまり使いたくないけど…この人数、再生する敵…使うしかないでしょ…」

「つ、使うってまさかこのすべてのバラを!?確かに君の技ではあるけど消耗が凄まじいんじゃない?何か手伝おうか?」

「いらない。ここ周辺は私がやるからアンタは仲間とやらを探してきな。」

手を地面に置きながらミズキは顎でセイヨウに探しに行くように促す。
同時に小さなバラの花がまるで意思があるようにセイヨウの方へ首を向ける。

「この人は敵じゃない。敵は向こうだ。今日は思う存分吸い取っていいからね。幽国の薔薇園」

「へへっ、おしゃべりは終わりか!バートリー様は最高だぜ!俺たちの体がいくらでも再生する!!お前らの負けだ!」

「ギャハハハ、黒髪女!!お前はバートリー様に引き渡す!血を提供したら喜ばれるだろう!!」

体を再生する敵、彼らは一瞬で茨の蔦にからめとられた。

「そのバラはまだ養分がないただの葉…養分は極みの力と生命力、小さなバラが敵を索敵し、茨の蔦が養分を吸い取る…」

「か…な、なんだこの…茨…す、吸い取られ…」

妖怪の力を得た敵の体は見る見るうちに老人のようになっていき、髪まで白髪になり、ガクンと力が抜けたと同時にその茨は美しい白薔薇を咲かせた。

「ああ、アンタは奇麗な白薔薇だね…さて、他は何色の花を咲かせてくれる?幽国の薔薇園:天瞭天華(てんりょうてんげ)!」

ミズキの声とともに50人はいようかという敵を茨が捕縛し、全員の生命力を吸い取った蔦は色とりどりの美しい薔薇を咲かせた。

「美しい花だ…悪意がある方が可憐に咲くんですよ…とかアイツが言ってたっけ?ホントだわ。気に入らない…」

技を解除しようと手を離した瞬間、生命力を失い、ほぼ仮死状態になっている敵たちの体から血が噴き出し、それは大量の刃の形へと変わりミズキへと降り注ぐ。

「血の刃!?鉄の極み:鉄塊!!」

体の前でバリアのように腕を組むと、ミズキの体が鋼鉄化し致命傷となる刃からは逃れることができたが、あまりに不意を突かれたため、体の数か所に刺し傷を作られてしまった。

「油断した…この攻撃の主は…」

ミズキはバートリーを探しに走り出す。

ミズキの近くにいる四人組。
彼らを見ればほとんどの人間が震え上がるだろう。
彼らは『カムイ七剣』と呼ばれるカムイ軍の最高幹部だ。
四人のやり取りを見る限り、軍とついてはいるがヴァサラ軍のように仲良し、かつ横のつながりがあるようには到底思えないが…

「イザヨイ島ってのはカムイ様がわざわざ俺たち送り込まなきゃいけないほどイカれた島だってのか」

「国一番の歓楽街、だからこそ治安も荒れているんでございやすよ…英須の旦那…光が強ええなら闇も増幅する…んなこたぁ、あっしらが一番わかっているでしょう…」

「ま、俺は面白れぇ喧嘩ができればいいんだよ。ヤママユガ地主との交渉事は寅のおっさんがやってくれんだろ?」

「ええ、奴が誰かにやられてなけりゃですがね…」

「?」

ぼさぼさの赤髪をぼりぼりと掻きながら面倒くさそうに話す男はカムイ軍二番隊隊長の『火剣』の英須、それに対して今回自分ら七剣が島へ赴く理由をきちんと話した盲目の老人が『風剣』の寅。互いに立派なカムイ軍の隊長だ。

そんな二人の会話を聞きながら、大げさに両手で「さぁ?」というポーズをしながら英須に突っかかろうとする立派なカイゼル髭を蓄えた男と、「何言うてんねん」と明らかに距離とボリュームが合っていない金髪で長髪、かつ顔半分が機械で覆われた男が声を上げる。

「おやおや?あなたはカムイ様の言葉が微塵も理解できていないようだ?言語教育からやり直した方がいいのでは?」

「んだとコラ?」

「まあまあ落ち着けや、飛び切りハデな島へ行くんやで?ハンサムなワイにふさわしい場所やなぁ…」

「テメェは黙ってろキモロン毛、もう片方の顔面も機械にされてえか?」

「ああ?やってみろや?」

「夢幻の旦那もライチョウの旦那も落ち着きやしょう…争うのはカムイ様の任務終わりにいたしやしょうや…」

七剣三人が剣を抜こうとするのをゆっくりと歩を進めた寅が抑え、カイゼル髭の男…一番隊隊長『邪剣』の夢幻、長髪の男、『雷剣』のライチョウは争う手を止める。
ゆっくりと刀を鞘に納めると同時に、夢幻は鼻をすんと動かし、ゆっくりと笑みを浮かべた。

「なんだ?いきなり笑いやがって…気持ち悪い野郎だな…」

「ああ、すみません。私はこの辺を調べます…別件で急用ができてしまいまして…ああ…懐かしい薔薇の香りだ…」

恍惚とした表情を浮かべた夢幻は他の七剣が止める間もなく森の中へ入って行ってしまう。
それに続くようにライチョウも森の方へと歩いていく。

「悪いのう、今日はワイが島へ行くのはナシや。ワイのモンだったヤツの鳴き声がすんねん。刀の鳴き声やけどな」

言い終わるかどうかというタイミングで雷鳴とともにその場からライチョウは消え去ってしまう。

「ケッ、勝手な馬鹿共だぜ。」

「わしらだけでも行きましょうや…」

「ああ、なんか島には俺の顔に傷つけた野郎がいる気がすんだよ…楽しみだぜ…」

「ほう…旦那のそういう勘は当たりやすからね…」

二人は深い霧の中へ消えていく。
そこには大きな洞窟が一つ。

「ここがイザヨイ地下歩道ってとこか。ハイカラとヒューの情報が正しかったってわけか」

「そうみたいでございやすね…干潮時に船なしで行ける洞窟たぁ考えたもんです…」

英須と寅は部下に感謝しながら洞窟の奥へと歩いて行った。

「もう限界みたいね、ソウゲンちゃん…」

「はぁ…はぁ…」

全身におびただしい刺し傷をこさえたソウゲンは今にも出血で倒れそうになっていた。
脚は立とうとしてもガクガクと震え、刀を地面に刺さなければ立っていられないほどだ。

バートリーは今にも倒れそうなソウゲンを確認するとゆっくりと近付き、ダラダラと肩から流れる血をベロリと舐め取る。
今までシワだらけだったバートリーの顔は少し若返ったように見えた。

「これよこれ…若い美女の血は若返りの秘薬…さぁ、その静脈から流れる血を私にちょうだあああい!」

吸血鬼のような大口を開けたバートリーがソウゲンへ向かうのをギリギリのタイミングでセイヨウが割って入り、片腕を犠牲にソウゲンの身代わりに噛みつかれる。

「何なのよアンタ、男の血に興味はないんだけど?」

セイヨウの血液に嫌悪感を示すように、ペッと地面に唾を吐くと、苛立ち紛れに刀を抜く。

「何って…彼女の刀と星座に導かれてね。助けに来たよ、ソウゲンさん。」

安心したのかソウゲンはガクッと膝をついてしゃがみ込む。

「セイヨウ…くん…その人の能力は…」

「拷問の超神術『鋼鉄の処女』:アイアン・メイデン」

空間に無数の刃が出現し、一斉にセイヨウへ放たれる。

「星の極み『割れぬ盾』:蟹座」

蟹座の形を空間で描くとそれは盾になり、バートリーの刃を受け止めソウゲンを守る。

セイヨウは攻撃に乗じてバートリーの死角へ隠れ刀を振り抜く。

「星の極み『星辰満天神宮』:十字星涙(ダイヤモンドクロス)」

輝く刀がバートリーを一閃すると同時にその刀から零れた流れ星が威力を倍増させるように反対側から斬撃を浴びせる。
バートリーの身体には焼けたような十字の傷跡が刻まれるはずだった。

「…え?」

傷はソウゲンに現れ、血が吹き出して倒れる。

「拷問の超神術『鋼鉄の処女』:身代わり羊(スケープゴート)。私が取り込んだ血で誰かを身代わりにできるの…引っかかったようね…さぁ、あんたは味方を犠牲に私を斬れるかしら?優しい隊員さん?」

「星の極み『星辰満天神宮』:朽縄彗星」

刀をグイッと引っ張ると地面から彗星が現れ、バートリーを拘束する。
それは体に食い込み、焼けるような熱さがバートリーを襲う。

「…やっぱりその技、『自分が受けた傷と同じもの』しか身代わりにできないようだね…ソウゲンさんの傷口が焼けていないこと、あなたにかすかな火傷痕が残ったことで分かったよ…ソウゲンさんの火の極み、しっかり喰らっておけばよかったね。それなら僕の極みを跳ね返せたかも。コソコソ隠れているのが裏目に出たってことだね。」

「うっ…よく気付いたわね…でもアンタ『空を舞う数千の刃』から逃れられるかしら?落ちろ!アイアン・メイデン!!」

「たしかにそれは避けられないかも…必要ないけどね。忠告だ、その技を使うのはやめたほうがいい…」

バートリーはセイヨウの忠告を聞かず、空中の武器を放つように手で合図を出す。
瞬間、刃諸共バートリーの体は茨の蔦に絡め取られる。

「血の刃をザコに潜ませてるとこだけはいいアイディアだったわ、食らったし…でもそればっかり。卑怯な技しか使えないのね、アンタ。それももう終わりだけど…幽国の薔薇園:大地送還」

空中から放たれるはずの刃を茨の蔦から咲いた小さなバラの花がゴクリと飲み込み、さらに大輪の花を咲かせる。

「は、離せ!離せ小娘えええ!」


「幽国の薔薇園:掛花(かけばな)!!」

茨の蔦がバートリーにグルグルと絡まりその生命力を吸収しながら脆くなった骨をボキンとへし折った。
バートリーは力なく花にぶら下がるように体をダラリと下げ、大量に咲くバラの花に隠れるように力なくぶら下がった状態で意識を失う。

「死んじゃいないでしょ?」

「す、すごい技だね…」

「花の極みは使い慣れてるから…「相変わらず美しい技ですねぇ…」

舐めるような声がミズキの背後から聞こえた。
邪剣の夢幻だ。
彼が何をしに来たのかは分からないが、セイヨウは直感的に危険だと思い、夢幻に刀を向ける。

「おやおや?女性と喋っているときに水を差すものではありませんよ…感心しませんねぇ…?」

夢幻の言葉が終わると同時に、セイヨウの体に五箇所ほどの刺された形跡が浮かび上がり、力無く倒れ込む。

『な、何だ?いつやられた…?何回刺された?…分からない…』

血まみれで倒れたセイヨウの腹部から止め処なく血が流れるが、それよりも危険なのはミズキだ。
ミズキの黒髪は真紅の薔薇のような色に変色し、バラの蔦は本来の発動よりも倍増している。
まるでルトが見せる『極みの暴走』そのものだ。

「なぜそれほど怒るんですか?いったでしょう?『貴女は薔薇より美しい』と。きれいな花弁が変色してしまう…怒りは抑えた方がいい」

散りゆく花弁を手で掬いはらはらと舞い落としながらつぶやく夢幻に怒りを増幅させるミズキと呼応するよう無差別に周囲のものが襲われていく。

それはセイヨウとソウゲンも例外ではない。
二人は茨にグルグルと捕らえられ、空中へ持ち上げられる。

「アンタだけは…絶対…殺す…」

「落ち着いてください。私は貴女の顔を見に来ただけだ…失礼しますよ…」

夢幻は襲い来るバラを見切っているかのようにかわしつつ、ミズキの頭を撫でるように軽く手を起き去っていく。

「待て!ふざけるな!!」

茨は更に増幅し、見えない距離まで伸びていく。それはこの森を抜けた先まで…

セイヨウとソウゲンは反撃する力無くぐったりと項垂れ、茨に身を任せて倒れる。

すると、まるで茨は標的を失ったかのように二人を開放した。

「抵抗しなければ抜けられるのか…あ!」

セイヨウは霞む目を凝らし遠くを見ると、見慣れた緑髪の天然パーマの男が捕まっているのがわかる。

「ワグリ先輩…助けなきゃ…っ」

夢幻の一撃が相当重かったらしく、這うようにワグリの元へ向かうがこれでは間に合わないだろう。
ソウゲンはフラフラとセイヨウの近くへ行き、心臓部分に刀を翳す。

「火の極み『雷炎煌火(らいえんこうか)』:灯」

セイヨウの心臓に優しい火が灯る。

「これって…」

「癒やしの炎…私は力がなくてあの人に迷惑かけてばかりだったから…せめて傷を治したくて…身につけた…」

セイヨウは心臓に灯った炎を感じながらワグリの方へ駆け出していく。

「理由は人それぞれ、僕はなにか言うつもりはないよ。ありがとう!助かった!」

「ごめんなさい…セイヨウさん、なんだか懐かしい音がするので私はそちらへ行けません…」

ソウゲンはセイヨウと逆方向へ走りだす。
雷鳴のような音のする方へ…

「よく薔薇園から逃れましたねぇ、やはり元カムイ軍なだけある…」

「む、夢幻!?」

出会い頭の夢幻にソウゲンは一瞬で意識を昏倒させられる。
セイヨウと同じように『何をされたか分からない』ほどそれは素早かったのだ。

「雷鳴?どこにもないけど、あるならそいつも七剣…消す!!」

ミズキの薔薇は更に暴走する。

暴走した薔薇が偶然拘束していた茨に当たり、助かることができたバートリーは森の奥へ逃げ出していく。
瞬間。辺り一面を明るく照らす雷鳴が響いた。

「おい、ばあさん。随分必死に逃げとるな〜」

ライチョウはバートリーに優しく声をかける。

「雷剣のライチョウ…」

「なんや?ワイを知っとるんか?ほな助けたろか?ワイは女性には年齢関係なく優しいんやで?」

「ああ…なら血を…血を持ってきて…若返ればあなたに仕えられるほ…ど?」

言い切る前にバートリーの首から鮮血が飛び散る。
動脈を斬られたらしい。

「お前だけは別や。よくも『ワイのもん』傷物にしてくれたな。命で償ってもらうで!」

森から轟く遠雷を英須は不機嫌そうに眺めてつぶやく。

「あのバカ、派手に暴れ回りやがって…」

「行きやしょう…気にしてる暇はねぇ…」

七剣二人はイザヨイ島の雑踏に紛れて消えた。


第八話:頼もしき助っ人と恐怖の共鳴

オアシスの攻撃により、ヤマイとカヤオは近づくこともできずに傷ばかりを増やしていた。

音の響きによる防御不能の超広範囲攻撃。
わかっていても防ぐことは困難だ。

「音の響きが遠くなればなるほど威力は減る…下がったはいいですが、こちらも決定打に欠けますね。」

「…そうだね、僕の体調も少しづつ悪くなっては来ているけど、彼に決定打を与えるほどじゃない。」

「周囲の兵隊さんたちも少々骨が折れそうですしね。良かったことといえば友人のあなたと同じところへ落ちたことでしょうか?」

「同感だね。連携が取りやすい。カヤオ君。少し仕掛けるよ。」

ヤマイは刀を構えてオアシスの元へ走っていく。

「What!?愚か者め。響の極み:耳削音叉(みみそぎおんさ)」

「閃花一刀流…石塊菊(イシコロギク)」

音の響きを脱皮する植物のように皮一枚の怪我で防ぎながらヤマイはスピードを緩めずに突っ込む。

「いい剣術だ。教えたteacherにお会いしたいものだ…」

「彼女はヴァサラ軍で一番の剣士だからね。僕の極みと流派をうまく混ぜ合わせた技も編み出してもらったよ。」

オアシスの攻撃により剥がれ落ちたように開いた皮膚から流れ出る血を自らの刀に付着させ、極みを発動する。

「閃花一刀流『細菌汚染』:鳥兜(トリカブト)」

素早い刀の振りによる遠心力で、血がオアシスに向かって飛び散る。

「これはなかなか考えた攻撃だ。俺が相手じゃなかったらな。音障(おんしょう)!」

音の響きによる防御で病の血は周囲に飛び散り、オアシスには当たらない。
しかし、ヤマイは不敵に笑うとオアシスから一定の距離を取るように飛び退く。

「かかったね。君はそういう守り方をすると思ったよ。君は無事だろうけど、仲間はどうかな。」

「うっ…こ、呼吸が…」

「酷い頭痛だ…動けない…」

「か、体に得体の知れない斑点が…」

ヤマイの血を跳ね返した先にいる雑兵達が次々と病気に感染し、倒れていく。

「流石元隊長ですね。ぼちぼち反撃しましょうか。霊の極み『怪奇現象』:嗣日(つぐのひ)」

「な、何だこれは…右側の感覚がなくなっていく…」

カヤオの発動した極みの影響により右側の感覚を無くし、左のもの以外の認識ができなくなっていく。

「ぼ、僕の体も右側の感覚が…」

「これは私もかかる極みでね…この極みは左以外の認識を皆無にする…左側しか歩くことはできず、攻撃は「攻撃は左からしかできない…ですよね。」

極みのギミックを一瞬で理解し、眼前に迫ったオアシスの攻撃が二人にぶつかるが、特にダメージが無さそうな様子でゆらりとカヤオが睨む。

「人の話はきちんと最後まで聞くものですよ。まだ三分の一しか話は終わっていない。」

「…なるほどな『右側には攻撃すら通らないというわけか』左しか認識できない…ということは『攻撃する方向も左側。』つまり『見える攻撃』しかできない。たしかに厄介だな…」

「あの…結局私の話は聞いてくれないのですね…人のお葬式に参列したこととかはあまりない感じですか?」

「葬式。Why?急に訳のわからないことを言います」

「だってそうでしょう。お坊さんのお経を聞かずにお焼香を始めているようなものですから」

「その例えは分かりづらいと思うけど…」

ヤマイの苦笑いを見て、カヤオも伝わらなかったかと頬をかく。
軽く咳払いし、「ともかく」と一呼吸入れ、話を続ける。

「あなたの言う通り『左側のみの認識』しかできません。しかしですね…どちらの目にも脳が認識しているにも関わらず見えない死角というものが存在するらしいですよ」

「なに!!誰だこいつは、いつの間に!」

オアシスはカヤオの言う瞳の死角から長髪を後ろでまとめ、顔に赤と青の奇妙な模様を描いた男が薙刀で攻撃を仕掛けているのに気づき、慌てて音の響きで相殺する。

相殺された薙刀からは滝のような水が押し寄せ、音波の壁をかき消す。

『滝のような質量の極み…水の極みの中でも範囲や攻撃性に優れるものか…厄介なやつが入ってきたな。』

「丑三刺(うしみつざし)!」

極みのオーラを纏ったカヤオの斬撃がオアシスの刀を弾き飛ばし、ガードをがら空きする。

「閃花一刀流…「音響叫(ソナーポケット)!」

オアシスは突然叫び声を上げ、その音波を浴びせて三人を怯ませると飛び退いて一定の距離を取った。

「逃してしまいましたか…しかし驚きですよ。ラスクさんがまさかこんなところに…」

「君もヴァサラ軍らしいけど、能力より道を覚えたほうがいいんじゃないかな…」

「何言ってんすか!逸れたのはソウゲン先輩やワグリ先輩ですもん!」

「ハハ…重症だなこれ…」

遡ること数分前、オアシスの極みで吹き飛ばされた二人は物陰から出てきた長髪の男…ラスクに声をかけられた。

「あの…ソウゲン先輩見ませんでした…?イザヨイ島の近くではぐれて…歩いても歩いてもみつからなくて…」

「おや、ラスクさんじゃないですか…っていうよりはぐれたところもう一度言ってもらえません?」

「イザヨイ島の…近く…」

「ここより相当東ですよ…?こんなとこまで歩いて来たんですね」

「ハハハ…すごいなぁ…あ、僕はヤマイ。元六番隊隊長です…」

「えー!元隊長さんなんすね!とはいえ…なんだか穏やかじゃない感じがするっす…」

「穏やかじゃないですね。かなり逼迫してます、というわけで」

カヤオはラスクとヤマイを近くに寄せ作戦を立てる。
それはまずヤマイがオアシスに特攻すること、雑兵を数人倒すことが前提になっていたのだ。
そして現在までカヤオの作戦通りに事が運んでいる。

しかし、仮にもルチアーノの右腕と呼ばれているオアシスにここまですんなりと戦えるというのも逆に奇妙だ。先程の技も本当に飛び退くためだけの技だったのだろうか。

「とりあえず、おれがもう一度攻撃してみるっす。一日二回、極みを使わないといけないんすよ。この蟲はそういう気質なんで」

ラスクの小指には小さな蟲が寄生するかのようにくっついていた。
幼い頃から戦闘の盛んな村で育ち、この蟲と共に歩んできたラスクにとってそれは寄生というより共生に近いのかもしれない。

「水の極み『天蒸水舞(てんじょうみまい)』:穿滝(うがちだき)!!」

ラスクが放った極みは巨大な濁流の槍となり八方からオアシスを襲う。

「Wonderful!!素晴らしい極み使いだ!だからこそ二度と動くな!響の極み『残響音叉』:蝸旋音波(らせんおんぱ)」

「うあっ!!な、何だこの防ぎきれない音波の塊は」

オアシスの放った音波は周囲の木々をなぎ倒し、反射した音でさらに威力と範囲が増幅し、特攻したラスクはおろか、防御の構えを取っていたヤマイとカヤオすら切り裂いて吹き飛ばす。

「ぞ、増幅する音…なら俺の蟲で…「無駄だ。お前の薙刀の初速が落ちている。もう諦めろ。まあ、諦めたところで殺すがな。」

ラスクの耳に刀を当て、音波で鼓膜を潰すと、倒れる体を蹴り飛ばした。

「後悔してるか?ユートピアに挑んだこと、一隊員二人と病人の隊長一人で無謀にも俺に逆らったことを。」

「してませんね。ヤマイさんはあなたより強い…ぐわあああ!」

カヤオのセリフが終わる前に刀で腕を貫き、音波で内部を破壊する。

『片腕の神経が音波でイカれてしまいましたか…困りましたね…』

「やはりザコか…お前は少しマシか?なぁ…病人の隊長さんよ…いや、お前が見た目的には一番弱そうだ」

オアシスが斬ろうと刀を振り上げた瞬間、ヤマイはその場にドサッと力無く倒れ込む。

そのまま地面に盛大に船で食べたものをすべて嘔吐し、苦しく咳払いをすると地面に血が滴り落ちる。

「ゴホッ…ゴホッ…ごめん…みんな、待たせて…後で僕の血清で内部の治療は責任持ってするから待ってて…ゴホッ…準備完了…だ」

「何が準備完了だ…」

「霊の極み『怪奇現象』」

カヤオはヤマイの体にちょっとした切り傷を入れる。

「助かるよカヤオ君。さすが僕の親友。」

「超音波のおっさん。逃げたほうがいいっすよ…どうなっても知らないっすから。おれは時間稼がせて貰いました」

ラスクはいたずらっぽく笑うと近くの一番高い木の頂上へ身軽な動きで登っていく。

「ここまでウイルスばら撒かないでくださいよ!マジで!さっきのカヤオ先輩の話聞いてて怖くなってきたよ…」

「逃げましたね、では改めて」

「大丈夫かな…ま、やろうか…」

「霊の極み『怪奇現象』」

「病の極み『細菌汚染』」

二人のオーラが共鳴し、ヤマイのウイルスにカヤオの操る霊魂のようなものが宿る。

「「悪魔憑(あくまつき)!!」」

オアシスは咄嗟に極みを最大限にし、どうにか共鳴を防ぎきったが、刀はウイルスでドロドロに溶け、雑兵の体も静かに蝕まれていく。

しかし、その蝕まれ方はヤマイが船で極みを発動したときとは違いどこか静かなものだった。

瞬間、気絶していた雑兵達が奇声を上げてオアシスに飛びかかっていく。

「キキキキ、ギギギィ」

「ゴボゴボ…」

「水〜水〜」

ゾンビのような奇声を放つもの、口内に溢れる泡で溺れながら暴れまわるもの、口渇を訴え手当たり次第周りの血に反応するものと様々だが、いずれも自分の意志とは関係なく何かに操られるようにオアシスを襲っているのだ。

「今のうちに引こう…と、その前に…ラスク君は鼓膜の損傷にあらゆる切り傷、カヤオ君も臓物の一部と数ヶ所の切り傷か…内部の損傷は僕の血清のうち、『臓器がくっつく病気』と『三半規管が鋭敏になる病気』を投与すればいいとして…外科的治療となるとどこかで休めるところがないとな…」

「あれ?ヤマイじゃん。」

「ホントだ」

「え?ルーチェさんにカルノ君?何してるの?っていうか口にクリームついてるよカルノ君。」

「え、あ、ホントだ。みんなは交戦してたの?そしたらさ、この先にルーチェの村あるから来なよ。治療するんでしょ。僕もちょっと手負いだから応急処置してほしいななんて…」

「待って待って、ルーチェさんが村長なんだから許可はルーチェさんに取らないと。」

勝手に話を進めるカルノを制し、ヤマイはルーチェに「いいかな?」と尋ねる。

「もちろん、後ろ二人もすぐ来て。」

「へー!あの美人のギャルみたいなお姉さん優しいっすね!」

「お姉さんって、ヤマイさんの知り合いとうことは…」

「うん、ラスク君よりだいぶ歳上だよ。」

「ええー!!マジっすか!」

ラスクの絶叫がこだましつつ、三人は村へ入っていった。

ユートピアの雑兵を数人打ち倒したところでルチアーノはゆっくりと巨大な刀を握り葉巻を吹かして五人の元へ歩いていく。

「害の極み『幻覚幸福論』:自傷行為」

ルチアーノは地面の泥を巻き上げ、礫のように全員の元へ降り注がせる。

「まずい!これに当たるな!」

七福は大声を張り上げて全員に指示を出す。
彼にしては珍しくかなり動揺しているのが見て取れるように。

「慌てるな。害の極み『極楽蝶花』:毒蔓茸(ドクツルタケ)。ワタシにこの程度でダメージを与えようとは随分腑抜けたボスだな。」

オルキスは刀で自分に降りかかる泥をルチアーノに弾き飛ばし相手の刀に当て、極みを見極めようとするが、なんの効果もないことに疑問を抱く。

『…害の極みとはどういう力だ…もう少し分析せねば…』

「海の極み『蒼天航路』:荒波!」

巨大な波があっという間に泥をかき消す。

「ビャクエン隊長の火炎のような連続攻撃に比べりゃしょぼいぜ!」

ルチアーノは薄くほくそ笑むとアンの近くに居たユートピアの兵隊にアンを拘束するように促し、五人がかりで自由を奪う。

「黄髪族…そいつァ俺が滅ぼした…居ちゃいけねェ女だぜお前は…」

「どうしますか、ルチアーノさん?」

「折れ」

「五音の旬火(ごいんのしゅんか)」

アンの腕を折るように命じた瞬間に、五本の矢がユートピアの兵を貫く。

「若い女性相手に男性数人がかりは見てられませんね…ね、ソラ」

「ニャー!」

緑は次の矢を番え、ルチアーノに構える。

「そうか、そんなに死にたきゃ望み通りにしてやるよォ」

ルチアーノは大きく葉巻を吸い込み煙を吐き出した。


第九話:絶望の支配者

「海の極み『蒼天航路』:海銃(かいがん)!!」

サザナミは切っ先をルチアーノへ向け、海水の塊でできた砲弾を発射する。
体重の重いルチアーノはそれをかわせないと誰もが思っていたが、意外にも素早い動きでそれを避け、スキのできたサザナミに大剣を振りかざす。

振り上げた刀はサザナミに届くことなく、アンがそれを合気道のようにいなし、ルチアーノを転倒させ、七福が至近距離から銃を放つ。

「悪いな、デブ。俺に騎士道精神はないんよ。運の極み『日々是好日』:百発千中」

七福の放った弾丸はルチアーノの額を捉えていたが、近くの大木を蹴りでへし折り銃弾を避けると、その木を七福に向けて投げつけた。

「刀から手を離すのは感心しないな。戦闘初心者か?閃花一刀流『蔦漆』」

蔦のようにうねり剣筋の読めない凄まじいスピードの剣戟がルチアーノの腕を切り落とすように振るわれるが、とんでもない握力で強引に両手で受け止め、咥えていた葉巻をオルキスに吐き出す。

オルキスはあっさりとそれをかわし、刀を引こうとするが、馬鹿力でズルズルと引きずられてしまう。

『く…何という馬鹿力だ…この男…ただのデブというわけではないらしい…』

「おい、隊長さんよォ…うちの部下が世話になったらしいなぁ…」

「部下…?ああ、六魔将とやらのことか?」

「アイツラがよぉ…『極みを持たねぇ無能に負けた』と嘆いてるんだ…」

「フッ、ただの負け惜しみか?ワタシは確かにその言葉があまり好きではないが、ここまで心に刺さらない『無能』も初めてだ。」

「ああ、今のままじゃそうだなァ…?だが、六魔将は間違えねぇ、俺と六魔将の言ったことは全て正しい。オメェを殺せば証明できるよなァ?」

オルキスを馬鹿力で押し返し、刀を拾おうとした瞬間、サザナミが波の波動を纏い、ルチアーノの頭上に刀を振り下ろす。

「深華先輩直伝!海の極み『蒼天航路』:海上大津波!!」

巨大な荒波がルチアーノに降り注ぎ、飲み込む。ルチアーノはかわそうとするが、あまりにも広範囲かつ、何故か凍っている自分の足元のせいで避けることができなくなっていた。
この技は八番隊の隊員であり、同じ極みを持つ先輩の深華から教えてもらったものだ。

本来『海上』は極み発動前の口上で技名が『大津波』のため、名前を間違ってはいるが…

「油断は禁物ですよ、この程度では彼は大したダメージを負っていない!炎狐九尾流(えんこきゅうびりゅう)『四尾の陣』:泥灼(でいしゃく)!!」

緑の放った矢は、狐火を推進力に恐ろしい速さでルチアーノへ放たれ、波を避けるように大きく横に曲がり、心臓へ向かって突き進む。

ルチアーノはその馬鹿力で、津波の半分はかき消すことができたが、次に来た緑の矢に刀を弾かれ、残った衝撃波で数メートル吹き飛ばされる。

矢が落ちた場所は溶岩へと変わり、次いで火山弾がルチアーノへ放たれた。

「七福さん、今です!」

緑は七福にいつになく真剣に指示を出すと、七福もわかってると言わんばかりに銃を構える。

「炎狐九尾流『銃撃の陣』:癇癪弾(かんしゃくだま)!」

「チィ…害の極み『幻覚幸福論』:脳内麻薬」

七福が放った狐火を蓄えた銃弾を極みの力でスピードアップしたルチアーノが避け、そのまま近くにいたサザナミに強烈なアッパーを加え、懐からライフルを取り出す。

「俺ァ殺しには精通しててなァ…テメェから死ね。ガキ」

「成る程な、脳内麻薬を流すことにより感覚を鋭くしたのか…ならば。花の極み『極楽蝶花』:待宵草」

オルキスがとてつもない速さで抜刀すると同時に、キイイイインという高周波のような音が周囲に響き渡る。

ルチアーノは辛そうに頭を抑えて片膝を着く。

「素早い抜刀で超音波って事か…」

「それだけではない」

オルキスはそのまま攻撃技へと一瞬で転じる。普通ならこの一瞬で首と胴が離れることだろう。

しかし、ルチアーノは葉巻を咥えて極みを発動する。

「害の極み:神経阻害」

「うっ…」

オルキスは腕に麻痺に近い強烈なしびれを覚え、刀を落とす。

「腕が…いや…脳が麻痺しているのか…」

「知ったところでどうなるんだァ?死ねや!」

「海神の槍(トライデントスピア)!!」

サザナミの放った波の力を一点に凝縮したような突きがルチアーノの巨体を大剣のガード越しに吹き飛ばす。

「小賢しいガキめ、くたばれ。」

ゆっくりと立ち上がったルチアーノはその馬鹿力でサザナミの刀を持つ手に踵落としを放ち、顔を掴みアイアンクローをかける。

「ぐああああ!」

メキメキと音を立て、頭から出血をするサザナミを助けようとオルキスとアンが接近するが、開いている方の手でアンの腕を掴み、軽々と持ち上げオルキスに投げつける。

「部下は手放せねェよな?優しい隊長さん?」

アンとオルキスの腕が重なった場所を本気で踏みつけようとした瞬間、硝煙の臭いを感じたルチアーノが上を向く。

七福が放った弾丸は何度も跳弾し周囲の大木を全てへし折っていた。その大木は『運良く』オルキス達を避けてルチアーノにのみ降り注ぐ。

「誘い出されてくれてありがとよ。愚鈍なおデブさん」

「油断大敵、です。行きますよ、ソラ。」

「ニャー」

「炎狐九尾流『一尾の陣』:零華の焔(れいかのほむら)」

その矢の右側はビキビキと凍っていき、反対に左側はドロドロと溶けていく。
それは埋もれていくルチアーノの心臓を的確に射抜いた。

誰もがそう見えていた。

しかし、ルチアーノは大した傷もなく倒れた大木をどかし、何事もなかったかのように立ち上がり、葉巻の煙を大きく吐いてゲラゲラと笑う。

「フハハハ!俺が死んだように見えたか?もうお前らの命は俺の手の中だ!害の極み『幻覚幸福論』:死煙」

「う…あ…か、体が…動か…」

「両足の骨が…砕け…」

「ゴホッ…な、何だこれ…血が止まら…ねぇ」

「え…何も見えな…い…あれ?立てない」

「ち…とんでもねえ隠し玉持ってやがる…」

オルキスは全身が麻痺し、立つこともままならず膝から崩れ落ち、アンは身体の両足の骨が砕け、サザナミは臓器をやられたのか大量に吐血し、緑は脳内出血を起こしたのか目の前が暗くなりその場に倒れ込む。
七福は見た目はなんともないがどこか苦しそうにしている。

「七福さん…呼吸が荒い…顔色も…心臓の血管が止まってる…?他の皆もだけど七福さんのは数分で死んじゃう…癒の極み…「おい、なんでお前を継承にしたかわかるか?俺の仲間にならなかったお前ら黄髪族の腕を俺自らが潰すためだ!」

「うああああああ!」

ルチアーノは全体重をかけてアンの腕を踏みつぶし、絶叫させる。
完全に腕を破壊するため再度足を振り上げた瞬間、灼熱の矢がルチアーノの脚に突き刺さる。

「なんとか、視力は再生できましたからね…」

緑はラショウと同じく妖怪のため、どうにかこうにか視力を回復させて矢を放ったのだ。
しかし、瀕死で放ったゆるい矢ではルチアーノを止めることは叶わず、矢を軽々と引き抜いて再度足を振り上げる。

瞬間、いつの間にかルチアーノの肩に乗っていたソラが猫の手で葉巻を叩き落し、煙をかき消す。

「ソラ、百点満点です。その矢はあなたに向けたものではない。私の矢も特別製でしてね。妖刀に近いんですよ。『焔包(ほむらづつみ)』」

ポトリと落ちた矢はまるで意志があるようにアンを暖かく優しい炎で包み込み、遠くへ避難させる。

「若い芽を摘むわけには行きませんから。サザナミさんも連れて行ってください。」

矢は緑に従うようにサザナミとアンを炎で包み、遠くへと運んで行く。

「テメェ…!ナメたマネしやがって!」

ルチアーノは緑を掴むと上半身と下半身を切り離すように剣を振るう。

「チッ、流石は妖怪。切り落とせやしねえ…でもコイツで終わりだァ…」

緑の首を切り落とそうと刀を振り上げるルチアーノの大剣を七福の銃弾が止める。

「あとは任せましたよ…七福さん。」

「おう、任されたと、言いたいとこだが、俺よりもやる気に満ち溢れてるやつがいるんでね、それよりも、ソラ。あと骸。こりゃプランBだな。」

「ニャ!?」

プランBとは、骸とは何なのか二人以外にはわからないが、大層驚いているソラを見るといいことではないらしいことはわかる。

「礼を言うぞ、七福。プラン云々は知らんが。ワタシはまだ負けていない。たとえ腕を落としても『剣は落とさない』つもりだった。あの時剣を落として衰えを感じたよ。やってくれる。」

オルキスは麻痺した両手足を無理矢理自らの剣で貫き、どうにか動かせるようにし、うまく動かぬ指にリボンを巻き付けて刀を固定し、立ち上がる。

『な、なんだコイツ…全身の自由は奪った…極みは使えない…なぜ動ける…』

ルチアーノは少したじろぎ、後ずさる。

「ワタシは絶対に折れん。ここで折れてしまえばワタシの努力も、ワタシを信じてくれた仲間達も裏切ることになってしまう。花の極み『奥義』:手向花」

オルキスから殺気が消える。先ほどの剣術とはどこか違うことをルチアーノも感じ取っていたが、彼女の放とうとしている奥義がいつ来るのかすら認識できていかなかった。

ルチアーノは指をパチンと鳴らし、木の上に隠れていた仲間に指示を出し、木の上から麻薬中毒状態の虚ろな目をした少女を落とす。
その少女の髪を掴み、オルキスの前に盾のように差し出し、斬撃を停止させる。

「く…」

「フハハハハハハ!斬れねェよな?一般市民は!さすがヴァサラ軍様だぜ!死ねや!」

「俺は撃てんぞ、ルチアーノ。市民に当てるつもりもねぇ…「七福!貴様の運気も下がる頃だろう。ワタシは大丈夫だ。子どもを優先してやってくれないか?」

「ち…」

七福が銃を下ろすと同時に子どももろともオルキスを大剣で突き刺そうと振りかぶる。
どうにか子どもを避けたが、オルキスは大剣に腹を刺され、背後の木に磔のようにくくられてしまった。

「テメェの弱点はこういうとこだよなァ。さて、あとはオメェだ。七福…動けるわけねぇよなァ?実際一番キツイのはテメェなんだからよ?心臓の血管が溶けてる気分はどうだ?」

「んあ?初めての経験だよ。喋るのもままならんしな」

「口の減らねえ野郎だな。」

ルチアーノが軽く蹴飛ばしただけで七福はドサッと倒れる。口からはヒューッヒューッと苦しそうな音が漏れる。

「これで終わりだな…」

「白氷(はくひょう)の陣」

真っ白い氷の花がルチアーノの前にふよふよと漂い、爆竹のようにバチンと弾ける。手を翳しているのは猫耳をした中性的な少年。

「ソラ…?お前そういうのバレんの嫌だって言ってたじゃんよ。」

「ごめんね…でも、師範もやられて。一緒に旅した人達もやられて…これ以上友達が傷つくのは嫌なんだ…」

「あなたは…間違っていませんよ…ソラ」

「ああ…その通りだ…」

「なんだと…テメェらは動けねぇはず…」

ソラが人化し、思いの丈を吐き終わるのと同じタイミングで緑とオルキスが意識を取り戻す。

「騙された君が悪いんだよ。目に脂肪が付いてんじゃないの?」

「ソラ…七福さんに似てきましたね。」

「お前が人間の姿になれることは驚いたが…今回の件に関しては礼を言う。助かった。」

「まさか…テメェ…」

緑が切り落とされた部分、オルキスが磔にされた部分には大量の氷の塊が置かれていた。その塊はまるで相手を騙すブラフのようにくっきりと刀の形になっていたのだ。

「考えたな。刺されたふりをすれば、切り落とされたふりをすれば、まだ戦える。重症でも負けていないわけだ。七福を守りながら戦える…ソラ、君はまだ動けるな?」

「フハハハ!そいつはどうかな?鼻がいいってのは悲劇だなァ!化け猫!」

「ソラ!あなたまさか!」

「あはは…煙を吸うつもりはなかったけど…ね…」

ソラは瀕死の猫のようにヨロヨロと歩きながら無理に笑顔を作る。

「骸、ここは七福の言う通り。プランBだね…」

人化したソラの手には先程までつけていた首輪。その首輪は刀へと変形し、饒舌に喋り出す。

「ハッ、やっとこの時が来たかよ!清々すらぁ!ひと思いにやってくれよ、ソラ。」

「骸、そんなこと言って寂しいんじゃないの?」

「んなわけあるかバーカ。行くぞ。」

「「多重氷結界!!!」」

七福とルチアーノ、ソラとオルキスと緑を分断するように巨大な氷の壁ができる。

「プランB…実行…したよ…猫遣いが…荒いんだから…」

「プランB…なるほど…七福さんの考えそうなことですね…私たちを逃がすつもりですか…」

息も絶え絶えにソラは七福に文句を言い、緑は何かを察し、諦めたようにゆっくりとサザナミとアンを避難させた方へと歩いて行く。

「ふざけるな!毎度毎度こんな時だけ一人で!」

氷結した壁を必死に叩くのは意外にもオルキスだった。その手は冷たい氷に触れ続け、彼女のマメだらけにも関わらずスラリとした白い手は今にも低温火傷しそうな色に変色していく。

「あー…お前には怒られてばっかだ…」

「当たり前だ!お前はこういう時だけいつもいつも…」

「仕方ねぇだろ。今にも倒れそうな怪我人四人、いや、三人と一匹か?見えないけどソラに守られなかった(体の内部しか壊されなかったため)俺が一番の重症…明らかに足手纏いだ。いたらみんな死ぬ。いいんよ、これで」

「ふざけるな!過去の戦でも貴様はワタシを庇ってその左目の…消えぬ…傷を…」

「んあ?これはかっけえからいいんよ。じゃ、そろそろ喋るのもつらくなってきたから…よ。それにリーダーなんだから取り乱すなよな」

「ワタシはリーダーである前にお前の…「らしくないぞ、オルキス。お前はリーダー、常に前向いて引っ張ってけ」

「そう…だな…その通りだ…撤退しよう…」

七福の覚悟を決めた強い意志を汲み取り、血が滲むほど拳を握り撤退命令をくだす。

「七福、命令だ…無事に…戻れ…」

「ん、了解。善処するわ」

「七福、君がいなくなったら僕ホントどっか行くからね?あーあ。君のせいで情報屋廃業かもよ。最悪」

「ごめんて。」

「べーだ!ちゃんと戻らないと許してあげないから!」

ソラはそのまま意識を失い、ドサッと倒れる。鼻がよすぎるソラには死煙の効き目が強すぎたらしい。

「お優しいじゃんよ。待っててくれたんか」

「待ってやしねェだろ…口の減らねえ野郎だぜ」

七福はルチアーノに刺され、足元に血溜まりを作っていた。
それでも不敵な笑みを浮かべ、感覚のない手で銃口をゆっくりと相手に向けて引き金に指をかける。

「あ…なんのマネだ?テメェの運気は尽きたろうが」

「運がなくてもこの距離なら外さんよ」

「フハハハ、マヌケな野郎だなァ!今ユートピアの仲間がこちらへ向かっててな。瀕死のあいつらはみんな死ぬ。テメェも犬死にだ。ついでにテメェの左目に持っと深い傷をつけてやるよ」

「生憎だがこの傷は特別製だ。お前なんかに上書きされるわけにはいかんのよ。」

七福は左目に突きつけられた大剣を、指が千切れそうなほどの力で掴む。

「なんだテメェ?わざわざ引き金から指を離して刀を受け止めるたァめでてえ野郎だな。」

「そうでもな…くはなかったな…ちくしょう」

利き手とは逆の手で放った銃弾はあらぬ方向へ外れ、真っ赤な煙玉となりモクモクと周囲を曇らせる。

「この期に及んでまだ逃げるつもりだったとはとことん軟弱な野郎だ。その頼みの綱も切れたようだがな。」

「そうかな。作戦成功。このケンカは俺の勝ちだ。」

煙玉から一筋の信号弾が真上に上がり、花火のような大きな音を立てて弾ける。

同時に空間に巨大なヒビが入る。

ルチアーノは周辺に下部組織を潜ませていた。下部組織といえど、以前はこの周辺を暴れ回っていた凶悪なマフィアだ、苦戦は免れないだろう。

しかも現在は全員が満身創痍、襲われれば勝ち目はない。海を覆い尽くすほどの船から降りてきたマフィアの数は3000人にのぼった。

彼らはルチアーノに合流する。

いや、『本来する予定だった』の方が正しいだろうか。仄暗い森で倒れているのはおびただしい数のマフィア。
命こそ奪われていないが確実に再起不能だろう。

「ったく。一人均等に300人って言ったじゃない!誰も守んないんだから。」

オネエ口調で喋る男性は、黒のスーツに身を包み、金髪に紫のメッシュ、本来白目の部分が黒色の異質な姿をしていた。

「まあまあ、いちいち数えられるほどみんな細かくないでしょう。そんなことで喧嘩するのは良くないわ、マクベス」

先程の男性、マクベスの名を呼んだ眼鏡に豊満な体つき、胸元にタトゥーのような模様がある青髪の女性は、冷静に切り返す。

「マギア、そういう返しはきちんと身なりを整えてから言うものよ、ホラ」

マクベスが眼鏡の女性、マギアに渡したのはちり紙とメガネ拭きだ。綺麗好きのマクベスにとって敵の返り血がどうしても気になるらしい。

マギアはそれを受け取り眼鏡を丁寧に拭くと、マクベスに自分のハンカチを差し出す。

「スーツの袖、泥で汚れてるわ」

「あら、本当に最悪ね。買ったばかりなのよ」

「ハンカチをお湯で濡らしてすぐ拭き取れば取れるわ、私の水筒の中に紅茶用のお湯があるから使うといいわ。」

「あら、気が利くわね、流石に300人相手に新品のスーツは舐め過ぎだったかしら」

「いいんじゃない?大したことなかったし…」

「そうね、なんかアタシ達気が合うと思わない?」

「他の連中に比べればね」

二人は同じ方向へと歩き出す。

マクベス達の森の近くにあった火山灰にまみれた地帯では、倒れゆくマフィアに目もくれず走り出す二人。

一人は全身石膏のような体に顔の模様。白っぽい髪が更に岩っぽさを彷彿とさせる。

もう一人は20代くらいの美人なメイド服を着た女性で、その顔はまだ10代といっても通じるほど幼い。

「「陛下(旦那様)!!何処に居ますか?」」

「リピル!お前は旦那がどこにいても探せると言っただろう!」

「ミラさん!あなたこそ『姫様がどこにいても分かる』って言っていたでしょう」

「口の効き方に気をつけろ、今は姫じゃない、陛下だ。」

石膏のような男。ミラは高圧的な眼光でメイド服の女性、リピルを睨む。

この二人は忠誠心が高いのだろう、言い争うのをやめ、周囲をキョロキョロと見回し始める。主君を探しているようだ。

「ミラさん、さっきの戦闘時間…「30秒だ。30秒も無駄にした。」

ミラはギリッと歯ぎしりをすると、何かに気づいたように、バッと逆方向を向く。リピルも何故か同じ方向を向いている。

「どうやら考えていることは同じのようだ…」

「そうですね。」

「「陛下(旦那様)の声がした」」

二人の目つきが変わり、『声がした』らしい方向に駆け出していく。

うってかわってここは霧が深い湿地帯。

明るい茶色のような髪にファーコートの男は服が汚れるのを気にすることもなく、すうすうと寝息を立てて眠っていた。布団の代わりだろうかその下には申し訳程度に倒したマフィアから奪い取ったであろう洋服を敷いている。

それを見つめるのは傘にカチューシャ、美形ではあるものの湿地帯のようにジメジメとしたオーラを放つ少女。

少女は眠っている男を遠慮がちに揺さぶり、起こす。

「ん〜?」

「そ、その…セキア…さん…起きて皆と合流したほうが…」

「あ~…そうだった…レイン。わざわざ起こしてくれてありがと…」

ファーコートの男、セキアは寝ぼけ眼でモタモタの喋りながら、牛歩に近い速度で歩き出す。傘の少女、レインは慌ててセキアの前に先回りすると、反対側を指差す。

「ほ、方位磁石的には…南はこっち側…です」

「ん〜…?そうなの…眠いからどっちでもいいや…てか君…戦ってるときとキャラ…違くない?まいっか…」

「あ、あの…あなたも…もっと元気だった…というか…」

「そうだっけ?」

寝ぼけた頭がまだ冴えないセキアがあちこちフラフラするのを、小さな声ながら明確に道案内をしながら二人は目的地へ向かう。

ここは少し遠い岡。

数本しかない木々に仮面をつけた大男が気絶したマフィアを木にくくりつけていく。

「趣味が悪いなぁ…ホロウ君は。気絶した人で遊ぶの良くないよ」

丸眼鏡をかけた赤髪の女性が大男、ホロウの奇怪な遊びに対して叱責する。

ホロウは丸眼鏡の女性に対し、「おや?」とつぶやくと、わからないといった様子で首を傾げた。

「メアさん。あなたの人形もこんな感じ…いや、失礼。あなたは気に入るかと思いましてね、『マリオネットみたい』でしょう?」

「どこかで聞いたようなセリフだね。心外だな、私の人形はこんなふうに醜く見えてるってことかな?」

「少なくとも陛下の雰囲気には合いませんね。貴方のところの陰気なトップには似合うのでは?」

「そうかな?彼美的センスないからね。伝わらないよ」

丸眼鏡の女性、メアとホロウは挑発のし合いなのかただの会話なのかいまいち掴めない話をしながら歩を進めていく。

「しかしあなた、よくバテませんね。体動かす仕事ではないのに」

「毎日山歩いてるし、散歩が趣味だからね。ん?あれは援軍かな?困ったな…せっかく作品のいいアイディアが浮かんだのに」

「死ぬことよりそっちの心配なんですね」

「うーん…あまりこういう発言は控えたいけど、相手にならない…かな」

「同感ですね。何人来ようとショーの前説にもならない」

メアとホロウが海岸線から援軍が来るのをオペラグラスで見つけたタイミングで、他の6人も援軍の気配を察知する。

「援軍じゃスーツ拭いた意味ないじゃない。足だけで戦おうかしら?」

「ま、それで十分ね。私も眼鏡外そうかしら。また血がついても困るもの…よく見えないくらいが手加減かも。」

マクベスとマギアは敵の心配よりも服の心配だ。

「く…陛下の元へ行く邪魔をするな!」

「旦那様に指一本でも触れたら殺します。」

「リピル、5秒だ、それ以上待てんぞ」

「あら、私も、それ以上待つつもりはありませんよ」

『旦那様の声が遠くなった…?』

とんでもないオーラを放ちながら二人は敵陣へ突っ込んでいく。
リピルに至っては心はすでに『旦那』とやらのところにあるようだ。

「えー…めんどくさ…寝てていい?」

「いや…その…一応…協力しないと…いけないと…思います…」

「一人で充分でしょ…あ、なるほど…君が寝たいのか…」

「こんな泥濘んだ湿地帯で…寝れ…ません…」

「そっかー、なら敵倒さないとね〜」

「はい…」

セキアが大きなあくびをして敵に向かっていく姿をレインは心配そうな眼差しで小さくなりながら後に続く。

ルチアーノへの加勢がもたつくほどの八人、彼らは何者なのだろうか。

「集合〜!!ですわ!」

やや小柄の背丈にプラチナブロンドの髪と瞳。血生臭いマフィアの集団にはおおよそ似つかわしくないその女性はよく通る声で八人を呼ぶ。
そのうちマギア、ミラ、ホロウ、レインの四人はすぐに女性の前へと行き、跪く。

「プラチナ陛下、お呼びですか?」

「敵がどんどん増えてます。どうにかしてわたくし達で止めますわよ!総督の言うことが本当ならお仲間が危ないですわ。」

「陛下、そうは言うものの一人居ない気がしますが…」

「彼が居ないと…戦力としては…ものすごい減った…気がします…」

「いいじゃないですか。あんな男一人いなくても。私達だけで充分ですよ。」

「うーん…まぁ充分だと思うけどさ、ラミア君は?もう少し人増やさないとさすがに足が疲れちゃってェ…」

「彼はわたくしに指揮を任せてどこかに行ってしまわれましたよ。」

「君に?ラミアが?なんだか様子がおかしいね…」

「そうね『勝手に仕切るなよ!』とか言わないとらしくないわ。」

「さっき…声が遠くなった気がしました…あの花火が打ち上がってから。」

森の中でも見えるほど派手な赤色の花火、七福が打ち上げた信号弾、『もう一人の男』はそれを見て何処かへ言ってしまったらしい。

「実力不足がめくれるのが怖くて逃げたんじゃないですか?」

ホロウは嫌味のようにチクリと男をけなし、飛んできた矢を片手で掴む。

「まだお喋りの途中でしょう?」

「何をゴチャゴチャ言ってやがる。全員ここを突破するぞ!」

「へへ、いい女もいやがる、アイツは俺の獲物だ」

「それより見ろよ、ありゃ噂の異国の女王陛下だぜ売り飛ばせば一攫千金だ!」

「ずりいぞ!バラバラにして国に送れば戦争資金になる。山分けだ!」

「いいや!あの女は俺様の獲物だ!」

ユートピアの構成員はプラチナを捕らえたときの処遇を下衆な笑みを浮かべて相談し始め、全員が武器を構える。
彼らの瞳の中にはもはやプラチナしか写っていないようだ。

それでもプラチナ優しく、穏便に済ませようとペコリと頭を下げる。

「大人しく引いてはもらえませんか?わたくしの友人達なのです。」

「大人しく引いたらお前がバラバラにできねぇだろうがよ!」

「この人数だ!やっちまえ!」

「仕方ありませんわね。口で言ってもわからないなら…来なさい!わたくし達が相手をして差し上げますわ!!」

王女プラチナを囲う八人。そして今までの優しい王女とは思えないほどのただならぬ雰囲気。

彼女らに任せれば援軍はルチアーノに合流できないだろうという安心感があった。


ビキビキと歪んだ空間を自宅のドアのように開けて出てきたのは緑髪を片方だけ伸ばし、それを三つ編みにした男。

七福は男の姿を確認し、安心したかのように自らが作り出した血溜まりに倒れる。「おせーよ。アホキャベツ。俺が呼んだら二秒で来いつったろ。」

「相変わらず口が減らないね。これでも急いだんだよ」

「お前俺にさんざん迷惑かけといて言い返せると思ってるんかよ。」

「そうやって敵煽ってやられてたら世話ないね。そこの太った人。ここまでしたくなる気持ち、僕もわかるなぁ…口が悪くてムカつくし」

「テメェ…ラミアか?ゼラニウムのお偉方がなんか用かよ」

「回鍋肉の具材になりそうで逃げてきたんよな。」

「…ね?ムカつくでしょ?」

「俺の質問に答えろ」

ルチアーノはラミアに葉巻の煙を浴びせて語気を強めて脅す。

「まぁ…あとは頼むわな。キャベツくんよう。」

血溜まりに手を浸し悪戯をするようにラミアの着物に手形をつけ、いたずらっぽく笑って七福は意識を飛ばす。
「クリーニング代は請求するからね」と小声で気絶した七福に言い返し、先程開けていた空間に七福を隠すと、ルチアーノの方へゆっくりと向き直る。

「なんのマネだ。そいつを置いて帰ればテメェは殺さないでおいてやる。」

「それはできない相談だね。あいつは俺の親友だ」

「俺…?まぁいい。とりあえず答えはNoでいいんだな?」

「七福を殺そうって魂胆ならそうなるね。」

「テメェはその野郎と親友ってだけで死ぬってのか?」

「うーん。それもありかな。俺はもうあいつに返せないほど色々と貰ったからね。ナイスアイディアって感じかな。」

「へェ…」

ルチアーノは葉巻の煙を大きく吸い込み、ラミアの顔面いっぱいに吐きかける。

「害の極み『幻覚幸福論』:死煙」

煙を吸い込んでしまえば神経や臓器を狂わせる初見殺しともいえるこの技をラミアは正面から受ける。いや、『受ける』ではない。煙はラミアに到達する前に何処かへ消えているのだ。まるで二人の間に異空間でもあるかのように。

「葉巻特有の嫌な臭いがしないね…無臭葉巻?画期的だね」

「ガキがァ…」

『おかしい…なぜコイツに効かねェ…』

「次は俺の番でいいかな?」

ラミアが手をギュッと握るとバギンッという鈍い音が鳴る。

「ゲホッ…ゴホッ!ガキめ…何をした。」

「何って…奥歯の一部を歯茎ごと引き抜いただけだよ。二度と葉巻が吸えないように舌ごと引き抜くつもりだったけど、人の体の中は複雑でね。相変わらず調整が難しいな…」

ラミアが手を開くと歯茎一部と奥歯が綺麗にくり抜かれたルチアーノの一部が地面に虚しく落下する。

「ここは引くのがいいと思うよ?僕はただ親友を助けに来ただけだしね、君は二の次だ。」

「チッ…ヴァサラと戦う前にこれ以上体力を浪費するわけにはいかねぇ…次は消す。」

ルチアーノはラミアの眼前を暗闇にし、その場から離脱した。

ラミアは大きく伸びをすると七福を匿っていた空間に手をかざし、大きく深呼吸する。

「よし、もうひと仕事!みんな待っててくれるかな…先帰られたら嫌だな…」

ブツブツとネガティブな独り言をつぶやきながら腕を動かし、七福のいる空間を何処かへと移動させ、プラチナ達と合流する場所へと戻って行った。

撤退したオルキス達はアンの治療を受けていた。ソラの氷の防壁を知らず知らずのうちに体に纏わされていた二人の傷は再起不能になるほどではなく、ハズキにかかれば数日で治るらしいとアンは説明していた。

「しかし、とんでもない相手だったね…ごめん。今回に関しては僕も合流すべきだった」

13girls(ルーチェの村)から戻ったカルノはいつものような元気がなく、オルキスに頭を下げて謝罪の言葉を述べる。

「いや…ワタシ達が衰えたのが悪い。それにルーチェの件。彼女の精神的なケアも重要だ。それにそっちではヤマイの治療もあったんだ。無理強いはしない…」

「あのオルキスがこんな事になるなんて…あと、えーっと…」

ルーチェは初めましての緑を指差してなにか言いたげに言葉をつまらせる。

「緑です。私も妖怪で運が良かったですね。傷が再生しなければ死んでいたかもしれません…」

「緑さんね。よろしく。アタシと同じニオイ。やっぱり妖怪なのね。再生に個人差はあれどこれだけ再生が遅れているのは相当恐ろしい相手だったみたいね、ルチアーノ…」

「でも二人はもう大丈夫。僕の体から抽出した『痛みを感じない病気』と『血が固まる病気』の血清を打った。一時的だけどハズキさんに診せに行くには充分さ…問題は…」

ヤマイは猫の姿に戻ることもできず、苦しそうに息をするソラを見る。

「ソラ…ですね。一応酸素は技術部開発の酸素マスクで供給していますが人よりも感覚が敏感だから…」

アンはバイタルを細かく取りながら呟く、話し中もカルテを書く手は止めていない。ソラはどちらかというと猫…つまり動物に近いことをアンはわかっていた。
六番隊には動物隊の零番隊がいることもあってか獣医師も在籍しているが、一刻も早く獣医師にソラを預けなければならないと考える。

全員のムードが暗い中、中央の空間がドアのように開き、意識を失った七福がゆっくりと降ろされた。

「七福!」

「触らないで!オルキスさん!まだかすかに息があるけど危険すぎる状態!私がいいって言うまで誰も触らないで!」

駆け寄ろうとしたオルキスを手で制し、アンは技術部の最新治療器具をその場で広げ、ルーチェに空き家に消毒をするよう促す。

「し、消毒!?ベッドに新しいシーツ!?」

「まさか…アンさん。できるの?」

「『みんなの力』があれば救えます!これから私が手術をしますのでどうか協力してください!」


最終話:癒の極み

廉が作り出した龍雲は13girlsの入り口に降り、『治療中』と書かれた看板のある大きな建物の扉の前で立ち止まる。

「皆さん、失礼。『龍の慈雨』」

廉が指を自身の頭の上で鳴らすと、周囲に雨が降り、服についた目に見える汚れが落ちていく。

「汚れや細菌を落とす雨です。今のあなた方は無菌状態だ。おやおや…これはひどい」

扉を開け、瀕死の七福とソラを交互に見つめながら、廉はため息をつく。

「ね、ねぇ…なんでこんなにみんな大怪我なの!?あんなに強いのに!!」

「落ち着け、スイヒ。と言いたいとこだが、こりゃひでぇ。ゼラニウム街での戦以来じゃねぇか?こんなの。」

「間違いねぇな。チッ。無力感を思い出させてくれるぜ」

クガイとウキグモはかつての隊長達がこれほどの大怪我をしているのを『いつかの戦い』と照らし合わせ、苦い顔をする。

「そうね…ここで治療できる人が…っ!」

繭をすり抜け、ルチアーノに深々と刺された大傷を抱えるオルキスに飛び掛かる男にとっさに反応するが、男は既に刀をオルキスの頭上へ振り下ろしていた。
クガイはそれに素早く反応し、刀を受け止める。

「おいおい、薬師さんが傷見てんだろ?少しは静かにしたらどうだ?」

「黙れ。おい、オルキス、俺の顔を覚えているな?」

「覚えてるさ、シロツメ。どのように脱獄したかは知らんが、この程度の傷で貴様に遅れを取るワタシではない、もう一度監獄に送り返してくれる。」

オルキスは刀を構え、空いている手で傷口を抑えながらゆっくりと立ち上がる。

「シロツメちゃん、本気ダ♡」

シロツメに呼応するようにフクマも戦闘態勢に入ろうとするのをコンチュエが握手のような形で手を掴み、転倒させ、制する。

「ン…ミンナ…ツヨイ」

彼女も戦闘態勢に入っただけらしいが…

「静かに。皆、戦いたいなら外に行って。騒ぐのは絶対許さないから。今この場で何かをするなら出てって」

いつもより低く、少し怒気を含んだアンの声は、隊長と呼ばれた者たちの動きをも止める。

「そしたら…「まずは緑さん、それと…リンネさん。あなた方はソラの治療です。それと…」

廉は話を遮ったかと思えば、アンに自分と同行してきた隊員たちの名簿を渡すと『指示はお好きに』と言い残しそそくさとソラの方へ向かっていった。

「名簿って…知らないの数人しかいないんだけど…てかあの人のほうが知らないし…いや、気にしてる場合じゃない!今から呼ぶ人はここに残って!!残りは外に!」

アンはカルテのような持ち方で名簿を抑え、的確に指示を出し始めた。

「ここに残るのはヤマイさん、ワグリ先輩、ヨモギちゃん、深華さん、カルノさん、一さん、スイヒちゃん、ソウゲンさん。あなた達の『極みを借り』ます」

極みを借りるという聞いたこともない言葉は全員の頭に?を浮かべたが、今この状況を救えるのはアンしかいないことを知っている隊員たちは広い部屋から一人また一人と出ていく。

未だ臨戦態勢のフクマとシロツメはクガイとエンキが二人がかりでドアの外に投げ飛ばした。

「ま、待ってくれ…ワタシも残らせてくれないか?」

「オルキスさんこそ外でこの大人数の指揮を執ってほしいんです…」

「わかっている…わかっているんだ…極みもないワタシがいてもなんの役にも立たないことくらい…だが…こうなったのはワタシの責任だ…だから…」

「わかりました。絶対に助けます…そこで見守っていてください。」

「アンさん、僕の極みで麻酔はしてある、もう初めていいよ。」

「…はい」

アンはヤマイからメスを手渡され、七福の心臓部分の皮膚を開く。
心臓の血管はショートしたコードのようにドロドロに溶かされ、酸素の供給もままならない状態となっていた。

『おそらく数分で脳死、ここには血管縫合用の器具もない。そんな場所で手術を…?』

廉は息も絶え絶えのソラに投薬治療を施しながら、興味深そうにアンの治療を眺める。

「癒の極み『海』:生理食塩水」

深華の手を握り、波動を『借りる』と、海の力は消毒用の液に変わり、裂傷が大量に見られた血管の血を洗い流す。

「な…噂には聞いてたけどとんでもない極みさね。私の極みにこんな力はないよ。」

『海の波動を消毒に変えた…癒の極み』

「さすが『黄髪族』というところですかね…」

「黄髪族って!あたしの村の近くの山に住んでいた一族のことだべ!でも…」

「うん、滅んだ。私が最後の生き残り。だからこそ、私の前では誰も死なせない!」

「癒の極み『蓮』:蓮糸縫合(れんしほうごう)」

「え…あたしの草なんて何に使える…」

アンの掌から出た細い糸のような蓮の茎は出血している血管にぐるぐると巻き付き、裂傷を消していく。
そのまま切れている血管を別のところにつなぎ合わせ、一時的な酸素の供給をすることで、七福息が安定する。

「癒の極み『病』:流動血清」

害の極みは血液そのものにも影響していたらしく、血管を繋げた瞬間動脈瘤のように膨らみ、今にも破裂しそうなほどに巨大な瘤を作り出す。

アンは冷静にヤマイから波動を借り、『血液が流動する菌』を投与することで、血の流れを元に戻した。

「このまま行けば…癒の極み『火』…ッ!!」

ソウゲンの波動を借りようとした瞬間、七福の心臓の血管が裂け、血が吹き出す。

「アンさん、これ。無事だと思っていた血管が…」

「ッ…酷い老廃物…詰まったってこと?なら…」

「手伝うよ。病の極み『細菌汚染』:神経骨化」

血管の一部を骨化させ、一時的に血の噴出を止めると、アンは一、スイヒ、ヨモギ、深華の四人から極みを受け取る。

「癒の極み『食』:酢酸流々(さくさんりゅうりゅう)、『海』:海道(かいどう)」

血の流れを良くする酢の力が老廃物を取り除き、海の波が全てをさらうように溢れたそれを血管から口に逆流させ、吐き出させる。

「まだ。血管内部にひどい傷…癒の極み『装』:内視鏡」

清潔にされた医療器具が形を変えて小さな内視鏡のようになり、七福の血管内部をアンの片目についた映像で眺め、患部を探す。

「癒の極み『蓮』:深層蓮糸(しんそうれんし)」

老廃物は鋭利な刃物のようになっており、七福の内壁をズタズタに破っていた。
スイヒの蓮からポタポタと液が垂れ、その破った場所を治癒していく。アンは波動をひどく使い込んでいるのか、手が震え始め、ゼエゼエと苦しそうに息をしている。

「病巣は…ここをメスで切って。」

溶けた血管の一部には癌細胞のように巨大な腫瘍があり、それを切り取らなければ次の極みを使うことができないのだ。

アンは狙いの定まらないメスをカチカチと震わせながら七福にできた腫瘍にメスを当てる。

「3ミリ上だ。」

「え?」

祈るように椅子に座っていたオルキスが突然冷静な口調で告げる。

「ワタシは誰よりも刃物を振るってきた。それは今のお前のように抜群のコンディションじゃないときもだ。力が入りすぎている。それでは逆に刃は通らん。3ミリ上。ゆっくり下におろすんだ。血管は皮膚より脆い。そのまま押し当てるだけでいい。」

「はいっ」

オルキス言うとおりメスを降ろすと、驚くほど綺麗に腫瘍を取り払うことに成功する。

「ありがとうございます。オルキスさん。」

「例を言うのはワタシの方だ。指を咥えて見ているだけの無能だと思っていたが、振るってきた剣がこのような形で役に立つとは…」

「腫瘍は取り除いた…癒の極み『火』:患部融接(かんぶゆうせつ)」

「アンさん、灯を使えるくらいの波動量はあります!絶対助けましょう!」

「うん!」

「でも血管繋がなきゃ意味ねぇんだろ?急がなきゃならねぇんじゃねえのか?ここまでやって諦められねえだろ波動はありったけ使え、俺の極みでメスでもなんでも作り出してやるよ」

「一さん、あなたの極みはこのあと重要になる…その前に」

「わかってるよ。準備はできてる。俺も治癒術は多少できるから、バイタルをきちんと見ながら点滴は打っておくよ。極みは取っておいたほうがいいだろ?」

点滴の袋にただの水を入れ、ワグリがそれに触れるとブドウ糖液に変化する。
治癒系の技があるからとそれなりにハズキに医療技術を学んでいたのが今になって生きたなと思う。

「一さん、少し多めに貰いますよ。癒の極み『装』」

七福の血管に近い細さに変わったそれを火の極みを借りてつなぎ合わせ、人工血管のようなものを作り出す。

『なるほど、装の力で血の通り道を…見事としか言いようがありませんね…従来の血管の役割になるように内部構造はかなり複雑…だからこそ波動を多めに貰った…ですが…』

治療が遅かったのか、七福の心臓は再び動くことなく、そのまま止まる。

「え?なんでよ。うまくいってたじゃん。こういうのって心臓動いて終わりじゃないの?勘弁してよ。こんなやつでも大切な僕の同期だよ?」

冷や汗をダラダラと垂らし、いつも被っていたフードを外して七福に駆け寄るカルノの手を取り、「仕上げが、まだ」と言いながら波動を受け取る。

「癒の極み『雷』:除細動。みんな、離れてッ!」

掌に電気を溜めたアンは、その掌を七福の心臓に当て、一気に流す。

ドォンという凄まじい音と共に七福の身体が跳ね上がる。

「もう一回…ッ!」

再び掌に電気を溜めて心臓に放つ。パックリと開けた七福の心臓を直に掴み、グッグッと一定のリズムでマッサージを行い、もう一度雷の極み。

これを数回続けたところで七福の心臓は再びドクンドクンと鼓動を刻み始め、安堵したアンは術野を閉じるための縫合作業を行い、ワグリの甘の極みで作り出したブドウ糖液の点滴の予備を廉に渡す。
仕上げとばかりにソウゲンの波動で灯を発動し、生命力を上げると、力を使い切ったのかそのまま眠り込んでしまった。

「アンさんもゆっくり寝かせてあげましょう。七福さんも数日は目を覚まさない。回復するまで一度隊舎に戻りましょう。話したいこともたくさんある…」

廉は調合したらしい薬を流し込むようにゆっくり飲ませ、近くに置かれていた自身のカバンを背負って急かすように言う。

「一日二日でどうなる問題じゃねぇからな、隊舎に戻ることは賛成だ。でもこれじゃ行くに行けねえだろ…」

「そうでもありませんよ、ね?ソラ」

「話しかけないでよ…まだ治療中!」

「あまり動かないでほしいにゃ!猫の治療は人間より大変にゃ!」

ジリジリと燃える電気メスのようなもので開腹していたソラの傷を器用に爪で縫合しながらリンネが釘を刺す。

「私達だけじゃない、リンネさんも動物系の妖怪と同じ体構造で助かりましたね。おかげでこうやってソラは元気になりましたし。」

「緑さんからもなんか言ってよ!感心してないで!」

「ああ、すみません。ですが、私も七福さんを運ぶには『あなたの力しかない』と思っていますから」

「もう!」

唇を尖らせたソラは、地面に肉球を押し当て、パキパキと氷の馬車のようなものを作っていく。
馬車を引くのは二匹の氷のペガサス。ソラ曰く『壊れない』らしい。

「では、皆さん。行きましょう」

廉の一声で全員が馬車に乗り込む。『どうせ乗せるんだろうな』という諦めの気持ちが全員にあったのだ。

三日後。

七福はベッドの柔らかさを感じながらゆっくりと目を覚ます。

「やっと目を覚ましたネ。」

「んあ?夏葉。お前ボロボロじゃんよ。修行してる?」

「世界中のどの人間より今のアンタにだけは言われたくない…ったく。師匠がずっとつきっきりで看病してくれたんだから、くだらないこと言ってないで起きたらお礼言いなヨ」

頭に包帯と片腕にギブスをしている夏葉は三日も昏睡状態だったことを説明し、六番隊の隊舎を出る。

七福は自身の傍らで疲れ果ててすやすやと眠っているオルキスに気付き、近くにかかっていた上着をかけると何かが乗った気配を察知し、目を覚ます。

オルキスは七福と目が合うと一瞬固まり、悲しみと怒りが混ざった表情で彼の髪を掴む。

「貴様!毎回毎回勝手なことを!残される側はどんな気持ちか考えたことがあるのか!」

「イテテテテ!わ、悪かった!助かったんだから許してくれん?」

「ふざけるな!結果の話ではない!過程の話だ!たまたま運が良かっただけだろう!」

「そのたまたまを引き起こせるのが俺の極みなんよな、いや嘘ですごめんなさい気を付けます」

ものすごい形相で睨まれたことに肩を震わせ、しおらしく謝罪する。

オルキスは力が抜けたように椅子に座り、七福がかけていた毛布に顔を埋めて力なく呟く。

「…本気で心配したんだぞ…二度と同じマネはするなよ。」

「わかってんよ…」

どこか気まずくなった二人に数分間の沈黙が訪れた。
その静寂を破るように、勢いよくドアを開けた廉は、「やっと目を覚ましたか」と、困ったように苦笑し、車椅子に乗せた七福を無精ひげを生やした男の前に連れて行く。無精ひげの男の周りには、今まで冒険してきた者たち、廉と同行していたらしい者たち、そして七福があまり面識のない者たちもいた。

「んあ?大所帯よな。俺は情報屋だから知ってるやつもちらほらいるが…お前ら側ははじめましてか?」

「一番の遅刻者が大きな態度取らないでください。みんなあなた待ちですよ。ソラは薬で治りましたし…」

「僕もまだ完治したわけじゃないし、みんなの怪我も治りきってないから!もう、シンラさんからもなんか言ってよ!」

ソラは無精ひげの男、シンラに廉の横暴を止めるように促す。シンラは冷静にソラを撫でると、「わかっています」と告げ、癖なのか、顎に手をあてた。

「ふむ、では二週間後、二週間後はどうでしょう?エンキ元隊長とこちらの廉という方から修行の提案をいただきました。『別働十二神稽古』と言ったところでしょうか。」

「申し訳ありませんがそれほどまで待てませんね。科学都市の脅威は薬品だけではない、極秘の兵器開発も行っている。」

廉はこの時代には到底ないであろうミサイルやAIロボットの図面をカバンから取り出す。

「いつの間にそれを…」

「まぁいつの間にかです。『こぴーき』なるものは便利ですね。わざわざ盗まずに済む…」

「言いたいことはわかりました…しかし…「俺からも頼みたい。二週間は長すぎる。元隊長のお前らも実感してるだろ?全盛期ほど強くねぇって。『昔に戻す』には『昔以上の修行』が必要だ。」

「ワタシもエンキに同意だな。大丈夫、死にはしないさ。目的を遂げるまで誰もな」

「ふむ…でしたらそうなった時のために…」

シンラはヴァサラの字で書かれた書面をその場で開く。

「これより、科学都市に乗り込む際の十三隊長を発表いたします!」

シンラの声に科学都市へ行く隊員達の注目が集まる。

〜【ヴァサラ戦記ー外伝ー】絶望の支配者ルートA〜〜終わり〜

修行編に続く。





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